文鎮と色鉛筆と猫のポストカード
「さて、ではクラウディア、お前の言っていた文房具店はどこだ?」
「はい、ご案内します。こっちです」
頭の中にコルム通りの地図を広げて、現在地とあのお店の位置関係を確認しながら案内する。
途中で気になったお店に寄りながら進んでいく。
「ふふ、お兄様、ありがとうございます」
小物を扱う店でクラウディアとお揃いの髪飾りを買ってもらってシルヴィアはご機嫌だ。
「お姉様、今度この髪飾りをつけてどこかのお茶会に一緒に参加致しましょう。」
シルヴィアは本気で姉妹で仲良しコーデを流行らせるつもりなのだろうか?
「……考えておくわ」
そもそも姉妹で招待されなければ行くこともないのだが。
「ふふ、楽しみですわ」
これは、本当に行くことになるかもしれない。
シルヴィアなら伝手で招待状をクラウディアの分も一緒にもらってきそうだ。
クラウディアは今更社交界での評判はどうでもいいから構わないが、シルヴィアは大丈夫だろうか?
可愛い妹の評判は落としたくない。
さてどうしたものか、と考えていると兄に話しかけられた。
「クラウディア、文鎮は他にどういうものがあったんだ?」
「私が見たのは窓際に置かれていたお兄様に贈ったあの文鎮だけですわ」
「そうか。他にもあるといいんだが」
「お兄様は文鎮が欲しいのですか?」
「職場用にも一つ欲しくてな」
「私が差し上げたものを持っていかれては?」
「あれは自宅用だ。職場だと誰に持っていかれるかわからないからな」
「よっぽど気に入られたのですね」
「ああ」
ふふとシルヴィアは楽しそうに微笑う。
クラウディアは首を傾げるがシルヴィアは何も言わなかった。
兄を見るもやはり何も言わない。
まあ、兄が気に入っているのならクラウディアは満足だ。
「あちらのお店ですわ」
クラウディアが示した先、前回文鎮の置かれていた窓際には丸みを帯びた同じくらいの大きさのものが置かれていた。
「あ、お兄様、新しいものが置いてありますよ!」
クラウディアはぱっと駆け出した。
「ったくお前は」
すぐに追いついた兄に捕まる。
シルヴィアが追いついてくるのを待ってから店に入った。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
青年に笑顔で迎えられる。相変わらず店長は無愛想だ。
「見せてもらってもいいかしら?」
窓際に置かれているものを指して訊くと「ああ」と無愛想に頷かれる。
青年は少し驚いているようだ。
やりとりを見ていた兄が店長に訊く。
「その窓辺に置いてあるものは文鎮だろうか?」
「ああ」
「持ってみても構わないだろうか?」
「ああ」
窓のほうに近づいた兄が丁寧な手つきで文鎮を持ち上げる。
「ああ、これはちょうどいい」
兄が満足気に言う。
クラウディアとシルヴィアは左右から兄の手の中を覗き込む。
「これが文鎮なのですね」
「私が差し上げたものよりシンプルですね」
クラウディアが兄に贈ったものは何かの動物に見えるようなものだったが、今兄の手の中にあるものは底面は平らで丸っこい形をしており、持ちやすいようにか二ヶ所が少しへこんでいるシンプルなものだ。
「仕事場に持っていくからシンプルなほうがいい。これをもらえるか?」
「は、はい」
何故か動揺している青年が慌ててトレーを持って近寄ってきた。
「お預かりします」
兄がトレーの上にそっと文鎮を置いた。
「仕事用に使うなら細長いものもあるぞ」
店主が兄に声をかけ、またもや青年が驚く。
「見せてもらえるか?」
「ああ、もちろん」
「二人は好きに見てくるといい」
「はい」
「お兄様、お姉様、わたくしはレターセットを見て参ります」
「気をつけて」
「大丈夫ですわ、お姉様」
シルヴィアはさすがに意味がわからなかっただろう。
だけど、本当にあそこは危険なのだ。
素敵なものが多すぎて迷ってしまう。
クラウディアはうっかり近寄らないようにレターセットの置いてある一角とは反対になるような一角に向かう。
そこは画材が所狭しと置かれていた。
店内は他に客がいないため静かで兄と店主の会話が聞こえてくる。
「ああ、これはいいな」
「実用一辺倒だが、仕事で使うならこちらのほうがいいだろう」
「ああ、確かに」
「そっちはやめるか?」
「いや、両方くれ」
「わかった」
スケッチブックや絵の具はまだある。
鉛筆も大丈夫。
「万年筆が気になるのか?」
「……いや、別に。ああ、インクをもらえるか?」
「色は?」
「ブルーブラックとブラックをいくつか見せてほしい」
「わかった」
クラウディアは先程宝飾品店で色鉛筆を使ったので、何となく色鉛筆を眺める。
そういえば短くなっているものもあったから買い足してもいいかもしれない。
「一本からでも購入頂けますので、欲しい色と商会があればおっしゃってください」
いつの間にか青年が近くにいた。
「ありがとう」
クラウディアはきょろりと色鉛筆を眺め、使っている商会のものを見つけ、何色か頼む。
「キティ、他にあったかしら?」
キティが他に何色かを口にする。
さすが有能な専属侍女はクラウディアよりしっかりと把握している。
それをメモした青年が「少々お待ちください」と奥に引っ込んでいく。
クラウディアはそのまま色鉛筆を眺める。
いろいろな商会のものが取り揃えてあるので見ているだけでも楽しい。
ふとひっそりと置かれているものが気になった。
それなりの量の入った色鉛筆のセットだった。
クラウディアは初めて見る商会のものだ。
「お待たせ致しました」
しゃがんで色鉛筆を見ていたクラウディアは立ち上がった。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
青年が差し出したトレーに載っている色鉛筆を確認する。
「ええ、大丈夫よ」
「他に何かご入り用でしょうか? 色鉛筆でしたら、黒のみですが試し書きもできますが?」
「なら、あれを頼める?」
先程気になった色鉛筆を指すと青年が驚いた様子を見せた。
だがすぐににこやかに微笑んで
「ご用意致します、お待ちください」
また奥に下がっていく。
すぐに戻ってきた青年は紙と色鉛筆を差し出した。色鉛筆はほぼ元の長さを保っているようだ。
青年が驚いた理由はそれかもしれない。
「よろしければこちらでどうぞ」
どこからか台を引っ張り出してきてクラウディアの前に置いてくれた。
「ありがとう」
早速紙を置いて色鉛筆を走らせた。
その滑らかな書き心地と発色のよさに驚く。
思わずいろいろ線を引いて試してみる。
「これはいいわね。あのセットをもらえる?」
「は、はい。ありがとうございます。在庫がございますので裏から出して参りますね」
「あら、ありがとう」
「お待ちください」
試し書き用の紙と色鉛筆を持って再び青年は奥に戻っていく。
ふと視線を感じてそちらに視線を向けると店主がこちらを見ていた。
その前にいる兄も呆れたような顔をしている。
ふいっと兄に視線を戻した店主は兄との商談に戻った。
何だったのかしら?
首を傾げたクラウディアはまあいいかと流し、シルヴィアのほうに向かった。
案の定、シルヴィアはレターセットの前で頭を抱えていた。
「シルヴィア、大丈夫?」
声をかけると弱々しく振り向く。
「……お姉様のおっしゃっていた"気をつけて"とはこういうことでしたのね。素敵なものが多すぎて選べません」
「私とヴィヴィアンも先日来た時に散々悩んだのよ」
「凄くよくわかります」
シルヴィアはまだまだ時間がかかりそうだ。
ふと隣のラックを見る。そこにはポストカードが並べられていた。
「あら、このポストカードの猫、まるでシルヴィアみたいね」
真っ黒な毛に紫色の瞳を持つその猫は可愛らしさの中に芯の強さを感じる。
「まあ、お姉様の中でわたくしはこう見えているのですね。わたくし、このポストカードをセルジュに送りますわ」
「いいんじゃないかしら」
「レターセットも猫のにします」
「ふふ、決まってきたわね」
「はい」
そこへ兄もやってきた。
「決まったか?」
「あ、お兄様。お兄様は終わりまして?」
「ああ」
兄がシルヴィアが手に持っているポストカードを見る。
「お兄様、この猫、シルヴィアに似てませんか?」
「そうだな」
頷いて兄がラックから猫のポストカードを取る。
「お兄様もそちらを買われるのですか?」
「ああ」
「決めました。こちらにします」
兄と話している間にシルヴィアも決めたらしい。
シルヴィアの手には三つのレターセットがあった。
さっと兄がシルヴィアの手からレターセットとポストカードを取ってカウンターに向かった。
カウンターの上にはクラウディアの色鉛筆も置かれている。
「まとめて頼む」
「わかりました」
「お兄様」
慌ててクラウディアは兄に駆け寄る。
当然自分で支払うつもりだったのだ。
「刺繍入りハンカチの礼だな」
「何でもかんでもそれで押し通さないでくださいませ。もう十分いただきましたわ」
兄は少し考える素振りを見せた。
が。
「そうだな。ここまでは入るな」
全然クラウディアの意見は聞いてくれなかった。
「まあいいではありませんか、お姉様。お兄様、ありがとうございます」
微笑んでシルヴィアは兄に礼を言う。
シルヴィアの分は確かにそれほどの負担にはならないだろう。
だがクラウディアのほうは違う。あの色鉛筆のセットは色数も多いのでそれなりの値段がするだろう。
「シルヴィアが正解だな。それともクラウディア、俺の甲斐性を疑わせるのか?」
ここにそれを疑うような者は誰もいない。
「クラウディア、俺だってそれなりに稼いでいるんだぞ? お前の買い物くらい大したことはない」
「お姉様、ここはお兄様の顔を立てなくては」
何故かキティたちだけでなく店主まで頷いている。
「うぅ……ありがとうございます、お兄様」
負けたクラウディアは兄に笑顔でお礼を言ったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




