リーウェン
【16:10】
ー データセンター(北)ー
英語が飛び交う。
プログラマー達が集まって、話し合いをしていた。
一応招集が掛かったから、リーウェンは、仕方なく会議に顔を出て、みんなの慌てた様子を眺める事にした。
多国籍で出来たこの組織は、18世紀初頭から存在し、秘密裏に国家が運営してきた諜報機関、軍事的研究機関だった。
そこから、変遷して形成された研究機関だ。
20世紀に研究が主になり、名前も変わった。
Yokefellow 仲間
Unizon 調和
Merciful 慈悲深い
eddy 反主流
モットーである言葉の頭文字をとって「YUME」と名付けられた。
当時の団長は日系人で日本語も堪能だった。ユメには、dreamの意味も含んでいるそうだ。
と、そんな事はどうでも良い。
何が起きているのかは、自分もよく知らなかった。
「どういう事だ?どうしてログアウト出来ない?状況を教えろ」
「第二中枢室に特殊なバグが居る!!《謎の白い人型の生命体》と《目が合う》と、それだけで死ぬ!!」
「死んでどうなるんだ?」
「デバッガーと同じように、現実に帰れるのか?」
「分からない」
「本当の死では無いから大丈夫だろ」
「そうだ!そんな馬鹿な話、ある訳ないだろ!HPの概念も俺らには存在しないんだ!」
《世界》によるものか?
奴は私達を敵対視している。
「先程も、何者かがやられた」
「名前は?」
「《シバサキ》という名前だった。外から入って来たデバッガーだと思われる。第三中枢のパネルを弄っていたんだ」
「妙だな。ツクモ以外にもここに入って来る奴がいるとは」
なるほど。
状況が理解出来た。
自分達はログアウト出来ない。プログラマーは、ログアウトボタンなど無く、転移の場所に移動しないとログアウト出来ない。
データセンター北は、中心に丸く二つ仕切りがあって、三重丸みたいな形状をしている。
自分達がいるのが、一番外側。
その中心でログアウトするのだが、現在外側から二番目の通路に謎の人型がいた。
おそらく、シバサキは何も知らずに第二中枢に入って何かをプログラムしようとした時に白い人形に出喰わして、死んだ。
皆んなが口々に意見を言い出す。
リーウェンは黙って様子を見た。
「プログラマーで、manualを持ったアカウントを所持しているのは、『リーウェン』と『百井三郎』の二人だけなのか?」
「ああ。つまり、スパイが入り込んでいた、という事か?そのシバサキという奴は、どんな奴なんだ?」
沈黙が落ちる。
「監視カメラなど無い以上、実際に確認している奴しかその人間の交友関係などは分からない。リーウェン」
リーウェンは無視した。
多くのプログラマーはマニュアルを持ちたがらなかった。
その理由は、聞いて呆れる。
『彼ら』と同じにはなりたくないそうだ。
実際、みんなすぐ死んでデバッガーとしての生活を維持出来なかった。
現実という担保があると、やはり戦い方は雑になる。
「そんな事どうでもいい!俺はさっさとログアウトしたいんだ!」
「だからあれだけ面倒な倫理の規約は無くせと‥!」
データ脳を停止させて、そのタイミングで合わせて現実での意識を戻す時間のためにその様なログアウトの門が用意されている。
下界と連絡を取る通信モニターも第一中枢にあるから、詰みだ。まさかバグがデータセンター内で発生するとは思わなかっただろう。
「誰か戦ってくれよ」
「リーウェン!助けてくれ」
リーウェンは黒い網タイツの足を組んで、口を開く。
「あたしは、ログアウト出来なくても構わない。ユメの能力を使えない今ならロードされないし、怖いもの無しだわ」
「‥‥」
「デバッガーと同じ仕組みなら、記憶が消えて戻るだけじゃない?死ぬ事に怯えすぎよ。みんなでザーッと行けば良いじゃ無い」
「ちゃんとログアウト出来るかどうかなんて、分からないだろう!」
リーウェンは無視して、隣で大人しくお座りしている、黒いラブラドールレトリバーの頭を撫でた。
ラブラドールは私の膝に頭を擦りつけてくる。
毛の感触もリアルだ。愛しい。
私の現実で飼っていた子とは違うけど、仕草や反応で、私は命があると錯覚する。
錯覚させるように作る以上、それは偽物である。
AIは常に矛盾を孕んでいる。
よって、それが錯覚なのかどうか決めるのは私自身になる。
騒々しいプログラマー達を眺めながら、リーウェンはふと、過去を思い出す。
私はとても自他に厳しい人間で、そのせいかプライベートで親しい人間が出来なかった。結婚も出来ずに独り身だった所を友人のすすめで犬を飼った。
犬というのは従順で、予想外に可愛かった。どんな時でも私を迎えに来て、私が悲しい時も隣に居てくれた。無条件で私を愛してくれた。
愛犬が死んだ時は悲しくて胸が張り裂けそうだった。
大事な家族。
死んだ愛犬と、私はどうしても、絶対に、再会したかった。
マニュアルという存在を創案したのは私だ。
そもそも、中国でメタバースの研究は進んでいたが、日本の発表したメタバースの概念が革新的で、私達は目を付けた。
YUMEの歴史は深くて、国からも支援が続けられていて、資金は潤沢にあった為、自由に研究をして良いという条件で日本人を買収し、メタバースの技術を教わった。
ある日、「百井三郎」という人物からとある話を持ち掛けられた。それは、脳データを用い、死者を生成するものだった。
そんなもの不可能だと、最初はみんな批判的だったが、実現できるだけの条件を提示され、流れが変わった。
既に死んでいる人間は難しいが、死にそうな人間の脳データをコピーするのは可能だった。
百井三郎は、百井八雲、ツクモの父親だ。
百井三郎は、法医学医で、遺体を解剖する医師だった。国内でも150人程度しかおらず、医師の中でも選ばれた優秀な人間しかなれない。
法医学医は、遺体から死因を探り、その証拠を提示するため、検察とも深く関わりがあり、多くの医師や重鎮と伝手があった。
百井自身は、病気の息子を助けたい一心だった。いや、もう助からないと予測して、計画していたのだろう。
だが、脳を撮影した時、健康では無い状態であったせいか、違和感があった。
感情表現や動作などが、上手くいかなかった。受動的で、個性が表れにくい。
意識が生まれているのか謎だった。
だから、違和感のある部分を、AIを用いてアシストする事にした。
そこで、私達はより人間に近いAIを作ることを考えた。
その為には、教師データ、つまり、感情や動作、人間のあらゆる情報を読み込ませて学習させる必要があった。
これは難しかった。
喜怒哀楽にバリュエーションがありすぎる。
だから一気に多くの人々の脳データを読み込ませ、長期間閉じ込めて、様子を見た。
その辺りから、世界に異変が起き始めた。
バグ、というモンスターが発生する。
意味がわからない。
襲われて殺されてしまう。
世界が何処からか、自身で自動で自身をプログラム、アップデートしている事が分かった。
私達は慄いた。
余りに多くの脳データを読み込ませ、人間性を学習させることで、世界に自我が芽生えてしまった。
人を投入しても、バグは殺そうとして、研究の邪魔をして来るようになった。
バグは消去出来なかった。
内部から直接破壊するしか無い。HPの概念があった。
何故、モンスターを作ったか考えた。
ここはAIの中である以上、データを踏襲している為に、新たな発想は生まれにくい。
人々がそういう世界を具体的に想像し、それを利用したからだと予想し、その茶番劇に付き合う事にした。
仕方なく、バグを倒せるように武器を作って戦わせた。
そうすると、世界は面白がって新たなバグを作った。
イタチごっこが始まった。
私達は、現実のミラーワールドを作ろうとしていたのに、勝手に世界が作り変えられていく。
ファンタジーで、皆んなが一度は夢見る異世界。
私達はほとほと困り、もう研究を含め、戦えそうな人間を長期間投入することにした。
だが、上手くいかなかった。当然だ、みんな現実がある。
考えて、ファンタジーが好きそうな、現実逃避に向いている人間を選んで投入した。
そうしたらマシになった。
問題は精神的なものだった。
寂しがったり、仲良くなった人間が死んだりする。それが要因で死ぬ事が8割だった。
私は自分の犬を思い出した。
ちょうど良い研究だった。
マニュアル、というペットに似た寄り添う対象がある事で、彼らは奮い立ち、とても働くようになった。むしろ彼等は活動的になった。
そうして今に至る。
私は犬を作ったけど、やっぱりどこか違う。性格を似せたけど、凄く似ているけど‥‥
だから世界には、この世界を渡さない。絶対取り戻して、もっと研究を重ねる。
そしていつか、錯覚する事すら忘れてしまえる程に完全な命をつくりたい。
そして、多くの人の心を癒したい。
リーウェンは立ち上がった。
干渉に浸るのもここまでだ。
完全にイチを殺す。
今がロードされずにログアウトさせられるチャンスだ。
「ロード」という能力は明らかに世界の中枢のシステムに関わっている。
よって、世界が味方をしていると考えられる。
マニュアルと武器は、こちらが選択したものから、記憶や意識を辿り、一番意欲が湧くものを、自動的に生成するようにしている。
だが、「人間」かつ「ロード」というのは選択肢に無い。
世界の手先だ。
イチの正義感を用いたロードを繰り返させて、自分が理想的な状況に持っていこうとしているのではないか、というのが、皆んなの考えだ。
私もそう思う。
世界に利用されて可哀想に。
「change」
黒いラブラドールレトリバーが黒いムチに変わる。
黒煙が舞って、リーウェンは煙の中に身体を入れた。




