手芸屋にて
その看板を目にしたのは同時だった。
「ヴィヴィアン」
「クラウディア」
名を呼ぶだけで通じる。
二人で頷き合い、しっかりと手を握る。
「はい、そこまで」
アーネストが止めに入る。
「お兄様、駄目ですか?」
「うん、書店は最後にしようか。どう考えても時間がかかる。最後に持てる時間全てを使うほうがいいだろう?」
クラウディアとヴィヴィアンはお互いを見て少し考え、同時に頷いた。
「そうですね」
「はい」
どう考えても書店は時間がかかる。
「ですがお兄様、後で絶対ですからね。忘れないでくださいね」
ヴィヴィアンが念を押す。珍しい。
アーネストは苦笑して頷いていた。
その看板を見てクラウディアは「あ」と小さく声を上げた。
「あらクラウディア、寄りたいお店があった?」
「えっと、いいえ」
クラウディアが目を止めたのは手芸用品を扱う店だ。
別に今日でなくてもいい。
さすがに手芸用品店にアーネストを付き合わせるのは憚られる。
また今度キティを連れて来よう。
だがヴィヴィアンはクラウディアの視線を追って手芸用品店の看板を見つける。
「また何か作るつもりなのね」
「ええ。でも今日じゃなくていいから」
気を遣ってくれたのはアーネストだ。
「じゃあ私は少しあの店に寄ってくるよ」
アーネストが向かいの店を指す。
看板からして時計を扱う店のようだ。
「昨日懐中時計が止まってしまってね。見てもらってくるから、戻るまで二人は店内にいてくれるかい?」
「わかりましたわ」
ヴィヴィアンが頷き、クラウディアを促す。
本当に今日でなくてもいいのだけど。
「行くわよ、クラウディア。わたくしも刺繍糸とか欲しいのよ。ちょうどよかったわ」
「迎えに来るまで中にいること。いいね?」
「はい」
きちんとクラウディアたちが店の中に入るのを見届けてからアーネストは向かいの店に歩いていく。
それを店の中から見送っているとヴィヴィアンが何でもない口調で言う。
「お兄様がおっしゃっていたことは本当よ。昨夜困ったな、とおっしゃっていたもの」
それなら双方にとってよかったのだろう。
「それでクラウディアは何が欲しいの?」
「この間言っていたドレスの刺繍に使う刺繍糸とあとは気になったもの、かしら。ヴィヴィアンは何を刺すの?」
「具体的には決まっていないけれど、手持ちの糸が少なくなってきたから買い足したいのよ」
話しながら刺繍糸がある一画に向かう。
この店は時折来るのでどこに何があるのかはわかっていた。
辿り着いた先は小さな引き出しがたくさんある棚だ。
その引き出しそれぞれに刺繍糸の束が入っておりそこから欲しい分の束を取り出すようになっている。
二人とも慣れた手つきで引き出しから糸の束を取り出し籠に入れていく。
「茶系統のばかりね」
「ええ。せっかくだから元の刺繍を活かそうと思うの」
「そうなのね。わたくしも完成したら見てみたいわ」
「じゃあ出来たら連絡するわね」
「ええ、楽しみにしているわ」
お喋りをしながらヴィヴィアンが籠に入れていくのは華やかな色だ。
刺繍糸を選び終わり、他にも何かないかと店内を歩き回り、ヴィヴィアンが無地のハンカチに目を留めた。
「クラウディア、お兄様へのお礼を考えているなら刺繍入りのハンカチにしたらどうかしら?」
刺繍は得意だ。
だが婚約者でもないのにいいのだろうか?
「迷惑にならないかしら?」
「婚約者もいないし問題ないわ。それに刺繍入りのハンカチは何枚持っていてもいいもの。わたくしも贈るから一緒にどう?」
クラウディアは少し考えて頷いた。
「そうしようかしら」
「お兄様もきっと喜ぶわ」
「そうだと嬉しいわ。でも、どういうものがいいかしら?」
身内くらいにしか刺繍したハンカチを贈ったことがないのでどういうものがいいのかわからない。
「イニシャルにワンポイントくらいでいいわよ」
「イニシャルにワンポイント……あ、キティ」
「お嬢様、どうぞ」
すぐさま小さなノートと鉛筆が差し出された。
「ありがとう」
受け取ってすぐさまデザインの素描をする。
「デザイン、決まったのね」
「ええ。ついでに家族の分も刺そうかしら。ヴィヴィアンもいる?」
「まあ、わたくしにも? 嬉しいわ。ああそれならわたくしもクラウディアに刺すから交換しましょうよ?」
「まあ、ヴィヴィアンが私に刺してくれるの? 嬉しいわ。そうしましょう」
店員が出してくれた無地のハンカチの中から多めに選び出し、再び刺繍糸の置かれている一画に戻る。
「ふふ、楽しみね」
「ええ、楽しみね」
刺繍糸を選びながら二人で微笑み合った。
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