一周年記念SS 兄と贈り物の石
気づいたのが三月も中旬だったので何を書こうかあまり吟味できませんでした。
前にロバートが口にした石の秘密です。秘密というほどでもないのですが。
楽しんでいただければ幸いです。
前回予告しようと思って忘れました。ごめんなさい。
ロバートはペンを置いた。
便箋のインクが乾くのを待つ。
便箋を押さえているのはクラウディアからもらった文鎮だ。
もらった当初は正直何だ? と思ったものだ。
しかし使ってみると印象が一変した。
使い勝手がいい。
紙をしっかりと押さえてくれる。
今やすっかり愛用品だ。
クラウディアはこのような掘り出し物を見つけてくるのが本当にうまい。
かと思えばーー
机の上に置いた小さな箱の中に鎮座している石に何気なく視線を向けた。
それはこの文鎮の前に紙押さえに使っていたものだ。
わざわざ拾ってきたものではなく、たまたま持っていたものを紙を押さえるのに置いてみたら意外と役に立っただけだ。
文鎮があるのでお役目御免となったわけだが捨てるつもりはない。
そもそもこれはもらいものだ。
クラウディアは散歩をした時に色々なものを取ってきてはロバートにくれた。
この石もその一つだ。
シルヴィアはたいてい花だったが、クラウディアは花の他にもこういう石だったり木の実や草の実なども取ってきてロバートにくれた。
これでもクラウディアについていった使用人が許可したものだけなのだが。
シルヴィアがくれたものであれ、クラウディアがくれたものであれ、花は押し花にしてある。
木の実や草の実はさすがに使用人に渡したが。お菓子に使われたり、ジャムになったりときちんと食べられる形で返ってきた。
普通に美味しかった。
さすがにその辺りは使用人が、しっかりと見ていた。
何気なく石を手に取る。
その石を眺めながらあの日のことを思い出していた。
*
「おにいさま!」
クラウディアが駆け寄ってくる。
「どうした?」
「おにいさまにこれをあげます」
両手で持っている物をずずっと差し出されて困惑する。
どう見ても石だ。
しかもその辺から拾ってきたであろう石だ。
「……これは?」
「石です」
見ればわかる。
「それで?」
「よーくあらってぴかぴかにみがきあげました!」
確かに石はぴかぴかと艶を帯びている。
だが、石ころであることには変わりない。
「何故これを俺に?」
「かっこよかったからです! おにいさまにぴったりだとおもいました!」
クラウディアの目はきらきらと輝いており、心の底からそう思っているのだろう。
クラウディアの手に持つ石に視線を向ける。
石は全体的に黒く、ごつごつとしている。
クラウディアの努力の賜物か艶々としていて光を弾いていた。
さて、どうするか。
だが悩む間を与えずにクラウディアの手がぷるぷると震え出した。
石の大きさはクラウディアが両手で持ってもはみ出すくらいだ。
それなりに重量があるのだろう。
いつまでも持たせておくわけにもいかない。
「……ありがとう」
手を伸ばしてクラウディアの手から石を受け取る。
不思議としっくり来る石だ。
さすがにロバートの手にも大きい。
クラウディアは嬉しそうに微笑う。
そしてとんでもないことをさらりと言ってきた。
「ほんとうはきれいなへびのぬけがらをみつけたのでおにいさまにさしあげようとおもったのですが、みながだめだというのであきらめました」
「何故蛇の脱け殻なんてものを拾ってこようとしたんだ?」
顔がひきつっているのが自分でもわかる。
「がいこくではこううんのおまもりなのだそうです。だっぴしたてできれいだったのですが」
「待て、脱皮したてと言ったか?」
「はい。ほんとうにつるんとしていて、かんそうしてぼろぼろになっていないからだっぴしたてでしょう、とゼンが。」
ゼンは領地本邸の庭師長の名前だ。
「クラウディア、いいか、蛇を見つけても絶対に近寄っていっては駄目だぞ」
「ゼンにもいわれましたのでちかよりません。わたしがけがをしたらみんなのせきにんになるとききました。それはいやなのです」
「わかっているならいい」
きちんと言い聞かせておかないとクラウディアなら興味津々に近寄りかねない。
ことクラウディアに関しては、これくらいは注意しなくても大丈夫だろうは通じない。
してはいけないことはその都度きっちりと言っておかなければならない。
そうでなければ好奇心で何をしでかすかわからない。
本当に目の離せない妹だ。
これからもしっかりと見ておかないと。
ロバートはにこにこと微笑うクラウディアを見下ろしてそう決意した。
*
蛇の脱け殻は実際には拾ってあって、"幸運のお守り"だという国の商人に渡され、クラウディアはその国の言葉で書かれた絵本をもらったとか。
そういうことはクラウディアにとっては日常茶飯事だ。
クラウディアは自分の作ったものに執着しない。
だからハンカチやちょっとした小物、栞などもぽんぽんと身近な者たちにあげている。
屋敷に寄る商人たちに対してもだ。
だがただもらいっぱなしというのも商人の矜持が許さないのだろう。
代わりのようにクラウディアは彼らからいろいろなものが贈られている。
あげるにしてももらうにしても過度になってはいけない。
その辺は屋敷の執事がしっかりと見ているはずだ。
丁寧な手つきで石を元のように箱の中に置く。
後で磨いておくか。
クラウディアがくれたあの日からたまに磨いていた。
特に紙押さえとして使った後は丁寧に磨いた。
一応もらいものであるし、磨けば磨くほど艶が出るので磨きがいがあるのだ。
それに、もらったものを大切にして何が悪い。
アーネストもヴィヴィアン嬢にもらったものは大切に仕舞ってあると言っていたし、弟妹と仲のいい友人たちもみなそうだと言っていた。
ロバートが特別なわけではない。
年の離れた弟がいる者など蝉の脱け殻をもらったと笑っていた。
なら石くらいは何てことはないだろう。
さすがに成長したクラウディアは石をお土産だと渡してくることはなくなったのだし。
インクが乾いたことを確認して文鎮を外す。
文鎮を丁寧に仕舞う。
無意識に綻ばせていた顔を引き締め、意識を切り替えた。
読んでいただき、ありがとうございました。
え、もう一年!?というのが正直な気持ちです。
あまり進んでいなくて申し訳ありません。
とてもゆっくりな歩みですが、クラウディアの物語、お付き合いいただければ望外の喜びです。
これからもよろしくお願いします。




