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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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御用達店の矜持

「美味しかったですね、お兄様、お姉様」

「本当ね」


ご機嫌なシルヴィアにクラウディアも同意する。

次に行くことがあったら、今度は兄が食べていた煮込みハンバーグが食べてみたい。


「あそこの料理で外れたことはないな」


それは凄い。


「また是非行きたいです」

「それならまたそのうち連れていってやる」

「本当ですか? 嬉しいです。」

「是非お願いします、お兄様」


シルヴィアはセルジュと行くつもりのはずだが、それはそれ、これはこれということなのだろう。


「ああ」


兄もどこか満足そうだ。


さて、これからどうするのだろう?

クラウディアはふと思いつく。

せっかくコルム通りに来たのだから兄にあの文房具店を紹介しよう。


「お兄様、文鎮を買った文房具のお店にご案内しますね」

「その前に行きたいところがある」

「行きたいところ、ですか?」

「ああ。こっちだ」


案内するように半歩だけ兄が前に出る。


「途中で寄りたい場所があればきちんと言うように。一人でいなくなっては駄目だからな?」


完全に兄の目はクラウディアに向いている。


「わかっていますわ」

「お兄様、お姉様のことはきちんとわたくしが見ていますわ」

「シルヴィアも寄りたいところがあったら言っていいんだからな?」

「ええ、わかってますわ」


笑顔でシルヴィアは頷いた。

姉妹でこの扱いの差は普段の行いのせいだろう。

それは仕方ないとクラウディアは粛々(しゅくしゅく)と受け入れた。




ちょろちょろと寄り道しながら辿り着いたのは、ラグリー家御用達の宝飾品店だ。


「いらっしゃいませ、ロバート様、クラウディア様、シルヴィア様。クラウディア様はお久しぶりですね」


店長がにこやかに出迎えてくれた。

基本的にラグリー家で宝飾品を(あつら)える時はこの店だ。

なので、例えばクラウディアが夜会で身につける首飾りと注文を出せば、クラウディアがいなくても似合いのものを出してきてくれる。

それだけ付き合いの長い店だ。


「ええ、久しぶりね。みんな元気かしら?」

「お陰様でみな元気に働いております」

「そう。よかったわ」

「ありがとうございます。こちらへどうぞ」


個室に通され、お茶が出されたところで店長が切り出した。このまま接客してくれるようだ。


「それで本日はどのようなものをご希望でしょうか?」

「妹たちの宝飾品が見たいのだが」


クラウディアはぎょっとする。


「お兄様、セルジュが()ねるのでわたくしはご遠慮致しますね。お姉様にだけお願いします」

「シルヴィアはいいのか?」

「はい」

「わかった。ではクラウディアに似合う、そうだな普段使いできるものが何かないだろうか?」

「えっ、待ってください、お兄様!」


クラウディアは普段宝飾品をつけないので必要はない。


「こういうふうに買い物に出た時やヴィヴィアン嬢たちと出掛ける時に使うためのものだ」

「でもいくつかありますし、必要ありませんわ」

「昨日もらった刺繍入りのハンカチの礼だ」


兄に退く気は全くない。こうなってしまえば兄は自分を通す。


「お兄様、アーネスト様がお姉様にお似合いの耳飾りを贈ったのが悔しいのですか?」

「……別に。そういうわけではない」


兄はふいと視線をそらす。

シルヴィアの言葉に闘志に火がついたのが店長だった。


「失礼ですが、どちらのお店のものでしょうか?」


ずずいっと迫るように訊かれてクラウディアは素直に答える。


「あそこですとデザインの傾向は……」


店長はぶつぶつと呟いている。そしてすぐに、はっとした顔になった。


「クラウディア様、現物をお持ちではありませんか?」


クラウディアに言いながら視線はキティに向いている。


「こうなることは想定していましたが、紛失するわけにはいきませんので持ってくることはしませんでした。お嬢様でしたら描けますし」


さも当然のようにキティが言う。


「それもそうですね。クラウディア様、描いていただいてもよろしいでしょうか?」


有無を言わせない様子で訊いてくる。


「わかったわ」

「すぐに道具をお持ち致しますので」


出ていった店長はその手にスケッチブックと色鉛筆を持ってすぐに戻ってくる。


「こちらをどうぞ」


渡されたスケッチブックに耳飾りを思い出しながら色鉛筆で描いていく。


「こういう感じだったわよね?」


実物を見ているキティと兄とシルヴィアに確認すると三人はしっかりと頷いた。

店長は真剣な顔で描き上げたものを食い入るように見ている。


「石は何でしょう?」

「クンツァイトよ」

「大きさは?」

「これくらいね」


クラウディアは石の大きさと耳飾り全体の大きさを指で示した。

なるほどと頷いた店長は少し考える間を空けてから兄を見て提案してきた。


「こちらの耳飾りに合わせるのでしたらブレスレットなどいかがでしょうか?」

「そうだな」

「いくつか見繕(みつくろ)って参りますのでお待ちくださいませ」


店長がスケッチブックを持って部屋を出ていく。

今度はなかなか戻ってこない。

お茶を飲み干し、新たに注いでもらった頃にようやく戻ってきた。


「お待たせ致しまして、大変申し訳ございません。意見が割れまして時間がかかってしまいました」


まさか手の空いている者全てで検討したわけではあるまい。

クラウディアの考えを読んだかのように店長が凄みのある笑みを浮かべた。


「我々にもラグリー伯爵家御用達店としての矜持(きょうじ)がございます」


当然というように兄もシルヴィアも頷く。


「我々のほうで検討させていただいた候補がこちらになります。御要望があれば他の物もお持ち致しますので、遠慮なくおっしゃってくださいませ」


クラウディアの前にそっとトレーが置かれる。

そこに載っているブレスレットは、繊細なものから華やかなものまで、使っている石も一種類ものから数種類使いのものまでいろいろとある。


「クラウディア、つけてみろ」


一通り試着させられた後は放っておかれる。

兄と店長の他、シルヴィアやキティ、それにケリーまで参加して検討している。

完全に蚊帳(かや)の外だ。


先程のスケッチブックと色鉛筆をもう一度貸してもらえないだろうか?


店長を見ると、彼は無言のまま笑顔で別のトレーをそっとクラウディアの前に置いた。


そこに載っていたのは三つの輪を通した三連の金属製の腕輪だった。

繋ぎ目もわからないほど滑らかだ。

石は何一つついていないからその技術力が際立つ。


腕に通してみて手を上下に振るとぶつかりあって軽やかな音を立てる。

二度、三度と音を立てて楽しんでいると、兄がクラウディアを見た。


「クラウディア、それが気に入ったのか?」

「はい。お兄様、私はこれがいいです」

「わかった。それも買ってやるからもう少し大人しくしていろ」


クラウディアとしてはこれだけでいいのだが。

その思考を読み取ったように兄が言葉を重ねる。


「それは日常使いのものだろう? 今検討しているのはあの耳飾りに合ったブレスレットだ。それでは合わない」


いつの間にあの耳飾りと揃えにすることにしたのか。

いや、そういえば店長の提案がそのようなのだったか。

何故(なにゆえ)みんなでそこまで闘志を燃やしているのか。

クラウディアは内心で溜め息をついて()めている腕輪に触れた。


「お買い上げいただくことが決まりましたので、そちらはつけたままで大丈夫ですよ」

「そうだな。気に入ったのならそのままつけているといい」


別に外すために触れたわけではなかったが、とりあえず頷いておいた。


「お姉様、もう少しお待ちくださいましね」


シルヴィアにまで言われてしまう。


「……ええ」

「クラウディア様、こちらをどうぞ」


店長に先程のスケッチブックと色鉛筆を渡される。


「どうぞ。お好きにお使いくださいませ」


ようはこれで暇潰しをしていろということだろう。


「ありがとう」


有り難く受け取って白紙のページを開く。

みんながクラウディアそっちのけであーだこーだと言い合っている横で、大人しくブレスレットを模写してみたり、少しデザインを付け足したり変えたりして一人遊んでいた。


そうしているうちにアーネストからもらった耳飾りに合わせるならこういうものも合うのでは、と思いつき、ブレスレットと、ついでに首飾りも描いてみた。

わりとうまくできたのではないかしら?

一人で満悦していたクラウディアは、他のみんなの視線がそのデザイン画に向き、視線で頷き合っていることには気づかなかった。


「クラウディア、この二つならどちらがいいか?」


声をかけられ、クラウディアはスケッチブックを閉じてテーブルの上に置いた。

さりげなく店長がスケッチブックと色鉛筆を回収する。


示されたのはどちらも繊細なデザインのものだった。

アメシストだけを使ったものと、アメシストとアクアマリンをメインに使い、添え物程度にブルーサファイアを使ったもの。


「どちらも素敵ですね」


クラウディアはもらった耳飾りを思い浮かべる。

あの耳飾りはシンプルなものだった。

アメシストのみのブレスレットと合わせるなら地味で上品なものになるだろう。


「私ならこちらを選びますね」


クラウディアが示したのはアメシストとアクアマリンとブルーサファイアを使ったほうだ。

華やかだが、お互いに引き立て合うだろう。


「わかった。じゃあこちらをもらう」

「ありがとうございます。お持ち帰りされますか? それともお屋敷のほうにお届けしますか?」

「請求書とともに屋敷のほうに届けてくれ」

「承知致しました」


どうやら明日つけていけ、ということでもないらしい。

他の店員に品物を預けた店長が店の入り口まで先導してくれる。

兄とシルヴィアが先に店を出てクラウディアも続こうとした時に店長にこそりと(ささや)かれる。


「クラウディア様、また近いうちにお立ち寄りいただけますか?」

「ええ、わかったわ」


時々あることなのでクラウディアは気軽に頷いた。


「ありがとうございます」

「来る時は連絡するわね」

「はい」


クラウディアは笑みを残して外に出た。


「本日はありがとうございました。またの御来店をお待ちしております」


深々と頭を下げる店長に見送られて店を後にした。


読んでいただき、ありがとうございました。

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