ちょっとした遊び心
約束当日。
「おはよう、クラウディア嬢」
「おはようございます、アーネスト様」
アーネストはクラウディアの装いを見て微笑んだ。
「今日の装いも素敵だね。アクセサリーはもしかして私たち兄妹の色かな?」
アーネストの言葉に愕然とする。
今日の服装は動きやすい若草色の外出着のドレスだ。小さな花が全体的に散らされていて可愛らしい。
髪はすべて編み込んでまとめてある。
そして、アクセサリーは、スモーキークォーツの耳飾りとトパーズの首飾りだ。
昨日、母とシルヴィアが部屋にやってきて今日の装いをすべてあれやこれやと相談しながら決めてくれた。
アクセサリーはヴィヴィアンの色だと言っていた。
一緒に出掛けるのだからこれくらいの遊び心はいいのだと。
だがよく考えれば、ヴィヴィアンの色ということは、アーネストの色でもある。
婚約者でもないのに、それは駄目だろう。
「も、申し訳ありません! すぐに変えてきます」
「大丈夫だから落ち着いて」
「ですが、」
優しく手を取られ、両手で包まれる。
「落ち着いて。もしかして自分で選んだものじゃなかったのかい?」
「昨日母と妹が選んでくれて、遊び心よ、と……」
「うん。あえて少しだけ色味をずらしてあるようだ」
確かに、スモーキークォーツの茶色は二人の髪色よりも濃いし、トパーズの黄色よりも二人の瞳の色はややオレンジがかっている。
「実は私たちも同じことをしてきたんだ」
そう言って見せてくれたのはカフスボタンだった。
そこにピンクがかったアメシストが使われている。
アーネストは茶目っ気のある笑みを浮かべて言った。
「ちょっとした遊び心だよ」
ほっとしてクラウディアは強張った身体から力を抜く。
「さあ、行こうか」
「はい」
そのままアーネストが馬車までエスコートしてくれる。
「クラウディアお嬢様、いってらっしゃいませ」
執事長が頭を下げて見送ってくれる。
隣で侍女長も頭を下げていた。
ラグリー家では使用人の見送りは不要と普段から言っている。
家人を見送るのは執事長と侍女長だけだ。
家族は今日は全員朝から出掛けている。
下手したら家族全員に見送られるのでは、と密かに危惧していたが杞憂だったようだ。
馬車の隣にはモーガン家の侍女が一人と御者が控えていた。
「今日はよろしくお願いしますね」
「丁寧なお言葉をありがとうございます」
「お荷物は大丈夫でしょうか?」
「ええ」
小さな鞄一つだけだ。彼らの手を煩わせることはない。
「出発する」
「承知しました」
モーガン家の侍女はクラウディアたちに頭を下げて御者台のほうに行く。
馬車は四人乗りで、未婚の令嬢であるクラウディアとヴィヴィアンは侍女を連れていかなければならない。
婚約者ではない異性であるアーネストと同乗する以上、クラウディアの侍女が馬車に同乗することになる。
モーガン家の侍女は御者の隣に座っていくことになる。
それが決まりだ。家の序列は関係ない。
御者一人が扉の横に控える。
クラウディアはアーネストの手を借りて馬車に乗り込む。
「おはよう、クラウディア」
「おはよう、ヴィヴィアン。今日の装いも素敵ね」
「ありがとう」
今日のヴィヴィアンの装いは、落ち着いた色味の赤いドレスにピンクがかったアメシストをいくつも連ねた耳飾りとオレンジサファイアをメインに使った首飾りだ。髪はドレスと同色のリボンでまとめられていた。共布かもしれない。
ヴィヴィアンがクラウディアの装いを見て微笑う。
「わたくしたち"お揃い"ね」
「ええ、そうね」
お互いの色を少しずらして身につける。これも"お揃い"ではあるだろう。
「ふふ、今日のクラウディアの装いも素敵だわ。それに、嬉しい」
「ありがとう。私も嬉しいわ」
クラウディアはヴィヴィアンの向かいに座った。
クラウディアの隣にはキティが乗り込む。
最後にアーネストがキティの前に座り、扉が閉められた。
「行きますよ」
御者が一言告げ、馬車はゆっくりと走り出した。
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