揺らぎ
オニが通話で喋った。
ー 半径50m周辺にはお前たち以外の足音は拾ってない。茶も要らないと予め指示したから、足音が来たら女給じゃない可能性が高い。その時は連絡する
ー 了解
今度はヒイラギの声だ。
ー 西側も怪しい人間は居ない。俺は前回と同じように、後から塀を乗り越えて庭に入る
アサヒが言う。
ー あたし達は少し早めに突入する事にした
俺が説明する。
ー 喧嘩を止めるなら早い方が良いと思った。直感だけど
ヒイラギが答える。
ー 世界の加護を受けているお前の勘は当たり易いはずだ。好きなようにしろ
客間にいるメンバーは、シロとクロだ。二人を守りながら、リーウェンを誘き出す。
アサヒと視線を交わして、廊下側から襖をぶち抜いて中に入った。
既に喧嘩は勃発していた。
クロが目の前を凄まじい速さで横切る。風のように疾走してから、机の向こう側にいるアオヤマに衝突した。
空気が波打って皮膚を震わせる。
演技の筈だが、余りの激しさに本気かと疑いたくなった。
廊下を仕切る襖が風圧の衝撃で一斉に外れて飛んで行く。
クロは弾き飛ばされて、壁に叩き付けられるが、HPは10分の1も減っていなかった。
化け物だ。
だが、アオヤマも本気を出していない事が分かる。
黄金の片手剣は、電気を纏って爆ぜていない。触れると麻痺になるスキルが使われていない。
アオヤマが剣を縦にくるくる回して俺を見る。
「誰コイツ?」
アオヤマがドン、と床を蹴り、俺に切り掛かって来た。
俺の前にアサヒが入って、槍の柄で剣を受ける。
「この人はあたしの仲間なの。邪魔したことは謝るわ。あたし達は、シロの事が心配になって見に来ただけなの」
アサヒは言った。
「ごめんなさい。許して」
クロもやって来て、無言で頭を下げた。俺も頭を下げて、謝罪をしておく。
「何だよ急に。気持ち悪りぃな」
アオヤマのボルテージはそれ以上上がる事なく、剣を背中の鞘に収めてくれた。
同時に、ワッハッハッハ、と男達の笑い声が響いた。
キョウゴク達は談笑しながらトーナメント表を作っていた。
取り敢えず状況確認だ。
上位の構成員はキョウゴク達の机に、下っ端の構成員達は壁側に立っている。
影は斜めに壁を伝って畳に落ちていて、繋がって大きくなっている。
ただの勘だけど、影に潜んでいる気がする。
これも勘だ。
変だ。妙にそう思う。
俺はハッとして、ピアスに触れて、メニューを開いた。
attack 58
defence 42
speed 48
hit rate 30
luck 92
ラックが高すぎる。
本当に世界の加護なのか。
俺は目を閉じて集中し、思考を辿り、伸ばしていく。
もしここへ来るには、人の影に入らないと、移動出来ない筈だ。
外から来る人間の影に入ったんだ。
つまり、京極家の構成員ではなく、青山家やシロ達の方が可能性は高いかもしれない。
俺は胡座を掻いて座るアオヤマにそっと近付き、影を見下ろした。
アオヤマが茶を持ったまま、振り返る。
「何だよ」
しゃがんで、影に手を伸ばすと、影の中から出てきた腕に掴まれて、俺は全身を影の中に引き込まれていた。
訳も分からず、俺はもがいたが、全く掴まれた手を振り払えない。
冷たい。
影の中は水の中みたいだった。
ふわふわする。
上を見ると、バーコードみたいな白黒の水面がある。
右腕を引っ張られて、俺はどんどん落ちて行く。
泡が見える。
ブクブク音が聞こえる。
視界が霞んで、切り替わった。
何か見える。
ー ダ・ヘイ!
声が聞こえる。
リーウェンが、広い庭で黒い犬と遊んでいる。
記憶が流れ込んでくる。
一緒に遊んで、一緒に眠って、一緒に旅行に行って、いつも寄り添ってくれた。
誰にも言えない事を聞いてくれた。
でも、病気でどんどん衰弱して、息を引き取った。
リーウェンが泣いている。
全てを理解した時、俺は影の中から引き上げられた。
「‥‥」
俺はよく分からなくなって、頭を抱えて蹲った。
俺は勘違いしていた。
興味本位とかじゃないんだ。
死んだものとまた会いたいって願うのは、悪じゃない。当然のことだ。
そうだよ、俺だって家族が死んだらまた会いたいって願うだろ。
あれ、俺なんでリーウェンと戦ってるんだっけ?
リーウェンって悪い事をしているのか?救われる人だって、多い筈だ。倫理って何だ?死ってなんだ?生ってなんだ?
俺は今生きてるのか?
俺って‥‥なんだ?‥‥
光がチカチカしている。
太陽みたい。
「イチ!!しっかり!!」
アサヒに思い切り張り手を受けて、俺は畳に顔をぶつけた。
胸ぐらを掴まれて、揺さぶられた。
みんなが俺を覗き込む。
「影の中はどうなってたの?」
「‥‥リーウェンの記憶を見た。リーウェンは、自分の犬を蘇らせたかったんだ」
「犬?」
「大切な家族だ。悪用しようとしていた訳じゃ無かった」
その時、パッと電気が消えた。
電気が復旧しない。
オニとシシは停電の阻止に失敗したのか。
パーティーを見ると、HPがほとんど無い程に減少している。
シシが死ぬ!!
アサヒが鋭く言う。
「プランE!!」
二人にトラブルがあり、電気を落とされるのを回避できなかった場合。
相手の土俵で直接対決。
「今は目の前の事をするしか無いわ」
アサヒに腕を掴まれて、俺は頷いた。
パーティーのHPゲージから視線を外す。
きっと大丈夫だ。
大丈夫。
俺は、右手を振ってショートカットに設定していた懐中電灯を取り出し、電気を点けた。
アサヒとシロ、クロがパッと光を点けて、周囲に当てる。
白い光の中、中央に小さく黒い点がある。それは一瞬で大きくなる。
鞭だ。
鞭が飛んでくる。
アサヒの光で目視できたが、速すぎる。必中属性の攻撃だ。
それでも俺は諦めきれず、全力で横に跳んだ。
痛みと衝撃を覚悟したが、鞭は壁にぶつかって垂れ下がった。
避けられた?
なんで?
直線だと必中じゃないのか?
そういえば、一度、キョウゴクの矢で鞭の軌道が変わり、壁にぶつかった事があった。
何か条件があるんだ。
必中にならない条件が。
考えろ。
俺はふと、廊下とは反対側の襖が外れて、窓ガラスから月明かりが差し込んでいるのに気が付いた。
自分の今居る場所は、月明かりの降り注ぐ場所だ。
そうか!
「暗闇だと必中になるんだ!外に逃げろ!!」
その時、垂れていた鞭が動いた。
アサヒが指示する。
「端に避けて!!」
円形の攻撃だ。
俺は壁と壁がぶつかる部屋の隅に背を付けてしゃがみ込む。
ヒュッ、という鞭が空気を切る音と、額に風を感じた。
刹那、ガシャン、とガラスが砕ける派手な音が響き、ヒイラギが窓ガラスから突入してきた。
月光の中に入って、リーウェンの直進の鞭を避けると、鎌を掲げた。
「groul」
黄色の波紋が広がり、リーウェンに直撃する。
【fear】
リーウェンのHPゲージの上に黄色のゲージが表れる。
リーウェンは【怯え】状態で震えて硬直した。
ヒイラギが大声で言う。
「全員外に出ろ!!」
割れたガラス窓から、みんなが出て行く。
庭に移動する。
【怯え】ゲージが消えて、硬直の溶けたリーウェンがゆっくりと庭に出て来た。
裸足。風でチャイナ服のスリッドから、膨れるように広がり、太腿まで素足が露わになった。
黒いチャイナ服に身を包み、ウェーブの掛かった長い黒髪を指に絡ませながら、リーウェンは赤い唇を吊り上げて婉容に嗤う。
「これは勘が良い、ってレベルじゃないわね」
「‥」
「あなたはロード出来るのね。ユメに頼らずとも、もう一つの方法があって、私を倒すために、駒を揃えて来た」
全てを言い当てられ、俺は言葉に詰まった。
「頑張ったのね」
リーウェンが目を細める。
「でも、もう現実に帰りたいでしょう?ご両親が待ってるわよ」
「‥‥俺の両親を知っているのか!」
「ええ。あなたの帰りを待ってるわ」
急に現実が迫って来た。
父さん母さんが待ってる。今も心配しているかもしれない。
大丈夫かな‥
帰りたい。
その欲望は自分でも手が付けられない程、急速に膨らんでいく。




