騒動の顛末と友人の提案
「ーー人違いの婚約申し込みだから取り消させてほしいって言われたの?」
そう呆れたように言ったのは、クラウディアの貴族の中では唯一のと言っていい友人のヴィヴィアン・モーガン侯爵令嬢だ。
「ええ、そうよ。お父様も唖然としていたけれど、慰謝料をもらうことであっさりと受け入れていたわ。まあ、私は全然構わないのだけれど」
父が何故唖然としていたかはわからないけれど、クラウディアには想定内、というより当然の結末だ。
むしろ撤回してくれて有り難く思っている。
ヴィヴィアンは苦笑している。
「相変わらずねぇ。ああ、だったらうちの兄なんてどうかしら?」
「兄も同じようなことを言っていたわ」
兄はもっとひどく押しつけるか、みたいな言い方だったが。
双方の兄たちは同い年で、同じ時期に寄宿学校に通っていて、何だかんだ気の置けない友人同士なのだ。
もちろん、兄は冗談のつもりだったに違いない。
クラウディアではアーネストの妻ーー次期侯爵夫人は務まらない。
兄もそれはわかっている。
「でも、アーネスト様には婚約者の方がいらっしゃるでしょう」
「ああ、あれね、破談になったわ」
それは初耳だ。
領地に引きこもってばかりで世間の噂には疎いが、クラウディアの耳に入ってもおかしくはない情報だった。
兄は知っていたに違いない。
だからこそ、押しつけるか、などと言えたのだ。
その時に教えてくれてもよかったじゃない、とも思ったが、文句を言えば訊かなかったクラウディアが悪いと言われるだけだ。
「あら、どうして?」
クラウディアから見てもヴィヴィアンの兄アーネストは素晴らしい男性だ。家同士の家格も釣り合っていたし、そうそう破談になるようなことは起こらないはずだ。
「兄の仕事中毒のせいよ。仕事のし過ぎで婚約者をほったらかしにしておいて愛想を尽かされたのよ。だからちょうどいいじゃない」
さもありなん。
アーネストの唯一の、と言っていい欠点は仕事中毒だということだ。
ただクラウディアからしてみれば、仕事中毒のどこが悪いのかさっぱりわからない。
恐らく気質が同じなのだろう。
「別に無理に結婚しなくてもいいのよ。私は領地の隅っこに引っ込んでいてもいいのだもの」
そう言ったら妹は「それではお姉様だけが楽しいのですわ。お姉様が好き勝手して領の収入……ではなくてお姉様の個人資産が増えるだけですわ」と言われた。
両親が個人資産を使って増やしたものは自分の収入にしていいと兄妹三人に約束したからそうなった。だから兄も妹もそれぞれの方法で収入を得て個人資産を増やしている。
一応領にも還元はしているのだが。
あと天災やら飢饉やらで領民が困った時のために一部別に管理して積み立ててあるのだが。
「今回の迷惑料じゃなかった慰謝料はすべて私の好きにしていいって言われたし、欲しいものがあるのよ」
ヴィヴィアンは呆れた表情をしている。
「そんなんだから引きこもり令嬢だの幻の令嬢だの言われるのよ」
その称号は相応しくない。
とにかくその時興味を持ったことに純粋に突き進んでいるだけだからだ。
でもだからこそ、結婚相手には選ばれないのだ。
社交も家のこともせずに好きなことをしている嫁などどこの家も欲しくない。
クラウディアにしても、好きなことを取り上げられて社交や家のことをしろと言われるのは苦痛以外の何ものでもない。
だから結婚などしなくてもいいのだ。
家の恥だと言うのなら、領地の隅っこに隠居する準備はいつだってできている。
幸い家族の誰もそんなクラウディアを邪険になどしないが。
「私のどこを見て引きこもりだなんて言うのかしら?」
「隙あらば領地に引っ込んでいるからでしょう」
「そんなの私だけではないわ」
そう、領地にずっといて社交の場に滅多に出てこない令嬢はクラウディアの他にも何人もいる。
別に珍しくないのではないかしら、と思っているのだが賛同者に出会えたことはない。
ヴィヴィアンははぁっと溜め息をついた。
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