オニと鈴と恋
訂正 決闘モードの範囲
× 1km四方
◯ 200m四方
スキップボールは、一見ただのガラス玉だが、触れると僅かに凸凹している。
側面に小さな歯車みたいな感触があり、それを上下に動かすと、ガラス玉の中心に時刻が表示された。
頭上にボタンが隆起する。
おそらく、時刻をセットした後、このボタンを押すのだろう。
いったん、翌日までスキップして、先回りして、シロに通話して京極家に行くのを止めさせなきゃいけない。
それさえ出来れば事件は回避出来るはずだ。難しい事じゃない。
でも、どうしよう、朝にスキップするんじゃ、余り意味は無いよな。
早く攻略を進めないと、ツクモの病状はどんどん悪化してしまう。
俺は無駄な時間を使ってはいけないんだ。
14時にしよう。
事件発生の約3時間前だ。
「‥よし」
俺は一度深く息を吸って吐いてから、スキップボールの頭頂を押した。
白く光が点滅し、プィィィイイーン、という高い音が響き渡る。
スキップボールがブルブルと振動して、空気を震わせる。周囲が揺らいで、次の瞬間、吸い込まれるように、俺はワープしていた。
地面に降り立つ感触。
俺はシンプルな片手剣を持っていた。
目の前にアサヒが居た。
アサヒは槍を構えていて、手合わせしている最中だった。今にも襲い掛かってきそうだ。
俺は武器を捨てて両手を上げた。
「タンマ」
アサヒが槍を回して首を傾げる。
「何よ?」
「今スキップしたんだ、えーっとつまり、ロードしたんだ」
アサヒが怪訝な顔をする。
俺は考えながら言った。
「ツクモから、俺の能力は聞いているだろ?俺はこの先の未来で死んで、過去に戻ったんだ」
アサヒが目を丸くする。
俺は顔を近づけ、真剣に言った。
「このままじゃ、同じように俺は死んで、やり直しになってしまう。だから、死ぬのを避けたいんだ」
アサヒはまじまじと俺を見返す。
俺は、アサヒに未来で何が起きるのか説明し、スキップの事も話した。
シバサキに口止めされた通り、シバサキの正体はぼかして、ユメの能力の一つかもしれない、という設定にした。
「そんな事があったのね。何だか信じられないけど‥‥だって、あなた、さっきまで普通に修行してたのよ?」
「うん、でも‥‥今の俺は、未来で色々見てきて、経験してきた俺なんだよ」
「なんか、凄い話ね」
アサヒが感心したように言う。
アサヒの反応が普通だよな。
今までツクモが信じてくれていただけなんだ。俺がいつも必死だから、不安にならない様に、普通に対応してくれていただけなのかもしれない。
メニューを開くがツクモはまだログアウトしたままだ。
何気なく時刻を確認して目を剥いた。
【15:50】
14時にスキップしたはずなのに、約2時間ズレてる。
嘘だろ!嘘だ!
ちょっと待て。
そうしたら、事件まで時間が無い。
アサヒと別れたのはオニと約束した17時前で、多分16時30分くらいだ。
どうして?
シバサキは俺を騙したのか?
いや、嘘をついている感じじゃ無かった。
シバサキからは本気を感じた。
この世界を変えたいという意志が。
シバサキは、skip ballを3回しか使えないとも言ってたし、まだ不完全なアイテムなのかもしれない。
アサヒが顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「とにかくそういう事だから、まずシロに電話しなきゃ」
電話もメールもしたが、シロからの連絡は帰って来ない。
アサヒもシバサキに連絡を取ろうとしてくれたが、メールも電話も出なかった。
立て込んでるのかもしれない。
俺は覚悟を決めてアサヒに言った。
「俺は、シバサキとクロも助けたいけど、リーウェンに殺される未来も回避しなきゃいけない」
俺はアサヒが信じてくれるのを願いながら言った。
「このままじゃ結局逃げ出せないし、それならアサヒと行動した方が良いと思うんだ」
「あたしと?」
「そう。京極家の構成員はみんなお面を被っているし、俺も面を被れば、紛れ込めると思ったんだけど、どうかな」
アサヒが微妙な顔をする。
俺は訴えた。
「頼む。少なくともあの場所にいたら、俺はリーウェンに殺される。だから、シバサキとクロを助けながら、リーウェンの目を誤魔化して行動する。もしかしたら、アサヒに守って貰うことになるかもしれないけど‥」
アサヒは考え込み、少しして顔を上げた。
「ま、何もしないで死ぬよりは何かやって死ぬ方がマシよね。あたしも、あなたも」
「信じてくれるのか?」
「うん」
アサヒはしっかり首肯した。
俺は感謝を込めて言った。
「アサヒ、本当にありがとう。アサヒが居なかったら、俺、ここまで来られなかった」
アサヒははにかんで肩を竦める。
「お礼は無事解決した後で言って頂戴。まずは、一旦外に出るわよ」
「え、それじゃあバレないか?まず鬼をどうするか考えるのが先だろ」
アサヒは決闘モードを解除し、周囲を見ながら言った。
「オニ、あのさ、色々事情があるから、少し見逃してはくれないかしら?夜にはちゃんと牢獄に戻るわ」
オニが近くに居るのか?
アサヒは俺を見て言う。
「オニのマニュアルの鈴は、嘘発見器じゃなくて、遠く離れた場所でも音が聴こえるものなのよ。片方の鈴は取れるようになっていて、置いた場所の半径50m以内の全ての音が拾えるようになるの」
広範囲の超精密な盗聴器って所か。
あと、鬼は本当にオニという名前なのか。オ、の方にアクセントを付けて、アサヒはオニと呼んでいた。
俺が何気なく振り返ると、オニが居た。
オニは般若の面に手を当てて、籠った声で言う。
「べらべら人の能力喋りやがって」
「あら、あなた、あたしに犯罪行為をした事忘れたの?」
オニはそっぽを向いた。
盗聴したらしい。
だが今はそんな事はどうでも良い。
俺は土下座をする勢いで、頭を下げて懇願した。
「オニ、見逃して欲しい。頼む」
オニはアサヒを見て言った。
「‥‥分かった。でも俺はそれ以上、手伝わないからな。勝手にやれ」
「え、いいのか?」
「いいと言っている。まぁ、構成員が見かねてチクるかもしれないけどな」
「でも、しばらくは大丈夫だろう?」
「さぁ」
「ありがとう」
オニが踵を返す。
あっさり承諾して驚いた。
俺の時は容赦なく殺して来たクセに。
俺は疑問を口にした。
「どうしてそんなにオニはアサヒに甘いんだ?他に弱みを握っているのか?」
アサヒが肩をすくめる。
アサヒに優しくして、何かメリットがあるのか?
俺はある考えに辿り着き、恐る恐るたずねた。
「まさか、惚れた弱み、とか?」
アサヒは、ジト目で答える。
「実はサミットの時、嘘をついてもらう代わりに、今度二人で出掛ける約束を取り付けられたわ。勝手に、ツクモに!」
アサヒが拳を握って怒る。
「アイツマジで許さない」
なるほど、そういう取引だったのか。
「キョウゴクが直に命令した殺しの仕事は、流石に見逃してはくれなかったけどね。つまり、好きって言ってもその程度なのよ」
確かにアサヒは他のロード線でオニに殺されている。
オニの考えはよく分からない。
好きな人のことは助けたいって思うと思うんだけどな。
アサヒが何故か少し頬を染めて俯く。
「まぁ、イチみたいにハッキリ言ってくれたら分かりやすいんだけどね。分かりやすい方が良いじゃない。そういう男、案外居ないしさ」
とはいえ、手段の一つなのは間違いない。
アサヒは顔を上げ、人差し指をビシッと立たせて言う。
「見回りの二人を襲って、見ぐるみ剥がしてお面を奪って服を着て、中に入る。ちょうど夜組にシフトを交代する頃だと思うからちょうど良いわ」
「シフト制なんだ」
「うん。京極家には2年居たから、大体の事は分かる。途中までは決闘モードで姿を隠して進む」
「分かった」
再びアサヒからの決闘モードを承諾し、人の居ない静かな空間に変わる。
僅かに日が傾きかけるオレンジ色の世界の中を、俺はアサヒに付いて行った。




