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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
5/65

ロード

 その内、みんなが桜の間にぞろぞろと移動を始めた。ヒイラギの姿もある。


 俺は迷ったが、結局会議に参加する事にした。シロの言う通りだ。自分の目で確かめなければ。


 木製の濃茶の床板で出来た廊下を進んでいくと、右手に階段がある。そこを上り、三階に出た。

 更に廊下の最奥に「桜の間」という看板が置いてあった。

 桜の間は、長机が二つある。

 よく見る、現実と同じ宴会場だ。長机の上には食事が置かれ、座布団の上に人がずらりと座っている。


 シロは他のデバッガーと話をしていたが、俺の姿に気づくと、隣に座ってきた。

 シロは悪戯っぽく目を細め、俺を覗き込んだ。


「参加する気になった?」

「…まぁ。俺は何も分からないし」

「殊勝な事だね」


 ヒイラギは他のデバッガー達と積極的に話をして、人だかりが出来ていた。


「ヒイラギさんって、どんな人?」

「プログラマーとも繋がりのある、高レベルのデバッガー」

「え!プログラマーと?じゃあ現実に帰ってるの?」

「そこまでは知らない。でも毎回プログラマーからメタ的なボスの情報を聞いてくるのはヒイラギだよ」

「へぇ。ツクモより強い?」


 シロはククっと喉で笑って答えた。


「あいつは別格だよ」

「へぇ。そんなに強いんだ」


 七時になり、次第に桜の間が静かになった。

 会議が始まる。

 ヒイラギが立ち上がって言った。


「では、【東海地方】【410gone】の討伐について会議を始める。先日、プログラマーが金バグを発見し、正式に我々に仕事クエストを依頼してきた。まず、その時、公開された情報を一度全員で共有する」


 ヒイラギが手の平を広げる。

 手から一斉に小さな球体の物体が飛び立ち、桜の間に広がって浮遊した。


「ON」


 ヒイラギが言うと、球体の物体はそれぞれ色の異なる光線を広く放射した。

 色とりどりの光線は重なり合い、机上に立体的な映像が浮かび上がらせる。

 スクリーンが無いが、全方向から鮮明に映像が見えた。

 隕石が落ちたかのように、大きな陥没した大地がある。その四隅に、白い大きなキューブが四つ浮遊している。

 ヒイラギが言う。


「場所は【富士山麓ふじさんろく最奥】だ」


 ヒイラギは映像を早送りして進めながら言う。


「【410gone】は、【永久的にファイルが置かれない、消えた】という意味を示すコードだ。ある一定範囲に踏み込むと、この世界のデータが消滅する」


 映像が停止し、0.5倍速で再生される。


「この四隅に浮遊する白いキューブには、データが無いため、410goneの体そのものとも表現できる。ハッキリ言えば、このキューブに触れると死ぬという事だ」


 要領を得ない説明に、周囲がざわついた。

 俺の疑問は、別のデバッガーが代弁した。


「じゃあ、410の本体は何なんだ?どうやって攻撃するんだよ」

「プログラマーの情報によると、410は実体化するタイミングがあるらしい。それを狙い攻撃を仕掛ければダメージが与えられる、との事だ」


 ヒイラギの側にいたデバッガーが付け加えた。


「つまり、410は透明で、白いキューブを利用して攻撃をしてくるのではないかという考察が、今ここには居ない高レベル帯のデバッガーから話が上がっている」


 再びざわつく。

 俺は小声でシロにたずねた。


「どうしてこんな‥抽象的な形をしているの?マンティスのバグはただのでかいカマキリだったのに」

「バグはその性質はさておき、この世界に存在する物体を利用して外見を舗装しているだけだ。410も同じこと。ボスだから特別な外見を作っているだけだよ」

「はぁ」


 イマイチよく分からない。

 ヒイラギは会議のざわめきを消そうとはせず、ただ様子を見守っている。

 デバッガー達は自分達の見解を他のデバッガーに話し、そのデバッガーが意見を返すという、割と建設的な意見交換が行われていた。

 ただのガヤでは無い。

 彼等なりの話し合い方なのだろう。

 俺はふと、疑問に思った。


「俺たちくらいの子供は居ないの?」

「いない」

「どうして言い切れるの?」

「逆に聞くけど、何故子供が死ぬと思う?」

「帰りたくなるから?」

「それも要因の一つ。さらにもう一つ。淘汰されるから」

「淘汰?」

「バグを倒して得られるエラーコードは青赤金に分かれるけれど、未発見で希少価値があるほど高い。供給が増えると価値が落ちる。バグにも限りがあるし、ここでは腹も減る、金がかかる。青キューブの値段を下げない為にデバッガーを摘むことがある。力の弱い子供を狙うんだ」


 俺は息を呑んだ。


「殺人ってこと?」

「捉え方は人それぞれだよ」


 その時、ヒイラギがこちらを向いて言った。


「ところで、お前。初めて見るが、なぜこの会議に参加している?」

「‥‥」


 俺は絶句した。

 あなたが連れて来たんじゃないですか、と言って信じて貰えるような空気では無い。


 みんな一斉に俺を見て、誰だ?とざわつき始める。

 よく考えれば、これはボス攻略会議だ。俺のようなLevel6が出る資格は‥いや、理由すら無い。

 一人のデバッガーが言った。


「それ、ツクモの防具だよな、まさか殺ったのか?」


 俺は慌てて言った。


「違います、もらいました。上位互換の防具をゲットしたから要らない、と」


 ざわついた。


「そんなの捨てちまえ」

「え?」

「何か魂胆があるに違いねぇ。お前、レベルは?」


 俺が口を開こうとして、シロが視線で制した。

 そうか、レベルも重要な個人情報だ。

 だが、目敏く男は言った。


「初心者だな。こいつ今、自分のレベルを言いかけた」


 さまざまな言葉が飛び交い、俺は冷や汗が出た。


「ツクモはお前に何を言ったんだ?」


 シロは俺を見ない。

 自分で判断しろということか。

 俺はなるべく当たり障りのない事を言った。


「なにも‥親切に‥してくれました」

「あいつは親切なんかじゃない!」

「え」

「プログラマーと繋がりがあるんだ。敵だ」

「‥どうして言い切れるんですか?」


 俺が思わず純粋にたずねると、皆んな口々に言った。


「アップデートの情報や敵の情報まで知っているんだ、明らかにおかしい」

「日に何度も居なくなる。現実に帰っているんだ、自由に行き来できるのは裏でプログラマーと何らかの取引をしているに違いない」


 他にも様々な悪口が噴出する。

 シロは囁いた。


「ツクモに抜け駆けされて、腹立たしいんだ。八つ当たり、嫉妬だよ。良い大人が醜いよね」


 俺は問うた。


「本人に聞いたんですか?」


 彼らはぐっと何かを堪える表情をして俺を睨め付けた。


「そんなの本当の事を言うわけがないだろう」


 他の人間が言う。


「あいつの目的は帰ることじゃない。俺達に、たしかにそう言ったんだ。何か企んでいるんだよ」

「‥あの、皆さんは帰ることが目的なんですか?」

「そうに決まっているだろう」


 俺は疑問を覚えた。


「その、言い方は悪いのですが、どうして今すぐ死なないんですか?死ねば現実に帰れるって聞きましたけど」


 一瞬、場が静まった。

 後、どっと皆んなが笑った。


「馬鹿なこと聞くんじゃねーよ、俺たちは記憶をもったまま帰りたいんだ。そうじゃなきゃ、今までの時間が無意味になっちまうだろ」

「‥はあ」


 ピンとしない答えだ。それこそここで過ごしている方が現実に関係のない無意味な時間となるのではないだろうか。

 男が言う。


「無事帰還して、俺たちの経験した事を話すんだ。メディアは皆んな注目するだろうなぁ」

「こんなおもしれーこと、忘れたく無いし」

「曲がりなりにも、ここで三年生活しちまってるからよ、思い出があるんだ」


 俺は信じられない思いで聞き返した。


「三年?ですか?」

「あぁ。なんか帰るのも嫌で、だらだら生活してたら時間が経っちまってよ。ここには全然娯楽もねえし、お前はさっさと現実に戻った方が良いぜ」


 男は自嘲するように口元を歪めた。


「きっと俺達がバグ駆除をして大きなプロジェクトを完成させたら、社会の方も俺達を見直すだろうしな」

「‥‥はい?」

「結局、生き残って敵と戦っているのは、現実を捨てて、異世界ひげんじつと向き合えるドロップアウトした人間だけだ。俺たちの有能さを、分からせてやるんだよ」


 俺は違和感を覚えた。

 この世界ではドロップアウトした人間だけが呼び寄せられる。


 理由は簡単だ。 


 この世界で戦えるからだ。

 普通なら剣を振り回さず、自死して現実世界に帰るだろう。


 つまり‥‥利用されているのではないか?

 この世界が何なのかは分からないが、攻略という点では都合が良いはずだ。


 そう、俺のプレイしていたMMO RPGでも同じで、ニートは長時間ログイン出来る。だから、ゲーム内では強くなれる。

 ゲーム内で強くなって、弱い自分のいる現実を忘れたくなる。


 デバッガーの男は手を開いて言う。


「プログラマーと交渉するために、みんなでボスを倒すんだよ。だから希少なエラーコードが要る」


 俺は自分の考えを飲み込み、ただ頷くに留めた。

 この世界、想像していたよりも闇が深いかもしれない。ゲーム内の仮想通貨、アイテムを現実で換金するのはRMTリアルマネートレードという概念として実際に存在している。確かに法律では定められていないが、外国ではこれを利用し、ヤクザの集団がRMTサイトを地下運用して利益を上げた事で問題になったことがある。

 しかし、ユーザーによるデジタルアイテム売買を公認する事によって、ゲームが圧倒的に活性化する事から、RMTを容認するゲームも増えてきた。

 ニート、ニーターである彼等は無報酬で勝手にバグを討伐するわけで、どう考えても都合の良い存在だ。


 この世界とは、プログラマーとは一体何なんだろう。集団誘拐事件の真相を知りたくなってきた。


 会議が終わり、三々五々、みんなが解散していく。

 一部の人間はそのまま旅館に泊まり、多くの人間が旅館から出て行く。


「シロも帰るの?」

「もちろん。ここは宿代が高いもの。まさか、泊まるつもり?」

「実は、ヒイラギさんに部屋を取ってもらっていて、お代も払ってくれているみたい」

「は?それはおかしいよ。キーは?見せて」

「もらったよ、ほら」


 シロは俺の手からキーを引ったくると、ツカツカと受付へ戻り俺の部屋を確認する。

 そしてシロがキーを差し出し、旅館の人間に言った。


「チェックアウトします」

「え?!」


 俺が静止する間もなく、シロはチェックアウトしてしまった。

 シロは言う。


「おかしい」

「え、何が?」

「君がここに居ることが、だよ。ヒイラギは君を運んできたにも関わらず、周囲に紹介するようなことをした。ご丁寧に部屋までとって」

「ツクモと交渉したって言ってたけど」


 シロは首を振る。


「ツクモはそんなに優しくないよ。あいつはあいつ自身の目的を達する事に必死だ」

「‥‥」

「まぁ、今日のところはボクがついていてあげるから、さっさと帰ろう」

「どうして、シロは俺に親切にするの?それこそ何のメリットも無いのに」


 いっぱく置いて、シロは振り返って笑った。


「お互いこどもだから?べつに理由なんて無いよ」

「ありがとう、本当に助かったよ。ずっと心細かったから」


 シロは無言で俺を見る。


「何?」

「いや?さぁ、行くよ」


 街を抜けて、夜道を歩き出す。

 ダンジョンだが、周囲にも同じ寝ぐらに帰る人間がいて、安心できた。


「みんな、帰り道は一緒なの?」

「この世界には大きな街が三つある。一番近い街がこのルートだから。ワープのアイテムは高いしね」

「ふーん」


 結構、歩いたなと思った時、シロが振り返って俺に向き合った。

 同時に、周囲を歩いていた人間も、全員、俺の方へ向き直り、武器を構えた。


 俺は、この状況を、悟った。


 シロは口の端を釣り上げて、ニタリと笑う。

 月光に照らされて、深雪のような白髪が輝いている。

 無慈悲な審判は、俺にロッドの先を突きつけた。


「‥なんで‥」


 口から出るのは、そんな情けない言葉だけだった。

 シロは淡々と答える。


「愚者の逆位置は《軽率》。答えは始めから出ていたのよ」


 死ぬにしても、もっとマシな死に方が良かったな。

 そう、俺は思う。


「あら、抵抗しないの?」


 そんな気は、微塵も湧いて来なかった。

 騙されたという衝撃が大き過ぎたのかもしれない。身体が何も動かない。動こうとしない。


「どうして‥‥」

「その装備、君が死んだらボクのものだから。防具はボクの、武器は売って山分け。ツクモも、どうして君みたいな、何にも知らない愚か者に良い装備あげちゃうかな。ま、ここで殺すから良いんだけど」


 シロが唱える。


「ワンドの8(エイト)」


 向けられた銀製のロッドが、8本に分裂し、空中に浮遊する。月白の軌跡を描き、8本の平行線は一瞬にして俺に突き刺さった。


 骨が砕けるグシャっという音。内臓から、ドクドクと血が溢れる感覚。

 冷たくて、熱い。

 世界が灰色に染まった。


 シロの絹のような白髪の一本一本が、風にたなびいたまま、静止している。

 時が止まっている。

 俺の前に文字が表示された。


   ロードしますか?


 セーブ1 18時30分  京都 竹垣の小道



 勝手に選択がされ、ピコンと音が鳴る。



   セーブ1のデータにロードします



 世界が歪む。

 俺は訳も分からないまま、それを受け入れるしかなかった。

 停止した。

 俺はゆっくりと周囲を見る。

 左右は竹垣、隙間から庭が覗ける。

 地面はアスファルト。

 空は茜色。

 茜色。夕方。


「夕方‥」


 セーブ、ロード。


「そうだ‥」


 6時半。たしかにここでセーブした。

 そして今、俺は確かにロードした。

 このセーブデータに。


「おい、何をしている」


 ヒイラギが戻ってきて、低い声で言う。


「‥すみません、あの‥」

「何だ?ハッキリ言え」


 苛立ったようにヒイラギは俺をにらみつける。


「いえ‥何でも無いです」


 俺は放心状態で同じ行動をした。

 ヒイラギにキーを渡され、俺はロビーに放り出されると、さっきの事は全て夢だったのではないかという想いに駆られた。

 シロも。シロも‥周りの大人に脅されたりしたのかもしれない。それで仕方なく、俺を‥‥

 シロに近づくと、シロはフードを脱ぎ、俺に顔を見せてニコリと笑む。差し出してきたカードを受け取り、俺は絶句した。


 「愚者」では無い。


 白い装束姿に、赤い絹を垂らすように羽織った人間が、短い白い棒を掲げている。

 頭の上には無限の知恵の輪みたいなマーク。

 カードの下には THE MAJICIAN の文字。

 しかも、反転していない。

 シロは囁くように俺の耳元で言う。


「魔術師。正位置は【始まり】これが何を意味しているのか、キミなら分かる?」

「‥‥魔術師‥魔術師?」


 思考が追いつかない。

 違う世界線‥?


「愚者‥じゃないの?」

「ボクの占い、舐めないでくれる?」


 シロは俺を突き飛ばした。


「つまんないの」


 そうして、行ってしまう。

 俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 やはり、演技だったのだ。

 自分は騙されていた。


「くそっ」


 ここに居る奴らは、全員敵だ。

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