あり得ない婚約申し込み騒動
兄の惨敗で終わった夜会にほっと胸を撫で下ろし、領地に戻る前にやることを指折り数えていると執事長がやってきた。
「あら珍しいわね。何かあった?」
後ろには数人の侍女を連れてきている。
普段クラウディアの世話をしてくれるのは専属侍女のキティだ。
他の侍女はキティの手が足りない時だけ手伝ってもらっている。
それなのに、だ。
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「シルベスター侯爵家のギルベルト様がお嬢様に婚約の申し込みに来ていらっしゃるので、旦那様がお嬢様に同席するように、とのことです」
「私に? 妹と間違っているのではなくて?」
「シルヴィア様にはもう既にご婚約者様がいらっしゃいます。ギルベルト様はクラウディア様をご指名されました。準備のほうをお願い致します」
慇懃に頭を下げた執事長の後ろで侍女たちが目をギラギラさせており、クラウディアは盛大に顔をひきつらせた。
「お待たせ致しまして申し訳ございません」
ギルベルト・シルベスター侯爵令息なる男に欠片も興味はなかったし、どうせ何かの間違いなのだ。
そう思って逃げようとしたのだが阻まれ、侍女たちによってたかって飾りつけられてしまった。
さらには執事長にここまで見張りの従者付きで案内されて逃げられなかった。
ならばさっさと用件を済ませたほうが早い。
部屋には父と二十歳ほどの男性がいるだけだった。
白金の髪に明るい黄緑色の瞳の男性はどこかで見覚えがある気がする。どこだったかしら?
それは今はいいわ。
それよりも、彼は一人だった。
侯爵はいない。
あちらも何かの間違いだと思ったに違いない。
そして、それは当たったのだろう。
恐らくギルベルト・シルベスター侯爵令息なる男性は、クラウディアが部屋に入ってきた時は喜色満面だった顔に今は戸惑いを浮かべているのだから。
父の隣に座るともうわかっているだろうに父は律儀に双方を紹介する。
「クラウディア、こちらギルベルト・シルベスター侯爵令息だ。ギルベルト様、娘のクラウディアです」
「初めまして、クラウディア・ラグリーですわ」
「貴女がクラウディア・ラグリー嬢、ですか?」
「ええ、本人です」
「失礼ですが、先日、パイラー侯爵家で開かれた夜会に来られておりましたか?」
「ええ、参加させていただきました」
「赤いドレスをお召しになられて?」
「ええ、あの日は真紅のドレスを着ておりましたわ。わたくしの他にも何名か赤いドレスをお召しでしたわね」
そんなに確認しなくても構わないからさっさと済ませてほしい。
シルベスター侯爵令息はがくりと項垂れた。
父はこの後どんな流れになるかはわかっているだろうに表情を崩さない。
シルベスター侯爵令息ははっとしたように一度顔を上げ、改めて深々と頭を下げた。
そしてーー
読んでいただき、ありがとうございました。
次、なるべく急ぎますね。
補足:
クラウディアは普段の一人称は「私」ですが、対外仕様で一人称が「わたくし」になっています。