意志
「だから今、殺してあげる」
その一言で、正気に返った。
今俺が逃げたら、ユメが囚われたままだ。
ユメ
ユメ‥‥現実には居ないけど、同じくらい大切な女の子だ。
約束したんだ。
例えこの世界だけの存在だとしても、俺は大事にしたいんだ。
それにツクモも助けないと!
やる事が山ほどある。
こんな所で死ねない。
俺が決意に顔を上げた時、雲が流れて月が隠れた。
辺りが暗くなる。
リーウェンが言った。
「ダ・ヘイ」
リーウェンの姿が消える。
庭が雲のせいで全体的に暗く影になってしまった。
どこだ?
リーウェンはシロの予想した通り、影に隠れられる能力を持っているようだ。
どこかに隠れている筈。
暗い芝生の地面を見渡す。
風が吹いて、雲が流れる。
月が顔を出して、再び周囲が照らし出される。
もし自分がリーウェンなら、攻撃する対象の死角を狙う筈だ。
例えば背後。
月明かりが差し込む。
一番近い、影。
自分の影か!
俺は全力で真横に飛び退いて転がった。
ヒュッ、と空気を切り裂く音が耳元で響く。
HPには変化なし。躱せた!
アサヒが横から飛び出して、リーウェンに向かって突きを放つ。
「screech」
槍先から紫の液体が飛んで、リーウェンに掛かった。
リーウェンは大きく飛び退くが、既に液体は経皮吸収されている。バチバチ、と電気の弾ける音がして、リーウェンが麻痺状態になる。
その隙に、皆んなが一斉に攻撃を叩き込もうとするが、リーウェンは水面に落ちるかの様に、一瞬で影の中に消えた。
リーウェンが逃げていた場所は、ちょうど屋敷の大きな影になっている。クソ、一枚上手だ。
一瞬、強く風が吹き、再び雲が月を隠す。全体が影になって、影同士が繋がる。
俺はハッとして皆んなに言った。
「自分の影に気をつけろ!」
直ぐに月が顔を出す。
今度はアサヒの背後から、リーウェンが飛び出した。アサヒは咄嗟に月に背を向けて振り返り、影と向き合う。リーウェンの鞭を槍で受け止めて防御するが、鞭が槍の柄に絡まって、アサヒは動けない。そのまま影に引き摺りこまれそうになった時、暗闇の中ですっと一直線に光が差した。
光の先には、懐中電灯を照らしたオニが居た。
アサヒの影の位置が切り替わり、反対側に移動する。
すると、リーウェンは弾かれる様にアサヒの影から飛び出して、ふらついた。瞬時にオニとシシがリーウェンに襲い掛かる。オニの通常攻撃と、シシの殴打が直撃し、リーウェンのHPが5分の1ほど減少した。
やはりデバフが入っていない状態なら、ダメージは与えられるが、ステータスの基礎値が高過ぎて、大きなダメージを与えられない。
その時、リーウェンが何かを上空に放った。オニとシシは警戒して飛び退く。
リーウェンは艶やかな黒髪の先を指で弄って言った。
「こんな事もあろうかと、用意しておいて良かったわ」
投げた物体は上空に上がると、花火のように、パンッ、と広がって火花を散らした。すると、みるみる内に暗雲が広がっていく。
リーウェンがくびれた腰に手を当てて自慢げに言った。
「whether ballって言うのよ。辺り一帯が悪天候になって、光を遮るの。因みに、決闘モードと同じ扱いだから、アイテムは使えなくなるし、発光の物体はdeleteしたわ」
アッハッハ、と不気味な笑い声を立てて、リーウェンは俺に向く。大きく鞭を振り下ろそうとした刹那、ヒイラギが飛び込んで鎌を刈り上げた。リーウェンは瞬時の判断で、俺からヒイラギへとターゲットを変える。ヒイラギは敏感に察知して、凄まじい脚力で大きく飛び退く。
しかし、暗闇状態で条件が揃い、リーウェンの攻撃が必中になる。
リーウェンの鞭は鎌の攻撃を掻い潜り、複雑な軌道を描きながら、逃げるヒイラギの肩にぶつかった。
ヒイラギの身体に下に落ちるような青いオーラが流れる。
weaken!
HP↓↓↓↓
attack↓↓↓↓
defence↓↓↓↓
speed↓↓↓↓
hit rait↓↓↓↓
アサヒが叫ぶ。
「下がって!!」
ヒイラギが攻撃を中断し、リーウェンから更に遠く離れて移動する。
次にもう一度攻撃を受けたら、ヒイラギは死ぬ。
俺を庇ったせいで。
直後、オニとシシがリーウェンの前に飛び込んだ。間合いを詰めて、連撃した。シシの拳は重いが、とても速い。目に見えない速度で連続のパンチが続き、リーウェンが避けたり、影に溶けようとする所を、オニが死角から発砲して遮る。
二人の神がかった連携により、リーウェンは防戦に精一杯で、攻撃に転じられなくなる。
その時、金髪を揺らしたアオヤマが近くに来て言った。
「状況が分かって来たぜ、アイツをぶっ殺せば良いんだな」
「ああ」
「攻撃したいが、今は二人の邪魔になって結果的に不利になる。何か作戦はねぇのか?」
ちょうど、ヒイラギが通話を通して言った。
ー オニのスキルを使う
イチは隙を窺え
予め、オニが自身のスキルを説明していた。
《俺の銃は、コピーは俺がしないといけないが、誰でも撃つ事が出来るんだ。だから、いざとなれば誰かに銃を渡して撃ってもらう事になるかもしれない》
いつの間にか、隣にキョウゴクが居た。
「ヒイラギから聞いた。我ら京極家が隠れ蓑になろう。面を被って、紛れて隙を狙え」
大胆な作戦だが、リーウェンの身体に触れてオニの能力を発揮するには、それしか思い付かない。
しかし、構成員たちが犠牲になる可能性がある。
「お前たち、文句はないな?」
京極家の面を被った構成員たち、20人程が揃って頷いた。
俺は問う。
「どうして!」
キョウゴクは皺がれた声で言った。
「ここで全員果てるよりマシだ」
たしかにその通りだ。
だが‥‥自信が無い。現在、何も力を持っていない俺がそんな大役こなせるだろうか。
キョウゴクが言う。
「覚悟を決めなさい」
俺は拳を握った。
そうだ、ヒイラギが俺を選んだのは、俺に期待をしているから。
luckは99、世界の加護がある。
京極家の構成員が周囲を取り囲むように近づき、俺は下がって面を被り、集団に入って、素早く隠れた。
オニとシシの防御を続けていたが、ふいに鞭による構えを解き、リーウェンはわざと攻撃を受けた。リーウェンのHPが半分まで減少する。
だが、リーウェンは捨て身でオニに向かって鞭を振るっていた。
オニは能力をコピーしようとしたが、リーウェンは間合いを取って接近を許さない。鞭は蛇のようにうねってオニの腕に絡み付いた。
オニに青い光のエフェクトが掛かる。
weaken!
HP↓↓↓↓
attack↓↓↓↓
defence↓↓↓↓
speed↓↓↓↓
hit rait↓↓↓↓
『ターン・オン!吊るし人!!』
シロがステッキの先をリーウェンに指して唱えた。
リーウェンの身体が空中で持ち上げられて、くるりと反転する。
リーウェンは驚いて、オニの腕に絡んだ鞭を緩めた。その隙にオニは離脱し、新たに交代でクロが身を躍らせて、戦闘に入った。
俺は必死で頭を回転させ、思いついた事があった。
中庭は芝生になっているが、塀の外周部分は小石が敷かれている。一度全員で下がって、俺は小石を拾い上げた。
その時、通話でアサヒが苦しげに言った。
ー オニは能力低下を受けてる。次に攻撃が当たれば‥死んじゃう
オニが呼吸を乱しながら答える。
ー 大丈夫だ。お前たちを守る為ならば、死は怖くない。俺のスキルを使う戦法は変えない
ヒイラギが答えた。
ー 了解した。全員準備は出来たか?
みんなが返事をする。
吸収はオニ本人がしなきゃならない。接近しながら避けられるとは思えない‥
ー イチは?
足を引っ張ってはいけない。
オニは強い。大丈夫だ。
ー やります
その時、再度リーウェンが攻撃を受けた。クロとシシの殴打でリーウェンのHPが4分の1まで減る。
リーウェンは鞭を地面と平行に振った。
円形の攻撃だ。
俺は勘を頼りに跳躍する。
範囲は広いが円形の攻撃は必中では無い。
距離を取るか、高さを見切れれば、躱す事は出来る筈。
だが問題は構成員が避けられるかどうか。ここで人数が減れば、隠れ蓑が無くなる。
どうする?
刹那、キョウゴクは前に出て、横に飛んでくる鞭に向かって光の矢を連射した。
勢いを相殺するが、足りない。
キョウゴクは自ら鞭を手で掴んで止めた。
キョウゴクのステータスが大きくダウンしてしまう。
weaken!
HP↓↓↓↓
attack↓↓↓↓
defence↓↓↓↓
speed↓↓↓↓
hit rait↓↓↓↓
リーウェンが攻撃を終えて、鞭を引いて回収する。
ヒイラギが指示する。
ー 今だ!
シロが獣のように唸って叫んだ。
『ターン・オン!!大アルカナ、「世界」!!』
銀のステッキを抱えたシロが、激しく後方に吹き飛ぶ。
宙に月桂樹の紐が現れ、リーウェンの周りを取り囲む。月桂樹の輪の中が、ガラス貼りになったかのように、リーウェンが空中に貼り付けられて硬直状態になった。
それは直ぐにひび割れた。
だが、大きな隙だった。
構成員を含めて、みんなが一斉にリーウェンに飛び掛かる。
シロが呪文を唱える。
『ターン・オン!大アルカナ、『塔』!』
芝生に魔法陣が描かれて、巨大な石塔が出現し、ゆっくり倒れていく。
更にアオヤマも突貫し、リーウェンが影に隠れないように後ろから両脇に腕を通して拘束する。
構成員の飛び掛かりと小石の投げつけ、更に倒れてくる巨大な石塔の一斉攻撃で、完全にリーウェンの視界が塞がれる。
それでもリーウェンは鞭を振るった。数々の弱体化を構成員が受け止めて、俺を庇ってくれる。
ごめん。ごめん。
絶対に倒す!!!
オニがスライディングして、リーウェンの膝下に滑り込んだ。
鞭の攻撃と同時に、リーウェンの脛に銃口を触れさせる。
「absorb」
水色の光が凝縮して、スキルのコピーに成功する。
俺は集団の中から飛び出し、走った。
オニは、コピーしたハンドガンをリーウェンの足の間を通して、俺の方に滑らせた。
ー 撃て
俺はハンドガンをキャッチし、リーウェンの衣装の開いた背中に銃口を付けて、撃った。
パンッ、と大きな音がする。
リーウェンの身体が青く点滅し、ステータスダウンのエフェクトが発生した。
weaken!
HP↓↓↓↓
attack↓↓↓↓
defence↓↓↓↓
speed↓↓↓↓
hit rait↓↓↓↓
アサヒがオニと俺を抱えて避難し、塔の下敷きになるのをギリギリで回避する。
膝を着いたリーウェンの横に、巨大な光の矢が走るが、命中しなかった。
キョウゴクの矢だ。
外すなんて珍しい。
その時、銃声がした。
俺が銃を持っている。
他にも敵がいるのか?
状況を把握するため、冷静に全員が停止して周囲を見る。
一人だけ、ゆっくりと膝を着いた人物が居た。
「キョウゴク!!」
キョウゴクの隣にはオニが居た。
信じられない事にキョウゴクのHPはみるみる減って、0になった。
オニは、俺と一緒にアサヒに抱えられている。
擬態か!
擬態していたオニが塀を乗り越えて逃走を始める。
ヒイラギ達が追いかけた。
オニが走って、倒れるキョウゴクを抱えた。
キョウゴクは、オニの腕の中で、静かに言った。
「オニ、お前が、京極家の次期‥‥」
そこまで言って、キョウゴクは数字になって、跡形も無く、あっさりと消えた。
オニに言われる。
「イチ、止めは任せた」
オニ達が塀を乗り越え、偽物のオニを追う。
俺はリーウェンを見た。
オニは銃を忘れている。ズシリと重いそれを、俺はしっかりと握り、駆け出した。強く地面を蹴り、リーウェンの前に飛び込む。胸に銃口を押し付け、引き金を引いた。
パンッという乾いた音。
通常攻撃。
反動で、俺はふらついて尻餅をついた。
リーウェンは皆んなの攻撃によって、既にHPが半減していた。そこから、4段階のデバフが掛かった状態で、俺が攻撃し、リーウェンのHPがゼロになる。
リーウェンは何かを諦めるように、苦笑いをした。リーウェンは手を伸ばし、俺の頭に手を置いた後、数字になって消えて行った。
俺は、地面に蹲った。
これで良かったのか?
どうして最期、優しく俺の頭に触れたんだ?
リーウェンは本当に悪い人間だったのか?
キョウゴクも死んだ。
おかしい‥‥おかしい‥
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだダメだ
もう一度やり直さないと‥‥
俺が胸に銃口を当てた時、シロに抱き締められていた。
「現実に戻っただけよ」
「‥‥」
「怖い事じゃないよ。エスケープだから。元の世界に帰るだけだから」
一度は死んだ、シロの言葉であるのも、俺の胸を激しく揺さぶった。視界が滲む。
その時、キョウゴクを殺した犯人を追いかけていたみんなが帰って来た。
アサヒが静かな中庭に視線を向けて、俺に言う。
「お疲れ様」
「お疲れ。キョウゴクを殺した奴は?」
「瞬間移動を使って逃げたわ」
「瞬間移動?」
アオヤマが答える。
「急に身体が透明化して、消えたんだ。皆んな見たよな?」
構成員たちも頷く。
クロが言う。
「味方に紛れ込んでいないか、今一度確認するべきじゃないですか?」
オニが言った。
「全員、特に京極家の人間、一度心当たりを考えてくれ。必ず擬態の条件がある筈だ」
ヒイラギが問う。
「お前はなぜ、コピーさせられた?ヒイラギだったものがオニになったという事は、戦闘をした短時間に変わったという事になる」
「俺は戦って、その間に相手の身体には触れたかもしれない。それ以外に特徴的な動作は無かったと思うが‥‥」
オニは顎に手を当てて、目を閉じて思考する。
目を開いて言った。
「いや、面越しに奴の目をしっかりと見た。もしかしたら、それかもしれない。印象深く記憶にある。それに、シシ、お前は人の目をじっと見て話す癖があるよな。構成員の中に紛れ込んでいて、じっと見ていたら擬態されてたって事はあるんじゃないか?」
シシは俯いて答えた。
「‥‥ごめん」
「いや別に責めてる訳じゃ無ぇよ。心当たりを聞いてるだけだ。勝手に潜り込まれたら困るだろ」
クロが言う。
「宿主を変えて行くなんて、寄生虫みたいでキモいですね」
ヒイラギが纏めた。
「相手の条件が不明な以上、取り敢えず、プライベートな質問などを積極的に行って、安全を確かめよう。そして、キョウゴクの事だが、大名が死ねば、組織内の実力の序列によって繰り上げとなるのが慣例だ。オニが大名になる資格がある」
オニが前に出た。
オニが面を取ると、他の構成員も全員面を外した。
「俺が次期京極家の大名になる。そして今から京極家は、攻略派の組織になる」
俺は息を呑んだ。
オニは手で空気を裂くようにして、言った。
「俺が独断で決めた。俺は分かった。何もせずに死ぬ位なら最期まで戦っていたい。それはお前達も感じなかったか?ぬくぬく過ごして死んでも後悔しないか?」
京極家の構成員たちは、無言だった。
「嫌な者、納得のいかない者は、出て行ってくれて構わない」
みんなはオニを見続ける。
オニは噛み締めるように言った。
「家の名前は変えない。このまま俺は「京極家」を継ぐ。今までとは違うが、新たな形で京極家を守っていく。仲間を守り、攻略を通して世界を守る組織にしたい」
そして‥とオニは続ける。
「この世界では、少なくとも、皆んな平等な自由を得ている。だからこそ、俺たちは普通に暮らして行こう。俺もそうだったから気持ちが分かるが‥‥欠けた物に拘るべきじゃない‥‥欲しいものがあるなら、後悔しないようにしよう。人はいつか死ぬのだから。面も被りたく無い奴は捨てれば良い。俺たちは自由なんだ」
オニは鬼の面を掲げた。
一人が同じように面を掲げると、次々にあらゆる面が上がっていく。
新たな京極家が誕生した瞬間だった。
キョウゴクが生きていたら、発生しない運命だ。
京極‥‥
絶対に攻略して、世界を取り戻して、みんなが暮らせる場所にしてみせます。あなたの死を無駄にはしない。
そして、リーウェンも‥もしもいつか現実で会えたなら、話をしたい。本当の事を話そう。
だから、今、俺は‥‥
俺は涙を拭って立ち上がった。




