イエティ
猛吹雪の中で、赤い目だけがハッキリと目視出来る。
全身に生える白い体毛は吹雪と共に揺らいで保護色となって姿を隠す。肩幅が広く、やけに腕が長い。
また、イエティのHPゲージはイエティ自身の肩幅ほどに長く、膨大だ。
更に緑ではなく、特殊な赤色をしていて、何本かゲージがある事が分かる。
ヒイラギが言う。
「長期戦を覚悟しておいた方が良さそうだ。吹雪で声も通りにくい。全員スピーカーをオンにして俺と通話を繋いでくれ」
なるほど。無線代わりか。
「お前は戦闘の邪魔になるから、後ろに隠れていろ」
協力出来ないのが歯痒いが、ヒイラギよりも高レベルの敵など、一撃死するかもしれない。
隠れて経験値を得るのが最善か。
「‥分かった」
俺は後ろに下がり、イエティから距離を取る。
イエティが俺たちに向かって拳を振り下ろす。
全員それを跳んで躱し、まず耐久の高いクロがガラスのステッキを回して唱えた。
「サラガドゥーラ」
クロのステッキの先から七色の光が発生し、クロの身体に降り注ぐ。クロの自身の全能力が2段階上昇した。
attack↑↑
defence↑↑
HP↑↑
speed↑↑
luck↑↑
hit rait↑↑
猛吹雪によるスピードのデバフが打ち消されて、通常の速度で動けるようになる。
クロは、頑丈なシシの肩を足場にして、跳躍し、ステッキを両手で高く掲げた。
「メチカブーラ!」
クロのステッキの先から黒い粉が噴射して、イエティの胸に直撃する。黒い粉はイエティの全身を包み込んだ。
attack↓↓
defence↓↓
クロが着地する。
ヒイラギが皆んなに言った。
「サポートを頼む」
ヒイラギが雪を蹴り、弧を描くように走り出す。
イエティの背面から、鎌を振りかぶって、腰を斬りつけた。
イエティは肩を捻るように、左拳を握った腕を、後ろに振り上げて複雑な動作でヒイラギを掴み殺そうとする。
ヒイラギのスピードは低下しており、いつもの俊敏さが失われている。身体が思うように動かないようだ。
‥‥避けられない!!
栗色の妖精がふわっと拳の前に割り込んだ。
弾けるように、赤いコードが散る。
ジャキン、という少し誇張された効果音が響き、イエティの膨大なHPがごく僅かに減少した。
更に、上部に髑髏マークが表示される。
poison
イエティの手の平の怪我から、紫色のコードが流れ出して、伝い落ちる。猛毒状態までは、入らなかったようだ。
イエティが手を引き、アサヒとヒイラギはその隙に一度距離を取った。
アサヒがヒイラギのスピーカーを通じて、通話で言う。
「猛毒状態で傷つけたけど、毒になった。状態異常に頼るのは止めた方が良いかも」
「了解だ。想像以上に相手が速い。一人で攻撃をせず、最低でも2人の同時の攻撃を遵守せよ」
シロが言う。
「ボク達の大の苦手な連携って奴ね。取り敢えず遠距離で気を引くから、みんな攻撃して‥‥ターン・オン!」
シロのスキルが発動する。
シロの頭上に一枚のタロットカードが出現し、ペラリと裏返る。柄は、金色のカップを乾杯した人間たち。
「カップの3!カボチャ!」
マシンガンみたいな連射音と共に、オレンジ色の巨大な物体が、シロの銀製のロッドの先から、凄まじい勢いで飛んで行く。
それはイエティの胸に直撃し、砕けてオレンジ色の粉塵を巻き散らす。カボチャは飛び続けて、イエティの体に当たっては砕けるのを繰り返した。
シロが杖を振り回すと、カボチャの砲撃の方向も変わって、空中にカボチャがばら撒かれて、カボチャ祭りになる。
そういえば、シロの攻撃は毎回違うな。タロットカードの柄によって、ランダムに技が決まるのかもしれない。
イエティが鬱陶しそうに腕を振り回し、シロに向かって走り出す。
その瞬間、パン、と乾いた発砲音が響き、イエティの左足が大きく後ろに弾かれた。走る動作で重心が傾いていたので、イエティは膝をついて大きくバランスを崩す。転倒まではいかない。
そう思った時、イエティの背中を、シシがメリケンサックの拳で、思い切り殴打した。
critical!
グッとイエティのHPが4分の1くらい減少し、イエティは凄まじい威力に押されて、留まれずに大きく転倒した。
雪煙が舞き上がる。
ヒイラギが言う。
「今だ!」
間髪入れず、全員が飛び込み、攻撃を叩き込む。
どんどんHPが削られて、イエティのHPゲージが黄色に突入した。
イエティは転倒した状態から、立ち上がって体勢を立て直す。
みんなは警戒して再び距離を取る。
イエティは苦しそうに頭を振ると、大きく口を開き、少し高めの奇妙な啼き声を響かせた。
「わぁぁぁおおおあわん」
アサヒがスピーカーで問う。
「なんの攻撃?吠えただけ?」
クロが低めの声で答えた。
「‥バフとデバフが消されました。まさか、いてつく波動野郎がここにも居るとは‥殺意が湧きます」
オニが笑った。
「急にお荷物だな」
「‥‥」
ヒイラギが言った。
「いや、逆に言えばこの攻撃は、バフが掛かってなければ何の痛みも無い。クロ、もう一度バフかデバフを掛けてみてくれ。誘発するかを試そう」
「りょーかい」
イエティが咆哮を止めて、積もった雪を掴んで投げ付けて来た。
新しい攻撃だ。
レッドフロアが扇子状に表示される。
大きなダメージの攻撃。
全員が超人的な反射神経で反応し、すかさず走って雪の投げ付け攻撃を避ける。
クロが横に転がって攻撃を避けながら、ステッキを回した。
「サラガドゥーラ!」
七色の光がクロに掛かり、能力が上昇する。
すると、もう片方の手で雪を掴んでいたイエティが手を離し、雪を投げつける攻撃をキャンセルした。
そして、息を吸う仕草を見せる。
ヒイラギが言う。
「今だ!」
イエティの咆哮と同時に、全員がイエティの身体に攻撃を仕掛ける。
高レベルの総攻撃を受け、イエティのHPは一気に削れて、赤ゲージになる。
ラストゲージ。
「第三形態だ。注意しろ!」
イエティが急に空を仰いだ。
先ほどよりも大声で不可解な咆哮を上げる。
「わぁあああああああおおおおんんんん」
オレンジ色の床と赤の床がチェック柄に交錯して現れる。
オレンジ色の床は、フェイクだ。
嫌な記憶が蘇る。
赤い波動のようなものが、イエティを中心に広がる。
「避けろ!!」
波動が消えたあと、シロが呆然と言う。
「デバフ喰らった。スピードと命中率が二段回下がった。これ、かなりヤバいかも。連続で喰らえば攻撃出来なくなるよ」
ヒイラギが問う。
「他に攻撃を喰らった奴は?」
「‥ごめんなさい‥」
「気にするな。とにかく避ける。レッドフロアの法則で何か気付いた事があれば‥」
イエティが再び空を仰ぐ。
アサヒが呟く。
「ヤバいヤバい」
「イチ!俯瞰で気づいた事があれば‥」
レッドフロアが発生する。
まるでチェス板だ。
集中が途切れれば、いつか間違えてしまうだろう。
「俺のところまではレッドフロアが無い」
それしか分からない。
「なるほど。なら一度距離を‥‥」
ヒイラギの声が途切れる。
今度は信じられない事に、俺の方までレッドフロアが飛んできた。
いや、オレンジフロアだ。
ここにいれば躱せる。
俺は前方を見て、唖然とした。
イエティを中心に、ルーレット状にフロアが出現して、縦に逃げられないようになっている。
ぞっと全身に悪寒が走った。
まるで会話を理解しているかの様だ。
波動が終わってから、シロが言った。
「今の、どう足掻いても避けれる距離じゃないよ」
クロが同意する。
「エグすぎ」
アサヒが鋭く言う。
「全員喰らわないように散らばって!確率を下げる!最悪、攻撃出来る奴を残す!」
ヒイラギがイエティに向かって鎌を振るが、「ザッ」という効果音と共に、特殊効果が発生する。
miss
「クソッ」
命中率が下がっている為に、攻撃が当たらない。
俺はたずねた。
「ステータスの状態異常を回復するアイテムって無いのか?」
「上書きするしか無い」
上書き。
つまり、バニーキャンディーが使える。
でも、どうする?
飴は多くない。
俺はピアスに触れてメニューを開いて数を確認する。
5個だ。
嘘だろ?
もっと持っていた筈なのに!
ロード線を越えてアイテムは共有されるから、消費してしまったんだ。
味は、攻撃のイチゴ、命中のレモン、速度のソーダ、防御のブルーベリー。
俺は声を張って言った。
「俺はバニーキャンディーを5個持ってる!攻撃1、命中1、速度1、防御2個だ!」
今、目の前のみんなを死なせたく無かった。
使わなかったら後悔する。
「みんなに分ける!」
その間にもレッドフロアの咆哮攻撃が連続で続いている。
皆んなは間断なく攻撃し続けているが、アタックと命中率が下がって来ているので、イエティのHPが全然削れない。
ヒイラギが息を弾ませて答えた。
「全員の分では無く、一人で良い。シシが一番DPSが高い、よって、シシ一人にダメージソースを任せる」
「Damage Per Second」の略で、「秒間火力」、1秒間に与えられるダメージのことだ。
「合図をするから、その時にシシに投げろ」
「了解」
イエティの咆哮と同時にレッドフロアが表れる。
「イチ、走って近づけ!」
ルーレット状の道を、俺は直線に走った。
シシの姿が斜め右奥に目視出来る。
「投げろ!」
同時にシシが高く跳躍する。
俺は周りの包装を剥がしたバニーキャンディーを現在所持している全種類を投げつけた。
シシが大きな手で掬うように飴玉をキャッチし、口に放り込むと、シシの全身が虹色のオーラに包まれた。
attack↑↑
defence↑↑
hit late↑↑
speed↑↑
シシは左拳に力を溜め、大きな身体をのけ反らせた後、思い切り拳を振り下ろして、イエティの後頭部を殴った。
メリケンサックの拳がイエティの後頭部にめり込み、いっぱく遅れて凄まじい衝撃でイエティが地面に叩き付けられる。
critical!!
ガクリとHPが減り、起きあがろうとするイエティを、皆んなで追撃する。
HPは残り3分の1まで減った。
「よし!!」
光明が見えた。
俺は警戒して、直ぐに後ろへ走って距離を取った。
こんな所で皆んなの足を引っ張るわけにはいかない。
必死で走っていると、左右に広くレッドフロアが点滅した。
前方は白くて、レッドフロアの境界線だと分かる。
良かった。ラッキーだ。
俺はそのまま走って脱出できたが、振り返ると、その後方は全てがレッドフロアだった。
俺は息を詰めて、皆んなを見た。
間に合う筈が無い。
イエティの全身の毛が立ち上がり、無数の氷柱を棘のようにして周囲に発射させた。
皆んなは氷柱の攻撃を喰らい、HPが半分まで一気に減少した。
早く回復をすれば良いのに、皆んなHPを回復しない。
疑問に思って目を凝らすと、猛吹雪の中、青く煌めく石が複数置かれていた。
唖然として、俺は視界の左に並ぶ皆んなのステータスを確認する。
iceという氷のマークがステータスの上に表示されている。
おそらく、今の氷柱の攻撃で、全員動けなくなってしまったんだ。声も出せないようで、指示も一切聞こえ無い。
俺も恐怖で動けなくなった。
お終いだ。
イエティが凍り付いた誰かに向かって、巨大な拳を思い切り振り下ろす。
アサヒのHPがグンと減少し、赤いゾーンに入った。
目眩がする。
その時、人形みたいなデフォルメされた星が空から降って来て、イエティの頭にぶつかった。
ヒヨコが頭の周りに回って遅延が発生する。
初めて見る攻撃だ。
シロの時間差の攻撃かもしれない。
まるで諦めるな、と言っているようで、俺は走り出した。
イエティの胸部に、裂傷のような傷口が僅かに開いている。
この世界では、部位破壊がある。418I'm a teapotでも、ひび割れのサインがあった。
体表の傷にも絶対に意味がある筈だ。
俺は残り一個のバニーキャンディーを口に放り込んだ。
defence↑↑
俺は傷口に向かって走った。
集中し、鉄製の薄い剣を構える。
咆哮を躱し、迫り来る拳と猛吹雪の中に身を躍らせた。
痛い。
真っ白な吹雪の中、状況もよく理解出来ない。
HPがどんどん削られる。
怖い。怖くない。
俺なら出来る。
その時、声が聞こえた。
ー イチ
持っていた、鉄製の剣が赤く輝きを纏う。
今は近くに居ないユメの声が聴こえた。
『couragesword』
熱い。
身体も心も熱かった。エネルギーが湧き上がり、魂が咆哮する。
俺はジャンプし、イエティの胸部の傷口に飛び出す。全身を使って、剣を持った両腕を前に突き出した。
剣は、紅緋の光束に変わっていた。光が巨大な刃となってイエティの胸部を貫いた。光はやがて大きくなり、爆発した。激しい衝撃が俺を襲う。皮膚が痺れる。
視線を上向けると、残り僅かだったイエティの赤いHPが、ジリジリと減少して0になったのが確認出来た。
俺は安堵して剣から手を離してしまった。
俺は少しずつ収まっていく吹雪と共に、落下した。
ヤバい。落下ダメージで死んだら洒落にならない。
俺のHPは真っ赤なゲージで点滅している。ミリしか残っていない。
空中で受け止められた。
「バカ」
お姫様抱っこで抱えられ、アサヒの小ぶりな胸が顔に来る。
アサヒは着地すると、俺の口に回復薬を突っ込んだ。
「早く飲んで」
甘くて苦い。子供の頃に飲んだシロップを思い出した。
HPが全回復する。
オニがやって来て、言った。
「いつまで抱えてるんだよ、もう良いだろ」
「‥心配なんだもの」
俺は降ろされた。
少し恥ずかしい。
俺は薬品で濡れた口を手の甲で拭って、アサヒに言った。
「ごめん、ありがとう」
アサヒが手のひらを見せて来た。
「ん?」
「gg」
good game のネットスラングだ。
俺はようやく意味を理解して、アサヒとハイタッチした。
そのあとはシロが、クロ、シシ、ヒイラギ、オニもしてくれた。
オニが強がるように言う。
「面白いな、攻略っていうのも」
クロが黒髪を手櫛で整えながら、ニーハイソックスの丈を直して言う。
「二度と御免です。死ぬかと思った。というか、死んでました」
ヒイラギが言う。
「これからは距離感も重要になるかもしれない。分散して、最悪前衛が死んでも後衛が生きられるような、保険を掛けて戦う必要があるようだ」
アサヒが腕を組んで首肯する。
「でも、あんなの避けようが無いじゃない。最悪よ。ゲームだったら修正レベルでしょ。プログラマーは、本当にあたし達を攻略させようとしているのかしら?」
「この状況はプログラマーも想定していなかった可能性が高いだろう。だから俺たちが投入された。俺はそう考えている」
アサヒが問う。
「つまり、あなたの言う『世界』が設定したものだと?」
「ああ。バグはプログラマーのものでは無い可能性が高い」
みんながヒイラギを見た。
「そうなの?ソースは?」
「無い。うっすらと残っている記憶がそう覚えている」
「記憶ねぇ」
アサヒが腕を組む。
俺は問う。
「ヒイラギってログアウトしてるんだよな?どこに行ってるんだ?」
「さぁな。それより、イチのお陰で命拾いをした。レベリングなら手伝ってやるぞ」
「え、本当か?」
忘れてしまいそうだが、最終的には北海道の大名になる目標がある。そして、絶対にユメを京極家から取り戻す。
ヒイラギの事も気になるが、今は話してくれないだろう。
ヒイラギが言う。
「改めて、レベリングの重要さが分かった。俺も今からダンジョン攻略と同時にレベルを上げて行く予定だから、お前も同行すれば良い」
「お願いします!」
みんなもレベリングをしたいという事で、全員でダンジョンを進んだ。
俺は大量の経験値で一気にレベルアップした。
もう一人のユメは、秘密にした方が良い気がして、スキル名を聞かれたが、俺は言わなかった。




