quick save × quick load
全身がギュッと圧縮されるような感覚の後、視界が暗転した。
目を開けると、再び俺は数字の飛び交う電子空間の中にいた。
手に持っていたskip ballが、手の中で震えて熱くなり、罅割れる。白砂となって、手の隙間から溢れていった。
そうか、これでskip ballの使用回数はちょうど3回。
過去のロード線でシバサキが渡してくれたバトンが、ここまで役に立ってくれるとは思わなかった。
俺は既に多くの人の思いを背負っている。
頑張るしか無い。
シャキン、とレベルアップの効果音が響く。
ゆめの声が聞こえる。
『新たな能力を、獲得しました』
スッと文字が目の前に現れる。
new『クイックセーブ・クイックロード』
俺は目を疑った。
それはギャルゲー好きなら誰もが知っている神機能。
クイックセーブのデータ自体は上書きされるが、クイックロードを押すだけで何度も自由に巻き戻ってロード出来る、自動機能の完全な上位互換。
その時に、光が瞬いた。
眩しくて目を瞑り、開くと、橙色の宝石が嵌ったペンダントが俺の前で浮遊している。
太陽の印だ。
俺が掴もうとすると、自分の胸から、古めかしい鍵が飛び出した。鍵はペンダントの宝石部分に溶け込んだ。
小さく文字が浮かぶ。
【materialize】
物質?
そういえば、ゆめの記憶の中の部屋で、オルゴールの箱を開けたと同時に鍵が飛び出して来たな。
あの鍵か?
それは太陽の印の宝石の中に、琥珀のように閉じ込められた。
すると、太陽の印の宝石は輝きを失い、黒くなってしまった。
黒い宝石の嵌ったペンダントは、勝手に俺の首に掛かる。
It's now in the manual.
ペンダントを見ると、名前が表示された。
【The Heart of the Nightmare】
「悪夢の心臓、悪夢の中心‥‥?これがもう一つのマニュアルなのか?」
返事は無いが、宝がもう一つのマニュアルである、という情報通りなら、武器ではなく《アクセサリーがマニュアル》という事になる。
黒い光が、全てを飲み込んだ。
次に瞬きをした瞬間、俺は芝生がうっすらと生えた地面の上に立っていた。
俺の手には、鉄製の剣が握られている。
そして、目の前に、藍色のコートをはためかせた、黒髪の少年が居る。
中庭を囲むようにして、大量に人がいた。屋敷側は人が押し寄せて、観戦席になっていて、みんながこっちを見ている。
心臓がバクバクとリアルな拍動を伝え始める。
やはり、ここからか。
覚悟はしていたが、連戦に精神が大分消耗している。
それでも、やるしかない。
俺は北海道の大名となり、オニと交渉して、ユメを取り戻す。
だから、ここは絶対に優勝してみせる。
ツクモは流麗に腰から片手剣を抜き、一回転させてから俺に刃を向けて構え、押し殺したような声で言った。
「引いてくれ。俺は勝ちを譲れない」
何度も聞いた筈のその台詞は、新たなる挑戦を意味する別の言葉に聞こえた。
俺は呼吸を整えて、思考を整理する。
本来、マニュアルは使用不可だが、アクセサリーなら気付かれない。
だから「ゆめ」の能力を使えるっていう事か。
しかし、能力の使い方が全く分からなかった。
試してみるしかない。
俺は装備のシャツの上から胸のペンダントに触れて、小声で呟いた。
「セーブ」
カシャッ、という音と共に世界にフラッシュが焚かれる。
ゆめの声が告げる。
ー セーブしました
ツクモが飛び込んで来る。
俺は腰を落として鉄製の剣を両手で構えた。
俺は複数のロード戦を通じ、ツクモの戦いを体験して気付いた事がある。
ツクモは殆ど防御をしない。スピードを活かした回避に頼っている。
攻撃は最大の防御なり。
古代の軍略家もそう言っていた。
俺は集中し、剣を擦らせるようにして、ツクモの斬り込む角度を浅く変えた。しゃがんで連撃を回避し、地面を両足で全力で蹴って、ツクモの腹に頭突きする。
ダメージは微妙だが「頭突き」が入った判定なのか、小柄なツクモはしっかりと吹き飛んだ。
歓声が上がる。
しかし、ツクモは宙でくるりと後転し、何でもないように着地する。実際、ダメージはツクモのHPバーを見ても分からない程だった。
まさしく痛くも痒くも無い、という状態だ。
俺はペンダントに触れて言った。
「セーブ」
カシャリ、とフラッシュが焚かれ、ゆめが応える。
ー セーブしました
クイックセーブは、同じロード線での上書きしか出来ないからリスクはある。だが、相手のHPを少しずつでも確実に削っていける。
俺は時間が掛かっても、確実に勝ちに行く。
その作戦に決めた。
俺は地面を蹴った。ツクモに向かって走る。剣を下段に構えて、いつでも振れるように腕に力を込めた。
ツクモは俺に視線を向けると、腕を引いて剣を縦に構え、腰を落として防御の体制をとる。
防御?回避はしないのか?
俺は剣を振り上げるが、それよりも数段速くツクモの突き攻撃が正面から飛んでくる。
まったく攻撃が見えない。
ダメだ。
咄嗟に高く跳躍して避けた。
宙で身体を反転させる。ツクモも跳んで、凄まじい勢いの下段の突撃をしてくる。
剣の柄と先端を持ち、剣の腹で受け止める。キン、という金属同士がぶつかる音と骨まで震える衝撃の後、二つの表示が出た。
critical!
blake!
俺の鉄製の剣はヒビ割れて、粉々に砕けた。
嘘だろ。
ツクモが剣を構えて唱える。
「スタッブ」
先端が蒼く輝き、俺の頭部を貫いた。
グシャ、と骨と肉が割れる音がして、俺は何も分からなくなった。
薄い意識が、ひりつくような痛みを拾う。
ゆめが告げる。
ー クイックセーブした所まで、自動ロードを開始します
俺は死んだんだ。
頭部のクリティカルヒット。
一撃か。
ゆめの部屋で聴いたオルゴールの音がする。
不思議な音色と共に、時間が、景色が、巻き戻される。
音楽が止まると、景色も停止して、世界に色彩が戻る。
クイックセーブをした場所。
俺が初手、ツクモにタックルを決めた後だ。
このあと俺は突っ込んで、ジャンプして躱した所を下から突き上げられて、武器破壊+死ぬ。
あまり無闇に攻めてもダメだな。
俺は焦らずに待った。
その間に情報を整理する。
ツクモは、ユメが近くに居ないと能力が発動しないと考えているから、殺しても構わないという考えでいたのだろう。
決闘のルールは、殺しても失格にはならない。
しかし、死んでもクイックセーブした場所に戻れると分かったのはデカい。
俺は死ぬことを臆さず、戦闘の情報を集めなければならない。
ツクモが駆け出す。
俺もいっぱく遅れて地面を蹴る。ツクモは豹のように軽やかに、否、豹すら凌駕するスピードで飛んで来る。
作戦が浮かび、俺はとにかく大声で叫んだ。
「うぁぁあああああ!!!」
獣のように声で威嚇しながら、恐れを振り払って剣を振るう。
俺の狂乱ぶりに、ツクモが虚をつかれ、俺の斬撃をしっかり避けて、距離を取ろうと後ずさる。俺は逃さず追随するが、後退していた筈のツクモは、凄まじい脚力で地面を踏み切り、反対に、俺に突撃してきた。
後退のフェイクに引っかかり、俺は無防備に身を乗り出した所を柔道のように襟と腕を掴まれて、凄まじい強さで引っ張られる。
一瞬で身体が宙に浮き、地面に叩き付けられていた。
青空を背景に、俺のHPが半分以下までグンと減少する。
反転したツクモの顔が俺を覗き込む。
「俺には勝てないよ。諦めて降参しろ」
たしか、【決闘の決着はHPの残り3分の1】で決まる。アイテムも使えないなら回復は不可。
勝ち目が無い。
俺は冷静にそう判断して、呟いた。
「ロード」
パッと電気を落としたかのように、世界が暗くなった。
再び世界が巻き戻る。
クイックセーブした、同じくタックル後の所で停止、再生される。
点灯したかのように、世界が色づき、明るくなる。
風の音がして、時が動いているのを感じた。
まだ声出し威嚇の方がワンチャンスあった。
俺はそう判断し、同じように突如大声を上げてツクモに切り掛かる。
ツクモが避ける。そのまま後ろへ飛び退く、ように見える。
だが、このあとそれがフェイクで前進するのを俺は知っている。
敢えて引っかかったように見せて、俺は身を乗り出した。
ツクモが重心を切り替えて、片足が地面に触れた瞬間、俺は身を捩って、ツクモが素早く伸ばした両腕の掴みを強引に回避した。
ツクモが驚愕に目を見開く。
俺は再びタックルでツクモを突き飛ばした。
ごく僅かにHPが減る。
周囲で笑い声が上がった。
いいぞー!やれやれー!と野郎の軽々しい野次が飛ぶ。
確かに俺の戦法は、悪あがきにしか見えないだろう。最低最悪のダサさだ。
だがそれでも構わない。
それより大事なものがある。
絶対に、何としても勝つ。
「セーブ」
ー セーブしました
俺はその後、何度もダメージを受け、ロードしてやり直し、ツクモへダメージを蓄積していった。
そして、ツクモのHPを3分の1だけ、削ることが出来た。
あと少しで半分。
まだ半分、という心の声に耳を塞いで剣を振るう。
1ミリ足りとも気が抜けない。
クイックセーブで、フラッシュが焚かれる間も、ツクモと俺は動いている。
ツクモが光の速さで飛んできて、剣を振う。剣同士がぶつかり、激しい衝撃が腕に伝わる。
ツクモの軽やかな連撃を、俺は死ぬ気で防御する。
さっきから剣が重い。
原因は、おそらくツクモの倍以上、俺が長時間の戦闘をしているからだ。
毒のようにじわじわとHPが削られて、決着を告げる笛が鳴る。
気付けば俺のHPは残り3分の1になっていた。
ツクモが剣を仕舞う。
俺も終わりにしたい。
でも出来ない。
ユメを取り戻すために、ここは絶対に譲れない!
俺は地面に倒れたまま、拳を握って呟いた。
「ロード」
時と空間が巻き戻る。
俺は再び剣を振るった。
ツクモの攻撃を躱し、ロード前の攻撃を思い出しながら、脳内で未来を描く。
ここで真横の斬撃が来る。だから、俺はしゃがんで下段の突きを喰らわせられる筈だ。
考えた通り、攻撃が通る。剣先がツクモの腹部を貫いた。
と思いきや、ザッという効果音がして、特殊効果が発動していた。
【empty】
せっかく入った筈の一撃は、理不尽な回避のボーナス現象によって躱されてしまった。
返り討ちで俺は滅多刺しにされて殺される。
ゆめが無慈悲に優しく告げる。
ー クイックセーブした場所まで、自動ロードします
針の穴を通すような作業が続く。たまに発生する【empty】が、俺の心を打ち砕く。
何度も何度も巻き戻る。
目が回った。
圧倒的な実力差。
俺は、新たなマニュアルの力を持ち、ズルをしてまでも、ツクモを越えられないというのか。
集中力が切れて、俺は剣を取り落とした。
ツクモがそれを拾い、俺に放り投げる。
「いいかげん降参したらどうだ?」
ツクモのHPは半分。
あと少し削れば勝ちだ。
あと少し‥あと少し‥
俺は風に掻き消される声量で呟く。
(セーブ)
ー セーブしました
ツクモが言った。
「お前、ロードしてるだろ」
ドキリとした。
下手に何か言えばボロが出そうで、俺は口を噤んだ。
「攻撃を見切りすぎだ。フェイクもガン無視。明らかにおかしい。まるで俺の攻撃を知っているかのようだ」
「鍛えたんだ」
ツクモは無視して言う。
「ユメがこの場にいなくても、何らかの能力を使えるとすると、やはりお前は脅威に他ならない。殺したいけど、本当に殺せるのかも分からない。この戦いは無意味だ。早く降参しろ」
心を摘む闘いとはまさにこの事‥俺は自らを奮い立たせながら、率直な考えをぶつけた。
「ツクモは、大名に向いてない。今、ずっとログイン出来るか分からないんだろ。そんな奴に北海道は任せられない。大名は、みんなを纏めなきゃいけない。なれば良いってものじゃない。お前こそ降参を考えるべきだ。現実的じゃない」
ツクモは視線を逸らす。
その言葉は意外にも、効いている様子だった。
ツクモを弱気にさせれば、説得出来るかもしれない。
何故、あのロード線では、まるで別人みたいに、俺の味方になってくれたのだろう。
焦っているだけ、というのは腑に落ちない。
俺が殺されても、都合が良いし、どうでも良かった筈だ。
そういえば、ツクモはヒイラギの指示で宝箱の場所まで向かったと言っていた。
ツクモは、ヒイラギの言葉でそれを決めたのだとしたら、ヒイラギは、ツクモに何を言ったんだろう。
考えろ‥それが分かれば、ここでもそれを活かせる筈だ。
ツクモが上段の構えで、俺に斬りかかる。
俺も相打ち覚悟で中段から切り上げようとしたが、ツクモの上段の切り伏せがフェイクの突き攻撃だと読んで、真横に飛んだ。
読み通り、ツクモは突き攻撃に変えて、俺は掻い潜るようにして回避する。
そのままツクモに剣を突き立てようとした時、足払いを掛けられて俺は呆気なく転倒した。
容赦なく襲いかかる上段からの切り伏せに、咄嗟に靴の裏と手で支えて、剣の腹でガードする。
凄まじい衝撃で全身が震える中、俺はふいに気付いた。
前回のロードを頭の片隅で回想していたが、ツクモは、自分で理由を言っていたじゃないか。
ー もし世界が完成したら、多くの人が幸せになれるかは分からないけど、死という最大の不幸を、緩和出来るかもしれない。俺は、だから着実に攻略を進めるお前を応援する。気が変わったらごめん。だから、このままskipして構わない
おそらく、ヒイラギは現実を突き付けたんだ。
『お前はもう助からない。諦めろ』と。
だが、俺はそれを言える筈がなかった。
俺は約束という口約束を交わした。何もツクモの事を知らないのに、あんな事言わなきゃ良かった。
本当に言わなきゃ良かった。
深く悔悟した時、ツクモが不自然にふらついて、膝をついた。
「ツクモ?」
ツクモの身体が急速に透けて、見えなくなっていく。
「ツクモ!!」
ツクモは自分の透ける手を見てから、苦笑して俺を見上げた。
「‥イチの勝ちだな。上手く時間を稼がれたよ」
「そんな‥」
「成長していて驚いた」
俺はツクモの肩を掴もうとしたが、すり抜けて触れることは出来なかった。
何故?
向こうで何かあったのか?
現実とこっちはデータの脳で分かれてるって聞いたけど、影響があるのか?
パニックになる俺に、ツクモが落ち着いて語りかける。
「イチ、よく聞け」
ツクモが俺の腕を掴もうとするが、すり抜ける。
「北の先に道があって、氷の張った湖があった。おそらくそこにボスがいる。氷の張ったステージだから、重量制限があるかもしれない。大人数じゃ戦えない。少数精鋭で戦う必要がある」
「えっ」
「バランスよくパーティーを組むんだ。今の攻略じゃ、アタッカーが多すぎる」
ツクモが消えていく。
「ツクモ、絶対に俺は諦めないからな!!」
俺は手を伸ばすが、既にそこにツクモは居なかった。
耐え難い無力感、実態のない理不尽なものに対しての敗北感で、俺は動けなくなった。
俺は本当に何をやっているんだろう。
もっと再会を喜びたかった。話を聞いて、最初の時と同じように一緒に協力して攻略したかった。
シロが殺された時と同じように、俺はツクモが消えた地面に頭をつけて蹲った。




