宝の在り方
アサヒは猿のように身軽に跳躍し、俺に向かって毒槍を突く。
俺はアサヒ自身に教えて貰った事を思い出し、後ろに引くのではなく、真横に大きく跳んだ。アサヒは直ぐに反応して、槍を薙ぐ。そこまでは読める。俺はジャンプして槍を回避し、アサヒから距離を取るために、踵を返して全力で走った。
とりあえず、お宝を先に奪った奴よりも早く洞窟に着かなきゃいけない。どうやって入り口を開くかは‥後で考える!!
俺は走りながら大声で言った。
「アサヒ、俺は未来から来た!敵じゃない!」
アサヒは無視して俺を追う。
速すぎて、直ぐに追いつかれてしまった。
音と風をすぐ後ろで感じる。
俺は勘で、振り向きざまに剣を薙いだ。奇跡的にアサヒの槍の突き攻撃を受け止めるが、凄まじい衝撃が腕を襲う。
骨まで響いて、腕が軋んだ。
HPがグンと4分の1も減少する。
攻撃はガードしたのに、信じられないダメージだ。
アサヒは槍を高速で振り回し、凄まじいパワーで俺の剣を弾き飛ばした。
剣は俺の手を離れ、宙をくるくる回って地面に突き刺さる。
俺が剣を取り戻すよりも速く、アサヒが走って剣を抜き、剣の両端を持って、思い切り膝蹴りした。
片手剣が逆U字に曲がり、駄目になった物を、アサヒは遠くに放り投げた。
「諦めて投降しなさい」
まともに戦っても勝てない。
レベルがリセットされて、ステータスの差があり過ぎる。
味方だったから強さを感じにくかったが、アサヒは元々百井家の家臣の二番手だ。
俺は森の中をとにかく走った。
逃げるしか無い。
「spear」
紫色の液体がシャワーのように後ろから降り注ぐ。
俺はとにかく全力で駆けた。
死んでたまるか。
俺は絶対にユメを取り戻す!
その瞬間、腰の鞘から赤いユメの剣が飛び出して、左右に縦横無尽に飛び回った。
アサヒの進路を断ち切るように、木々が次々に薙ぎ倒されて、毒液噴射を遮る。
剣が静かに腰の鞘に収まる。
「ユメ!」
返事は無い。
でも、助けてくれた。
「チェンジ!」
反応しない。
「ユメ‥」
ユメは持ち物じゃないし、京極家ではなく、俺がユメを所持していないと、この先の未来に大きな矛盾が生まれてしまうから、所有権が俺にある状況なのかも。
でも、会えないけど、俺と一緒にいる!
俺は剣の鞘に手を当てた。
とりあえず目の前の事を達成するしかない。宝を犯人二人組よりも先に手に入れなれけば。
俺は木々の間を転がるように走って身を隠しながらメニューを開いた。
使えないアイテムが無いか、素早く確認する。
スノーホーンの毛×21
スノーホーンの角×5
スノーバニーの尻尾×6
ホワイトロリーポリーの触覚×29
時限爆弾×6
回復薬×30
軟膏×2
イエティを倒した後、リーウェンと対峙する前までの空き時間に皆んなでレベリングをした時に色々と新しくドロップした。
だが、戦闘に使えそうな物は無いな。
時限爆弾くらいか?
だが、最低でも同じ場所に5分いないといけない。
否。
時限爆弾は、形は平らで設置型っぽいけど、時刻を設定して、ONにしている状態で既に時間が進んでいるという事は、爆発するまで手で持っていても問題無い?
5分で設定して、横のボタンを押すと、4分59秒でカウントが始まった。
残り6個全ての時限爆弾を最短の5分に設定して STARTを押した。
ショートカットにはスノーホーンの毛×12をセットする。
宝のあった洞窟は、東家から北に向かった場所だったはず。その先にロープウェイ乗り場があった。記憶を頼りに、ユメの木々を薙ぎ倒すアシストを得ながら俺は全速力で走った。途中で追いつかれ、ギリギリまで引き付けてからスノーホーンの毛を投げつけた。アサヒは驚いて飛び退く。
鬱蒼と茂る木々と草花の中を進み、ようやく切り開かれた、ロープウェイ広場に出た。
どうする?
ロープウェイに乗りこむ隙は無い。
広場で隠れる場所もなく、アサヒが俺に突撃する。
避けようが無く、ユメの剣を両手でしっかり握って、迎撃体勢を取る。
刹那、空気を切るヒュッ、という音が幾重にもなって聞こえた。一陣の風が吹くのと同時に、地雷が爆発したかのように土が巻き上がった。
針のように細い鉄の矢が、びっしりと地面に突き刺さっている。
アサヒは一気に後退する。
弓矢?
キョウゴクの武器は光の矢だった。こんな杭のような細くて重いものじゃない。
ゆっくりと森の茂みの中から人が現れた。
スーツ姿のリーマン風な佇まいの男。
シバサキだ。
シバサキは百井家の家臣でアサヒの仲間だ。
アサヒもこれには困惑して、武器の構えを解いた。
「シバサキ?なんでここに?」
「彼を殺す指示は正式な命令ではなく、あなたを試すためのものです」
「試す?」
「あなたがツクモの斥候かどうか。噂を確かめる為に、ツクモの守っているイチを殺す指示を出した。今も何処からかオニとシシが監視を続けている事でしょう」
待てよ。
シバサキは未来の出来事を知っている?
つまり、ロードの影響を受けていないのか!?
アサヒが冷静に問う。
「どうしてそう言い切れるの?」
「イチの能力の噂は本当です。私は未来を知っています」
「能力を具体的に説明して」
「セーブとロードというものです。ゲームと同様、イチが死亡した際に、セーブした場所まで巻き戻り、やり直す事が出来ます」
「‥‥それが仮に本当だとして、シバサキが未来の事を知っていて、あたしが知らないのはおかしいじゃない」
「巻き戻しの影響は全員が受けて記憶を失くしてしまいます。私はボイスレコーダーという特殊なアイテムを使って自身を信じて行動しているだけです。ボイスレコーダーは特殊なアイテムで、ロードを跨いで存在出来ます」
シバサキがこちらを見る。
そうか、シバサキは偶然じゃなくて、俺を助けようと来てくれたんだ。
特殊なアイテム、というのは人工的なアイテムなのだろう。
それは俺じゃなくても、ロードを跨いでも消費されないのか。
シバサキがアサヒに言う。
「ですからアサヒ、ここは一度引いて下さい。今ここでイチを殺したとしても、あなたの嫌疑は晴れません。それにあなたは最初から殺す以外の方法を模索していましたよね?それを叶えるには、イチの逃走を手伝う必要があります」
シバサキの言葉と同時に、俺の背後から二人の影が飛び出して来た。
鬼の面と、獅子の面。
シバサキの矢が俺の前に連続で放たれて、二人を近づけないように牽制する。
オニは着物の胸ポケットから拳銃を取り出し、シシはメリケンサックの拳を下段に構えた。
オニが拳銃を回して言った。
「予定変更。厄介な能力を持つお前を独断で殺す」
独断?
俺はハッとした。
「そうか、前回はキョウゴクに確認をしていたから、襲って来たのが街中だったのか」
「何のことだかサッパリだ。だが、未来だとか巻き戻しだとか、明らかに能力の示唆をしている。やり直せるとしたら、攻略が一気に進むとんでも無い代物だ。殺しても文句は言われまい」
二人は俺に向かって襲い掛かって来た。
だが、シバサキとアサヒが間に割って入り、俺を守ってくれた。
シバサキは鋼鉄の矢を放ち、距離を取る。アサヒがオニの銃口を槍の柄で弾き、死角から打ち込まれるシシの打撃を、シバサキが弓の玄で掬うようにして、絡め取った。
僅かに生まれた硬直状態の中、シバサキが俺に向かって、黒い瓶を投げた。
キャッチして見ると、それは「悪魔の小瓶」だった。
シバサキが大声で言う。
「早く行け!!」
直ぐに意図が理解できた。
ロープウェイは遅すぎる。
宝を奪う何者かよりも速く宝を手に入れる必要がある。
俺は小瓶の蓋を開けて、中身を飲み干した。味など分からない。ただ気持ちが焦った。
シバサキとアサヒが、オニとシシに殺されてしまうかもしれない。戦闘は超近接型のオニとシシ、二人のコンビネーションに押され気味だった。
早く宝を見つけて、戻らないといけない。俺が力になれるかは分からないけど‥‥
時限爆弾は残り2分45秒だった。
メキメキ、と音がして、背中から翼が生える感覚がある。悪魔の翼を羽ばたかせ、俺は一気にロープウェイを飛び越して、頂上まで飛翔した。
ーーーーーーーーーー
オニとシシはイチを追い、ロープウェイを無視して一気に山を駆け上り始めた。
シバサキはアサヒを促し、二人で後を追い掛けた。
「追いかけましょう」
「なんで?なんでそこまでするの?」
シバサキはいっぱく置いて、アサヒを見てハッキリと告白した。
「私は研究者です。ここでイチを助ければ、未来は変わります」
アサヒは目を瞬き、困惑したように眉を顰めて問う。
「‥‥研究者‥?日本の?」
「はい」
「リーマンじゃなくて、研究者って事?本当に?」
「はい。アサヒ、信じて下さい」
アサヒは驚きすぎて言葉が出ないようだった。
「アサヒ、力を貸して下さい。死ぬ気で二人を止めましょう」
「死ぬ覚悟って言いたいの?」
「ええ」
「無理でしょ。二人は超近接型、距離を詰められたら死ぬわ。スピードも速い」
「力を貸してください」
アサヒは混乱しているようで、眉を何度も上下させて言った。
「‥‥なんで?イチはそんなに重要なの?あたし嫌よ、どんな人間かも知らないのに、守ろうって気にもならない」
シバサキは幾つか説得の手法を思い浮かべ、首を振った。アサヒを誤魔化すことは出来ない。
シバサキはアサヒの手を掴んで、博打を打った。
「陽菜。俺は研究者としてこの世界に潜り込んでいる。だから信じて欲しい」
「‥っ」
アサヒの目が驚愕に見開かれる。
「ここでイチを生かせば、未来を変える事が出来る」
「‥パパなの?」
「そうだ」
「本当に?」
「朝霧陽菜。俺の名前は朝霧椎葉」
「パパ‥」
アサヒが涙ぐむ。
「本当なの?だって見た目が違うし」
「姿形は幾らでも作れる。AIが絵を描くようにね。喋り方は一度、ボロが出そうになったけれど」
シバサキは苦笑した。
アサヒが涙ぐんでシバサキに抱きつく。シバサキはアサヒを抱えて全力で二人の後を追った。
「どうして言ってくれなかったの?」
「アサヒは嘘が下手だからだよ。プログラマーが潜入している可能性がある以上、どこにも情報を漏らしたく無いんだ」
「現実で怪我してる?」
「してないよ。俺は拘束された訳じゃなく、身の危険を感じて逃げただけなんだ。チームの仲間は既に6人殺されているが」
「6人も?メタバースを利用したい中国の奴らに?」
「いや、国籍は関係ないよ。手を組んでいる奴らは日本人にもいるからね」
「‥‥」
「何も言わずに消えた事を許してくれ」
「パパに会いたい!!」
「‥陽菜、いや、アサヒ。聞いてくれ」
「嫌よ!こんな近くにパパが居るのに!!もっと話そうよ!」
「アサヒ、俺はまだやる事があるんだ。この世界のバランスを保ち、世界を取り戻すためにも、イチを支える必要がある」
「‥‥イチの能力は本当なの?そんな事あるの?」
「本当だ。未来で俺たちは生きている。そしてこれからも生きる為に、イチを助けるんだ」
「‥意味分かんない」
「頼む。力を貸してくれ。俺一人では止められない。陽菜」
「‥」
「俺は最初は半ば諦めていた。だが、アサヒの姿を見て、世界を取り戻したいと思ったんだ。それだけの可能性が、ここにはある。アサヒの強さに感動したんだ。初めて会った時、堂々としたアサヒの立ち振る舞いに嬉しくなった。俺はこの世界を取り戻して、アサヒに使って欲しい」
「それが目的なら、このままでも良いじゃん」
「ずっとログインしたままだと現実の身体に影響がある。既に現実で不調があって死んだデバッガーも居る。体重も減少し続けてしまう。今メタバースを牛耳っている奴らが、倫理規約を守る限りは」
アサヒはポツリと言った。
「夢って大きな欲望なんだってよ。人間が都合よく言っているだけで」
「‥誰の言葉だ?」
「キョウゴクが良く言うの。みんなの希望を折って停滞させるような事を。本当に攻略を進めたいのなら、首をすげ替えるしか無いわ」
「‥」
「私はキョウゴクみたいになりたくない。他人が夢を否定するのは傲慢だと思うから‥」
アサヒは「夢」を選んだ人々の顔を思い出した。
「世界を攻略して何かから全てを取り戻すには、デバッガー全員の力が絶対に必要よ」
「ああ。絶対に達成してみせるよ。アサヒの為にも、俺の為にも」
アサヒは顔を上げてシバサキを見た。
「死ぬ時はパパと一緒が良い。それなら命を懸けられる」
「陽菜‥‥」
アサヒが繋いでいた手を離した。
「具体的な作戦はあるの?」
「今から説明する」
ーーーーーーーー
ロープウェイの近くに青いテレポートの光があり、俺は翼を畳んで飛び込んだ。強く重力を感じた瞬間、新たなダンジョンに居た。
ゆっくりと文字が降りてくる。
ー 層雲峡 ー
ここへ来るのは二回目だ。
遠くで巨大な滝がザァァアアーと激しい音を立てて流れている。
俺は翼を開いて、加速しながら進んだ。
アサヒとシバサキ達は大丈夫なのかと少し不安になって後ろを向くと、信じられない事に、オニとシシが転移されて来る姿が微かに見えた。
速すぎる。
同時にアサヒ達がテレポートしてきて、激しく光と煙を上げて混戦が始まる。
心拍がヒートアップした。
失敗は許されない。
二人は全力で、命を懸けて足止めしてくれている。
ふいに、俺の頭上の枝から枝へ、小さな影が飛び移るのに気が付いた。
毒猿だ。
アサヒのマニュアル。
猿は、何かを投げて来た。
俺はキャッチして、驚いた。
オニの拳銃だ。
アサヒか、シバサキの能力をコピーしたものだろう。
おそらく‥‥アサヒのものだ。
何故なら、これを一撃打ち込めば、勝ちが確定するから。
猛毒状態【deadly poison】は、アサヒしか解除出来ない毒状態だ。
リーウェンの時は、リーウェンはボスと同列の扱いで猛毒状態が効かなかったが、おそらく、デバッガーには有効だ。
宝を奪おうとする人物と鉢合わせた際、これを撃ち込めば、確実に相手を殺す事が出来る。
本気で挑むしか無い。
俺は手の中の時限爆弾の時間を確認した。
30秒
目を閉じ、躊躇ってから、俺は6個の時限爆弾を猿に投げた。
猿は器用に尻尾や口を使って爆弾をキャッチし、アサヒ達の方へ帰って行く。
数秒後、後ろで凄まじい爆発が聞こえた。
胸が潰れそうになる。
歯を食いしばって、前進した。
俺は翼を強く羽ばたかせ、滝の中に突っ込んだ。
背中から強烈な水の勢いに叩きつけられながらも、無理やり突破する。
滝の裏の洞窟に入った。
着地すると、翼は消えてしまった。走ると、大きく開けた空間に出た。
奥に大きな青銅の二枚扉があり、左右に石碑と、魔法陣がある。
俺はそこで致命的な問題に気が付いた。
一人じゃ宝への扉が開けない。
敵を待ち伏せするしか無い。
だが、敵とはすれ違わなかった。
まさか、もう中に居るのか?
その時、洞窟の壁の松明が順繰りに着火していく。
二枚扉が開き、ゆっくりと中から出てきた人物に、俺は目を疑った。
嘘だ。
「‥‥ツクモ」
藍色のジャケットに、グレーの猫を肩に乗せた小柄な少年。
ツクモは少し屈み、猫が降りやすいようにした。猫は無音で優雅に地面に降りる。
「change」
ツクモは静かに細剣を俺に向かって構えた。




