表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
北海道編
63/65

ゆめ

 目の前が暗くなった。

 それが影だと気付いたのはコンマ1秒後の事だった。

 金属同士が擦れる高い音が連続で響き、魔法のように美しく相手の銀色の刃が弾かれて飛んでいく。

 

 ツクモが細剣を構えたまま、僅かに振り返って俺を見た。


「生きてるか?」

「‥どうしてここに」

「シバサキから連絡があった。ここへ来るように。イチの力になれば、攻略を進められるって」

「信じたの?」

「俺はシバサキを信じてる。疑っても後悔しない選択をしてくれると信じているからだ」


 でも、ロード前、ツクモは攻略に邪魔だから、と俺を倒そうとして来た。

 何でだろう。どっちがツクモの本心なんだ?攻略を進めたいって指針は同じようだけど‥


「イチ」


 呼ばれて、ツクモを見る。

 ツクモは俺を見ずに続けた。


「狸のプログラマーの条件もシバサキから聞いた。擬態の能力はメタ的に作るにはそう難しい能力じゃない。そもそもイメージにブーストを掛けた再現はメタバースでデフォルトで設定されているから、それを増幅させているに過ぎない。そしてそのイメージというのは、狸自身のイメージ、つまり暗示の深さみたいなものだ。基本的には「目を見る」という条件らしいが、それはおそらく、デバッガーの瞳を通して何らかの情報を読み取り、コピーしているから。仕組みは分からないけど」


 狸のプログラマーが立ち上がる。手には特殊な武器が握られていた。

 二つの鎌と、柄の下から垂れ下がるのは丸い分銅。

 鎖鎌?


「イチには悪いけど、少し様子を見ていたよ。シバサキによれば、オニの時は声が無かったようだが、よくお喋りしていたな。それで確信した。俺の真似に自信があったからだ。おそらく、外の世界でも俺をよく知る人物だ」


 ツクモは剣を構えて言った。


「百井三郎、俺の父親だ」

 

 ツクモの父親?

 同時に、【three】という名前が狸の頭の上に浮かび上がる。


 三郎は少しだけ顔を上げ、肩を竦めた。


「おかしいな。シークレットモードに設定しているのに」


 三郎は壁に寄りかかり、よく響く声で言った。


「証拠は?話を聞こうか」


 俺は戸惑いながら、ツクモの言葉を待つ。


「リーウェン含め一部のプログラマー達がログインできなくなった事態は知っている。だから、現在ログインしている人間を調べるとそれだけで大分絞られた」


 三郎が狸の面を手で押さえ、ため息をつく。


「なぜそんな事が分かる?お前の父親がプログラマーである事すら分からないのに」

「ハッキングをかけて調べたよ。大方の情報は手に入れた」


 ツクモが間を開けて言う。


「デバッガー達は基本、はじまりの街から召喚される。俺は転生の門から行き来する。同じようにプログラマーは「データセンターノース」に召喚門があり、そこに、システム内部に干渉する機器もある。その場所を作ったメタバース計画に携わって居た研究者なら、分かっている事だ」

「そこから手に入れたと?」

「ログインとログアウト、つまり、お前達の使用している召喚門の場所に不具合が出た時、他にも色々な場所が脆弱になっていた。警察も協力して調査していた最中だったから、情報抜くのは簡単だったよ。お前達の仲間も混乱している最中だしな」

「なるほど。それが事実だとして、複数ログインしている人間がいる以上、ここにいる俺が百井三郎であることが確定では無いだろう?どう説明する」


 ツクモは剣を構えて言った。


「簡単だ、今から証明する。殺したのと同時に百井三郎がログアウトしたら、何よりの証拠となる。ログイン状況は仲間が監視しているから言い逃れは出来ないし、記録にも残る」


 空気が動く。

 蛇の鎌首のように伸びて来た三郎の鎖鎌を、ツクモが前に出て弾いた。


stabスタッブ


 ツクモの刃に蒼い閃光が走り、高速の突き攻撃が三郎に多段ヒットする。三郎のHPがグンと削れる。三郎はカウンターで分銅の付いた鎖を放るが、ツクモは軽々と躱して伸びた鎖を掴んでみせた。そのままグッと手繰り寄せる。引き寄せられた男の腹に、思い切り右フックを叩き込んだ。

 三郎は勢いよく吹き飛んで、洞窟の壁に埋もれるように衝突した。土埃が派手に舞う。

 ツクモが追撃でその中に身を躍らせた。

 圧倒的な力の差に俺が安堵した時、再び、あの音が聴こえた。

 秒針が動く。


 カッ、カッ、カッ

 

 前進し、追撃していたツクモが、正反対に後方へ吹き飛んだ。


「ツクモ!」


 ツクモのHPが減少し、5分の1が削られる。

 俺は地面に転がるツクモに駆け寄り、持続回復の薬の瓶の蓋を開けて、ツクモに飲ませた。ツクモの体力が少しずつ回復していく。


「‥なんの能力だ?」

「分からない。何も見えなかった」


 土煙の中から、狸の面がぬっと現れる。

 即座にツクモが反応し、人間離れした反射神経で前進、迎え撃つ。金属同士が擦れるような音がしたと思うと、目の前でツクモのHPが3分の1まで減少した。

 俺は唖然とその光景を見つめた。瞬き一つすら無い間に、何があったのか。

 ツクモがバネのように後ろへ飛んで俺の隣に戻って来た。


「おそらく時間の能力だ。おかしい。時を停止させる、もしくは、進める。イチは防御に徹しろ」

「分かった」


 ツクモが前に出て、三郎の鎖鎌の攻撃を迎撃する。

 俺は更に後ろへ下がり、盾を構えて片膝を地面について、身を隠した。

 秒針の音は百井三郎の能力と関係がある気がする。

 早く能力を発動する条件を見つけなければ。

 俺は目を凝らして様子を見た。

 しかし、あっという間にツクモのHPが減っていく。一撃のダメージは少なくても、このままじゃ押し切られて死ぬ。

 俺はオニの銃を取り出して装備した。

 アサヒの猛毒をコピーした弾丸を撃ち込むしか無い。

 宝の事は‥あとで考える。

 だが、どうやって?


 唐突に、ツクモが三郎に言った。


「現実では既にお前を起訴する準備も進んでいる」

「起訴?」


 三郎が手を止めた。


「ヒイラギから証言が取れてる。お前が司法解剖で虚偽の証拠をでっち上げたというものだ」


 司法解剖?虚偽の証拠?


 まったく話が見えない。

 ツクモはチラリと俺を見てから狸に向かって問い掛けた。


「ヒイラギ、つまり、警察庁警備協公安警察である柊正宗は、それを依頼した人間だ。そうだろう?」


 狸は初めて沈黙した。


 ツクモは言った。


「俺の父親は司法解剖をして検察官に起訴するための材料を提出する法医学医だ。ユメのいじめを、傷害事件として刑事告訴するために、死体解剖で死因を偽装し、検察に提出した。それでも殺人とは認められず、少年法も作用して、家庭裁判所で本人が涙を流して猛省している事から不処分になった。そうして、ヒイラギは殺人に手を染めてしまった」


 明かされる衝撃的な事実に、俺は言葉を失った。

 ユメの部屋にはナイフなどがあったが、確かに大量のタブレットが出て来た。あれは心無い言葉を暗示していたのか?

 いや、実際、SNSに書かれたり、他にも何かされていたのかもしれないけど、死ぬ瞬間に傷は無かったし、個人の加害によるものと、特定できなかったって事か。

 未成年には少年法が適用されて、基本的には起訴されずに家庭裁判所で裁かれる。

 しかし、凶悪犯罪の場合だけ、大人と同じように刑事事件として、起訴されると学校で習った。

 

 もし、ツクモの言った事が本当なら、ツクモのお父さんは、そのユメの悲しい事件でも犯人達が裁かれるように死体解剖の結果を改竄したのか。


 三郎が狸の面を少し上に上げて、口元を緩めた。


「全てはお前の妄想に過ぎない」


 ツクモは肩を竦めた。


「どう捉えてくれても良いさ。他にも罪状はあるぜ?」


 ツクモは時間稼ぎをしている。

 何か無いか、この状況を打開出来る方法は‥

 ふいに、握ったユメの剣が熱くなって震え出す。

 あの時のように、縦横無尽に飛び回って、俺をアシストしてくれるだろうか。


 だとしたら‥


 壁には、等間隔に配置された松明たいまつがある。あれを壊せば、真っ暗闇になるはず。


 俺は目を閉じて二人の会話に耳を澄ませた。


「デバッガーに共通するのは、みんな手術を受けているという事。そしてその病院が、俺の父親が勤務していた大病院や、その部下の管轄にある病院などである事。法医学医になるには、医師免許に加えて機関長の推薦や、約200例以上の法医解剖経験、複数の学会報告等が必要らしい。要するに広い人脈があった」

「それで?」

「メタバースというのは、莫大な可能性を秘めた事業でもある。数億、数兆を裕に超える金銭が発生すると言われている。特に医療では沢山の可能性があった。障害の方だけでなく、高齢者もそうだ。術後の認知症リスクの低下。外に出られない患者のメンタルケアにも非常に大きな効果があると、患者のデータで有効性を証明されていた。たとえ今、メタバースを完成出来なくとも、未来で自分たちが優先してメタバースを利用したり、その権限を譲られるようになるなら、手を貸すという人間は一定数存在したんだ」

「その証拠は?」

「脳データや身体情報を詳しく撮るのは、時間が掛かる。お前は手術中に、勝手に患者の脳データをコピーして利用した。関係者のタレコミだよ」


 三郎は鼻で笑う。


「予定調和だ。けど、俺はお前のことも考えていたんだよ」


 ツクモが強い語気で言った。


「よく言うよ、ほぼ絶縁状態だったクセに!」

「毎月会いに行ったじゃないか」

「動物の観察だろ!いっつも冷めた目をしておざなりで」


 ツクモの時間稼ぎの演技は、いつしか本当になっているように、俺には聞こえた。


「興味無いってハッキリ言えよ!お前が感心あるのはメタバースだろ!俺のためというのは都合の良い理由に過ぎない!」


 三郎は嘆かわしい、というように返す。


「‥お前にはわからないだろう」

「ああ、何も分からないさ。母さんが死んで、俺を放って逃げた癖に」

「俺は父親にはなれなかった。医師としての腕はあったが、育児のセンスは無かった。それはずっと、申し訳ないと思っていたよ」


 俺は薄目を開けて、二人の様子を見る。


 ツクモが深くため息をつき、髪を掻き上げる仕草でピアスに触れる。

 というのも、俺は盾に隠れて、ツクモに短い作戦の旨をメールで送っていた。

 それを確認したようだ。


 ツクモが剣を回して言う。


「こんなに喋ったのは何年ぶりだ?」


 三郎も鎖鎌を回した。


「本当だな。だが、お喋りも終わりだ」


 俺は剣のユメに囁いた。


「ユメ、頼む」


 手から剣が勢いよく飛び出して、壁に取り付けられていた松明を次々に破壊して行く。ユメの剣は超高速で回転しながら駆け回り、木片を跡形もなく木っ端微塵に砕く。

 明かりが消えて、真っ暗闇になった。


「なんだ?」


 狸の困惑した声が響く。


 目を閉じていたせいで、暗順応して視界は良好だ。

 俺は立ち竦む三郎の姿がハッキリと目視出来た。

 盾を捨て、俺は銃を持って走る。

 だが、三郎は音に気付き、鎖鎌の分銅を飛ばしてくる。地面にしゃがんで躱すが、その時には振り返って、鎌の攻撃が降り注ぐ。

 俺は三郎の足の下に、銃を滑らせた。


 秒針が聞こえる。


 カッ、カッ、カッ


 俺は大ダメージを受け、震える程の猛痛が身体を襲った。全力で飛び退く。


 パンッと銃声が響いた。


 見ると、ツクモが片膝をつく形で、三郎の腹部に銃口を押し当てていた。すぐに飛び退いて三郎から離れる。 

 三郎のHPバーの上に髑髏マークが現れる。

 よし!猛毒状態にした!

 だが、気を抜くには早い。

 俺の使命は宝を手に入れる事だ。luckに懸けるしか無い。


 お願いだ。アサヒ、来てくれ。

 解毒剤があれば交渉が出来る。

 

 三郎は感心した風に俺を見て言った。


「なるほど。暗順応を利用したのか。よく瞬時にそんな発想が生まれたものだ」

「好きな漫画でそういうシーンがあるんでね。そんな事より、宝を返してくれ」

「もともとお前の物で無いものを返すというのはおかしな話だろう」

 

 じわじわと、三郎のHPが削られていく。

 三郎は自身の手を見て、呟くように言った。


「アサヒの猛毒か‥‥死ぬと言うなら道連れだ」


 三郎は先ほどと違い、俺に攻撃を集中させてくる。盾を使って連撃に堪えるが、盾の上から振ってきた分銅を頭に直撃し、一気に体力が赤ゲージまで減少した。

 心臓が冷たくなる。

 死にたくない。

 こんな所でやり直せない!

 歯を食いしばって、ツクモと共に死ぬ気で防御に徹する。


 三郎のHPも赤くなる。

 このままでは三郎が死ぬだけで、宝を奪えない。


 その時、アサヒの声がした。


「イチ!!」


 振り返ると、アサヒが解毒剤の瓶を投げてくる。

 受け取って、俺は三郎を脅そうとしたが、それよりも早く三郎は宝箱を俺に放った。


 アサヒが言う。


「トレジャーの表記があれば本物よ!」


 【treasure】の表示がある。


 宝を手にして、代わりに解毒剤を放った。

 百井三郎は解毒剤を煽って猛毒状態が解除されたのを確認した後、光の速さで洞窟を出て行った。

 俺は追い掛ける余裕が無く、宝箱を抱えてその場に崩れ落ちた。

 何とか宝箱は手にする事が出来た。

 ツクモも深くため息をついて壁にもたれた。

 

「能力の条件を把握するまでは奴と対峙するのはやめた方が良い」

「そうだな」


 アサヒが駆け寄って来た。


「二人とも大丈夫?」

「アサヒ、ありがとう‥よく生きてたな‥もう爆弾で‥」


 思わず声が震えた。

 小猿と共に自爆したかと思った。skipしたら消えてしまうロード線だとしても、それは耐え難い苦痛だった。


 アサヒは俺の両肩に手を置いて、明るく言った。


「爆弾は道を塞ぐために使ったの。あたしも知らなかったんだけど、ここへ着くには、もう一つシークレットのルートがあって、その道を利用して来たのよ」


 そういうことか。


「ツクモも?」

「ああ。その情報は収集していた。色の濃い翆河草ミドリカワソウの草むらに飛び込むんだろ?」

「そう。お陰で身を隠しながらここへ来れた」

「その道を通ったのが、アサヒより俺の方が早かったって事か。まぁ、助かって良かったよ。シバサキは?」

「やる事があるってどっか行っちゃった」

「そうか」


 アサヒが俺を見て言う。


「攻略するんだってね。シバサキに、力を貸してあげてよ?」

「もちろん。でも今は貸されている方だけどね」

「頑張って」


 アサヒがポンと俺の肩を叩く。

 アサヒのシンプルな応援が気持ちを奮い立たせた。

 俺はアサヒとツクモに言った。


「二人とも、説明したい事があるんだ」


 skipについて話した。

 秘密にしたいが、skip ballを使うから隠しようが無い。

 二人は驚いていたが、流石の対応力で直ぐに状況を呑み込んだ。


「なるほど、そういう事だったのか」

「ツクモは‥どうする?たぶん、skipに合わせてログアウトしたら、記憶を持ったままロードと同じようにログイン出来ると思うんだ」


 今のツクモなら、決闘でも勝ちを譲ってくれるだろうし。


「このままskipしろ」

「えっ」

「記憶を消したままでいい」

「なんでだよ」

「いいから」

「どうして?理由は?知っていた方が良いだろ」


 ツクモは躊躇うように宙で視線を彷徨わせたあと、小声で言った。


「死が近づくと怖くなる。精神が不安定なんだ」


 恐れていた事態に戦慄した。


「頭では分かってるけど、気持ちが逸る。だから、俺の事はもうあてにしない方が良い」

「そんな‥」

「もし世界が完成したら、多くの人が幸せになれるかは分からないけど、死という最大の不幸を、緩和出来るかもしれない。俺は、だから着実に攻略を進めるお前を応援する。気が変わったらごめん。だから、このままskipして構わない」

「早く攻略を進めたくて焦っちゃうって事?」

「そう。イチを信じられなくなる。他人より、自分を優先させたくて仕方なくなる」

「死ぬなよ」

「当たり前だ。けど、またしばらくログインは出来なくなる可能性が高い」

「ツクモ‥」


 ツクモは、少し諦めているように見えた。

 酷く悲しくなって、俺はツクモの肩を掴んだ。


「嫌だ、死ぬな!」

「だから、死なないよ」


 現実に帰って、ツクモが死んでたらどうしよう。

 病院のベッドで青白い顔で横になっているツクモを勝手に想像して涙が出た。


 アサヒが俺とツクモを抱き締めるように、背中に腕を回して来た。


「大丈夫。みんなで頑張ろう。きっと辿り着けるよ。今だってお宝手に入れられたんだから」


 今のアサヒは前のアサヒよりも関係値は少ないけど、安堵するような優しさには変わりが無くて、俺はこのロード線を後にするのが辛くなった。

 アサヒとツクモと視線を交わすと、確かに苦難を乗り越えられる気がした。

 大丈夫。俺は一人じゃない。


 アサヒが言った。


「そうだ!宝箱の中身見ようよ」

「うん」


 俺は宝箱に手を掛けて、二人を見た。


「三人で開ける?」

「何その提案、可愛いんだけど」


 アサヒに揶揄われながら、俺は即座に宝箱を開けた。

 中から七色の光が溢れ出て、全身を包み込む。

 視界が揺らいで、身体が反転する感覚と共に、意識がスッと消えた。



 目を開けると、俺は、いつかの何も無い白い空間に立っていた。

 最初に質問に答えた時と同じ場所だ。

 一歩進むと、目の前に、文字が浮き上がって現れる。



 一ツ選ベルナラ何ガ欲シイデスカ



 力 運 知能 勇気 愛 命



 ゾッと鳥肌が立つ。

 もう一つのマニュアル、というbunnyの噂は、やはり間違ってはいなかったんだ。


 もう一人のユメを得るには、おそらく「命」の選択が必須になると思う。

 ユメもそうだったから。


 俺は恐る恐る、命に向けて右手を動かした。


 文字が消えて、数字の塊が現れる。渦になって人型に変わると、黒い影になった。

 黒い影は、こちらを振り返る。

 

 俺は確信して駆け寄った。


「ユメ!ユメだろ!!」


 黒い影はすっと透明になり、俺のずっとずっと会いたかった人が現れた。

 

「ユメ!!」


 大きな猫目、肩口のショートカット。

 俺を見て、目をパチパチとさせてから、小首を傾げた。


「イチ?ですか?」


 ユメは、黒いワンピースを着ていて、素足を晒している。

 でも不思議と艶かしくは見えない。まるで妖精のようだった。

 ユメは、俺を見て、困ったように小さく笑った。

 俺はユメを抱き締めた。

 優しいシャンプーの香りがする。そのまま永遠にユメを感じていたかった。

 しかし、ユメは俺の肩に手を置いた。


「あ、あの‥恥ずかしいです‥」


 俺は腕を離す。

 ユメはぎこちなく、俯きがちに言った。


「ユメと、私は‥‥違うんです。私は、現実での記憶を持っていて、だから、その‥えっと‥私は言うならば『柊ゆめ』なんです」


 ゆめは、顔を上げて、俺を射抜くように見つめる。

 分かってはいたけど、頭が混乱した。

 でも、表情とか喋り方がマニュアルのユメよりも理知的で、静かで、真面目で引っ込み思案な性格だと伝わってくる。

 もう一人のゆめは、落ち着いた声音で言った。


『今の私は完全な姿じゃなく、シバサキさんもおっしゃっていた通り、本体の身体は南のデータセンターに閉じ込められて居ます。今は北のデータセンターがリーウェンや百井三郎率いる組織に占拠されてしまっていますが、南にもう一つこの世界の中でメタ的に干渉できる場所があり、そこに記憶も保管されています。あなたは既に鍵を持っています。なのでskipした後、いつか南のデータセンターに来て下さい』

「南のデータセンターって何処にあるの?」


 俺は訊いたが、ゆめの身体がどんどん透けていく。


「ゆめ!身体が透けてる!」


 ゆめが目を細めて、儚げに微笑んだ。


『ここまで来てくれて、本当に、本当にありがとう』


 そう言って、ゆめは消えた。


「ゆめ、ゆめ!!ゆめ!!!」


 俺は白い空間を彷徨い続けて、膝をついた。


 ゆめに会えた。

 記憶を持った、柊ゆめだ。

 俺はユメを取り戻したいけど、柊ゆめも助けたい。

 南のデータセンターという場所に行けば何とかなるなら、絶対に辿り着いてみせる。

 ユメに会いたい気持ちが溢れて、俺は頭を抱えて蹲った。

 先程のゆめの言葉が耳に残っている。


『ここまで来てくれて、本当に、本当にありがとう』


 俺は一人の空間で独白した。


「絶対、絶対に会いに行くから。待っててくれ‥二人とも、絶対助けるから」


 気持ちを切り替えよう。

 俺は一つ呼吸をして、考えを整理した。

 南のデータセンターの場所は、シバサキが知っているかもしれない。いや、メタアイテムを作っているなら、ツクモも知っている可能性は高い。

 一度この空間を出て、ツクモに訊いてみよう。

 しばらく探索を続けたが、空間からは出る事が出来なかった。

 メニューだけは弄ることが出来る。早くskipして、戻れ、と世界が言っているみたいだ。

 そう簡単には行かないか。

 二人に、せめてお別れの挨拶くらいしたかったのに。

 アイテムからskip ballを取り出すと、勝手に数字が巻かれ始めた。


 10:10


 俺はskip ballのスイッチを押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ