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2話/組分け試験 1

 あの女教師から渡された鍵を片手に、俺は寄宿舎の廊下を歩いていた。 

 俺の部屋は四階建てのこの建物の三階、角部屋にあるらしい。ちなみに男子と女子で棟が違うのでジークは知らない。

 二人一部屋らしいので、ジークが相方とゴタゴタを起こさないように祈るばかりだ。


「……なんか、保護者みたいだなあ俺」

「お前、あの男に惚れているのか?」


 俺の呟きに、腰元の鞘に収められているグランが応えた。

 惚れているか、か。どうなのだろう。

 俺の外見がいくら絶世の美少女といえど、意識、中に詰まってるココロは男子高校生のもの――と言っても実際の精神年齢は既に三十路に入っているか――だ。

 可愛い女の子を見たら、目を奪われる。

 幸いというか、この外見も相まって俺は世の男性諸君だけでなく淑女の方々からも受けが良かったりする。

 女だから、なんて関係ない魅力があるんです――、とは、リヴェルクランの屋敷にいた頃に良くつるんでいたメイドの台詞だ。

 いやはや、神に愛された美少女も辛いねえ。

 くつくつと笑って、俺は自分の部屋を探す。相部屋の娘が好みであれば籠絡するのも手か……。

 俺の命令に従って、国の高い位にいる男共を誑かせる――なんて使い方も出来るだろうし。


「いやぁ、参ったねえ」

「お前は我の質問に答えていないな」


 グランがため息混じりにぼやいた。

 はいはい、ジークに惚れているか、だろう?

 答えは何とも言えない。惚れていると言えば惚れているが、惚れていないと言えば惚れていない。

 こっちに飛ばされて、超最強天才美少女として生まれ変わった俺だが、中身は男。そう簡単に自分が男であるという認識を取っ払う事はできない。

 いやまあ、男を騙し貢がせる事の楽しさは痛いほどよくわかったが。


「答えはどっちとも言えないだ。だけど、あいつはちょっと気になる」

「……?」

「何というかな、うん、あんなに眠そうでぼけた癖に実力は持ってると来たもんだ。気にならん方がおかしいだろ?」


 目尻は常に垂れ下がり、眠そうな印象を与えるジーク。王都に初めてやってきた田舎者で、世間の常識もあまり頭に入ってはいさそうだ。

 だけど剣の実力は確実に俺より上。なおかつ華奢そうな外見に反して大食らい。

 このギャップに、心なしか惹かれているところがあるのは事実。だって面白いじゃん。


「まあ、わかったようなわからんような微妙なところだな」

「何、どうせこの後ずっと関わる事になるんだ。何せ俺は奴に餌付けしたからな」


 食べ物の恩は絶対だと、ジークは説いていた。つまり、彼に干し肉を与え窮地を救った俺は命の恩人。

 ジークは俺の言う事を聞く。絶対に。それはあいつが山賊の言う事に従っていた事からも簡単に読み取れる。

 と言う事は、俺は飼い主でジークがペットってところだろうか。


「おっと、到着到着」

 

 下らない事を考えている内に、自分の暮らす部屋の前まで辿り着いていた。

 扉は質素な木製で、表札には『303 アークライト・リヴェルクラン』と書かれている。

 俺と、もう一人相部屋の少女の苗字か。好みの娘だと良いなあ、などと考えながら俺は鍵穴に鍵を差し込み、ノブを回した。


「失礼しますわね」

「あ、初めまして! リヴェルクランさん!」


 声を上げて部屋に入ると、奥からトコトコと小さい影が駆けてきた。

 そいつは俺の目の前で急ブレーキを掛け、びしりと敬礼する。

 くりくりとした瞳と、朱の差した頬、小さな口が非常に可愛らしい。

 俺より頭一つ分小さいくらいの背であり、肩口を越えて伸びている栗色の髪を三つ編みにして、胸元まで垂らしている。

 小柄故にか正直胸は無い。全体的に小さいので、なんだか小動物然とした――好みの娘だ。


「私、セレイナ=アークライトです! よろしくお願いしますね!」

「ええ、よろしくね。セレイナ」


 笑顔で俺の手を取るセレイナに、微笑み返す。やばい、可愛い。

 ちんまい娘がぴょこぴょこ飛び跳ねてる。やばい。可愛すぎる。


「セリーって呼んで下さい! あ、私はリヴェルクランさんの事、なんてお呼びすればいいですか?」

「リリー=リヴェルクランよ。でもこの名前は嫌いだからリーゼロッテで通してるの」

「じゃあ、ロッテさんとお呼びすればいいですか?」


 構わないわよ、と俺は笑った。つられてセリーも笑う。

 ああ、俺こんな可愛い娘とルームメイトなんだな。

 今俺は猛烈に幸せを噛みしめている。セリーを籠絡するのはもう確定事項だけど、絶対に俺の手から離す物か。


「セリー……。私、あなたに出会えて嬉しいわ、ふふ……」

「ロッテさん……、はい! 私もです!」


 二人の間では少々嬉しさのベクトルがずれているような気もするが、何はともあれ俺は良いルームメイトと出会った。

 これから、二人の愛の巣をここに作り上げようじゃないか、セレイナ。うふ、うふふふふ……。


「気持ち悪いぞ、リリー」


 失礼な事をのたまいやがった聖剣は床に捨てた。







 部屋は、二人で暮らすのが限界といったレベルの広さだった。

 部屋の大半のスペースを二つのベッドが占領しており、申し訳程度に小さな机が二つ。たったこれだけだ。

 成績が優秀な生徒や特別選抜クラスの生徒はもう少し広い部屋で、しかも一人部屋を与えられるとの事であったが、いやいや、俺はこの部屋で文句など無い。むしろ神に感謝している。

 こうして俺の好みどストライクのセリーと相部屋で暮らす事が出来るのだから。これから起こるであろう嬉し恥ずかしドッキリイベントを想像するだけでニヤケが止まらない。

 やっぱ外見は女でも俺の中身は男だな、うん。


「ロッテさん、荷物置いたら一緒にお風呂行きません?」

「お風呂……ですか?」

「はい! 大浴場があるそうなんです!」


 眩しいほどの笑みを見せ、セリーが言った。お風呂……お風呂ね。

 この時代この世界に湯浴みといった文化はあまり浸透していないのかと思っていたがそうでもないらしい。

 リヴェルクランの屋敷では無理を言ってわざわざ風呂を作ってもらった位の風呂好きである俺に、この情報は嬉しい。正直士官学校に入ったら風呂なんて入れないと踏んでいたからな。

 しかし風呂に入って疲れを癒す事が出来るのと同時に、セリーのちんまい体を心ゆくまで眺めてお互い洗いっこが出来るかも知れないなんてたまらな……、あ、鼻血出てきた。


「せ、せせせせセリー……?」

「はい?」

「……洗いっこしましょうね」

「はいっ!」


 来たあああああああっ! 俺の時代が来た! 

 世界の敵にならなくても良いんじゃないかと思えるような日が、こんな早くに来てしまった!

 俺は心の中で歓喜の涙を流し、セリーと連れ立って部屋を出た。ああ、大浴場……、待っていたまえ俺のセリー(の体)。


「ロッテさんは、どうしてここに来たんですか?」

「へ?」


 部屋を出、大浴場へ向かって足を進めていると――大浴場は寄宿舎の地下にあるという――セリーが突然こんなことを言い出した。

 俺が不思議そうな顔でセリーを見ると、彼女は照れたように顔の前でその手を振った。


「あの、これからずっと一緒の部屋で暮らしていくお友達になるわけですし……。色々知っておきたいなーって」

「うんうん、素敵ね。良いわよ、どんどん話しましょう」

「えへへ」


 俺の言葉に、心底嬉しそうな顔を見せてくれるセリー。やばい、やばいやばい。理性が飛ぶレベル。

 俺は思わずセリーの頭に手を置いて、その髪の毛をくしゃくしゃとなるまで撫でた。とにかく撫でた。


「ろ、ロッテしゃんっ!?」

「私がここに来た理由はね、そう――、まず第一は得られる知識や技術、あらゆる物を得たかったから。そして第二に――」

「第二に……?」

「きっとあなたに出会うためだったのよセリー!」


 ぎゅっ、と俺はセリーを抱きしめる。セリーの小さい体が、俺の腕の中でギュッと縮こまって、それがあまりにも小動物みたいで可愛すぎて、俺はその腕に更に力を込めて彼女を抱きしめた。

 いやもうほんと、役得。天才美少女として生を受けただけでなく、堂々とこんな可愛い少女に抱きつく事が出来るなんて。


「ロッテさん、そんないきなり……」

「私、セリーに一目惚れしちゃったのよ。あなた可愛いし可愛いしなにより可愛いから!」

「そ、そんなこと……。大体それだったら、ロッテさんの方が……、綺麗だし……すらっとしてて……それで……」


 ああ、自分にコンプレックスを抱えているのかこの少女は! そんなところを含めて俺はもうセリーが大好きでたまらなくなっていた。

 大浴場で可愛がってあげるからね、うへ、うへへへへ……。

 自分の部屋の前で女子二人が抱き合っている状況に出くわしてしまった女生徒が、何か悪いものを見てしまったような顔でそそくさと通り過ぎていくのも気にせず、俺はセリーを抱きしめていた。



 結局俺たちが大浴場に到着したのは、部屋を出て三十分以上経ってからの事だった。

 仕方ないだろ! セリー可愛いんだし!







 俺たちは脱衣所に到着した。いくつもカゴが置いてあり、そこに衣服を投げ入れるようだ。ちらほらと、他の女生徒達の姿も見える。俺がこんな場所にいるのは犯罪臭いが、気にしない気にしない。

 俺は適当なカゴを見繕い、セリーと並んでその服に手をかけ始めた。


「ロッテさんって、お風呂がお好きなんですか?」

「どうして?」

「手つきが慣れてる感じがするんです」


 服を脱いでいると、セリーがそんな呟きを漏らした。

 手つきが慣れてる……か。それは服を脱ぐのが早いという事だろうか。

 確かに俺は既に服を脱ぎ終えて、一糸纏わぬ姿となっていた。白く美しい、陶磁器のような肌を惜しげもなく晒している。

 ほっそりとした長く美しい足も、なにもかも。唯一のコンプレックスである薄い胸さえも。


「私も何度かお風呂は体験した事があるんですけどね……」

「セリー、お風呂はあまり入らないの?」

「はい。でも今日からは毎日入る事になりそうですね」


 そう言って、セリーは小さく笑った。ああもういちいち仕草が可愛いなあ。

 黒いローブをやっとこさ脱ぎ終え、その下のシャツも脱いだセリーは、ついに下着に手を掛ける。

 俺がじっとその姿を伺っていたら、セリーは頬を真っ赤に染めて「見ないで下さいよぅ」と俯きがちに呟いた。

 それは、逆効果だな。とはいえ可愛いセリーの頼みでは仕方ない。俺はセリーのストリップタイムをもの凄く見たいという衝動と戦いつつ、彼女もまた一糸纏わぬ姿になるのを待った。


「あの、脱ぎましたよ……」

「ほんと? ……あら、何で隠しているの?」

「あの、その、恥ずかしいじゃ、無いですか……」


 セリーは長い手ぬぐいで、体の殆どを覆っていた。

 全てを見られないのが残念だが、恥ずかしいなら仕方ないか。

 俺はセリーの手を取って、大浴場の扉を開いた。

 

「うわぁ……」

「すごいわね……」


 大浴場はその名の通り広かった。大体五十人は入れそうなスペースが確保してある。

 近くの山で取れる岩を加工して作られた浴槽に、白い湯気を上げるお湯が張ってある。

 そしてその中で惜しげもなくその柔肌を晒す乙女達。やばい鼻血が垂れてきた……。

 

「それじゃ、入りましょうか……、セリー」

「は、はい……」


 湯船のすぐ側に置いてあった桶でお湯をすくい、体全体にかける。程よい熱さが心地よい。

 俺はもう一杯すくって、まだ緊張気味のセリーにかけてやった。


「ひゃんっ!」

「うふ、セリーってば可愛い声を出すのね」

「ろ、ロッテさん……」

「さ、お風呂に浸かる時は手ぬぐいを外すのがマナーよ」


 俺の言葉に、セリーが渋々と手ぬぐいを外した。彼女の全てが俺の視界に映る。


「……ああもう、死んでも良いわ……」

「ちょ、ロッテさん!?」


 俺はふらふらとよろめきながら湯船に浸かった。続いて、セリーも湯船に入る。

 お互いに肩を寄せ合いながら、ぼうっと、天井へと立ち上る湯気を見つめた。


「あぁ、幸せだわ」

「私もです……」

「お風呂って本当に良い物よね……」

「そうですねぇ……」


 やはり風呂は人類の考え出した最高の癒し療法だ。たまらないね。

 そうやって静かな入浴タイムを楽しんでいた俺たち二人であったが、だがそんな平和な時間は突如として上がった甲高い声に邪魔される事となった。


「あなたっ! リリー=リヴェルクランですわね!」

「……へ?」


 自分を呼ぶ声に振り向けば、浴場の入り口で体裁を気にすることなく、俺を指さしながら豊満な胸をぷるんぷるんと揺らしている金髪の少女が目に入った。

 かなりの美人だ。出るところは出ていて引き締まるべきところは引き締まっている。

 素敵な女性だとは思うが気に入らないのはあの胸だ。俺にはない豊満な胸。畜生揉むぞ。

 そんなセクハラまがいな事、と言うかもうセクハラなことを考えていると、その金髪少女はその胸をたゆんたゆんと揺らしながら大股でこちらへと歩いてきた。その姿に威嚇されたか、セリーが縮こまって俺の片腕を胸に抱く。当たってる、当たってるよセリー。

 金髪たゆんたゆん少女は俺のすぐ側までやってきて、ふふん、と偉そうに口を開いた。  


「わたくし、キャスリン=ウィンスレットですわ!」

「はぁ……わざわざ自己紹介ありがとうございます」

「入学試験では、あなたの後塵を拝してしまいましたが……、もう二度と負けませんわよ! 覚えておきなさい!」


 何故か知らないが、勝ち誇った笑みを見せるキャスリン。

 ていうか入学試験で俺に遅れを取ったって……、別に知らんがな。


「入学試験……、ですか? 特に記憶がありませんけど」

「な……、気にしているのは私だけだと言う事ですの……? 不公平ですわ!」

「えーと、仰っている意味がわからないのですけど……。キャシー」

「馴れ馴れしいですわよリリー=リヴェルクラン!」


 いきなり怒鳴り込んでくる君は常識知らずではないのか、と言いたくなったがやめておいた。

 案外面白そうだし放っておこう。


「あなたが総合成績一位……、私は二位だったんですの! わずか五点で勝者と敗者に分かれてしまったのですわ!」

「二位なら十分凄いじゃないですか」

「その上から視線が腹立たしいですわ……!」


 きぃぃ、と歯軋りして、キャシーが俺に怒りの表情を向けた。しかし、さっきからキャシーが話す度にその年齢不相応に発育した胸が、頭の上でぷるんぷるんたゆんたゆんぼいんぼいんと揺れるのがもの凄く不愉快だ。

 自分の、殆ど平らに近い胸をぺたりと触ったらなんだか空しくなった。キャシーはまだ何かを怒鳴っている。

 ……なんだか、俺も少し腹が立ってきたぞ。胸がある癖に……下らないことでべらべらと……。


「――ですから、明日の組分け試験では必ず特別選抜コースに……って、どうしたんですの?」

「……さっきから聞いていれば下らない事でガミガミガミガミと……」

「下らないとは何ですか! これはウィンスレット家に生まれた者としては当然気にすべき由々しき……」

「胸がない者の怒りを思い知りなさい!」


 叫んで、俺はキャシーのその母性の象徴に手を伸ばした。むに、と柔らかい感触が五指を通じて伝わってくる。

 そのまま、俺は力強く、でも痛くないように揉み揉みと両手を忙しなく動かす。


「なっ――!? 何をしてますの!?」

「ナイチチと呼ばれ蔑まれる事の悲しみを知らない人にはこうです! セリー! あなたも手伝いなさい!」

「は、はいっ!」

「ちょ、ちょっとあなたたちっ! あんっ!」


 ナイチチ同盟(たった今発足。会員は俺とセリーの二人)の一員となったセリーと共に、キャシーの胸を揉み続ける。

 もにゅもにゅと言った擬音が聞こえてきそうなぐらいに揉んで揉んで揉みまくる。柔らかいが張りのあるキャシーの胸は、俺の手と同じく簡単に形を変えて、それが余計に腹立たしさを倍増させる。

 超最強天才美少女である俺に、唯一授けられなかった胸が、憎き胸がここに! 畜生ううううう!


「あ、あなたたちっ……! いい加減、にっ……!」

『きゃああああああああああ!』


 キャシーが続けて何かを言おうとしたが、しかしそれは幾名かの女生徒の叫び声によって遮られた。

 思わず俺とセリーもその手を止め、女生徒全員が注目している大浴場入り口を凝視する。

 どこかで見た姿が、こちらへ向かって歩いてくる。女生徒によるフライング・桶・アタックを頭に受けても意に介せず、ゆっくりとこちらに歩を進めるその人は……、


「ジーク!? あなた何を……」

「リーゼロッテ。腹が減った。飯をくれないか」

「……は?」

「いや、腹が減って……。お前ならここにいるだろうと思ってお邪魔した。……あれ、リーゼロッテ……」

「何ですか? 早く出て行かないと私の闇魔術の餌食になりますよ」

「……お前、男だったんだなあ」


 ぶちり、と俺の中で何かが切れる音がした。

 



 気付けば俺の唇は高速で呪文を詠唱していて。




 俺の振るった左手から飛び出た闇の槍がジークや浴場を襲って。






 正気に戻った時、大浴場は見るも無惨な事になっていた。

 当然、俺が入学一日目にして生徒指導室に呼び出されたのは言うまでもない。

 ちなみにジークもであるが、自業自得だ。

というわけで第二話に入りました。

セリーやキャシー、そしてジークのボケっぷりを描きたかった話ですが、これが案外重要だったりします。

話の最後、生徒指導室送りにされた当たりが特に。

さて、そんな感じで次回の第二話その2をお楽しみに。


誤字脱字感想批評等、いつでもお待ちしております

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