プログラマーとたぬき
俺はアサヒと、前回のロード線と同じように、京極家の屋敷の入口の方へ回って移動していた。
俺は雪山の前にあった出来事を思い返していた。
ーーーーー
俺は訊く。
「プログラマーは俺の位置は特定出来ていないのかな?メタ的に管理できてると思っていたけど」
ヒイラギが胡座を掻いて答える。
「そうじゃないから、情報屋を作ったと考えられる。内部の事は把握しにくいんだろう」
だとすれば、俺たちにもまだ勝機はある。
「とりあえず、俺が京極家に捕まっているって事は知っていそうだよな」
オニが言う。
「そういえばお前、どうやって屋敷に潜入したんだ?」
俺は広げた地図を指でなぞった。
「あの時、俺とアサヒは仮面を被って着替えて門から侵入した。で、シシに会って、警備は終わったと言われて、行き先を変えざる負えなくてエレベーターで降下した。飴を舐めて誤魔化して、シシは歩いて行った。シシってあの時どこにいたんだ?」
「‥‥俺はずっと西の自室にいた」
「は!?」
オニが鈴を器用に回した。
「分かった。一人は確実に他人に擬態できる能力だ」
アサヒが言う。
「エレベーターの階下、最下層には分電盤などがある筈。そこにブレーカーもあるわ」
ヒイラギが言った。
「そいつがブレーカーを落として停電を引き起こしたなら、停電と同時だと考えると犯人は二人。擬態能力があるなら、屋敷の間取りはそいつを通してリーウェンも把握している可能性は高いだろう」
俺は問う。
「でも結局、リーウェンはどこから入って来たんだろう。リーウェンも擬態できる能力を持っているんだろうか」
「どうだろうな」
シシが口を開く。
「俺は西側を監視していたが、庭の方には人がいなかった」
「つまり、建物内の可能性が高いと?」
シシは頷く。
会話が途切れる。
シロとクロが懐中電灯を点滅させて、遊んでいた。
唐突に、シロが俺たちに光を向けた。
「ボク、ちょっと思いついたんだけど」
「ん?」
「学校に行けてた頃、みんなで影踏みで遊んだことを思い出したんだ」
シロが懐中電灯をカチカチとON OFFする。
「光があると影が出来るでしょ?その影にリーウェンがずっと隠れていて、だからみんなの影を経由して、停電する直前まで待っていたんだ。夜を選んだのも、そのせい」
妄想、とも捉えられそうな大胆な発想に、俺達は少々困惑する。
シロは続けて言った。
「それで、≪マニュアルを武器化している時は、光のある所には現れる事が出来なくて≫…えっと、だから、リーウェンの入った影を見極めて、攻撃しないといけない…とかどう?ゲームでそういうのあるじゃん!影が複数あって、本物を攻撃するヤツ!あれ好きなんだよね」
ヒイラギが言う。
「随分思い切った発想だな」
「でも、全能力四段階ダウンなんて、チート級だから、絶対条件が厳しくなるよ」
クロが首肯した。
「シロの予測が正しくないという証拠が無い以上、正解の可能性があり得ます。だから今は、能力の予想と、対応するパターン、複数作戦を立てておいて、臨機応変に対応するのはどうですか?」
オニが指に引っ掛けた鈴を回して言う。
「賛成だ」
みんなも頷き、俺達は考えを出し合った。
ーーーーーーーー
前回と全く同じようにして、構成員を襲い、俺たちは衣装を着替えた。
何がどう運命を変えるかは予測不可能だ。出来るだけ前回と似せる事にした。
入口に到着した。
京、という文字の書かれた暖簾をくぐって中に入る。木製の廊下。きなり色の土壁。
迷路の様にずっと廊下が続く。
お面を被った仲間とすれ違う。
大きな柱の埋め込まれた壁の角を曲がり、太い廊下に出た。
その時、シシが遠くから歩いて来た。
迫力のある巨体。
これは、シシでは無い。偽物。
どこまでコピー出来るのかは分からない為、息を止めて、匂いを出さないようにする。
すれ違う所で、獅子に言われた。
「何処に、行くんだ」
前回と全く同じ。
大丈夫、おそらく相手も、ロードに巻き込まれている。
「監視塔の、見回りは、ちょうど、交代した所だ」
アサヒが頭を下げて返事をした。
俺も真似る。
ここからは行動を変えざる負えなかった。
バニーキャンディーが足りない。
俺たちはエレベーターでは無く、シシとすれ違って真っ直ぐ進んだ。
時刻を確認する。
悲鳴が16時15分。
前回俺たちが飛び込んだのが、16時13分くらい。多分。
現在、16時6分。
時刻を合わせないといけない。
歩みを遅くしながら、オニの電話を聞く。
ー どうだ?偽物はいたか?
ー いた。エレベーターの方に行ったわ。おそらくそのまま分電盤やブレーカーのある部屋まで行く可能性が高い。準備して
ー 了解した
ーーーーーーーーー
シシとオニは、ブレーカーの設置されている地下の部屋で直方体のバッテリーの様な機械などに紛れて待機していた。
長い廊下の奥にあり、コンクリートで囲まれた、そこそこ広い部屋だ。壁に色々なスイッチや機械が保存されている。緊急の袋などもあるので、避難時のシェルターとしても作られている様だ。
シシは少し悩んだ。
ショートカットにセットするのは、傷薬か、懐中電灯か、どっちが良いだろう。
コンクリートで囲まれた地下室で自然の光は入ってこない。天井の電気が消えたら真っ暗になるだろう。
「オニ、ショートカットに設定するアイテムは、どうしたらいい?」
オニが銃を回して答える。
「俺たちの目標は、停電を防ぐ事だ」
「ブレーカーに触れさせない」
「そう。だが、相手は未知の能力だ。失敗する可能性もある。俺が懐中電灯にする。お前は傷薬をセットしてくれ」
「分かった」
シシは考える。
前回のロード線で、話し合いの場に居なかったのは、俺たち二人だけ。
居なくても辻褄が合うから、俺たちがここに来た。
オニと二人で待っていると、長い廊下の奥から、自分とソックリの人間がやって来た。
間違いない、コイツは敵だ。
下手に殴るのは危険がある。
シシが偽物の自分の前に出た。
「お前は何者だ」
偽物は答える。
「点検の用事がある」
「本当のことを、言え」
偽物の自分は「change」と唱え、メリケンサックの拳を俺に向かって振り下ろして来た。
同じ能力を使えるのか?
シシはしゃがんで躱し、胸から下げていた《小筒の万華鏡》の鎖を千切って取り出した。
「チェンジ」
シシの身体が赤くオーラを纏う。
damage×2
hit rait ↓↓
命中率が下がるが、ダメージ数が2倍になる能力だ。当たれば強いが、外せない戦闘では賭けになる。
今は外せない。オニのサポートをする感じで守備で立ち回る。
万華鏡がメリケンサックに変わって両拳に掛かる。
敵は隙だらけだ。
俺は、俺、じゃない。
シシは腰を下げたまま、カウンターパンチで左拳を敵の脇腹に思い切り叩き込んだ。
hit!
凄まじい勢いで敵のHPが半分まで減少しながら、偽物のシシが吹き飛んでコンクリートの壁に深くめり込んで姿が見えなくなる。
シシは追撃を狙い、めり込んだ敵に向かって、右拳のフックを仕掛けるが、ヒュッ、という空振りの音が響く。
miss
偽物の自分はニヤリと不気味な笑みを浮かべて、呟いた。
「trick」
シシの姿が変形し、狸の面を被った人間に変わった。
服装は、濃い茶色のロングコート。ロングネックの白い長袖。
コートの大きな内ポケットから、茶色の毛玉が出てきて、シシの股の間をすり抜けて行った。
狸だ。
隠れていたオニが使まえようとするが、狸はコンクリートの床をゴキブリの様に疾走する。
オニは銃口が対象に接していないと通常攻撃も不可能だ。あまりにも相性が悪い。
狸は器用にオニの腕をすり抜けた後、壁に設置されている分電盤に飛び付いた。
ガシャン、という音と共に、電気がパッと消えた。
ブレーカーが落とされてしまった。
目の前を見ると、狸面の男は消えていた。
どこだ?
何も見えない。
オニが懐中電灯で辺りを照らし出す。
シシは壁の破壊された部分から離れて、オニの隣に移動した。
自分でも懐中電灯を取り出して、部屋に向けた。
オニの懐中電灯の光が、部屋の隅に向けられて止まる。
信楽焼の狸の顔の部分だけ切り取ったような面だ。
奇妙に愛くるしさを残すそれは、暗闇の中でぼんやりと光る。
不気味だ。
狸の人間は言った。
「change」
黒い塊の狸が、010101と数字になって銃に変わり、狸面の人間の手に収まる。
銃は白くて、テラテラと妙に照っている。
陶器?
次の瞬間、発砲された。
白色の銃弾が飛んでくる。
避けようと、直ぐに大きく飛び退いたが、有り得ない軌道で弧を描いてぶつかった。
避けられない。必中か
次々に発砲される銃弾を避け切れずに喰らう。
弾丸は陶器とは思えない硬さで、肉体にめり込む。
肉体を貫通せず、埋まって体内で破片が散布する衝撃を感じた。
散弾銃か。
急所に当たらないよう、腕や足を盾に銃弾を受ける。
だらだらと出血し、服が濡れて冷たくなる。
リアルだ。
避け切れずに背中や腰、肩に銃撃を受ける。
息を吸うだけで気を失ってしまいそうな程の激痛が走る。
痛い。痛い。痛い。
間断なく弾が飛んでくる。
避ける暇が無い。
どんどんHPが削られていく。
どうしたら良いのか、サッパリ分からない。
死ぬのか?
‥‥‥
いつも覚悟はしている。
人は死ぬ。
だが、何もせず死ぬのは‥‥自分を許せない。
シシは必死に狸の男と戦うオニに視線を向けた。
狸の人間は、適当に引き金を引き続けながら、オニから距離を取り続けて攻撃を躱す。
オニは接近しないといけない。
相手が手練れの場合、誰かのサポートが無いと、通常攻撃すら当てられない状況になる。
HPが黄色のゾーンを過ぎ、赤に近づく。
走馬灯が走った。
キョウゴクを盲信していた自分を叱ってくれた。
言いなりでは無い生き方を教えてくれた。
オニは俺の境遇を怒ってくれた。
ー お前は何も悪くない
その言葉は俺を救ってくれた。
だが、自分が何で出来ているのか、という最初の質問を「献身」で答えている。
核の部分では自分と同じだ。
負い目や孤独を感じながらも、怒りながら理不尽を訴え続けるのは、とても大変だ。
何かを変えようとするのは、とても大変で、辛い事だ。
アサヒ、ヒイラギ、ツクモ、イチ、シロ、クロ‥‥みんなの顔が思い浮かんだ。
いつかオニが大名になったら、俺は一番近い家臣としてオニを支えるつもりだった。
小さな世界で、俺たちは小さな夢を語り合った。
今オニは、新たな夢を見ているようで、俺はそれに協力したいと思っている。
‥‥‥‥
諦めたく無い。
シシは避けるのを止めて、逆に敵に向かって走り出した。
ぶつかってくる弾丸を腕で受け止める。
HPがどんどん削れる。
狸に近づき、飛び付いた。そのまま、見た目が陶器の銃を両手で掴み、力を入れた。
軽い銃だ。
コイツの覚悟はとても軽い。
俺の方が‥‥色々な気持ちを抱えている。負けたく無い。
その時、初めて見る表記が現れた。
evolution!
赤くオーラを纏った拳の内側が、水色に輝いて2色の層になり、燃え上がった。
内側が蒼くて、熱くて、冷たく見える。不思議な色だ。
赤くない炎。
光の先に、狸の面が揺らぐ。
穴の奥の目と、睨み合った。
パキパキ、という音の後、陶器の銃が、一気に割れて無惨に散らばった。
敵が目を大きく見開く。
動揺したのか、狸の人間は飛び退いて、踵を返して走り出した。
長い廊下を一直線に走って行く。
追いかけようと思ったが、HPがほぼ無かった。
シシはショートカットで傷薬を出して瓶の中身を飲み干した。
オニが言う。
「シシ、お前は早くブレーカーを上げろ!」
壁に埋まる分電盤の、下ろされていたブレーカーを引き上げる。
電気が復旧した。
廊下を走り、角を曲がってずっと走って進む。給仕や警備の構成員とすれ違う。
三叉路にオニが居た。
「クソッ、見失った。speedが異次元過ぎる。もしかしたら、途中で他の構成員に成り代わったかもしれない」
忘れていた。
厄介な能力だ。
「アサヒ達のところに行こう。狸も居るかもしれない」
「そうだな」
オニとシシは全力で廊下を走り、階段を駆け上がった。




