兄妹のじゃれあい?
夕食後、クラウディアは一人で居間でお茶を飲んでいた。
父はともかく、いつもなら母やシルヴィアがいることも多いのだが、二人とも何だか楽しそうに自室に引き上げていった。
シルヴィアはともかく母については何を考えているのか心底恐ろしい。
「珍しいな、クラウディア一人か」
一人だからと読んでいた本を閉じて視線を向ける。
兄が向かいのソファに腰を下ろすところだった。
「お兄様、何か御用でしょうか?」
「いいや?」
侍女が兄の前にもお茶を出す。
兄は礼を言ってから口をつけた。
「そうですか」
寛ぎに来ただけだろう。
それならば本の続きを読んでも問題ないだろう。
そう結論づけてクラウディアは再び本を開く。
「いくら何でも冷たくないか?」
兄の苦笑混じりの声に顔を上げる。
「お兄様は寛ぎに来たと判断したのですが?」
「ああ、間違いではないな」
「なのでお邪魔しないようにしようとしたのですが?」
「そこは兄と話してやろうと思ってもいいのではないか?」
クラウディアは首を傾げる。
「お兄様は私と話したいのですか?」
これみよがしに溜め息をつかれる。
「どうせすぐに領地に帰ってしまう妹と少しくらい話したいと思ってもいいだろう。冷めた兄妹関係じゃあるまいし」
すぐには帰りません、と言おうとしてやめた。
兄はアーネストのことを教えてはくれなかった。
少しくらい意趣返ししてもいいだろう。
だがその目論見は兄の次の言葉で呆気なく潰える。
「それでいつ帰るつもりなんだ?」
「……しばらくはこちらにいる予定です」
がたんと立ち上がって兄がクラウディアの隣に移ってきた。
クラウディアの手を握り顔色を確認しながら早口に言う。
「何か悪いものでも食べて具合が悪いのか? だから言っているだろう、好奇心で何でもかんでも手を出すなと」
兄が一番ひどい。
「違います。私は元気です。どこにも異常はありませんわ」
クラウディアは兄の手を振り払おうとしたが、しっかりと握られているので叶わない。
「一体何を食べたんだ? 素直に白状しなさい」
「違います。用事があるのでしばらく王都にいるだけです」
きっぱりと言うと兄は安心したように脱力した。
その隙に手を奪い返す。
兄はそのまま自分のティーカップを引き寄せ、気を落ち着かせるように一口飲む。
納得したはずなのに何故まだ隣に座っているのか。
「ちゃんと他の家族にも言っておくんだぞ。騒ぎになるからな」
いくらなんでもクラウディアがしばらく王都にいるからと言って騒ぎになったりはしない、と反論したかったが、母はともかく、父も妹も動揺がひどかった。
「……みんな知っているので大丈夫です」
兄はぴたりと動きを止め、何かを思い巡らせるような間を空けた後で溜め息をついた。
「道理で皆と話が合わないはずだ。俺一人だけ除け者にしてひどくはないか?」
「お兄様も私にアーネスト様のことを教えてくださらなかったではありませんか。お互い様です」
「何だ、拗ねていたのか」
「別に拗ねてはいませんわ」
兄はまったく信じず、宥めるようにぽんぽんと頭を撫でられた。
本当のことなのに。
「それでしばらく王都にいて何をするつもりだ。お前のことだ、何か興味があるものがあるのだろう?」
「約束があるのです」
「約束? 誰とだ?」
何故追及してくるのか。
黙っていると兄の目が鋭くなった。
「……知り合いとですわ」
別にヴィヴィアンとアーネストとだと素直に言ってしまってもよかったが、何だか癪に障ったのではぐらかすように言うとまた手を掴まれた。逃がさないようにだろう。
「お前の知り合いだと逆に見当がつかないな」
クラウディアの交遊関係は何故か概ね兄に把握されている。
「それで、誰とだ?」
「何故お兄様に話さなくてはなりませんの?」
「ほぅ、俺に言えない相手だと?」
兄の声が一段低くなった。
ここが潮時だろう。
「……ヴィヴィアンとアーネスト様とですわ。シルベスター様との一件で気を遣ってくださったのです」
「ああ……ヴィヴィアン嬢とアーネストか。なら、心配はないな。いや、逆に心配か」
兄はほっと気が抜けたようだった。
ぶつぶつ言っている間に手を取り返そうとしたが、何故か今回はいまだにしっかりと手をつかまれている。
それから何故か兄なりに一つの結論に達したらしい。
「ああ、なるほど。だからアーネストの婚約解消のことを気にしていたのか」
納得したように言うのにいらっとした。
さらにはクラウディアが手を振りほどこうとしているのを兄は楽しそうに見ている。
完全に面白がっている。
兄はクラウディアには意地悪だ。
シルヴィアにはしているところを見たことがない。
きっとこういう時に普段迷惑をかけている分の意趣返しをしているに違いない。
「お兄様、いい加減手を離してくださいまし」
「何故だ?」
「何故ではありませんわ。むしろ私のほうが何故と聞きたいくらいですわ」
「これくらいで怒るな」
そう言ってようやく兄が手を離してくれる。
また手を取られてなるものかと兄から少し距離を取る。
それに兄は片眉を上げただけで何も言わない。
何故こんな意地悪な兄とあの優しいアーネストが友人なのだろう?
きっと兄がアーネストの優しさに甘えているに違いない。
そこではたと思い至った。
「お兄様、アーネスト様に余計なことを言いましたか?」
「アーネストに?」
兄は心当たりがないのか首をひねる。
「あいつに会ったのはパイラー侯爵家の夜会に行くと聞いた時が最後だな。結局仕事で来られなかったみたいだったが」
あの夜会で兄が探していたのはどうやらアーネストのようだ。
きっと久しぶりに会ってゆっくりと話したかったのだろう。
「アーネストがどうかしたのか?」
「いえ。気遣ってくれたり心を配ってくれたりと優しくしてくださったので、お兄様が何かアーネスト様に言ったのかと思っただけですわ」
兄は何事かを呟いて考え込む。
「お兄様? 私、何か変なことを言いましたか?」
「うん? ああ、いや。そもそもあの仕事中毒者がその時間によく屋敷にいたなと思ってな」
「仕事のしすぎだと追い出されたとおっしゃっていました」
「ああ、婚約解消の件もあるからな。配慮するか」
「ええ、そうだと思います」
クラウディアに微笑いかけてぽんぽんと兄がまた頭を撫でる。
「まあ、楽しんでこい。あまりヴィヴィアン嬢には迷惑をかけるなよ」
アーネストならいいのか。
兄の考えていることは本当によくわからない。
読んでいただき、ありがとうございました。




