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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
6/65

帰れない

 俺は右往左往し、ふと気が付いた。

 ヒイラギだけは初めから自分の部屋を取っていてくれた。それをシロがチェックアウトしてしまったのだから、ヒイラギの言う通りにしていれば自分は助かったのだ。


 俺はもらったカードキーを確認する。204号室。確か、ヒイラギは203号室だったはずだ。

 ヒイラギはロビーに居ない。廊下の方へ進んで行ったから、一度自室に戻ったのだろう。

 俺は階段を上がる。

 すると、たまたま部屋から出てきたヒイラギと鉢合わせた。


「あ、」

「どうした?」

「‥いえ‥その‥」


 俺は拳を握って言った。


「話したい事があるのですが、今お時間空いていますか?」

「俺は忙しい」

「少しで良いのでお願いします!」


 俺が頭を下げると、ヒイラギは扉を開け、俺を見た。


「入れ」

「ありがとうございます!」


 中は全面畳の座敷で、机と椅子のある場所がある。玄関口に近いレストルームは、通常のホテルと同じような造りになっていた。

 ヒイラギが座布団を放り、俺たちは対面して座った。

 俺が口を開こうとすると、ヒイラギが手で制した。

 ヒイラギは言った。


「お前は現実で、どんな人間だった?」

「現実で、ですか?」


 急な問いに、俺は戸惑った。

 ヒイラギは言う。


「そうだ。イチではなく、現実のお前はどんな状況だった?ちなみに、この世界はドロップアウトした人間だけがやって来る世界だ。お前も俺も、気を遣う必要は無い」


 ヒイラギは表情を緩める。

 そうか、この人も‥‥何か事情があったんだろう。

 俺少し気が緩んで、喋り始めた。


「‥俺は‥‥別に普通の人間だったんですけど、その‥‥色々あって、不登校になってしまって、それで‥‥だらだら過ごしていました。勿論、ちゃんと学校には行きたいって毎日思っていたんですけど‥」


 他人に自分の実情を打ち明けたのは初めてで、たどたどしい喋り方に自分でも羞恥が込み上げた。


「なぜ不登校になった?」

「それは‥‥クラスでいじめがあって、まぁ、完結にいうと、俺は、いじめられていた子を庇うような事をしていて‥」

「具体的には?」

「破かれた教科書とかを貸してあげたり、体操着を取り返したり‥‥教師に話をしたり、その子から話を聞いたり‥でも周りの人は上辺だけ調査したら終わりで、助けてくれませんでした。それで俺が‥‥」


 嫌なことを思い出して、俺は口を閉ざした。 

 庇っていたその子が、まさか俺を裏切るとは思わなかった。

 体操着を盗まれた、と朝礼でその子が俺を指差した。

 いじめをしていたのは実は俺だった、みたいな、ストーリー仕立てにされて、俺は教師や大人達からもいじめられるようになった。


 親からも失望され、俺は世界に絶望した。

 人は多数派が強い。

 少数派マイノリティーは例え道徳的に正しい事であっても、社会的な正しさには認められない。


 俺は、それがよく分かった。

 その上で俺は、俺が悪くないと今も思っている。

 道徳的に正しい行いをした俺を拒絶する社会の方がおかしい。

 世界がおかしい。

 俺は正しい。


 俺は間違ってないよな‥‥?

 どうして、正しい俺がこんな不幸な目に遭わなきゃならないんだ。


 ヒイラギはお茶を置いて俺を見る。


「なるほどな」


 ヒイラギは俺に問うた。


「今、お前はどうしたい?」

「帰りたいです」

「どうしてだ?」

「自分は犯罪者ではないですし、こっちの世界には馴染めません」


 家族が心配しているかもしれない、というのは言わなかった。

 何だか子供の理由な気がしたからだ。

 ヒイラギは笑った。


「そうだろうな。俺もこっちでは随分苦労をしたものだ。だが、学びも多いぞ」

「学び、ですか」


 ヒイラギは立ち上がって言う。


「茶、飲むか?」

「あ、俺が」

「いいから座っていろ」


 ポットから、ポトトト、とお湯を注ぐ小気味良い音がする。

 その音に混じって、不可解な音と衝撃が身体に走った。

 やけに心臓の音が聞こえる。

 身体を見下ろすと、腹部から刃が‥‥否、反り返った鎌の先で貫かれていた。


「‥どう、して‥」


 鎌の刀身にトラの顔が反射する。トラは大口を開け、高らかに咆哮を上げた。

 内臓が震える。

 ヒイラギはカチャン、と机の上にお茶を置いて、俺の前に胡座を掻いて座る。


「直ぐに死んだら怪しまれるし、ツクモは追ってくるだろう。だが、ここなら人数が多過ぎて、誰が殺ったのかも分からない」


 俺は身じろぎひとつ出来なかった。

 血液が、身体を伝い、落ちて行く。

 鎌は刺さったままなので、外側への出血量は多くないが、内側から溢れるように血が流れていくのを感じた。


 左上のHPゲージがじわじわと減っていく。HPゲージの上に、水色のギザギザした短いラインが出ていた。

 麻痺か?

 動けない。

 ヒイラギはお茶を飲んで言う。


「お前は彼等と大差ない。お前がこのまま成長したら、自分含め、誰かを殺す可能性がある。その危険因子があると算出されたから、お前はここに導かれた。お前は自身の中のトラを、自覚する事が大切だ」


 ヒイラギはお茶を飲み干すと、立ち上がり、鎌の柄を持ち上げて、俺を机の上に移動させた。

 鎌を引き抜かれ、俺は崩れるように机の上に倒れる。


「チェンジ」


 鎌が大きなトラに変化し、俺の頭部にトラが喰らい付いた。

 バリッと音がして、頭蓋骨のひび割れる音がする。

 HPゲージを見る余裕もない。

 世界が灰色に染まる。


 セーブデータ1 にロードしますか?


 イェスが勝手に選択される。

 

 セーブデータ1 にロードします


 空間が歪み、ねじ曲がり、ぐるぐると渦を巻く。

 頭の芯を揺さぶるような細かい衝撃とエネルギーが、全身を貫く。

 そして、着地した。

 風が吹く。

 前方にはヒイラギが歩いている。

 俺が立ち止まると、ヒイラギが振り返った。


「どうした?」

「‥‥」

「場所はそこの旅館だ。来るも来ないもお前の自由だ」


 ヒイラギは俺を置いて、先を歩いて行った。

 ヒイラギに対して、怒りは湧いてこなかった。ただ、本当に‥‥ループしているのだという困惑、リアルな痛み、それらによって精神が摩耗していた。

 俺は頭と腹に手をやり、傷が無いのを確認する。

 周囲を見て、誰もいないのを確認してから、俺は唱えた。


「チェンジ」


 ユメが剣から人に変わる。

 俺はユメの肩を掴み、言った。


「お前の能力はセーブとロードだ」

「セーブ?ロード?」


 ユメは首を傾げる。


「記憶はないか?ここでお前はセーブをしたんだ」

「記憶にありません」

「シロに殺されて、ヒイラギに殺された事は覚えているか?」

「シロ、とは、誰ですか?」


 俺は絶句した。


「剣になった時、外の声って聞こえているのか?」

「はい。聞こえています」


 つまり、時間が巻き戻るのは、ユメ自身も対象になっているようだ。

 俺の尋常ではない様子を感じ取ったのか、ユメは言った。


「ツクモに相談してみてはどうでしょう。フレンドからチャットで連絡することが可能です」


 どうして気付かなかったんだ。

 縋る想いでツクモをタップしたが、選択できなかった。

 そういえば、登録した時はツクモの文字は白だった。

 今は透過して、薄いグレーになっている。


「ログ‥アウト‥?」


 瞬時に、会議での記憶が蘇る。


ー ツクモは現実に帰っている。

ー あいつは裏切り者だ


 ガクガクと足が震えて、俺は膝を着いた。

 ツクモも‥敵なのか。


「ユメ」

「はい」

「俺、現実に帰りたいんだ。シロ‥‥とある人によると、死ねば現実に帰れるらしいんだ。だから今から死んでみる」


 ユメは静かに頷いた。


「分かりました。向こうの世界でも、イチの幸せを願っています」


 ユメの心のこもった言葉は、今の俺には聞こえなかった。

 ただ頭を占めるのは「帰れない」という恐怖だけ。


「チェンジ」


 ユメを片手剣に戻して、俺は自分でも笑えるほど簡単に、抵抗なく、自身の胸に刃を突き立てた。

 引き抜くと、血が溢れ出ていく。


 セーブデータ1にロードしますか? 

  Yes No


 俺は即座にNoを選ぶが


 error 0


 そこにあるのは、Yes の文字のみで、Noが消えていた。

 絶望が足の底から這い上がる。

 理解したくない。

 

 自動でデータがロードされます

 セーブデータ1 にロードします


 俺は再び、夕方の小道に立っていた。

 誰にも頼れない。

 俺は一生、ここに閉じ込められるのか‥?

 

 俺は我慢できず、道を引き返した。

 後方でヒイラギの声が聞こえたが、無視して、ただひたすらに夜道を走った。

 後方でトラが吠えた。

 同時に、俺は転倒した。

 起き上がろうとしたが、身体が動かない。

 ヒイラギは言う。


「ツクモはさっきログアウトした。だから今、俺がお前を殺しても、分からない」


 HPバーの上に青いジグザグのマークが入っている。

 身体が震えて動かない。 

 どうしてだ。よりパニックになっていく。

 ヒイラギは言う。


「俺のマニュアルの能力は「怯み」だ」


 美しい月光を反射しながら、鎌が振り下ろされる。

 ぽかんと口を開ける、間抜けな俺の顔が鎌に反射して見えた。

 その時、銀色の細い光が閃いた。

 青い火花が散る。

 鎌が弾かれ、ヒイラギはそのガタイの良い身体を揺らし、微かに後ずさった。

 凛とした背中。

 細い剣をヒュッと横に薙いで、少年は明瞭に言った。


「こいつは殺すな」


 ヒイラギはゆっくりと顔を上げると、トラのように爛々と光る眼でツクモを見た。


「なぜだ」

「こいつには、この世界を攻略出来る適正があるかもしれないからだ」

「無理だな。コイツは生きる事を知らないガキだ。嘘を見抜こうともしない。甘ったれの坊ちゃんだ。弱い。弱い者は要らない」


 そんな風に俺の話を聞いていたなんて、とてもショックだった。

 ツクモが言う。


「コイツは、敵の攻撃から、マニュアルを庇っていた。そんな事、俺は出来ない。コイツは、『この世界の人間達が持たない強さ』を持っている」


 その言葉は、俺のズタズタに傷ついた精神を僅かに慰めた。

 ヒイラギがゆっくりと鎌を振り上げて問う。


「もっと具体的に言え」

「珍しいって事だ。逆にお前がそこまでコイツを消したい理由が分からないな」

「目障りなんだよ。《この位の子供ガキ》がな」


 ツクモの剣とヒイラギの鎌がぶつかり合って、ギィン、と激しい金属音を鳴らす。空気がいっぱく遅れ、弾けて広がる。

 ツクモが唱える。


diveダイブ


 ツクモがその場から消えた。

 ヒイラギが鎌を振り上げて唱えた。


fearフェアー


 ヒイラギの持つ鎌が、ガゥルと大きく吠え、緑色の波動を発する。それは360°全方位に、波状に空間を伝って、俺の所まで届いた。

 波動を浴びると、消えかかっていた俺のくすんだ青い「怯みバー」は、再び満タンとなってしまう。 

 嘘だろ。避けようが無い。

 こんなのチートだろ。

 だが、ツクモが怯みにかかる事は無かった。

 何かの影が目で追えない程、前方で細かく移動しているのが見える。

 あれがツクモ?

 何故動けるのだろう。

 ヒイラギの鎌から、うっすら扇形の赤い光が出ていることに気がついた。緑の波動はそれを目印にするかのように、広がっていく。

 そうか、この世界でも予測範囲があるんだ。ゲーム内では敵の必殺技などが打たれる時、危険な場所が赤く点滅したりする。

 よく見ると、攻撃は円状ではなく、扇形に広がっている。赤い光は緑の波状に広がる怯みの攻撃の予測範囲で、ツクモはそれを頼りに避けているようだ。

 それにしても有り得ない反射神経だ。ゲーム内のステータスがツクモの動作を補正しているのだろうか。

 ヒイラギが鎌を上段から中段に構え直した。


clawクロウ


 金色の光が、雷光のように閃く。

 電気を纏った鎌が一閃、俺に向かって薙ぎ払われた。


 ツクモが目の前に飛び出た。

 ザッという効果音と共に、ツクモの身体が一瞬透ける。


【empty】


 奇跡的にツクモはヒイラギの攻撃を躱した。

 俺は息を詰めた。

 俺を庇ってツクモが死んだら、俺はどうしたら良いのか分からない。

 ツクモは腰を下げて腕を引き、レイピアを構えて言う。


「この世界は確率に忠実だ。そして隠しパラメータが存在する。回避に影響する数値を仮にエンプティ―値とした場合、このエンプティー値は、レベル×1.02+スピード×0.75-現実でのbmi値×0.35で算出される。幾つか条件はあるが、敵のヒット数が自分のヒット数よりも少ない状態で、回避の権利が発生し、ここから値とは別に、エンプティーの確率がヒット数×0.1ずつ増加していく。俺はダメージは無いに等しい多段攻撃を幾つかヒットさせた。お前は致命傷ではないと、この攻撃を無視していたが、それ自体が大きな失敗だった。よって、このemptyエンプティーは偶然ではない」


 ヒイラギが片頬で笑う。


「格好つけたいだけだろう?ガキが」

「解説をしただけだ。それに俺は子供じゃない」


 二人は再びぶつかり合う。

 カンカン、と金属の衝突する音、各地で弾ける火花が、演舞のようにも見えてくる。

 だが、それも長くは続かなかった。

 その僅かな隙は、俺の目にも捉えられた。

 避けながら突貫していたツクモが、急に身体を反らし、フェイクを入れた。それによって、ヒイラギの鎌が宙で振り下ろされる。ヒイラギが僅かに体勢を崩す。

 そこからは鮮やかな動作だった。

 ツクモが体勢を落としながらレイピアを下に引き、逆手に持ち替えて素早く唱える。


「スタッブ」


 レイピアが青く光る。

 ツクモが垂直にしたレイピアを下段から斜め上段に振り上げた。


「ハッ!」


 瞬間、水の刃が走り、剣の先が、鎌の部分に衝突した。凄まじい威力で鎌をヒイラギの大きな手から吹き飛ばす。鎌はくるくると空中を回転しながら遠くの草むらの中へ落ちた。

 ツクモは姿勢を正し、ヒュッとレイピアを薙ぐ。

 ツクモは何も言わない。

 対して、ヒイラギも片膝を着いたまま、無言だった。

 武道のような、神秘的な空気が漂っていて俺は声を出せなかった。

 ゴウと一陣の風が吹いた後、ヒイラギは立ち上がる。


「チェンジ」


 木立の中から、トラが出てきて、ヒイラギはトラに乗り、去って行く。

 ツクモが振り返る。

 俺は掠れた声で言った。


「‥ありがとう」


 ツクモは片膝を着き、問う。


「何故、時間が進んでいない?」


 何を言っているのか分からなかった。


「え?」

「だから、時間が進んで無い。何かあったのか聞いている」

「時間は‥‥戻ってる」


 俺が戸惑いながら言うと、ツクモは腕を組んだ。

 俺は意味が伝わることを祈って説明した。


「俺の‥‥マニュアルの能力で、セーブとロードというもので、時が戻ったんだ。それが俺のマニュアルの‥‥ユメの能力だったんだ」


 訝しげにツクモが眉を顰める。

 説明不足だが、これ以上何を言えば良いのかわからずに俺は黙り込んだ。

 ツクモは顎に手を当て、言った。


「あ、分かった。お前にとったら、という意味か。俺はログアウトしていたから、お前の能力の影響を受けなかったんだ。だから時間が進んでいないと思ったんだ。それなら辻褄が合うな」


 俺は希望の光を見つけ、藁にもすがる思いでツクモの腕を掴んだ。

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