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件(くだん)の令嬢

「それで、あなたを誰と間違えたというのよ、そのギルベルト・シルベスター侯爵令息は?」


シルベスター侯爵令息がパイラー侯爵家の名を出してくれたので、どこで彼を見かけたのかわかった。

そして彼が誰と間違えたのか見当もついた。

一応シルベスター侯爵令息にも教えておいたので、あちらに今度こそ話を持っていっているだろう。


「その時私の近くにいたのはパトリシア・キンベリー伯爵令嬢だったわ」

「よく覚えていたわね」


夜会になど興味がないあなたが珍しいと言外に言われている気がするが事実なので気にしない。

キンベリー伯爵令嬢の名前も後で誰かを思い出したくらいだ。


「似たような色と形のドレスだったからちょっと気になったのよ」

「あら?」


ヴィヴィアンが扇を広げた。何故?


「貴女に対抗しようとでもしたのかしら?」


それには首を傾げる。

クラウディアに対抗しようとする人間がいるとは思えない。

評判がいいならともかく、引きこもり令嬢と揶揄(やゆ)されているのだ。

わざわざ対抗する必要などない。

それよりもーー


「うちに間諜がいるとでも? そんなことしてどうするのよ?」


当日着ていくドレスなら情報を流したのはラグリー家の使用人ということになる。

だがそんなことをする者に心当たりはなかった。


「仕立て屋から聞いたのかもしれないわよ」


確かにドレスだけの情報なら仕立て屋から聞いたほうが確実だ。

同じようなドレスをもっとよいものに作ることも可能だ。

クラウディアのほうのドレスの質を落とすことも。


そういえば刺繍の模様とかがイマイチだった。


注文はクラウディアが領地にいる間に兄によってなされていた。実物を見たのは身につける当日になってからだ。サイズは領地から送られていたし、細かい調整はその場で家の針子がやってくれた。

家の針子は使用人に配給する衣服や家人の普段着を作り、正装は仕立て屋が作るのが一般的だ。


身につけるアクセサリーは全く違った傾向のものだったから仕立て屋のほうが情報を流したのが濃厚だ。

どこどこの夜会で着るから何日までに、と注文の時に言っていれば会場でドレスをかぶらせることは可能だろう。

でもーー。


「顧客の情報を漏らすかしら?」

「向こうのほうがお得意様ならやるところはあるわね。別のところにしたら? 何なら紹介するわよ?」


一度疑いを持ったのなら別のところにしておいたほうが無難だろう。次は何をされるかわからないし。

気に入っているのならともかくイマイチだと判断したのなら尚更。

それに、ヴィヴィアンの紹介なら安心だ。


「そうね。お願いするわ」

「ええ。今度一緒に行きましょうね」


ヴィヴィアンは楽しそうだ。


「楽しそうね」

「ええ、楽しみだわ」


友人が楽しそうなら何よりだ。


「でも、キンベリー様は何でそんなことしたのかしら? 私とドレスを似たものにして何の意味が?」

「今回のようなことを企てていたのかもしれないわよ? これで婚約が決まれば自慢してくるわよ」


それこそ意味不明だ。

クラウディアは彼女と話した記憶すらない。

どこかで名前を聞いてたまたま覚えていたに過ぎない。

向こうからしたら取り立てて覚えておくような相手とは思えないのだけれど。

共通の知人がいるわけでもなし、とにかく接点がないのだ。

それに自慢されたところで特に何も感じない。

シルベスター侯爵令息にはまったく興味がないし、他人の自慢話も聞き流すだけだ。


「シルベスター侯爵令息を立てる気があればそんなことしないと思うけれど。彼にとっては蒸し返されたくはない話でしょう」

「男を立てるような女じゃないわ。きっと勝ち誇って同情するふりをして(けな)してくるわ」


そこまでされる理由もない。

執拗(しつよう)に攻撃するほどの執着をされる覚えはない。


「私相手にそんなことするかしら? まあ、シルベスター様が一目惚れするのもわかるけれど。彼女美人だものね」

「化粧映えするだけよ」

「スタイルもいいし」

「胸が大きすぎるわ。それであなたと似たようなドレスを着たら逆にアンバランスでしょう。メリハリのバランスならあなたのほうがずっといいもの」

「キンベリー様のほうが胸元が開いていたわ。あれなら同じものとは言われないでしょう」

「下品ね」


すぱっと切って捨てた。


「彼女には似合っていたわ」

性根(しょうね)がそもそも下品だからそのような下品なドレスが似合うのよ」


見てもいないのにひどい言いようだ。

何か因縁(いんねん)でもあるのだろうか?


「ヴィヴィアンはキンベリー様が嫌いなの?」

「もともとあまり好きではなかったけれど、わたくしの友人を貶めるような人間は大っ嫌いよ」


もともとの評価に今回の一件がとどめを刺したようだ。

まだキンベリー伯爵令嬢が仕掛けたかどうかはわからないというのに。

だが興味はないので調べるつもりもない。真相は本人がぽろりと言わない限りは(やぶ)の中だ。


「ありがとう。私のために怒ってくれて」

「当然よ」

「ふふ、なら私はあのドレスに刺繍を足そうかしら。気に入らなかったのよ」

「あら、いいんじゃない。それでどこかでお披露目しなさいな」

「ええ」


刺繍を足せばまた着る機会はあるだろう。

どうせまた兄にどこかのパーティーか何かに引っ張り出されるのだろうし。


「そこにキンベリー様かシルベスター様がいたら素敵ね?」

ヴィヴィアンは(あく)どい顔で微笑(わら)った。


読んでいただき、ありがとうございました。

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