お土産と贈り物
「あっ」
クラウディアはそのお店に思わず駆け寄った。
「あっ、クラウディア!」
ヴィヴィアンの声が背後から追ってきた。
「なるほど、こういうことか」
苦笑するアーネストの声も。
「クラウディア、このお店が気になるのかしら?」
背後からヴィヴィアンに言われてはっとする。
今日は気をつけようと思っていたのに。
「ごめんなさい」
「大丈夫よ。それよりこのお店に入りたいのかしら?」
「うん。いいですか?」
クラウディアはアーネストに視線を向ける。
「もちろん構わないよ」
アーネストの承諾も得て三人で店に入る。
そこは文房具店だった。
「それで、クラウディアは何が気になったの?」
「あ、あの窓際に置物があったでしょう? たぶん紙を押さえるものだと思うのだけど、お兄様へのお土産にいいかも、と思って」
クラウディアの発言を受けて三人で商品の飾ってある窓際に行く。
「これよ」
二人が無言になる。困惑しているのだろう。
それは、ごつごつとした石のようなもの。どことなく何かの動物のように見えなくもない。何、とははっきり言えないが。
「それは文鎮だな。書き物をする時にそれで紙を押さえておくんだ」
その声に振り向くと、気難しそうな男性がカウンターの向こうからこちらを見ていた。店主のようだ。
棚の前に立ち商品の整理をしていた青年が申し訳なさそうに頭を下げる。
店主はいつでも誰にでもこのような態度なのだろう。
ふむとクラウディアは頷く。
「手に取っても構わないかしら?」
「ああ」
クラウディアはそっと手に取る。
確かに程よい重さだ。
気のせいかほんのり温かくも感じる。
うん、お兄様へのお土産はこれにしよう。
満足げに微笑んだからかアーネストが確認してくる。
「それでいいのかい?」
普通は文鎮はお土産にしないものなのだろうか?
いや、しないか。
「ええ、いいのですわ。兄が好きそうなデザインですもの」
「それならいいのか」
「いいのですわ、お兄様。贈り物というのは、相手が喜んでこそですわ。いくらセンスがよくても相手が好まないものを贈るのは迷惑以外の何物でもありませんわ」
何だろう、妙に実感のこもった重い言葉だった。
ふと先程の小物を扱う店でのことを思い出した。
……深く聞かないほうがいいだろう。
話を聞いていたのだろう、青年がすっと近寄ってきた。
「こちらでお預かりします」
「お願い」
クラウディアは文鎮を青年が差し出したトレーの上にそっと置いた。
「まだご覧になられますか?」
「ええ」
「ではカウンターでお預かりしておきますので」
クラウディアが頷くと青年は一礼してカウンターのほうへ向かう。
クラウディアたちは店内を見て回ることにした。
それが視界に入った途端、アーネストへの贈り物はあれしかないとそれ以外は考えられなくなった。
「ヴィヴィアン、アーネスト様への贈り物を買いたいから気を逸らしておいてもらえる?」
「いいわ」
ヴィヴィアンがアーネストのもとへ行き話しかけている間にガラスケースに寄る。
中には硝子壜に入ったインクと共に様々な色や模様の万年筆が整然と並べられていた。
「この琥珀色の万年筆とインクを贈り物用に包んでもらえるかしら?」
ガラスケースの奥にいた店主はちらりとアーネストのほうを見てクラウディアを見た。
そして何本もある琥珀色の万年筆から一本迷うことなく取り出した。
それは琥珀地に菫色と緑色を散らしたものだった。
自分の瞳の色が入っていて珍しくもクラウディアは動揺する。
「えっ、いえっ、」
「今日の思い出に渡すんだろう? これしかないだろうが」
店主がクラウディアのドレスに目を向ける。
緑は今日のドレスの色だった。
いえ、でもこれはお礼であって、思い出とかそういうのではないのだから、こんなふうにクラウディアを彷彿とさせるものでなくても……
「この太さならあの男の手にも馴染むだろう。それでインクの色は?」
「ブルーブラックで」
「わかった。これでいいな?」
店主は素早くブルーブラックのインクの小壜を万年筆の隣に置く。
それでも躊躇っていると小さく囁かれる。
「そろそろこちらに来そうだがいいのか?」
店主の目は覚悟を決めろと言っていた。
クラウディアは腹を括った。
「それでお願い」
「ああ」
店主は素早く万年筆とインクの載ったトレーを持ち、ガラスケースに背を向けた。
「クラウディア嬢、何かいいものは見つかったかい?」
アーネストに声をかけられる。本当にぎりぎりだったようだ。
「はい。アーネスト様は何かありましたか?」
「うん。私もいくつか」
「よかったです。ヴィヴィアンは?」
「まだ向こうで迷っている」
アーネストが示したほうを見るとヴィヴィアンが便箋の棚の前で難しい顔をしている。
クラウディアはヴィヴィアンのもとに向かった。
「ヴィヴィアン」
「あ、クラウディア、見て。選べないのよ」
促されて便箋の棚を見たクラウディアは呻いた。
「これは、選べないわね」
「でしょう!」
可愛いものから綺麗なもの、奇抜なものまであるが、その全てがセンスがいい。
店主がぶっきらぼうでもやっていけるのは、この扱っている品物のセンスの良さのお陰なのだろう。
「ヴィヴィアン、決まったかい?」
アーネストもやってきてヴィヴィアンに声をかける。
「決まりません!」
「ではやめるかい?」
「いえ、いくつかはほしいのです」
そこは譲れないらしい。
「お願い、クラウディア、一緒に選んで」
「ええっ!」
「お願い」
縋るように見られてクラウディアは覚悟を決めた。
「わかったわ」
「ありがとう!」
クラウディアはヴィヴィアンと共に棚に向き合う。
ヴィヴィアンの好みのもの。
ヴィヴィアンらしいもの。
だがどれもこれもみな魅力的だ。
二人でしばらく棚の前から動かずに悩み続けた。
その間にキティがアーネストへの贈り物をこっそりと受け取っておいてくれた。
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