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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
北海道編
64/65

命の定義

 三郎は目を覚ました。

 視界は黒いサンバイザーのようなもので覆われている。メタバースにログインする為のヘルメット(Sleep Induction Helmet)だ。

 それから、全身が粘液に覆われる感触を感じた。

 長時間のログインによる感染症や、多臓器不全のリスクを減少させるために覆われている。また、栄養などが経皮吸収出来る。

 自分はそこまで長時間のログインは予定していなかったが、何が起きるか分からないのがこのメタバースだ。


 三郎はヘルメットの内側で、一つ息をついた。

 

 不思議な感触だ。

 まだもう一人の自分がメタバース内で動いていると思うと、禁忌を犯している感覚が凄い。

 八雲の語った事が本当ならば、国内にいる以上、俺が警察に勾留される可能性は高い。

 メタバースにログインしているというのは病院や研究所にいるのとイコールある為、逃げるしか無い。

 しかし、今になって何故犯人を捕まえる流れになったのか。

 一部の犯行は、警視庁トップであるヒイラギが居たから成立したし、ヒイラギ自身が殺人事件を起こし、隠蔽せざる負えなくなって運良く自分の件も隠蔽出来た。

 引っかかるのは、警察側が、心不全にしてヒイラギを殺してまで、ヒイラギを隔離した事。

 確かに加害者家族7人を殺害したのは心身に異常をきたしていて、放置しておくのは危険かもしれないが、死んだ事にして生かすのは、多方面からリスクがある。

 しかし、バレていないし、上手く隠蔽されている。更に、メタバースにログインさせられている。

 ここに自分は携わっていないし、未知のブラックボックスだ。

 YUMEの組織が関わっていないとすると、別の人間の思惑がある。

 ヒイラギがログインとログアウトを繰り返している記録はある。

 そして何故、ヒイラギが俺の事を証言出来たのか、ヒイラギが隔離されていた場所から解放された可能性が高い。

 メタバース計画を立てていた研究員、その関係者が俺を捕縛し、真相を解き明かそうとしたのは理解できる。

 しかし、ヒイラギが生存していた、というだけで、警察、検察含めた大規模な隠蔽があったと告白するようなものでもある。

 よくもそんな事が出来たものだ。いや、まだツクモが言っているだけで、どこまで本当かは分からない。

 いずれにせよ、自分だけが犯人ではないし、俺にはまだやるべき事がある。捕まるわけにはいかない。

 俺はメタバースを完璧に手に入れたい。諦めたくない。諦められない。

 息子を‥妻とまた会いたい。


 八雲の言葉が蘇る。


ー よく言うよ。絶縁状態だったクセに!興味無いってハッキリ言えよ!お前が感心あるのはメタバースだろ!俺のためというのは都合の良い理由、言い訳に過ぎない!


 三郎は目を閉じた。

 そうでは無い。だが、それを言うには信頼が足りない。言葉も。

 昔のことを思い出す。

 

 俺は医師になってから、多くの女性に言い寄られたが、俺の地位と金を狙っている女ばかりで辟易としていた。そんな中、俺は駅構内にある小さなパン屋で働いている女性を好きになった。理由は自分でも良く分からない。無愛想だけど、試食をくれたり、たまに笑うと可愛い所が良かったのだと思う。俺が身分を明かしていなくても、彼女は俺を愛してくれたし、俺も彼女を愛していた。

 色々な場所に行き、楽しく過ごした。人を愛する事がこんなにも素晴らしい事とは思わなかった。

 結婚して、子供が出来て、喜んだ。

 しかし、妻は出産で命を落とした。分娩時の子宮裂傷による大量出血だった。

 出産で死ぬなんて考えもしなかった。この先どんな事があっても守って行こうと誓っていた相手だ。

 他人の死体は何も思わないが、俺は妻の死体から離れる事が出来なかった。

 毎朝毎朝、泣いて目覚めた。

 俺は母親を殺して生まれて来た子供を、どうしても愛する事が出来なかった。

 息子を見る度に全てを思い出してしまい、辛くなった。それでも月に2回会う事を自分に課していた。

 しかし、それが結果的に八雲との距離を開いている原因になっているとはまるで思わなかった。

 全ては俺のエゴで、ああやって本音をぶつけて初めて、俺の気持ちが何一つ八雲に届いていないのだと分かった。

 ただ、悲しかった。

 話さなかった俺が悪い。向き合わなかった俺が悪い。


 三郎は目を開ける。

 だが、メタバースで戦っている以上、八雲も生きたいと望んでいるのは間違いない。


 俺は妻と会いたいし、八雲を生かしたかった。

 八雲の参加しているメタバース計画の他の部門で、自分も臨時の研究者として参加し始めた。機械工学ではなく、脳科学分野の専門としてアドバイスをする形だ。

 脳複製ブレインコピーの技術も生み出されて、メタバース計画は何年もの何月を掛けて、少しずつ実現に近付いていた。


 しかし、メタバース計画は、実現に近づくにつれて、様々な人にその倫理について指摘されるようになった。倫理の問題を解決しないと協力しない、というのは企業だけでなく、政府も実現性の薄さを感じ取ったのか、資金を減額してくるから俺たち研究者は焦ったし、憤った。

 その倫理の主な問題とは《データ上の人間は、生命なのか?》という事だ。

 今までの生物の定義は

・子孫が作れる・炭素、水素、窒素を主な材料として形成されている・代謝がある・自己複製能を持つ、などだった。

 しかしメタバースはデータだ。

 全てにおいて当て嵌まらない。

 だが、人間だと認めると、同時に二人存在してしまうし、データだとすると、メタバースの扱いが軽くなる。

 研究者たちは全員もう一つの新たな世界として、メタバースを作りたいと考えていた。

 新たな命という概念を定義、証明し、全てを覆すしか無い。それを承認させる為には、メタバース自体の法整備が必要にもなってくる。

 非常に大きな範囲での力とコネクションが必須だった。

 そんな中、死体解剖で若い10代の女の子が送られて来た。

 俺は研究に協力していたが、法医学医としての仕事も継続していた。検察と検証した結果、絞殺による窒息死、自殺だと判断された。体内には何も無い。確認した後、綺麗に縫い合わせて閉じた。


 その日、俺の自宅に茶色のコートを着込んだ大きな男が訪問してきた。

 男は土下座をして頼み込んできた。

 「いじめの加害者を告訴したい。証拠を作って欲しい」


 タブレットなどの証拠だけでは抗生の余地あり、と判断されて、少年法で守られる。それを凌駕する為には、殺人を立証する必要があった。


 起訴に有利な証拠、都合の良いシナリオを描くための材料を揃えたがる検察官とのやり取りは、割と日常茶飯事だった。死因を特定したりする際にも話をするし繋がりは深い。

 もちろん、俺は手を貸した事は無かったが。

 俺は相手が警視庁だと聞いて、良からぬ考えが浮かんだ。コイツは様々な人脈と権力を持っている筈だ。

 さらに、調べると、柊家というのは代々警視庁の中の重要なポストに付いている。政治家は不祥事が多く、警視庁が揉み消しているのは誰もが知り得る事だ。

 俺は改竄の隠蔽と、議員にメタバースについて取り上げさせる事、可能な限り法整備をさせる、という条件で手を打った。

 しかし、ちょうどAIの裁判官が導入された事で、計画が狂った。

 俺達は考えを重ねて殺人の証明をした。残虐な行為も主張した。

 だが、AIは用意した証拠に対して細かく次々に矛盾を呈した。

 検察を疑い、正しい証拠と理論を組み立て始めた。

 全員混乱した。買収していた裁判官たちはAIに反論できる自信がなく、AIによって、流れるように判決は決まっていった。

 過失では無い事、年齢が15歳である事、彼女は精神が不安定で不遇な生い立ちで猛省している、更正可能という判断をして、15歳である事から少年刑務所ではなく、少年院で終わった。

 そしてその後、やけになった柊が事件を起こした。


 俺たちメタバース計画に携わる研究者たちは、国民にその計画と実現性を大々的に発表して法整備に持っていく流れを一気に作る予定だったが、柊が殺人を犯し、その表舞台から退くことで全てが無に帰した。


 俺は柊に謝りたい。

 馬鹿なことを受け入れた俺が悪かった。

 俺は、あの時、柊の必死な様子を忘れる事が出来なかった。

 俺にも息子がいる。

 息子のことは気にしていた。

 時間が経ち、受け入れられるようになっていた。関係を修復したいとも思っていた。癌が発見されたのは、その矢先だった。

 しかし、八雲は効くはずの薬剤や治療が全てダメだった。

 近い将来、俺にも彼と同じような絶望が待ち受けているというのは想像に難く無く、他人事とは思えなかった。

 そんな勝手な同情と共感が、より不幸な事態を招いてしまったのだ。

 もう、俺は償えない程多くの罪を重ねてしまった。

 だからこそ進むしかない。


 だが、どうして八雲は俺の邪魔をしたんだろうか。

 データ脳を読み取り、何万人もの思考を把握したAIはもはや、全知全能の神だ。

 いかにAIが恐ろしい存在かは、あの裁判で証明された。

 これから先、AIをコントロール出来ないのは困る。どうやっても人間が一番上に立っていなければ、安心してメタバースを運用出来ないというのに。


「クソッ」


 何故、そんなものに加勢するのか分からない。

 AIは得体の知れない化け物だ。

 全てを乗っ取られてしまう。

 人間はAIには勝てない。何故なら全ての人間には綻びがあるからだ。

 『AIの創る完璧な世界は、完璧でない人間を追放する』に違いない。

 

 三郎が拳を握った時、カツン、とヒールが床を鳴らす音がした。

カチャリ、とヘルメットが解除され、持ち上げられる。

 リーウェンは、黒いレザージャケットを羽織ったラフな格好で、長い黒髪を後ろで纏めていた。

 軽い調子で言う。


「You're a sleepyhead.」

(お寝坊さん)


 このヘルメットは自分では外す事が出来ない。外部からの接続解除があり、ようやく擬似睡眠から解き放たれる。

 メタバース内では即時会話対象の言語に合わせて翻訳されるので、便利なものだ。絶妙なニュアンスまで共有するのはなかなか難しい。

 俺は脳の言語野を日本語の体制から英語に切り替える。

 悔悟と感傷を振り払い、気持ちを切り替えて礼を言った。


「Thank you.」


 身体を起こす。たった数日ログインしていただけなのに、身体が重い。寝たきりの状態でいると、一日約5%も筋肉が委縮し、筋力が低下すると言われている。特にそれが顕著になるのは50代半ば。ちょうど現在の俺の年齢だ。

 尿道カテーテルや点滴、様々な管を自ら引き抜いて、リーウェンに渡されたテープで止血し、タオルで全身を拭いた。予め用意していた、棚に仕舞っていた服を着る。

 リーウェンが言う。


「宝の件は把握したわ。メタバース内のあなたに聞いた」

「すまなかった」

「仕方ないわ。もう終わったことよ。

「あの時は訊かなかったけど、どうして直ぐにやるべき事を俺に指示出来たんだ?」

「あなたがデータセンターに居たっていうのもあるけど、外から見ていて、ロードした時間帯は分かった。そこから攻略進捗、彼等の同行と、もう一体のマニュアルっていうクエストの情報から何をしようとしているのかは、ピンと来ただけだし、そもそも世界が勝手に作った特殊なクエストだったから、目をつけてはいたのよ。まぁ、あたしも具体的に宝箱を奪ってどうしたいのかは分からなかった。世界の邪魔をしたいって考えはあったけどね」


 リーウェンが肩を竦める。


「だから次の話に行きましょう」


 リーウェンはポケットからタブレット端末を取り出して見せて来た。

 論文だ。タイトルは

『Conflicting ControlExperiments Using Metaverse Brain Replication Techniques』

(メタバースの脳複製の技術を用いた抵触的対照実験)


「これは?」

「ロシアの凶悪犯罪者を被験者にした秘密裏の実験のレポートよ」


 意図が掴めず、三郎はリーウェンを見た。


「向こうであなたに言われたの。何故、データ採取に協力した病院関係者からタレコミがあったのか。あたしも考えたけど、単純に脳複製ブレインコピーそのものの技術に欠陥があることに気付いたんだと思う」

「同感だ」

「あたしも色々調べていた所。ちなみにだけど、あなたの記憶はどこまで更新されてる?」


 俺は落ち着いて思い出す。


「宝を奪われて、俺はイチのロードを見越して即座にデータセンターに戻った。運良く白い人型のバグが消滅したって話をモニター越しのお前から聞いて、中心の召喚門に入ってログアウトした」

「うん。合ってる」


 リーウェンがタブレットの画面をスライドさせる。


「データ脳は、脳細胞の一つ一つの中のシナプス、神経細胞、電気信号の伝達速度全てを数値として書き出している。でもその逆である、メタバースでの記憶を脳に定着させるのは至難の技。そうよね?」

「ああ。もともとメタバース計画ではメタバース内の記憶は現実に引き継げないと思われていた。だが、メタバースの記憶を夢を見たように覚えているのは、ログイン時、現実での記憶をメタバースに更新するために、メタバースの方に再度、現実の脳データを書き出して一致させるからだと言われていた。その過程でメタバース本体と互換性が生まれて、何故か夢を見るような形で現実の脳に記憶される。どうしてそうなるのかは、その時は分からなかったが、喜ばしい副産物ではあった」


 一度、花畑にログインしたが、ログアウトすると、夢を見ているようだった。


 リーウェンが言う。


「メタバース計画の最中はまだ不完全だった記憶の引き継ぎが、今は完璧に出来る。あたしとあなたがYUMEに加入して、裏のメタバースの開発に着手する前から、既にその技術は完璧に完成していたし、あたし達もその全てを教えては貰えなかった。いまだに仕組みが分からない」

「ああ」


 確かに俺は、柊が事件を起こしてメタバース計画が頓挫した後、リーウェンから話を持ちかけられて、YUMEに加入し、大規模な脳複製を行った。その時には記憶の引き継ぎは出来ていた。


 リーウェンがタブレットを指して言う。


「話を進めると、これはロシアの凶悪犯罪者を被験者にした秘密裏の実験だけど、目的としては『メタバースを利用して、人格の改善』をしようとしたもの」

「人格の改善」

「ええ。使ったのはあたし達とほぼ同じSIHのヘルメットや、小規模なメタバース。そこで行われたのは、『被害者の体験などを強制的にさせる』事」

「自らの罪の重さを意識させるという事か?」

「発想としてはそんな所じゃない?痛みが分からないからこんなことをする。だから、それを理解させる。そして、凶悪犯罪者の63%が人格改善、16%が変化無し、残り21%が精神疾患を抱えた。実際にメタバース内での出来事が現実の人格に影響を及ぼした。ログイン中にその『シーンを高速で繰り返す事で、完全にトラウマが記憶に定着し、自らの記憶だと思い込んだ』」


 三郎は小さく息を呑んで言った。


「現実でのメタバース内の記憶の更新の正体は、高速でその事象を体験させて、暗示を掛けている、という事か」

「他にも色々調べてるけど、その可能性が高いと思う」


 悪寒がした。

 もしそうだとすれば‥‥メタバースをコントロール出来る人間が悪用すれば、大変な事になる。


「犯罪者なら良いが、一般人に使えば、ただの人格破壊だ」

「ええ。それから、ユメの能力はユメの為に作られたものではなく、記憶定着の機能からして、元からあったものなのよ。それがユメを通せば干渉出来るようになるだけ」

「なるほど」

「メタバース計画の時と、YUMEの用いている機器は大体異なるけれど、特に脳に直接影響を与えるのは、このヘルメットね」


 リーウェンがヘルメットをコツンと指の関節で叩く。

 それから液体のベッドを覆うようにして頭上に設置されている、脳をデータとして書き出す機械を指差す。


「これらの機器は、データ脳を照合してログインさせるのと、寝かせている機能だけでは無いという事ね」

「開発の人間に話を聞こう。今ならログイン出来る人間は限られている。内部での事を引き合いに話を聞く」

「あなた早く国外逃亡した方が良いんじゃない?」

「まだやる事がある。俺はメタバースを諦めない」

 

 三郎はリーウェンと共に病室を後にした。


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