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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
8/65

おにぎりと温泉

 「inn」と突き出し看板のある、小さな宿に入った。ドアを開けると、カランカラン、と音が鳴った。カウンターにフリルの付いた赤いエプロン姿の若い女給がいる。にこやかに挨拶をしてくる。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの所に料金表の紙が出ていた。

 

 ソロ  一泊   5キューブ

 ダブル 一泊   7キューブ


 ツクモがメニューを弄り、青いキューブを10個出現させて、机の上に置いた。


「ソロ、二部屋」


「ありがとうございます。お風呂は階段の横にあります。何か分からない事がありましたら、お気軽におたずね下さいませ」


 お風呂があるのか。

 女給はバーコードリーダーのような物でピッと中身を確認してからキューブを受け取る。


「ごめん、ありがとう」

「トイチの出世払いな。今日から数える」

「…」


 俺は女給の居る受付の横にある、もう一つの受付が気になった。

 俺が見ると、女性のNPCがニコリと朗らかに笑みを返して来た。


「…隣の受付は何?」

「換金所だ」

「換金所?」


 ツクモが女給からカードキーを受け取り、俺に一本を放る。

 それから、隣の換金所へ移動した。

 ツクモは女性に赤いキューブを10個出して渡した。


「赤キューブ十個。100,000円でよろしいですか?」

「ああ」


 女性がツクモのピアスに触れる。

 ポーン、と音がした。

 女性が言う。


「送金が完了しました」


 ツクモが振り向く。


「これで現実に金が振り込まれた」

「えっ」

「俺のレベルで頑張れば日給5万円。美味い仕事だろ」

「…」


 色々と想像がつかない。

 ツクモはメニューを弄ってアイテムを表示させ、投げて来た。

 最初、それが何か分からず、二度見した。

 黒い見慣れた三角形2つ。透明なケース。

 パックに入った2個入りのおにぎりだった。たくわんが上に付いている。

 急に空腹感が襲ってきた。

 ツクモが言った。


「セーブとロードの能力について、何かわかったら教えてくれ。俺はまだやる事があって外出するから風呂は好きに使え」

「ありがとう」

「それから、俺がやった護身用のアイテムを使っておけ」

「分かった」


 ツクモが踵を返して宿を出て行った。


 受付の横に階段があり、俺は二階に上る。木製の階段はギシギシと軋んだ。

 俺はドアを開け、与えられた部屋に入った。


 部屋も同じように木の造りになっていた。ベッドがあり、窓から差し込む月光に反射した埃がキラキラと浮遊して美しい。


 アイテム欄から、ツクモに貰った【護身用アイテム】【security ball】を【使用】をタップする。

 すると、目の前に赤字のフォントで英語がズラリと表示された。メニュー画面などとは違い、パソコンにソフトをインストールする時の様に、数字と英語の羅列が繰り返し出現し、システム的なローディングが入っているのが分かる。


 メタ的なアイテム?


 ツクモはこんなもの、どこで手に入れたんだろう。プログラマーから貰ったものなのだろうか。

 とりあえずこれで、またロードを繰り返さなくても済みそうだ。

 その安心感は計り知れない。


 俺がベッドに腰を下ろすと、疲れがどっと襲ってくる。異世界とは思えない程にリアルな疲労感だった。

 急にお風呂に入りたくなった。


「チェンジ」


 俺は武器をユメに変換させた。

 ユメは俺の隣に座り、その肩口の長さの黒髪をさっと揺らして、俺を見た。


「どうしましたか?」

「ユメ、話は聞いてたか?」

「はい。ここに泊まるのですね」

「そう。俺、一階のお風呂に入ってくるから。なんて言うか、ユメもゆっくりしてて」


 AIが休息なんて必要とは思えないが、武器化していると窮屈なのではないかと勝手に思ってしまう。

 ユメはコクリと頷く。


「分かりました」


 俺は一階に降りて、受付の横に掛けられた暖簾をくぐる。

 スライド式のドアがあり、開くと、白い大理石の床に、衣服を置く籠が置いてある。

 アイテムの欄を弄って、所持アイテムの実物を消去することも出来るが、俺は敢えて脱いだ服をそのままにしておいた。

 ガラスの扉をスライドさせると、檜の小さな露天風呂があった。


「‥‥すご」


 早速、お湯に浸かってみる。

 表面張力を保っていたお湯が、ザーと流れて、床にある小さな排水溝の蓋へ流れていった。

 ここはもう現実かもしれない。

 俺は目を閉じて、首までお湯に浸かった。

 

 その時、ガラガラ、と扉が開いて、誰か入ってきた。


 ユメだ。


 俺は驚いて浴槽に沈んだ。

 完全に裸で、全てが露わになっている。

 白くて、すらっとしている。華奢だけど、全身が優しい丸みを帯びている。触れたら柔らかそうな、女性の身体つきだ。胸も案外大きい。

 俺は視線を逸らした。

 ユメは何事も無いように、スタスタ歩いてきて、檜の浴槽に脚をつけ、入った。

 俺の隣に浸かる。


「‥‥」


 肩が少しだけ触れ合う。

 これはAIだ。AI、AI。

 artificial intelligence、人工知能。


「‥‥俺入浴するって言わなかったっけ」

「一人で待っていても退屈だったので、私もお風呂を体験することにしました。《AIは、機械学習と言って、さまざまな教師データを取り込む事で経験を積み、成長します》」

「その割に山を滑落したり、転んだり、ポンコツだけどな」


 俺はさりげなく視線を横に向けた。

 ユメが、両手を胸の前で交差させた。


「‥‥」

「‥‥」


「そんなにジロジロ見ないで下さい」

「スタスタ入ってきたじゃん」

「イチを見たら、少し‥不可解な気持ちになりました。これが恥ずかしい気持ちだと、私は理解しました」


 ユメは普段無表情だけれど、今は僅かに唇が弾き結ばれて、頬が赤みを差している気がした。

 ユメは俺を伺うように見て、くるりと背中を向けた。


「見ないで下さい」


 小さな背骨の浮き出た、しなやかな背中。

 俺はツンと突いてみた。


「ひゃっ!!」


 バシャン、とお湯が跳ねて、ユメが立ち上がり、桃色の双丘が水面スレスレで露わになる。

 ユメは機械とは思えない人間的な表情で、赤面しながら言った。


「このままでは困りました!私はどうしたら良いですか?」

「どうしたら良いと思うの?」


 ユメは鼻までお湯にちゃぽんと浸かってから、小さな声で言った。


「‥‥出て行って欲しいです」

「了解しました」


 俺は理不尽と複雑な衝動を感じながら、風呂を出た。



 ベッドに寝転がり、メニューを開いて、先程ツクモに貰ったアイテムを表示させる。

 パックは本当にプラスチックで出来ていて、パキパキ音がする。

 おにぎりには内容量と、有名な医薬品会社や、証券会社、運送会社‥等々、優良株の会社のロゴが書いてあり、驚いた。


 どういうことだ?

 

 この世界のバグ取り要因のようだが、もしかして、この世界の完成に向けて投資しているスポンサーみたいな?



 その時、扉が開いた。

 髪が濡れて、体温が上がって、色白のユメは顔が真っ赤になっている。


「お風呂、譲ってくれて、ありがとうございました」

「いいけど、これからは気を付けろよ」

「はい」


 ユメがコクリと頷き、隣に腰かけてくる。

 俺はおにぎりのパッケージを開け、取り出して食べた。

 白米のもちっとした感触。

 鮭の塩みが効いている。

 俺が夢中で頬張っていると、ユメがじっとおにぎりを見ている事に気が付いた。

 俺は少し迷ったが、半分割って、ユメに差し出した。


「食べていいよ」


 ユメは首をふるふると振る。


「私は食欲なんて、ありません」

「嘘つけ、じゃあ何でそんなじっと凝視してくるんだよ」

「‥‥私はAIですし、エネルギー消費だって‥むぐっ」


 俺はユメの口におにぎりを突っ込んでみた。

 ユメは目を丸くし、無言で食べた。

 俺はユメと分け合いながら、おにぎりを食べた。

 指やケースに付いた米粒も舐めとった。おにぎりってこんなに美味しかったっけ。


「美味いね」


 ユメはおにぎりを見て、コクリと頷いた。


「うまいです」


 俺のせいでユメの口が悪くなったら責任重大だ。


「美味しいね」


 ユメは目を細めて頷いた。


「はい。美味しいです」


 硬いベッドと枕が新鮮だった。勝手に布団にユメが入って来た。


「おい」

「私はAIですよ」

「…」


 見慣れない木の天井。

 隣にはユメがいて、温もりを感じる。

 俺はこの日の事を忘れないだろうと思った。

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