1話/王立フェルベール士官学校 3
ひゅう、と一陣の風が俺たちの間を通り抜けた。
ようやく冬を抜けた、それ故に冷たい風を全身に浴びながら、俺と腹減りジークは相対する。
ジークリンデの武器は、どうやら剣のようだ。しかし、俺の持つグランのような両刃の剣ではない。
あの構え、あの反りは、俺がここに来る前の世界で何回か見た事のある――、刀だった。
「……珍しい武器を扱うのですね」
「カタナ、という」
「知ってますわ」
さて、どうしたものか。
俺たち二人の距離はそれなりにあるものの、武器が刀である以上ジークリンデは高機動型の戦法を取ってくるに違いない。
闇魔術による攪乱からの剣戟も悪くはないが、詠唱中に斬られる可能性の方が高いだろう。
流石にこの男が低級闇魔術で動きを止められるとは考えにくい。
なんてったって、空気が違う。身に纏う、空気が。
先ほど蹴散らした雑魚共とは格が違うレベルの威圧感を、こちらに嫌と言うほど放ってきている。
超最強天才美少女であるこの俺がそんな風に思ってしまうのだから、こいつの実力はかなりのものだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
対峙。この勝負は、確実に先に動いた方が負ける。
相手の一挙一動に細心の注意を払う。集中を切らさずに、奴の手先、足下を凝視する。
何らかの動きがあれば、すぐに反応できるように。
さぁ、いつ来る? このぴりっとした空気、雰囲気が、何ともたまらない。
この世界に飛ばされてきてからの楽しみが、男を誘惑する事と剣術、魔術の勉強、そして賭け試合だったのだから仕方ない。
男を誘惑するのは本当に楽しい。元が男なんだから、世の男性諸君が何を求めているのか手に取るようにわかるし。
おかげで色々と人生経験の足しになったと思う。処世術とか、男に貢がせて捨てる技術とか。
魔術の勉強は、三歳の頃から叩き込まれてきた。何たって生まれがリヴェルクラン、先祖代々魔術を生業としてきた家だから。剣術の勉強は、「野蛮だからあなたには教えられません」と言われたので、隠れて修練を積んだ。
だが何よりも剣術と魔術の実力を高めてくれたのは闘技場での賭け試合だろう。
金と、命を賭けた戦い。勝者は栄光を、敗者は絶望あるいは死を与えられる、そんな場所。
生きて栄光を手にするためにがむしゃらに戦って、その事にたまらない快感を覚えて。自分で言うのもなんだかかなり危ない人だと思う。しかし実力をつけるのは悪い事じゃない。
何たって俺の目的は世界の敵になる事だから、実力があって困ることなんて無いのだ。
「……行くぞ」
「……っ」
余計な事を考えていたせいで、ジークリンデへの反応が遅れた。
目にも止まらぬスピードで、ジークリンデが俺の脇を駆け抜けていく。
成程――、すれ違い様に斬りかかるってか。
勢いよく体を半回転、そのままグランを横に寝かせるようにして突き出し、奴の一閃を凌いだ。
「反応するか」
「少し遅れてしまいましたわ。考え事をしていたもので」
「流石。面白い」
「……ぁ」
ふ、とジークリンデが静かに笑う。
ああ、やばい。少し見とれてしまった。
そんな顔見せられたらますます昂ぶってきてしまうではないか。
ああもう、斬りたくないなあ。
「はぁっ!」
「……早いっ」
そんな事を考えている内に、ジークリンデの猛攻が始まった。
とにかく早い。一撃はさほど重くないのだが、数で攻めるというのだろうか、とにかく手数が多くてかなわない。
俺自身の実力とセンス、プラスしてグランの力で何とか攻撃を凌いでいるといった状況だ。
やはりいくら俺が最強天才美少女と言えども、剣の道には上がいるというわけか。悔しいなぁ。
「どうした、攻撃してこないのか」
「私、攻められるのも嫌いじゃありませんのよ」
「……?」
あ、わかってない。
「あなたみたいな方、嫌いじゃありませんわ」
「それは……ありがとう」
冗談通じないなこいつ。
面白いんだけど、流石に消耗するだけの戦いというのもあまり賢くないし嬉しくないので。
ジークリンデの攻撃を受け流しつつも唇を素早く動かし術式を練る。イメージは、力を掌に集めるように。
低級の術式故に詠唱は短くて済む。闇の力が右手に集まったのを確認し、ジークリンデの足下目掛けてそれを振るった。
同時に後方へと素早く回避。
「はっ!」
「!」
地に、闇の塊によって穴が穿たれる。結構な大きさの穴だ。
当然人体に当たればそれだけのダメージはある。というか穴が空く。
それを瞬間で理解したかジークリンデは素早く俺との間合いを取っていた。
その広さは初め相対していた時よりも広い。さて……、行けるかな? おあつらえ向きに、周りには俺の葬った山賊共がゴロゴロと。
「やる事は一つ」
「……?」
これは中級闇魔術。唇を動かし、古代語を詠唱。
俺の周りに集まっている闇の気配をヒトガタに変え、すぐ側で首を失い倒れている死体に乗り移らせる。
がたがたがた、と両手両足を激しく動かした後に、首無し死体はゆっくりと起ち上がった。
はい、これで俺のお人形さんが出来上がり、と。
「何をした……?」
「少し囮になって貰うだけですわ。残念ながら、剣の腕ではあなたには勝てませんもの」
「……得体の知れない女だ」
「褒め言葉として受け取っておきますわね」
さて、と。どんな術式を練ろうかね。
正直今の俺で奴に勝つためには上級術式を練る必要が――、
「ぐ……」
――どさっ、と乾いた音がして、俺はジークリンデが地に伏せるのを見た。
「……え?」
◆
「……どうした方が良いかね、グラン」
「知らん」
「やれやれ」
グランは、どうやら俺が進んで斬りに行かなかった事についてご立腹であるらしい。
仕方ないじゃん、ジークリンデ強かったし。
「おい、大丈夫かお前」
「……う、うぅ……」
「……どこからも血は流れていないし、服も斬れてはいない。……なんで倒れたんだ?」
ちなみに首無し死体は胴を真っ二つにやられていた。倒れる前に斬ったというわけですか。
ちょいちょい、とうつ伏せに倒れているジークリンデの顔をつつく。
はぁ……、見れば見るだけ美形だなこいつ。なんで山賊なんかに身をやつしていたのか不思議でたまらない。
「…………リーゼロッテ……」
「どした?」
「……欲しい……」
「は?」
「……お前…………欲しい……」
……。え、なんだって? 俺が、欲しいって?
ジークリンデが、俺を欲しがってる? 俺を欲しいってのはつまり、そういう事だよな?
……、え、いや、どうしよう。こいつ美形だしかなり好みだからやぶさかではないけどって俺は中身は男なんだよ。
流石に肉体的に繋がるのはどうかと思うわけですよ。だって男に貫かれるわけで……うぅむ。
「でもお前の最後の望みというのなら……やぶさかではないけど」
「……? 飯をくれ……リーゼロッテ。お前の持っている……。干し肉の匂いが……」
「肉? 欲しいのは、俺の持ってる肉なのか?」
「……腹が減って動けない」
がつん、と俺はジークリンデに一発拳骨をかましてやった。
変に狼狽えた自分自身への照れ隠しも込めて。ていうか腹減って動けなくなったのかよ!
俺はジークリンデの両足を掴んで馬車まで引っ張り、その中でガタガタ震えていた御者に全てが終わった事を伝え、代わりにジークを馬車内へと連れ込んだ。
ぐったりとした顔つきのジークの目の前に、小腹が空いた時のために、と携帯していた干し肉を突き出す。
「ほれ、ほれほれ」
「……食べて良いのか」
「ああ。構わない」
「いただきます!」
目にも止まらぬスピードで肉が奪われた。忙しなく口を動かすジーク。
両手に握られていた、手のひら大の干し肉は一分とかからずに彼の胃袋の中へと消えた。
「助かった……。すまないリーゼロッテ」
「いや、別に構わないが」
「……? お前、リーゼロッテか?」
あ、流石に口調が違う事には気付くのか。
不思議そうにジークが訊いてきたが、とりあえずは無視。
説明はまた後でも良いだろう。
「改めて自己紹介したい。俺はリーゼロッテ=リヴェルクラン。お前は」
「ジークリンデ=ブライトクロイツ。人呼んで腹減りジークだ」
「とりあえずよろしく、ジーク」
そう言って、俺は右手を差し出す。怪訝そうな顔つきで俺の手を見た後、ジークはその視線を上げた。
俺の瞳をじっと見つめるジーク。彼の青い瞳には、全てを見透かされているような、そんな感覚にさせる魔法でもかかっているのだろうか。なんだか自分の全てを見られているような気がして、顔が熱くなるのを感じた。
俺が一人悶々としている間にもジークは俺を見続ける事をやめなかったが、ようやくゆっくりと俺の手を取った。
「よろしく。リーゼロッテ」
「ああ。……ところでジーク、お前は山賊と一緒に行動してたがあれはなんなんだ?」
俺は早速、一番気になっていた事を尋ねる事にした。
「……腹が減って倒れていたところを拾って貰った」
「……は?」
「食べ物の恩は絶対だ。何が何でも返さねば」
あー、そう言う事でしたの。
それならジークのような優男が山賊の一味として剣を振るっていたのも理解は出来る。
しかし妙なところで義理堅い奴だ。
「そして俺はまた倒れて……お前に助けて貰った」
「え? ああ……そう言う事になるのか」
「だから、恩返しがしたい。出来る限り善処する」
そう言って、ジークは真摯な瞳で俺を見つめた。
ふむ……、いずれ世界の敵になる俺にとって、こいつは心強い味方になり得るだろう。
そんな彼が恩返しをしたいと言っているのだ。利用しない手はないな。ふふ。
「そうだな、ジーク。俺はこのまま王都へ向かい、フェルベール士官学校へ入学する」
「……士官学校?」
「ああ。お前にもそこに入学して貰おう」
「そんな事で良いのか? だが、学校というのは試験などがあるのでは?」
「なに、何とかなる。何たって俺は、リヴェルクランの一人娘だからな」
くくく、と邪悪な笑みを浮かべて、俺は静かに笑い声を漏らした。
実力もあって、なおかつ従順な味方――むしろ配下か――を、こんなに呆気なく手に入れる事が出来たのだ。
やはり俺は神に愛された美少女という事か……。
「……?」
俺の隣では、ジークが不思議そうに首を傾げていた。
お前には俺の片腕として存分に働いて貰うからな、ジーク。
「よろしく頼みますわよ、ジークリンデ」
ジークリンデは本来女性の名前ですが、大したことじゃないですよね。
もしかするとまた後で改稿するかも知れません。