セーブデータ2 【はじまりの街】
目が覚めて、俺は放心した。
木の天井、天井の小窓から朝陽がキラキラと差し込んでいる。隣には、気持ち良さそうにすやすや眠っているボブカットの美少女。
何この展開。
我に返った。
ユメだ。
そうだ、ここは偽の異世界だ。
俺がのっそりと身体を起こしたのと同時に、扉がノックされた。
「開けろ」
ツクモの声だ。
俺はのろのろと扉を開ける。
パンと牛乳パックが飛んできた。
「わっ」
ツクモは戦闘装備を身につけていた。
「早く準備をしろ。今日は特訓をする。明後日の金ボス、エラーコード410Goneの討伐に参加する為に最低限のことを教える」
「え!俺も戦うの?」
「お前だって何度も死んでロードしたくないだろ?」
「うん」
「お前が死にやすいのは、レベルが低いから。レベルが上がればHPと防御が上がるから死ににくくなる。ボスに参加する理由は、経験値が沢山貰えるから。また‥」
「また?」
「デバッガーが一人減るというのは、戦力の喪失となる。ボス戦に参加できるデバッガーは高レベルで優秀だ。だから複数死んだら攻略に影響が出る。そうなった時は、お前を殺そうと思う。それでロードする」
俺は絶句した。
再度ツクモに言われた事を考え、信じられない思いで言った。
「おい‥ツクモ‥それはお前の都合って事だよな?」
「そうだ。俺の目的はバグを倒し切ること。強いデバッガーが居ないと、ボス攻略は俺一人では無理だ」
「俺を参加させるのは経験値じゃなくて、それが目的か?」
「理由なんてどう捉えてくれても構わないさ。だが逃げるなら、俺は今すぐお前を殺して昨日の夕方までロードさせるけどな」
考えるだけでゾッとする話だった。
だが。俺は言った。
「ツクモだってロードの影響を受けるんじゃ無いのか?」
ツクモは壁に凭れ、腕を組んで言う。
「お前がぐっすり寝ている間に現実にメモを残してきた。俺は俺のことを一番信用している。お前から話を聞かなくても状況を理解できるだろう」
「でも、戻らなきゃ分からないだろ」
「俺は《一日三回、現実に帰らなければならない》だから絶対に気がつくよ」
「‥‥」
「そう絶望した顔をするな。今のは仮定の話。俺だってそんな面倒な事態は御免だ。それに、まぁ8割くらいの確率でデバッガーは死なない。いや、俺が助けてみせる。お前が死ぬ可能性もあるし、それらの保険の説明だ」
俺は考えて、ツクモと向き合って言った。
「ツクモの目的だけ、もう少し教えて欲しい。同盟を結んだって言うけど、そんな話は聞いてない」
ツクモは視線を逸らし、ゆっくりと口を開いた。
「この世界は異世界というよりも、擬似世界だ。現実の肉体が朽ちても、この世界を完成させれば、こっちの世界で生存出来る可能性がある‥‥金キューブのバグはボスみたいなもので、駆除すると新たな地方が実装される様になっている。全地方を解放し、バグを全て駆除したら、このプロジェクトが公になるだろう。企業や国からも多額の資金が投資されている。完成したら、法整備されて、自らの選択で、こちらでの日常生活も出来るようになる」
壮大すぎる話に、俺はついていけなかったが、昨晩見たおにぎりの企業のロゴを思い出した。
ツクモは小声で言った。
「俺の友人が大病で、そう長くないから、助けてやりたいと思っている」
‥え?良い奴じゃん。
俺がまじまじとツクモを見ると、ツクモは俺を睨んだ。
「ま、金稼ぎの片手間だけどな。俺はそこまで真実を突き止めた。さぁ行くぞ」
ツクモは立ち上がる。
昨日のツクモの言葉が蘇った。
自分は自分、他人は他人。
社会は、他人は、自分を守るためにいじめを看過したり、ずるい事ばかりする。
俺は、誰かの力になりたいと思うし、いじめだって放っておくのは間違いだと思う。
いくら自分が大事でも、他人で関わりが無くても、苦しんでいる人を無視する人間にはなりたくない。
それが俺の今の考えだ。
俺はパンを飲み込み、立ち上がって言った。
「じゃあ、その友達を助けられるように俺も頑張るよ」
「お前には関係のないことだろう」
「関係あるよ。なんか今、自分の気持ちが変わった気がする。そっか、このゲームを攻略することは、誰かの助けになるのか。俺、頑張るよ。ツクモに協力する。それで、プログラマーに会って、交渉して、現実に帰る!」
「お前には関係ない。別に手助けなんか要らないし、お前の事も興味はない」
何かを断ち切るように、ヒュッとレイピアを薙ぐと、ツクモは部屋を出ていった。
俺もユメを叩き起こし、剣にしてから、装備を着用して、急いでツクモの後を追った。
宿を出ると、黄金の朝陽が目を焼いた。
そういえば、俺、不登校児で引きこもりだったな。朝陽なんて浴びるのは久しぶりだ。
ツクモの後ろ姿を置い、街の間を早足で進む。ゆっくりと明順応する視界の中で、それは突然色を失くした。
ツクモは立ち止まり、俺は声を出そうとしたが、ダメだった。
時が止まった。
背中に差していた片手剣がいつの間にか引き抜かれ、俺の目の前に浮遊する。
ユメが武器から人の姿に変わり、妖精のように漂いながら、目を開いた。
ユメは機械の音声で二択を迫った。
セーブしますか?
はい いいえ
俺はすかさず、はい、を選択する。
すると、新たな表示があった。
セーブデータ1 京都 竹の小道
セーブデータ2 はじまりの町 噴水広場
文字は消え、モノクロの世界も色彩が戻る。
俺はツクモに駆け寄って言った。
「ツクモ!今、セーブデータ2で登録された。ここからロード出来るかもしれない」
ツクモは腕を組み、しばらく歩いてから言った。
「ロードでセーブデータが任意で選択できるなら最高だな。上書きされないのは意外だった。画期的だ」
「うん。俺としても大分肩の荷が降りたよ」
「それなら、思う存分死んでもらおう」
俺はぞっとして、俯き、口を噤んだ。
「冗談だ」
ツクモが足を止める。
「どうした?」
ツクモはしっ、と俺に人差し指を立てながら、ピアスに触れてメニューを出すと言った。
「もしもし」
電話?
「ああ。いつも通り、ススキノ高原に行くよ。今から用があるから、少し遅くなる。昼過ぎには着く。あ、新入り(ビギナー)もレベル上げを兼ねて同行させるから、よろしく」
それで通話は終わったようだった。
馬鹿のことはさておき、俺はたずねる。
「誰?」
「シロ」
「占いって何?シロと仲良いの?」
「フレンド登録はしてある。ヒイラギともフレンドだ」
「えっ」
「要するに、互いに都合が良い時に協力する打算的なフレンドだ」
「‥へぇ‥‥占いって?」
「シロと一緒に占い結果を考えるんだ」
「どういう事?」
「お前が命を選択したように、あいつのマニュアルの本質は【運】だ。占いという形でその対象の人間の未来の状況を表すことが出来る。毎回金キューブのボスを討伐する時は、被害を少なくする為に参加者を占っている。例えば死相が見えればその人間を守れるように気を配るとか、位置によっては、逆に敵の攻撃が予測できたりもする」
「どういうこと?」
「武器によって大体ポジションは決まっている。例えば後衛にいる魔法職に死相が出ていれば、単純な物理以外の攻撃があるって事だ」
「なるほど」
「今からお前をトレーニングしながら、待ち合わせ場所のススキ高原へ行く」
「分かった」
「そうだ、シロの前ではマニュアルの能力は隠しておけ」
「え?どうして?何か知っている人がいるかもしれないじゃないか」
「それ以上にユメの能力を利用しようと考える人間の方が多いからだよ」
「‥分かった」