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1話/王立フェルベール士官学校 2

 ヴェクトランド王国。それが、俺ことリリー……ごほん、リーゼロッテ=リヴェルクランが属する王国、つまりは俺が向こうの世界から飛ばされて、十六年間を過ごしてきた愛すべき祖国である。

 主に農業主体で成り立っている国であり、全体的に自然が多いのが特徴だ。工業品等は、国境を挟んで隣にある王国――今は語らなくても良いだろう――からの輸入に頼っている。

 その代わりと言ってはなんだが、向こうではあまり採れない果実や穀物を輸出しているのだ。互いに上手くやっていくのが重要、という事だな。うん。

 さて、そのヴェクトランド王国――略してヴェクト王国は広大な国土を保有しており、その六割が畑や森林という農業国家なのだが、それでもその中心にある王都サークレンは非常に近代的な都市であった。

 ヴェクトは、悪く言えば田舎者の国だ。無理はない、大半の人間が鍬を片手に畑を耕しているのだから。

 しかし、王都は曲がりなりにも王国の中心都市、王がその居を構える土地。サークレンは王国における流行の最先端であり、国民誰もが憧れる夢の場所だ。

 農業国家ではあるものの、我が王国の軍隊のレベルは高い。いやむしろ、農業国家故にレベルが高いと言うべきか。

 食料は、生きとし生けるもの全てにとって必要不可欠な要素であり、ヴェクトはその食料となり得る物資を大量に保有している。それは何を意味するか。そう、隣の王国のように、地は枯れ草木は育たぬ国や飢えた山賊どもが、虎視眈々と、自分たちが丹精込めて育てた食物を狙っているのだ。

 為す術もなく奪われる。そんな事にならないよう、ヴェクトは軍隊を手に入れた。

 そして、これからも農業国家であり続けるであろう我が祖国を守るため、次代の軍を担うリーダーを育てる――、そのために、王立フェルベール士官学校を造り、質の高い教育を施すようになったというわけだ。

 当然、ヴェクトの中でもなかなかの家柄であるリヴェルクラン出身の俺も、その士官学校で五年間、様々な事を叩き込まれることになる。

「……とはいえ、俺の目的は世界の敵になる事。平穏をぶち壊す……、ただそれだけだからな」

 三年くらい過ごして、得られる物全てを得たらまずは王国を出よう。そしてこの美貌と実力を餌にどこか小さい国の王様一人でも籠絡して、殺して、成り代わって、国の実力を蓄えて、反乱を起こす。

 チープだが、単純明快で最も成功しやすそうな俺のシナリオ。

 世界の敵と呼ばれるのも良いが、魔女リーゼロッテと呼ばれるのも悪くない。魔女、良い響きだ。

 まったくゾクゾクする。


「やれやれ……。我ながらとんだ主に仕えているものだ……」


 俺の思考を読み取ったか、すぐ側、具体的には俺の膝の上から呆れたような声が聞こえてきた。

 視線を下ろせば、そこには一振りの美しい剣が置かれている。

 俺の素肌並に美しい、銀の刀身。造られたのは数百年以上前であるにも関わらず、その輝きが失われる事はない。

 柄の部分には美しい彫刻が施されており、その中心には虹色に輝く宝石が埋め込まれていた。手に持つと、非常に軽い。まったくと言って良いほど重さを感じない、俺の手にしっくりと馴染む最高の剣。

 これこそがリヴェルクラン家に代々伝わる家宝の一つ――聖剣グランシアス。人語を解す剣だ。


「ふん。グラン、お前だって平穏に飽き飽きしてたから、俺についてきたんだろう?」

「我とて剣だ。剣は戦いの中で生きるべき物――、あのようなかび臭い倉に仕舞われていて息が詰まる思いであったが……しかし」

「素直じゃないな。戦えて嬉しいんだろう?」


 ニヤリと笑いながら話しかけると、グランはそのまま口をつぐんだ。図星だったようだ。

 本当は聖剣なんて代物は、今の俺のような小娘が触って良い物ではないのだが、俺の目的の達成を楽にするためには、こいつの力がどうしても必要だったのだ。だから出発前夜に倉から無理矢理かっ攫ってきた。

 グランは俺に使われる事があまり嬉しくないようだが、長い間離れていた戦いにその身を投じる事が出来ると知って、嬉しく思っていると言う事はわかる。

 素直じゃないね、剣の癖に。


「何か言ったか、リリー」

「その名前で私を呼ばないでくれるかしら、グラン?」

「……お前はすぐに口調を変えるな」


 礼儀正しいお嬢様の真似も嫌いじゃないがな。





 馬車の窓から見える太陽は、そろそろ西の方向に沈もうとしていた。

 そういう基本的なところは俺のいたあの世界と変わらない。もっとも、月が二つある事には驚いたが。

 リヴェルクラン邸宅から王都までは、馬車でおよそ丸一日の距離がある。転移術式でも扱えれば楽なのだが、生憎俺に向いている術式は闇を操り闇と生きる闇魔術だったようだ。まあ、それが嫌なわけではないし、むしろ嬉しい限りだ。

 闇魔術なんて、まったく世界の敵に向いているじゃないか?


「お前の考えている事はよくわからんな」

「いずれわかるさ。しかし、このまま何も起こらずに王都へ到着するというのもつまらないな」

「何を言っているんだ? 我も戦えるのは嬉しいが、今ここで争いごとに巻き込まれるのは得策では無かろう」


 倉で眠っている内に随分と平和ボケしやがった喋る聖剣の台詞を聞き流しつつ、俺は自分の乗る馬車を力強く引いていく動物――流石は異世界と言うべきか、馬ではない、二足歩行のトカゲであった――、グランドリザードをぼんやりと見つめていた。

 この世界はやっぱり俺の住んでいた世界とは違うわけで。

 魔術なんて物が存在する辺りおそらくそうだろうと踏んでいたが、こんな不可思議な生き物も存在していた。

 個人的に、魔女リーゼロッテを騙るのであれば、山の奥深くに眠るというドラゴンを従えてみたいものである。


「無理だろうな」

「うるさい」


 全く口の減らない剣だ。これで口だけだったら捨ててやる。

 

「ふ、我は強いぞ」

「そうでなきゃ意味がない――、ととっ」

「む、なんだ?」


 急に馬車がその動きを止めた。何があったのだろうか。

 窓から外を見れば、馬車を取り囲むようにして人影がちらほらと見える。その数三十以上。

 全員が全員、何らかの武器を持っていた。

 ――山賊のお出ましだ。


「来た来た来た来た! こうでなくちゃ、やりがいがない!」

「やれやれ……」

「士官学校に入学した時の箔付けにもなる。……全員血祭りに上げるわよ、グラン?」

「御意に」


 グランを片手に、俺は馬車を飛び出した。

 ガタガタと震えている御者に馬車内に逃げ込むように伝えた後、俺はぐるりを辺りと見回す。

 まさか馬車の中からこんな可憐な少女が、しかも敵対心を露わにして――なおかつ剣まで持って飛び出してくるとは思っていなかったのだろう。山賊達の顔は驚きの色に彩られ、そしてまたたく間に歓喜のものへと変わった。

 当然か。女っ気がない生活を送っているであろう奴らの前に、嬲り甲斐のある、美しい少女が現われたのだ。まず間違いなく俺を犯すつもりでいる。

 馬鹿め。


「さあみなさん、私を楽しませてね?」


 言い終わるや否や、山賊達が俺めがけて殺到した。

 統率は、言うほど取れていないか。つまらん。

 俺はグランを右手に持ち替え、利き手である左手をさっと振るった。

 瞬間、黒い塊のようなものが前方へ勢いよく飛び出し、先陣切って突っ込んできた山賊の胴と頭を切り離した。

 あまりにもあっけない仲間の死に、山賊達が少しどよめく。足も鈍っている。


「低級闇魔術なんですけど……。嬲り甲斐がない男共ですわね」


 ちまちま削るのはあまり趣味ではないし、ここは一気に行きますか。

 ということで、俺は唇をもの凄い勢いで動かしていく。所謂呪文詠唱だ。この呪文というのは古代語であり、普通の人間には聞き取れない代物である。

 それ故に山賊達は俺の行動が何を意味するのかわかっていないようであったが、俺は奴らの仲間を一人、酷くあっけなく殺った少女である。何か嫌な予感でも感じ取ったか、じりじりと後退していく輩もちらほら見える。


「ざぁんねん。逃がしはしないわよ」


 後退を始めた十数人目掛けて、掌を突き出す。照準を合わせて、意識を集中。


「どーん」


 掌を握りしめ、拳をつくる。同時に逃げ出した山賊達の周りの空間が歪み、潰れた。

 ぐちゃっと、耳障りな音が野に響き、命を散らした山賊達の鮮血が地面を染める。

 中級闇魔術。効果範囲が広いしそれなりの威力もあるので俺のお気に入りである。


「案外あっけないですわね」

「リリー、我はいつ使われる?」

「リーゼロッテ、ですわよ。倉に長い間置かれていたせいで、ついにボケ始めましたの?」

「……リーゼロッテ、我に血を吸わせてくれ」

「良くできましたわ、ふふっ」


 真っ赤な舌で唇をぺろっと舐め、俺はグランを構えた。

 怯えた瞳で俺を見つめる山賊の一人にその切っ先を向け、俺はにっこり笑う。


「最初の餌食はあ・な・た」


 言い終わるか終わらない内に、グランを握る俺の左手は山賊の胴を薙ぎ払っていた。

 瞬間の加速。これもまた、リーゼロッテ=リヴェルクランその人が天より与えられた一種の才能であろうか。

 どうも俺は人の数倍運動神経が良いらしいのだ。それが異世界へと転移したことによる副作用なのか定かではないが、なに、それで中々楽しい人生を送れているのだから良しとしよう。


「さぁ、私とダンスをしたい方はいらっしゃいませんの? 尤も――、ダンスにすらなり得ないでしょうけれどね?」


 俺は満面の笑みを、残り少なくなった山賊共に見せてやった。

 このリーゼロッテ様が微笑んでやったんだから、当然向かってくるだろう……、と思ったがどうも間違いだったらしい。


「あ、悪魔だぁ!」

「ま、魔女だ、魔女だよ母ちゃん!」

「逃げろ! 殺されるぞ……ひぃぃっ!」


 思い思いの台詞を吐いて、一人、また一人と逃げていく。

 あっけにとられる俺を余所に、もはや残る山賊はたった一人だけとなっていた。

 最後の一人は山賊ではあるのだろうが、しかしあの飢えた目つきの男共とはまた少し違って見える。

 全体的に、むさ苦しくない。ていうかむしろ美形だ。すらっとした長身で、精悍な顔つきをしている。

 汚れてはいるものの、その髪の毛は高貴さを連想させる見事な金髪であった。


「……あなたは、私と踊ってくださいますの?」

「お前の実力。見せて貰った。……久しぶりに心が躍る」


 褒められた。地味に嬉しい。

 こんな美形を斬り捨てるのはもったいない事この上ないが、仕方ない。

 勝負は勝負、諦めて斬ろう。墓くらいは作ってやる。


「……言っておくが、俺はそんなに弱くはないぞ」

「雰囲気でわかりますわ」

「先に名乗っておこう。俺はジークリンデ。人呼んで、腹減りジークだ」


 なんだその格好悪い二つ名は。……こいつはひょっとしてあれか、天然なのか?


「……わ、私はリーゼロッテ=リヴェルクラン。人呼んで……、魔女リーゼロッテですわ」

「ほう、お前も二つ名を持つか。……やりがいがある」

「待てリリー、誰がいつ呼んだんだ」


 グランのツッコミが入る。

 腹減りジークの二つ名に乗ってみただけだ。良いじゃないか。

 後リーゼロッテだというのにこの剣は……。


「……リーゼロッテ。行くぞ」

「いつでもどうぞ? うふふ」


 一対一、命を賭けた斬り合いか。

 まったく、たまらなく昂ぶるじゃないか。

早速お気に入り登録して下さった方がいらっしゃるようで、嬉しい限りです。

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