不意打ちのお茶会
二日後。
私は何でここにいるのかしら……?
思わずクラウディアは遠い目をしてしまう。
今いるのは母の知り合いの侯爵夫人のお茶会だ。
今朝突然告げられ、あれよあれよと準備を調えられ連れ出されて今現在母や同年代の令嬢、彼女の母親らとともにテーブルについている。
この手際のよさからしてもともと領地に帰る前に引っ張り出すつもりだったに違いない。
「シルベスター様のことは残念でしたわね」
隣の令嬢が気遣うように言う。
さすがに母が厳選したお茶会の参加者だ。
そこには隠された嘲りや優越感などはなかった。
「あ、いいえ。シルベスター様が想っている方と結ばれたのでしたらむしろよかったですわ」
「クラウディア様は思いやりのある方ですのね。でも、どうしてクラウディア様とキンベリー様を間違われたのかしら。似ていらっしゃらないのに」
そこで母が口を挟む。
「何でもドレスが似ていたそうなんですの。クラウディアも似たドレスを着たご令嬢がいて覚えていてシルベスター様に教えて差し上げたのよ」
テーブルを囲んでいる皆が一様に眉をひそめる。
「まあ。一体どこの仕立て屋で仕立てたドレスなんですの?」
一人が声を上げた。
顧客の情報を流すような仕立て屋など誰も使いたいとは思わない。
「ロバートが同僚の方から紹介されたところらしいのですが、今度きちんと聞いておきますわ。ロバートもその方の紹介ならと発注したようなのですが……」
母が言葉を濁す。
夫人の一人が母に訊く。
「その同僚の方とは誰なのでしょう?」
ことはその同僚の評判に関わる。
母も軽率には明かさないだろう。
そう思ったのだがーー。
「ベート伯爵の次男の方ですわ」
あっさりと母は明かす。
大丈夫かしら?ご迷惑になるのでは……
と危惧するクラウディアを余所にご夫人方は納得したような表情をしている。
「ああ……あの方でしたら、そうですね、誰かに利用されてしまったのかもしれません」
「お姉様のジュリアーナ様はセンスのいい方ですもの。ロバート様が信用してしまっても仕方ないかもしれません」
利用したほうと仕立て屋が悪いという空気になった。
今回の一件、クラウディアが思っていた以上に母は怒っていたのかもしれない。
ところで、ベート伯爵の次男の方やジュリアーナ様とはどのような方だったかしら?
クラウディアの頭の中の貴族名鑑ではよくわからない。
恐らくたぶん会ったことがないのだろう。
皆の反応からしてベート伯爵の次男の方は人のいい方なのだろう。
お姉様のジュリアーナ様は流行を作る側の人かしら。
一瞬だけ母の視線が突き刺さった。
帰ったら復習させられるだろう。
「クラウディア様、どうか気を落とされませんように」
「そうですわ。きっと素晴らしいご縁がありますわ」
令嬢たちが慰めの言葉をかけてくれる。
本当に性根のいいご令嬢方だ。
落ち込んでいるわけでも素敵な縁を待っているわけでもないのが申し訳ない。
「わたくしは心配しておりませんの」
クラウディアが口を開く前に母が言った。
余所行きの、少し芝居がかった言葉だ。普段母は"わたくし"などとは言わない。
一体何を言い出す気なのかとクラウディアは警戒した。
「まあ、どうしてですの?」
「まさか、他に誰かいらっしゃるの?」
ふふ、と母が笑って皆の意識を引きつける。
嫌な予感しかない。
「クラウディアは明日アーネスト様と出掛ける約束をしていますの」
母が明日の約束を暴露する。
「お母様!」
アーネストに迷惑をかけないように言ったのはどの口か。
クラウディアの抗議の声はきゃあという黄色い声にかき消された。
「まあまあ! それなら確かに何も心配することはありませんわね」
「アーネスト様なら、ええ、ええ、間違いないですわ」
「婚約も先日解消されたようですし、何も問題はありませんわ!」
皆が口々に興奮気味に言う。
まずい。このままではアーネストに迷惑がかってしまう。
「あの皆様、妹のヴィヴィアン様も一緒ですから」
決して二人きりではないのだと訴えるが皆わかっているという顔でにこにこ微笑いながら頷いている。
「ふふ、いきなり二人きりだと緊張してしまいますものね」
「ヴィヴィアン様はクラウディア様とも仲がいいですものね」
「それにアーネスト様は婚約を解消してまだ間もないですもの。二人きりだと口さがない者たちに何を言われるかわからないですものね」
わかっていますわという顔で斜め上のことを言われてクラウディアは心の中だけで頭を抱える。
どうすれば……と思い悩むうちにも彼女たちの話は進んでいく。
「あらでもアーネスト様の元婚約者の方はもうすでに新しい婚約者ができていますよね」
「ああ、何でも公爵家の嫡男の方とか」
「次を見つけたから婚約解消を申し出たのではないかともっぱらの噂ですわ」
「新しい婚約者のほうが身分が高いですもの。そちらのほうがいいと考えたのかもしれませんわね」
……クラウディアが知らなかっただけで、アーネストの元婚約者に新しい婚約者ができたことはもう知れ渡っているようだ。
情報操作をしたわけではなさそうだが、婚約解消の理由がアーネストの多忙さのせいではなく元婚約者が乗り換えたからだという理由のほうがまかり通っている。
それほど、元婚約者が次の婚約を調えるのが早かったということだろう。
一部の貴族に眉をひそめられるほどに。
クラウディアは余計なことを言うつもりはないが。
「アーネスト様が可哀想です」
「でも、薄情な婚約者と結婚されなくてよかったではありませんか。聞いたところによるとヴィヴィアン様ともあまり仲がよろしくなかったようですし」
……本当に社交界の情報網の恐ろしいこと。
クラウディアにはこの中で生きていくのは無理だ。
曖昧に微笑んで話に加わらないクラウディアのことを誰も気に留めない。
「ああ、アーネスト様はヴィヴィアン様のことを可愛がっていらっしゃいますものね」
「婚約者と妹の仲があまりよろしくないのはさぞかしアーネスト様の心を痛められたでしょうね」
「何でも一方的にヴィヴィアン様を疎んじてらしたとか」
「ヴィヴィアン様はそれでもきちんと婚約者の方を立てられていたそうですわ」
「まあ、ひどい方ですわね、本当に」
誰もアーネストの元婚約者の名前は出さない。
クラウディアは家格の釣り合う侯爵家の令嬢だったということしか知らない。
ヴィヴィアンは彼女のことを話そうとはしなかったし、クラウディアは特に知らなくても問題はなかった。
あくまでもクラウディアとアーネストの関係は友人の兄で、兄の友人でしかない。
直接的な関係はないのだ。
だから先程までのようにアーネストとの関係を勘違いされるのは本当に困るのだ。
「その点、クラウディア様はヴィヴィアン様とお友達ですもの」
いきなりクラウディアのことに話が戻ってきた。
「アーネスト様も安心できますね」
いや、待ってほしい。クラウディアが"引きこもり令嬢"と揶揄されていることを是非思い出してもらいたい。
そもそもクラウディアはアーネストに相応しくないのだ。
だが口を挟む隙を見つけられずそれを伝えることができない。
皆の視線がクラウディアに集まった。
「クラウディア様、アーネスト様とのお出掛け、楽しんできてくださいね」
笑顔で言われる。
それに皆笑顔で頷いている。
母も満足そうだ。
言えない。言ってもまた斜め上に解釈されるだけだろう。
「あ、ありがとうございます」
クラウディアはひきつりそうな笑顔で何とかそれだけ言った。
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