宝飾品店にて
並んで歩いていたクラウディアとヴィヴィアンは揃ってその店の前を素通りした。
アーネストが苦笑する。
「二人ともここはいいのかい?」
二人は揃って振り向き、アーネストの示す店を見た。
宝飾品を扱う店だ。
二人の反応が薄いからかアーネストが言葉を重ねる。
「普通の令嬢は興味を持つ店じゃないかな?」
ヴィヴィアンが扇を開いて口許を隠す。
「いえ、お兄様。今日は大丈夫です」
クラウディアも隣で頷いた。
「だがヴィヴィアン、せっかくコルム通りに行くなら今度の夜会用にアクセサリーを一通り揃えてくるように母上に言われていなかったかい?」
侯爵令嬢も大変ね。
クラウディアは完全に他人事だった。
母親どころか家族の誰からもそんなことを言われたことはない。
クラウディアの装飾品は全て家族がクラウディアの好みも反映して用意してくれている。
「お母様は、気に入ったものがあれば購入してくるようにとおっしゃっていただけですわ」
「なら寄らなければ駄目だろう。買う買わないはともかくまずは見てみなさい」
「はい」
ヴィヴィアンはしゅんとなる。
「クラウディア、寄っても構わないかしら?」
「ええ、もちろん」
三人で宝飾店に入るとすぐに店員が寄ってくる。
「いらっしゃいませ、モーガン様、お嬢様方」
どうやら馴染みの店のようだ。クラウディアは初めて来る。
「妹の宝飾品を見せてもらいたいのだが」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは個室だった。
室内は広く、内装も豪華ながら品よくまとめられており、置かれている調度品もみな一流品だ。
やはり高位貴族のお得意様だからだろう。
「ミントグリーンのドレスの予定なの。それに合いそうなものを出してちょうだい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員が出ていく。
入れ違いに入ってきた店員の手には湯気の立つティーカップが三脚載った盆があった。
ソファに座る三人の前にそれぞれ置くと一礼して出ていった。
お茶を飲んで待っていると、少しして店員が戻ってきた。
「お待たせ致しまして申し訳ございません」
店員はトレーに載せた宝飾品をヴィヴィアンの前に静かに置いた。
「このような感じでご用意させていただきましたがいかがでしょう? 他に御要望があれば御遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「見させてもらうわね」
ヴィヴィアンの表情が変わる。
本気になったのだ。
店に入る前までは乗り気ではなかったヴィヴィアンも店員と相談しながらあれこれと吟味している。
アーネストもそれに参加して意見を言っている。
クラウディアは大人しく座ってそれを眺めていた。
そっとアクセサリーのデザインを見ているのも楽しい。
クラウディアには考えつかないようなデザインもあり飽きないのだ。
そんなクラウディアにアーネストが訊く。
「クラウディア嬢はいいのかい?」
もしかしたら大人しく待っているだけに見えたのかもしれない。
だから声をかけてくれたのだろう。
「はい。私はあまり身に着けないので」
クラウディアはあまり夜会やパーティーに参加しないので持っている宝飾品は最低限のものだ。
領地では基本的に身に着けない。
領主の娘として対応しなければならないお客様が来た時だけは身に着けなければならないが、普段は邪魔になるだけだ。
デザインには興味があるが、宝飾品自体には全く興味がない。
ふむと少し考えたアーネストが部屋の隅に控えていた店員に声をかけた。
「彼女に似合いそうなものをいくつか出してくれ」
「え?」
「かしこまりました」
クラウディアが状況についていけていない間に目の前にいくつかの装飾品が載ったトレーが置かれた。
それを真剣な顔でアーネストが吟味する。
「これなんてどうだい?」
並べられた中から一つを手に取り、アーネストがクラウディアの耳許に当てる。
それは雫型のクンツァイトのついたシンプルな耳飾りだった。
さっと店員が目の前に鏡を置く。
耳許で揺れる耳飾りは思いの外クラウディアに似合っていた。
「うん、似合っている」
満足そうにアーネストが言う。
「自分ではどう思う?」
「そうですね、私も似合っていると思います」
アーネストは一つ頷くと控えている店員に告げる。
「これを包んでくれ」
「えっ、待っ」
「かしこまりました」
「せっかくよく似合っていたから是非贈らせてほしい」
これは、折れるしかなさそうだ。
「ありがとうございます」
「人に贈る物を選んで心浮き立つのも久しぶりだ。こちらこそありがとう」
その言葉にヴィヴィアンと彼女を接客していた店員が微笑み合ったのをクラウディアは見ていなかった。
婚約を解消してからは誰にも贈り物をしていなかったのかしら、と思っただけだった。
アーネストは忙しいからそういうこともあるだろう、と。
ただよかったですねと肯定するのも違うような気がするし、いえいえと謙遜するのも違う気がする。
返しに困ったクラウディアはとりあえず微笑っておいた。
読んでいただき、ありがとうございました。




