馬車の中での連絡事項
次の日。
今日も迎えに来てくれたモーガン家の馬車に乗り込み、目的地へと向かう。
「クラウディア嬢、刺繍絵の制作を引き受けてくれてありがとう」
「お役に立てるのでしたら何よりです」
「私も楽しみにしているんだ」
「光栄です」
笑顔でクラウディアは告げた。
アーネストの眉尻が下がる。
どうしたのだろう?
「こちらからお願いするのになかなか両親の都合が合わなくて申し訳ない」
「あ、いえ。お忙しいでしょうから。私はいつでも大丈夫ですので」
「そう言ってもらえて有り難い」
本当にクラウディアとしてはいつでも構わないのだ。
まだ領地に帰る予定はなく時間はある。
オルトの件だけが気がかりだが、誰も彼もが気にしなくていいと言う。
王都邸の執事長が既に領地本邸の執事長に手紙で知らせたと言っていた。
それならとりあえずは大丈夫だろうと判断した。
長引きそうならクラウディアからも手紙を出せばいい。
「それからもう一つ」
「はい?」
クラウディアはどうしたのだろう? と首を傾げた。
アーネストが申し訳なさそうな顔で切り出す。
「クラウディア嬢、事後承諾になってしまって申し訳ないが、もう一人いいかな? 向こうで合流することになっているんだ」
「私は構いませんけど」
「待ってください、お兄様。わたくしは何も聞いておりませんわ」
ヴィヴィアンが声を上げる。
まさか妹にも言っていなかったのだろうか?
「ん? 言っていなかったかい?」
「聞いておりませんわ。一体どちらの方でしょう?」
アーネストはにっこりと微笑う。
「ん? まあ着いてからのお楽しみかな」
ヴィヴィアンの眉間に皺が寄る。
「お兄様?」
「大丈夫。悪い人間ではないよ」
「それは当然ですわ。ですがどのような方なのかわからなければ安心できませんわ」
「ヴィヴィアンも知っている人物だよ」
ヴィヴィアンの眉間にますます皺が寄る。
「それでしたらなおのこと先に教えていただきたいですわ」
「向こうは気にしないから大丈夫だよ」
「そういう問題ではございません」
端から見ていてわかることだが、アーネストはここで明かすつもりはない。
「ヴィヴィアンだって久しぶりに会うんじゃないかな?」
「誰かもわからないのにその判断はできません」
のらりくらりとかわすその様はどこか楽しそうにも見える。
意外な一面だ。
ぱちりとアーネストと目が合う。
「クラウディア嬢は初対面の人物は苦手かな?」
クラウディアへの配慮を思い出したようだ。
「いえ、大丈夫ですわ」
「よかった」
「よかった、ではありませんわ。本当に誰なんですの?」
アーネストは微笑って答えない。
ヴィヴィアンがちらりとクラウディアを見て言葉を重ねる。
「クラウディアの安全に配慮しなければなりませんし」
クラウディア自身は気にしていないのだが、普段領地に引っ込んでいるのでたまに社交の場に出たりするといろいろと言ってくる者がいる。
それをヴィヴィアンは案じてくれているのだ。
「大丈夫だと思うが、もしクラウディア嬢を軽んじるような人物なら切り捨ててしまえばいい」
待ってほしい。
それではその人物との関係よりクラウディアのほうが大切だと言っているようなものだ。
しかしヴィヴィアンはあっさりと頷く。
「それはそうですね。ですが、クラウディアに嫌な思いをさせるのも嫌ですわ」
「ヴィヴィアン、私は大丈夫よ」
「いいえ、クラウディア、これはわたくしたちの義務なのよ」
「そうだよ。クラウディア嬢を誘ったのはこちらだし、同行者も私が選んだ者だ。私たちにはクラウディア嬢に気持ちよく過ごしてもらう義務がある。不快な思いをさせるなど論外だ」
そこまでは気が回っていなかった。
だから神妙に頷く。
「ありがとうございます」
「というわけでお兄様、誰なのか教えてくださいませ」
「うん? それとこれとはまた別の話かな」
「いえ、同じ話です」
のらりくらりとアーネストがはぐらかす。
結局、馬車が止まるまで二人は押し問答を続けていた。
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訂正してあります。




