様子見と刺繍のハンカチ
「とりあえずわたくしの部屋に行きましょう」
頷いてぞろぞろとヴィヴィアンの部屋に向かった。
途中、通りかかった侍女にアーネストがお茶の準備を指示する。
ヴィヴィアンの部屋に入るとアーネストが訊く。
「それで、ヴィヴィアンの忘れ物は何だったんだい?」
「クラウディアに贈るハンカチですわ。あ、お兄様の分もあります」
「私も持ってきたわ」
ヴィヴィアンが嬉しそうに微笑う。
「そちらに座っていらしてください」
言われた通りにソファに二人で腰かける。もちろん対面だ。
ヴィヴィアンと彼女の専属侍女がハンカチを出してきている間に、先程アーネストがお茶の仕度を指示した侍女がやってきてお茶の仕度を調え下がっていった。
「クラウディア、お兄様、お待たせしました」
ハンカチを手に戻ってきたヴィヴィアンはクラウディアの隣に座る。
「クラウディアに贈るものはかなり気合いを入れて作ったから、先にお兄様に渡してもいいかしら?」
「まあ、楽しみだわ。もちろんよ。では私もアーネス様に先に渡すことにするわ」
「では先にわたくしから。お兄様、こちらを。先日はありがとうございました」
「ありがとう」
アーネストがテーブルの上にハンカチを広げて見せてくれる。
イニシャルを飾り文字で刺したものにモーガン侯爵家の紋章の図案だった。
文字の下に小さく蝶と鳥が刺繍されている。
「使いやすいようにシンプルなものにしましたの」
考えることは同じらしい。
「腕を上げたね。素晴らしいよ。大切に使わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
ヴィヴィアンは嬉しそうだ。
アーネストがハンカチを丁寧に畳むのを待ってからクラウディアはアーネストにハンカチを差し出した。
「アーネスト様、先日はありがとうございました」
「万年筆ももらったのに。きちんとお礼を言っていなかったね。素敵な万年筆をありがとう。書き心地がよくて使いやすい。愛用させてもらっているよ」
「まあ。お気に召されてよかったです」
アーネストが色のことについて言及しないのでほっとする。
この様子なら気づいていないかもしれない。
「ありがとう」
ハンカチを受け取ってくれたアーネストがテーブルにハンカチを広げた。
「あら、クラウディア、私たち考えることが同じだったみたいね」
「そうね」
クラウディアがアーネストに贈ったハンカチはやはりイニシャルを飾り文字を刺繍し、そこに鳥と蝶を止まらせてある。
文字の下には葉っぱを刺繍してある。
「私も普段使いできるようにシンプルなものにしました。よかったら使ってくださいね」
「うん、大切に使わせてもらうよ。ありがとう。クラウディア嬢は刺繍がとても上手だね」
「ありがとうございます」
「そうね。クラウディアに刺繍したハンカチを贈るのを躊躇ってしまうわ」
ヴィヴィアンの声は笑いを多大に含んだものだったので、本気でないとわかる。
「私はヴィヴィアンの刺繍は温かくて好きよ。だから欲しいわ」
「嬉しい褒め言葉を言ってくれるわね」
「本当のことよ」
「クラウディアはお世辞は言わないから信じるわ。はい、これをもらってくれる?」
「もちろんよ。ありがとう」
ヴィヴィアンが差し出したハンカチを受け取る。
アーネストを真似てふわりとハンカチをテーブルの上に広げた。
「素敵ね。それに考えていることは同じね」
ヴィヴィアンがクラウディアのために刺繍してくれたハンカチは小鳥の頭に蝶がとまっており、小鳥は一輪の花をくわえている。
ハンカチの周囲は藤の花で飾られていた。
先日お揃いで買ってもらった扇に掛けてあるのだろう。
考えることは同じだ。
「この鳥と蝶が可愛いわ。大切にするわね」
「クラウディアに褒められると嬉しいわね」
クラウディアは丁寧にハンカチを畳むと大切にしまった。
「私からはこれを」
クラウディアが差し出したハンカチを受け取ったヴィヴィアンが不思議そうな顔になる。
「ハンカチの重さではないわ」
「ハンカチよ?」
そうは言ってみたが、クラウディアには心当たりがあった。というか、ありすぎた。興が乗った結果だ。
訝しげな顔をしたヴィヴィアンがふんわりと畳んであったハンカチをテーブルの上に広げた。
ヴィヴィアンとアーネストの目が見開かれた。
「これは、すごいな」
アーネストの口から感嘆の言葉がこぼれ落ちた。
二人とも目は刺繍に釘付けだ。
クラウディアが刺したのは、ヴィヴィアンと同じように扇のモチーフだ。
広がるのは一面の花畑だ。
そこに藤の花枝が何本も風に揺れている。
藤の木自体は画面から見切れている。
だがその花枝で描かれていない藤の木が画面の外に確かにあるのだとわかる。
そして、その藤の花には一匹の蝶がとまっている。
画面の真ん中では花をくわえた鳥がちょうど飛び立ったところだった。
ハンカチいっぱいに刺してある。
「……クラウディア、これはもうハンカチではないわ。絵よ」
「やりすぎ、たかしら?」
興が乗って針が進んだのだ。
「ハンカチとしてはね。でも、このまま額装して飾るわ。ありがとう」
「気に入ってくれたかしら?」
「もちろん。相変わらず凄いわね。とても刺繍とは思えないわ」
「夢中になって刺していたらこうなったの」
「クラウディアらしいわ」
微笑した後でヴィヴィアンは侍女を呼ぶ。
「あとでこれに合う額を手配して」
「承知しました」
丁寧にハンカチを受け取った侍女が下がっていく。
「お兄様?」
ヴィヴィアンがアーネストに声をかける。
アーネストははっとした様子を見せた後で苦笑する。
「思わず見入ってしまっていたよ」
「お気持ちはよくわかりますわ」
「本当に凄いね、クラウディア嬢の刺繍は」
「ありがとうございます」
クラウディアは微笑んだ。
「あら」
ヴィヴィアンが窓の外に視線を向ける。
「雨が降ってきましたね」
言われてクラウディアも窓の外に視線を向けた。
灰色の空から雨粒が落ちて窓を濡らしていく。
これは当分出掛けられそうになかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




