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2話/組分け試験 2

「それで――ええと、リヴェルクラン……と、ブライトクロイツ、何か申しだてする事はありますか?」


 底冷えするような声で、俺の目の前に座る女教師――鍵を受け取った時の教師だ――が俺たち二人に問うた。

 俺は首を振り、ジークもまた視線を虚空に彷徨わせている。そんな二人の姿を見、女教師は何度目かもわからないため息を吐いた。


「入学初日に生徒指導室に連れてこられたのは……あなたたちが初めてですよ」


 呆れたようにかぶりを振って、女教師がしみじみと呟く。そう、俺たちは今生徒指導室にいた。

 何故か、と言えばそれは当然、大浴場をめちゃくちゃにしてしまった事を咎められての事である。ジークは女子大浴場へ侵入したことを咎められている。

 生徒指導室は、机と椅子が四つほど置いてあるだけの暗くて狭い部屋であった。立て付けが悪いのか隙間風が吹き込んできて非常に寒い。まだ春になったばかりの、それも日の落ちた時刻の風だから更にだ。

 風呂を上がって間もない内にここに連れてこられてしまった俺は、体をなるべく小さくして熱が逃げないようにするしかなかった。隣に座るジークは、口を半開きにしてぼけーっと空を見つめている。……いや、目の焦点が合っていないので、おそらく空腹が臨界点を越えたのだろう。燃費の悪い体だ。

 反省する意思ゼロの俺たちを一瞥して、またも女教師がため息を吐く。その顔には、『私も早く暖かい布団で寝たいのですけれども』と大きく書いてあった。なら早く返してくれればいいものを。


「……校長がお出でになるまで待ちなさい。なんせこれは……そう、道徳的にも問題のある事ですからね」


 俺の心の内を読んだのか、女教師が静かに告げた。道徳的にも、というのはジークの女子風呂侵入に関してだろう。

 あそこにいた大半の女子生徒がジークに己の裸体を見られてしまっており、その事で少なからずショックを受けている者もいるらしい。かくいう俺も男呼ばわりされた事はかなりショックだ。神に愛された美少女である俺に対して、ここまで酷い侮辱もあるまい。

 ちなみにあの場にいたセリーとキャシーも、それぞれ違った反応を見せていた。

 キャシーは予想通り、「私の完璧なこの身体を、よりにもよってあんな男に……!」などと顔が真っ赤になるまで怒っていたが、セリーは「……ぁ、見られちゃいました、私の……その、貧相な……」と、青白い顔で何かをブツブツと呟いているのを目にしている。自分に自信があるのか無いのか、二人と感性の違いが良く現われていると言えよう。

 しかし、仮に自身の裸を見られてしまったからと言って、それをジークが気にしているかというと多分何も思っていないのだろうなと思う。

 今日でこいつと関係を持ってから二日だが、多分、おそらく、いや、絶対に、こいつの関心事は食べる事にしかそのウェイトが置かれていない。羞恥心はおろか、性欲なんて持ち合わせてないんじゃ無かろうか。

 半分だけ開かれたジークの口から垂れる涎の軌跡を無意識に追いつつ、俺はぼんやりと考えていた。


「いやぁ、すまんすまん」

「校長」


 ――と、そこで校長であるレオナルド=カルディラが生徒指導室の扉からその顔を覗かせた。悪戯っぽそうな笑みをその顔に貼り付け、こちらへ歩いてくる。

 女教師が遅刻を咎めるような瞳で彼を見たが、「すまないな、ナタリー」とレオナルドが笑いかけただけですぐに黙りこくった。その頬は心なしか染まっているようにも見える。ふむ、職場恋愛か。良いんじゃないのかね。


「さて、と。リーゼロッテ、に、ジークリンデ君。……お前達も良くやるよ」

「好きでやったわけじゃないぞ、レオナルド」


 苦笑いを見せるレオナルドに、俺は不機嫌そうに返す。ナタリーと呼ばれた女教師が、校長に対する口の利き方と、突然替わった俺の口調に対し、怒りと困惑の色をその顔に浮かべているのが見えた。

 レオナルドは、俺の本来の口調がこうである事を知っている。まあ、異世界から飛んできたのではなく、抑圧されたリヴェルクランでの生活がこうさせたと伝えてはいるが。

 だから、他の人間に対するように接するのは面倒な事この上ない。ジークの入学を頼み込んだ時は不特定多数の人間がその場にいたから敢えて丁寧な口調で話していたが、本来であればこれが俺とレオナルドのスタンダードな話し方だ。


「そうかいそうかい。大方その貧相な胸でも馬鹿にされて頭に血が上ったんだろう?」

「なっ――」


 全てを見てきたかのような口調で、レオナルドが笑いながら指摘した。


「ま、気持ちはわかるがな……。胸のない女性は魅力が半減だ」

「お前は今全国の貧乳を敵に回したな」


 それはまずいな、とレオナルドが皮肉っぽく笑った。俺はあんまり面白くない。

 すぐ側のナタリー女史は、自分の胸に視線を下ろして小さくガッツポーズしていた。良かったな、先生。


「――で、俺たちの処遇はどうなるんだ、校長サマ」

「ああ、それなんだが、残念なお知らせだ」


 残念なお知らせって何だ。退学か? 流石に風呂を壊しただけで退学は――。

 そこまで考えて、俺は隣で仮死状態にまで陥っているジークを見た。こいつは退学になり得るだけの罪状がある。

 ……それはまずい。何たってジークは俺の大切ペットなわけで、何かあった時に俺の片腕となり得る人物なのだ。

 と、そんな事が俺の顔に書いてあったのだろうか、レオナルドは声を上げて笑い始めた。


「ははは、心配するな。退学じゃあない。だが――うん、そうだな、あるいは退学よりも悪い知らせかも知れないな」

「……退学よりも……悪い……?」

「明日組分け試験が行なわれるわけだが……、お前らは問答無用でクラス確定だ」

「なんだ……それだけか」


 ふうっ、と俺は息を吐き出した。無駄に緊張したのが馬鹿らしい。

 ここフェルベール士官学校では、実力や学力によって、クラス分けがなされる。

 一番上に君臨するのが、後々の将校などを育てるような将軍ジェネラルクラス。通称特別選抜クラスと呼ばれる、まさしくこの学校でもトップクラスの生徒ばかりが集められるクラスである。かく言う俺もここに入るのを狙っていたが、クラス替えの試験は定期的に行なわれるので問題ないだろう。

 将軍ジェネラルの下に位置するクラスが、将来の佐官候補を育てる騎士ナイトクラス。一般的な目で見ればかなり良い部類だが、俺の狙いは将軍クラスのみなので興味はない。まあ、俺が入れられるクラスはここではないだろうか。

 俺の実力はレオナルドだってわかっているはずだし、まさか一番下の歩兵ソルジャークラスに配属される事はないだろう。仮にそうだとしたら屈辱以外の何物でもない。


「それだけとは、結構余裕だな?」

「騎士クラス配属だろう? 将軍クラスに初めからいられないのは残念だが――」

「――誰が騎士クラスと言った?」


 レオナルドの眼光が、片眼鏡モノクル越しに俺を射貫いた。

 おい、まさかな……? 歩兵クラス配属なんて言うんじゃないだろうな。

 嫌な予感が、存在感を増してくる。冗談じゃないぞ……。


「じゃあ、まさか、まさかとは思うが――歩兵クラス……なのか……?」

「……」


 レオナルドは、頷かない。それでは一体、どのクラスに配属されるって言うんだ……。

 歩兵クラス以下のクラスが存在するなんて聞いた事がない。だが、俺の知るクラスに俺は配属されない。

 この矛盾。一体何がどうなってる? 頭を抱えた俺に対し、レオナルドは厳かに、ゆっくりと口を開いた。


「お前とジークリンデ君は……、近衛騎士パラディンクラスに配属だ」

「近衛騎士……?」

「それがどんなクラスなのかは……、後々わかる。一般生徒には秘匿された――まあある意味では一種の選抜クラスだな」


 レオナルドは口元に涼しげな笑みを浮かべて立ち上がり、傍らのナタリー女史の肩に手を置いて二言三言呟くと――その時のナタリー女史の顔と言ったら、熟れたトマト並の赤さだった――生徒指導室を出て行った。

 だが俺は、レオナルドが出て行った後も、彼の言葉について考えを巡らせていた。


「近衛騎士クラスだと? 聞いた事もない……。それは……」

「リヴェルクラン。ブライトクロイツ。校長はあなたたちを部屋に戻すよう仰いました。もう戻って構いませんよ」

「あ、ああ……はい」


 ナタリー女史の言葉に考え事を中断し、俺は席を立った。次いで隣の席に目をやった。

 空腹のあまり、ジークはこの世から別離してしまったのだろうか。ぴくりとも動かない。


「ジーク」


 ジークを起こそうと、俺は肩を揺すった。 


「……」

「リヴェルクラン、どうかしましたか?」

「ジークが起きないんです」


 そのまま俺はジークの肩を揺すっていたが、力の入っていないジークの身体はそのまま椅子から崩れ落ち、ごとりと床に伏せった。


「……先生、こいつ、食べ物がないとこうなんです」

「……私が保健室に連れて行きます。あなたは帰って良いですよ」


 仕事が増えたこん畜生と、顔に大きく浮かべたナタリー女史に一礼し、俺は生徒指導室を去った。

 まあ、温かいスープでも飲めば、ジークのことだ、すぐ回復するだろう。


「それにしても……、近衛騎士パラディンクラス、ねぇ」




『まあ、ある意味では一種の選抜クラスだな』




 微笑を浮かべたレオナルドとその言葉を脳裏に浮かべ、俺は瞳を閉じた。

 この学園生活――、案外思い通りに事が進まないかも知れないな。







「ねぇセリー、あなた、近衛騎士クラスってご存じ?」

「近衛騎士、ですか?」


 俺とセリーの愛の巣――ごほん、303号室に戻ってきた俺は簡素なベッドに腰掛け、同じくベッドの上でその髪に櫛を入れているセリーに生徒指導室での出来事と、近衛騎士クラス配属確定の旨を伝えた。

 セリーはナタリー女史がレオナルドに恋心を抱いているのではないか、と言った時には瞳を爛々と輝かせて反応していたが、反してジークに話題が移るとその顔を少し俯けていた。年頃の女子だな。全く可愛い奴だ。


「私は……、将軍、騎士、歩兵の三つのクラスしか知りませんでした……」

「そうよね。私もだわ」


 申し訳なさそうな声を出すセリーの頭を軽く撫でる。こんなに親身になってくれる娘……、ああもう抱きしめたい。

 夜中、ずっとずっと抱きしめていたいものだ。そうすれば、近衛騎士クラスについてなんてどうでも良くなって、頭の中から吹っ飛んでいくだろう。


「でも、名前を聞く限りだと将軍クラス並じゃないですか?」


 セリーのその言葉に、俺は頷いた。

 近衛騎士と言えば、君主を守るための騎士。君主に仕え、君主のために死ぬ忠義の騎士だ。

 当然、普通の騎士以上の位を持っているし、近衛隊長と来れば、さもすれば将軍以上の権限を持つこともある。

 そう――、語感的には悪くないクラスなのだが……。


「問題なのはそのクラスが一般には知られていないことと、それ故に予測できる事態なのよね」

「へ? どういうことですか?」

「普通の生徒は存在を知らないわけでしょう? ということは、クラス替えが行なわれたとしても近衛騎士クラスは別格の存在……、つまりこの学校に在籍している限り、ずっとクラスが変わることはないのよ」


 いやはや、本当に参ったものだ。将軍クラス配属かつ主席の座を狙っていた俺のバラ色学園生活はいきなり鼻面を挫かれた形となったわけである。


「……こんな事じゃ、世界の敵には……」

「ロッテさん? 何か言いましたか?」

「あ、いいえ、何も言ってないわよ、セリー」


 取り繕った笑みを見せ、俺はセリーをぎゅーっと抱きしめる。風呂から上がってきたばかりだからか、セリーの身体からは非常に良い匂いがした。女の子特有の甘い匂いと、石鹸の爽やかな香りが混じり合い、俺の鼻腔を刺激する。

 俺はたまらずに鼻をひくつかせ、セリーの栗色の髪や肌、挙げ句胸元に顔を埋めてその匂いを堪能しまくった。


「ロッテさん……、もう、いきなり……っ!」

「いきなりじゃなかったら良かったのかしら……?」

「そ、そういうわけじゃ……ひゃぅんっ」


 ベッドの上にセリーを押し倒して、俺はその上に覆い被さった。

 今はセリーを愛でることでレオナルドの言っていたことは忘れよう。それが一番だ。

 夜は長いから、たっぷり可愛がってやるよ、セリー……。

 外見では美しい笑みを。内心ではだらしない笑みを見せ、俺はセリーの纏う下着を剥ぎに――、


「お邪魔しますわよ、リリー=リヴェルクラン……」

「……ぁ、ロッテさん……だめ……」

「……キャシーじゃないですか」

「…………あなたたち、一体全体何をしてますの?」


 突然姿を見せたキャシーに、俺はその動きを止め、セリーは羞恥で顔を真っ赤に染めた。


「見てわかりませんか? 夜のお遊びです」

「どう見てもそれを超越していますわよ」


 呆れたような顔を見せながら、キャシーは無断で俺のベッドに腰掛けた。

 薄手の、ドレスのようなローブを羽織っている彼女の胸元は開いており、そこから白い柔肌を覗かせている。

 エロい。健康的なエロさがそこにあった。俺が無意識に左手をわさわささせているのに気付いたか、キャシーは一歩俺から距離を取った。


「……それで、リリー=リヴェルクラン。あなた、生徒指導室ではどうだったんですの?」

「へ?」

「何か、罰を受けたのでしょう? その……、お風呂を壊したのはあなただけの責任ではありませんから、その……」


 どこかバツの悪そうな顔で、キャシーが言葉を紡いだ。その顔には罪悪感が見て取れた。

 あの風呂場での一件、風呂を破壊してしまったのは実は俺だけの責任ではなかった。キャシーも、その見事な双丘を揺らしながら何らかの術式を行使していたのが俺の記憶に残っている。

 彼女は、自分にも風呂場破壊の責任があるのに俺だけが生徒指導室送りになったことを気に病んでいるのだろう。

 強気なのに、こんな一面を持っているのか……。


「可愛いですね」

「へ?」

「もう、あなたのことですよ、キャシー。……気に病んでいるのでしょう? 問題はありませんよ。うふふ」

「な、ち、違いますわっ! 誰もあなた一人だけが罰を受けることについてなんて――はっ!」


 墓穴を掘ったな、キャスリン=ウィンスレット。

 俺は必死に弁明を続けるキャシーがどうにもこうにも愛おしくなって、彼女の腕を取り胸元へと引き込んだ。


「きゃっ、リリー=リヴェルクランっ!?」

「……キャシー。私たち、良い友人になれる気がしませんか?」


 殆ど鼻と鼻がぶつかるような距離で、俺は囁く。


「な、何を馬鹿な……」

「セリー。あなたも、友人が増えるのは良いことだと思いませんか?」

「はいっ! 思います! キャスリンさん、お友達になりましょう!」


 ぴょこん、と飛び起きて、セリーが屈託のない笑みを見せる。

 俺とセリーの連係攻撃。当然、キャシーに逃げることなど叶うはずもなく。


「……はぁ。どうしても、と言うのなら、そうですわね……、お友達になって差し上げても宜しいですわよ……」


 キャシーのその言葉に俺とセリーは歓喜の声を上げ、同時に彼女に抱きついた。

 全くもう、可愛い娘ばっかりだぜこの士官学校は。


「リリー=リヴェルクラン! こら、また私の胸を――!」


 両手に素晴らしい感触と、頭にキャシーの拳骨の痛みを感じながらも、俺はどこか充実した思いを抱いていた。

 近衛騎士クラス配属。何が起こるかはわからないけれど、今ここに二人の素敵な友人が出来た。

 その事実が、俺の心を軽やかな物にさせていた。こんなに可愛い娘達がいるんだ、何があったって俺は負けないさ。


「そう、負けない。俺の目的のためには絶対に……な」

「リリー=リヴェルクラン? 何か言いまして?」

「何でもないですよ。それより、フルネームじゃなくてリーゼロッテと呼んで下さいね、キャシー」

「い、いきなり抱きつくんじゃありませんわ、こら、ちょっと……!」


 まあ、なに……。今はここで甘美な戯れを楽しもうじゃないか。

 

これでリリー、もといリーゼロッテの所属クラスが確定です。

セリーとキャシーの三人娘もそろい……ってリリー含めて全員名前の最後が『ー』になりますね。まあいいや

次回はついに組分け試験、リリーとジークはどのように絡んでくるのか。

こうご期待……と

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