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小国の戦争~大国の軍靴の下で~  作者: Nameless_Gonbe
3/5

希望の芽は

 夏宮のある街ヴァネッサ。その前縁の小さな独立村落。気も滅入る()()に継いだ逃避行は疲労の限界に達して、ここにたどり着いたことを言い訳に、留まっていた。要するには、絶望を明らかにして、事ここに至っては形ばかりの抵抗でもして、死ぬなり投降するなり好きにしようといったナゲヤリである。

 この村落に入る直前の丘を越えた時、ヴァネッサの街と海が見える。今日それを見た時、その海には帝国の旗を高らかに掲げた、見たこともないわが王城よりも巨大で備砲はいちど巡礼した聖地の大神殿の柱の様に太く長い化け物の様な軍船(いくさぶね)が見える限り4隻も浮いていて、その支援を受けてこれまた巨大な船が軍勢とその物資を我が物顔で自在に揚陸していた。夏宮には高らかに敵の軍旗が翻り、その上をこれまで見たのとは違うが、おそらく敵の鉄竜が支援している様を見せつけられた。

 その瞬間から、『もうおしまいだ。われわれの戦争は終わった』、という絶望感ばかりが胸中にあった。これはおそらく私だけでなかろう。皆言葉をを失って、消し炭か何かのような心持ちで、茫然としたままここに陣地を作っている。何かをしていなければ落ち着かないが、そのこういうの目的はとうに失われている。惰性だ。惰性で戦争をしている。村落の自衛用のバーミント猟程度のしょうもない弩とそこいらの適当な男手を刀槍で脅して兵隊の穴埋めにして、惰性の戦争の生贄にしている。

 村の囲壁の裏手に矢玉から身を隠せる乾堀(かわきぼり)を掘り、囲壁に新たな狭間(さま)を開けたり既存の狭間を擬装したりして備えをつくる。惰性だ。

備えとは別個に一つの集団を作り、これが攻め手の横合いを襲撃する乗馬部隊とした。指揮は父上の信頼もあつい老近衛騎士のカンファー・ローレルに任せた。私はそういう時を見計らうセンスがない。



 斥候が戻ってきた。それを追って遠くから射撃の音が聞こえる。いよいよか。もう終わった戦争だけれど、せめて一花咲かせておしまいにしたい。

 斥候が囲壁の門を通り抜けるまでがいやに長く感じる。囲壁はまじないの刻まれた瓦と藁土でできていて、これに弾丸命中の土ぼこりと瓦が打ち砕かれて立てる音が裏まで通る。今後は呪いが解けて獣が寄り付くようになるだろうと思うと、何とも言えない心持ちだ。敵が悪いのか、ここに立ち籠ったわれわれが悪いのか。何もかも、どうにとでもなってしまえ。


 これまでより一回りか二回りも大きい戦車が悠々とやってくる。それから身を乗り出した士官は、もう勝ったも同然と睥睨している。勝ち目がないことも、わかっている。わかってはいるが、小国なら小国なりの意地を見せて、最後まで頑張る。それだけの話。


 相まみえた敵は、そのままに撃って来ない。そして、袖章など、少し身なりのいいのとその従卒らしきふたり組が白い旗を掲げて歩いてくる。降伏を呼びかける軍使か。それが来る。静寂だ。全く静寂だ。もう、おしまいでいいかな。そんな気の緩みさえ感じる静寂。それを切り裂いたのは弩の(ボルト)が放たれる音。それが軍使にあたる。ふたたび静寂。横を見れば、緊張のあまり弩の引き鉄を握りしめてしまったのがいる。次の瞬間に激しい射撃の嵐が来た。機関(ましーねん)(げべる)の銃口から火焔が瞬き、他にもあらとあらゆるところから焔が咲いては消える。反射的に乾き堀の底に伏せる。囲壁の土壁と瓦を打ち砕いて突き抜けてくる弾丸、舞い散る色々な破片。轟音とともに囲壁の一部が吹き飛ぶ。村の建物にも砲弾が降り注ぐ。力の差が圧倒的過ぎて、絶望さえ感じることも許されない。あっと言う間に形勢は決まってしまった。このまま押し切られる。戦車の近づいてくる音がする。その時、ふと射撃が弱まった。何とか情況の把握をするために身を起こす。狙撃の一発が近くを掠めたが、もうしったことか。

 カンファーの率いる乗馬集団が攻め手の側背から襲撃をしたのでそちらに敵火が指向されたのでこちらの負担が減ったのだ。図体の大きな戦車だから今こそやれば、或いはどうにかなるだろう。

 そんな希望を嘲笑うかのようにあまりにも軽々と砲と機関銃を取り回し、馬より早く戦車は自在に機動してこれを迎え撃った。戦闘とは言えない、一方的な殺戮と言うべき結果が展開された。これが戦争かこれが戦闘か。もううんざりだ。もう、たくさんだ。


「もうおしまいだ、武器を捨てろ!もうおしまいだ!何もかも終わったんだ!武器を捨てろ、何もかも投げ棄ててしまえ!」


呆けたひとりの兵隊を蹴倒して、弩も剣も解いては投げ棄てる。弩に打ち込まれた皇国からの下賜を示すプレートが土に沈む。剣の柄についた我が国の国章が石畳にあたった拍子に外れる。何もかもが終わった証拠みたいだ。それに続いて周りの兵隊たちも武器を投げ棄てる。武装解除はすぐに為された。戦車の音と敵の怒号がいよいよ近づいてきた。白のマントを引き裂いて白旗にして、ゆっくり立ち上がる。(げべーる)をこちらに向けて怒号をあげる敵の将兵。目をつぶる。この逃避行の中で死んでいった者たちの顔が脳裏に浮かんでは消える。それを刻みつけるように目を閉じた。何もかもおしまいだ。





 村の中央の広場に集められて、座っている。敵の若い兵士が我々を監視している。むこうから乗馬の女がやってきた。襟章も袖章も少し兵隊より大きく、そして一目で見てもわかるほど生地がよい。きっと高位のものだろう。管理の責任者らしいのになにか話している。この女は異様だ。見た目はうら若くそして何事も知らぬ乙女のようで、立ち居振る舞いは軍人然としながらなおも娼婦よりも娼婦らしく、見るものすべてを誘惑するかのようだ。普通の女ではない。魔性か。そもそも向こうは魔性の国であるならば、人間でないことも考えうるか。思考さえしたくないほど疲れているので、何も考えがまとまらない。

 その女が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。豊満な胸、真正面から見ているのにちらちら見える尻たぶ、顔はあまりにも良すぎて直視できない。神殿の女神像ですらこれほど美しい顔は作れないだろう。しかもそれは今生きていて血色も明らかで、柔和な笑みさえも浮かべている。もし私が男なら、この女に抱きついて、あるいは獣慾にまかせて抱き潰して見たいと思うほどそれは完然だった。見惚れていると、それは私の面前に立って、私の顔を覗き込んできた。眼福過ぎてもうそれしか見ることができない。ほかは何も。そしてその何かを突っ込んでみたくなるような口が、問を発する。皇宮でしか使わないような古語さえ交じる、帝国訛の問を。


「この備えを將いたのは貴殿なるや」


言葉も出なくて、せめて頷こうとして、でも脳が完全に支配されてしまってその顔からわずかとも目をそらしたくなくて、不自然なうなずこうとしたなにか変な身じろぎになった。ただ、それ察したのか続ける。


「私はこの大隊を率いるWilhelmina von Passchendaeleだ。貴殿らは私の支配下にある。」


それを聞いて、支配されるということに歓喜を覚え始めている自分がいて、それを止めることができない、恐れることすら許されない。これが支配か。


「一つだけ、問いをさせてもらいたい。貴殿らはなんで戦ったのだ?無駄に将兵を死なせる必要などなかったのに」


急に語調が強まり、そしてそれに呼応するように頭の浮ついた感じが収まる。ゾットするほど冷たい目が見える。人をただ餌と見る目だ。


「質問の意味がわかりません」


「汝らの国はとうに降伏していた。王族の安全を保証した上で」


急に寒気がした。そんな、つまり、ここまで来た意味は


「我々は一体いつ降伏したのでしょうか」


「三日ほど前だ。知らなかったのか?」


三日前なら、マドセン嬢も生きていた。もしそこでそれを知っていたならば、知っていたならば。喪わずに済んだはずなのだ。目の前が真っ暗になる。絶望とは、言葉を塗りつぶす闇なのか。初めて知った。なんとか、なんとか、一言だけ絞り出す。


「知らなかった)


「そうか」


その女はそれだけいうと、くるりと踵を返してどこかに歩いていく。でも、もう何も見たくない何も考えたくない。目を閉じる。失ったもの、帰ってこないものが瞼の裏に浮かんでは消える。私は今一体なぜここにいるのか。


【夏宮まで約1里(4ベルスタ)

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