昼食
いろいろあれもこれもと選んだ結果、大量になった購入品は屋敷のほうに届けてもらうよう手配したところでアーネストが戻ってきた。
「二人ともお待たせ。買い物は終わったかい?」
「あ、お兄様。ちょうど終わったところですわ」
「それならよかった」
アーネストに促されて外に出る。
「お兄様、時計は直りまして?」
「いや、少し時間がかかるそうだ。今日は預けてきた」
「そうですか」
「時計はあれ一つではないから問題はないよ」
そう言うと懐から懐中時計を取り出してアーネストは時間を確認した。
「さて、そろそろお昼にしようか。今から向かえば予約の時間にちょうどいい」
「はい」
「……ヴィヴィアン、私がふらふらとどこかに行きそうになったら引き留めて」
ヴィヴィアンに頼む。
食事はとても大切だ。
幼い頃から口を酸っぱくして言われたのもあるが、その食材がどれだけの手をかけられているかも知っているし、料理人がどれだけ丹精を込めて作っているかも知っている。
だからこそ疎かにはしたくない。
ヴィヴィアンもそれを知っているので力強く頷いて承諾してくれた。
「任せておいて」
「少しくらい遅れても大丈夫だよ?」
事情を知らないアーネストは優しくそう言ってくれるが、クラウディアは首を横に振った。
「いえ、食事は大切ですので」
きっぱりと言ったクラウディアにアーネストは目を丸くした。
「お兄様、クラウディアは食事をとても大切にしているのよ」
「そうか。それはいいことだね」
「お兄様も見習ってくださいませ。仕事で忙しいからと食事を疎かにしないでください」
思わぬヴィヴィアンからの説教にアーネストは苦笑いする。
「気をつけるよ。ほら、行こう。向こうだ」
逃げるようにアーネストは先導して前に出る。
ヴィヴィアンは仕方ない人だという顔で後をついていく。
仲のいい兄妹だとクラウディアは微笑んでついていった。
*
案内された店は貴族なら気軽に入れ、庶民からは少し格式張っていると見られるようなレストランだった。
ただ高位貴族はあまり利用しないような店だ。
だからアーネストが行きつけにしている、というのは少し意外だった。
扉をくぐって中に入るとレジに立っていた中年の女性が笑顔で近寄ってきた。
「アーネスト様、いらっしゃいませ。あら、両手に花ですね」
「妹とその友人だ。予約しているはずなのだが?」
「ええ、もちろん、いい席をご用意してございます」
案内されたのは二階の窓際の席だった。
クラウディアはヴィヴィアンと並んで座り、ヴィヴィアンの正面がアーネストだ。
ヴィヴィアンが窓際の席を譲ってくれたので、クラウディアの席からは外もよく見える。
うっかり道行く人たちを観察したくなるが今日は我慢だ。
キティたち侍女や護衛たちも近くの席についている。
そうアーネストが取り計らってくれたのだ。
高位貴族の使う格式張ったレストランではこうはいかないだろう。
使用人に「好きなものを食べていい。支払いは私の方でするから」と言えるアーネストは本当に優しい人だと思う。
メニューを開き、アーネストにどんな料理かを聞きながら注文する料理を決めた。
アーネストがまとめて注文してくれる。
「素敵なお店ですね」
ぐるりと店内を見回して言うと、アーネストは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そう言ってくれると嬉しい。料理も美味しいんだ」
「楽しみです」
会話を楽しみながら待っていると、しばらくして料理が運ばれてきた。
湯気を立てている料理はとても美味しそうだ。
「いただきます」
スプーンを手に取り、一口分掬って口に運ぶ。
「美味しい!」
一口食べるなりその美味しさにクラウディアは夢中になった。
お肉も野菜も口の中でほろほろと崩れる。
味もくどくなくいくらでも食べられそうだ。
夢中で頬張っていると、ふとヴィヴィアンとアーネストが食べる手を止めて微笑ましそうにクラウディアを見ていることに気づいた。
無作法だったかしら?
「すいません、無作法でしたか?」
「ん? いいや、綺麗な所作で食べていたよ。あまりにも美味しそうに食べていたから見てしまっていたんだ」
「美味しく食べるのが一番の作法ではないかしら。美味しそうに食べていたから思わず見入ってしまっていたわ」
子供っぽいと思われたかもしれないわ。
二人の表情が子供を見るそれだった。
「えっと、冷めてしまいますよ?」
「そうだね」
「そうね。今度来たらクラウディアの食べているものにしようかしら。わたくしも食べたくなってしまったわ」
「ええ、いいと思うわ。この料理すごく美味しいもの。私はアーネスト様の食べていらっしゃる魚料理が食べてみたいです」
アーネストが穏やかに頷く。
「わかった。また今度連れてくるよ」
「ふふ、お兄様、ありがとうございます」
ヴィヴィアンは笑顔でお礼を言っているが、クラウディアはねだったつもりはなかった。ただアーネストの食べている魚料理が美味しそうだっただけだ。
「クラウディア、また是非お兄様に連れてきていただきましょう」
クラウディアの躊躇いに気づいたのだろう、ヴィヴィアンが誘ってくる。
「うん、クラウディア嬢、是非。クラウディア嬢は本当に美味しそうに食べるから、見ているこちらも幸せな気分になる」
それは、子供が食事する姿を見て和むのと似たようなことだろうか?
とはいえ、ここで断るのも野暮なのだろう。
「はい、機会がありましたら、是非」
アーネストが穏やかに微笑って頷いた。
ヴィヴィアンも嬉しそうだ。
これはもう彼らの中で決定事項になったのだとわかる。
ここの料理は美味しいし、ヴィヴィアンたちと一緒にいるのは楽しいからいいのだが。
ヴィヴィアンたちが食事を再開するのに合わせてクラウディアも再び手を動かす。
今度は食べることに夢中になりすぎないように気をつけて会話にも参加しつつ、幸せな気持ちで食事を終えた。
「本当に美味しかったです。今まであのお店を知らなかったなんて損してました」
弾むように歩きながらクラウディアは言った。声まで弾んでいる。
「気に入ってくれたようで嬉しいよ」
そこでアーネストは首を傾げた。
「あの店はロバートも知っているはずなんだけど、連れていってもらったことはなかったかい?」
それなら帰ったら兄にお勧めの料理を訊いてみよう。
「兄とはあまり買い物には行きませんので」
「ではロバートとはどこに出掛けるんだい?」
「兄は観劇に連れていってくださったり、公園や図書館に付き合ってくれたりします」
「まあ。クラウディアの好きなところばかりね」
その代わりに夜会だのパーティーだののパートナーに引っ張り出されるのだがそれは言わなくてもいいだろう。
「なるほど」
なるほどとは一体どういうことだろう?
少しだけ首を傾げる。
だがすぐに会話は移り、その疑問はすぐに忘れ去ってしまった。
読んでいただき、ありがとうございました。
ちなみに、
クラウディア→シチューのようなもの
アーネスト→魚料理
ヴィヴィアン→野菜のア・ラ・カルト
です。




