執事の到来
オルトは次の日の午後には屋敷に到着した。
今は父も兄も仕事に行っていていないので、まずは母への挨拶だろう。
それから王都邸の執事長への報告。
その後は旅の疲れもあるだろうから少し休んでもらいたい。
昨日兄から予定を聞いて今日ヴィヴィアンに手紙を出したところだ。
まだ余裕はあるはずだ。
だから少し落ち着いてからオルトに話そうと思っていた。
だがその前にオルトが挨拶に訪れた。
オルトは二十代半ばの男性だ。
黒髪に焦げ茶色の瞳を持っており、それなりに整った容貌をしている。
実は男爵家の三男だ。
本人は貧乏の子沢山な家だ、と笑って言っていた。
実際兄弟姉妹は八人いるらしい。その中の五番目だそうだ。
「聞きましたよ、クラウディアお嬢様。モーガン侯爵家から御依頼があったとか」
「あら耳が早いわね。シルヴィアから聞いたのかしら?」
今日はシルヴィアも屋敷にいる。
オルトの用事がシルヴィアのものなら先にシルヴィアのもとに行っているだろう。
「いえ、奥様からです」
「ああ、お母様なのね」
しかし聞いたのなら話は早い。早速頼んでみる。
「でもちょうどいいわ。その時に同行してもらっていいかしら?」
「もちろんです。交渉もお任せください」
「頼もしいわ。ありがとう」
「御期待に添えるよう全力で当たらせていただきます」
「無理だけはしないでちょうだい」
「心得てございます」
オルトに気負った様子はない。
クラウディアは眉尻を下げた。
「ごめんなさいね。来た早々に気を遣うような用件を任せてしまって。それに時間は大丈夫かしら?」
オルトは微笑う。
「しばらくシルヴィアお嬢様の店舗に顔を出すつもりでしたからお気になさらず」
それでも領地に帰る日程をあらかじめ伝えてから来ているはずだ。
「時間が足りなくなったりしたら言ってちょうだい。私が領地に手紙を出すから」
「ご配慮をありがとうございます」
いや、先に手紙を出しておくべきだろうか?
いや、でも案外早く帰ることになったら叱責されてしまうかもしれないし。
悩み始めたクラウディアの思考を遮るようにオルトが手紙を差し出した。
クラウディアは受け取りながら訊く。
「これは?」
「領地の使用人一同を代表したルアーノさんからです」
ルアーノは領地本邸の執事長の名前だ。
ぱっとクラウディアの表情が明るくなる。
「みんな元気かしら? 何か困ったことはない?」
「はい。みんな元気ですよ。来る前に様子を見てきましたが、ノーラもクラウディアお嬢様の畑の植物もみな元気でした」
「みんな元気でよかったわ。ノーラや畑が元気なのは世話してくれる者たちのお陰ね。後でお礼をしなくちゃ」
「ありがとう、と言ってくだされば十分。それで喜びますよ」
「あなたたちはいつもそう言うわね」
「本当にそれで十分ですからね」
これはまた何か現物支給を考えなければならないだろう。
何がいいかしら?
今はシルヴィアと兄に贈る刺繍入りのハンカチを作らねばならないし、これからモーガン侯爵夫妻に依頼される刺繍絵の製作も控える。
別邸の使用人たちの人数を考えれば、渡せるのは少し先になってしまいそうだ。
そこでふと懸念が生じた。
オルトなら大丈夫だと思うがこれだけは言っておかないと、とクラウディアは口を開く。
「あまりもらわないでね。ヴィヴィアンに会いに行きにくくなるわ」
「承知しております。ですが侯爵家からの依頼です。あまり安くしてはあちらの体面に傷をつけることになります」
「あ、そうよね。ごめんなさい、任せるわ」
「ええ、交渉事は全て私にお任せくださいませ」
「頼りにしているわ。いつもありがとう」
オルトが誇らしげな様子で一礼した。
読んでいただき、ありがとうございました。




