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百井家
家臣 シバサキ・アサヒ
京極家
家臣 鬼・獅子
青山家
家臣 クロ
だが、その前に最低限クリアしなければならない事がある。
リーウェンの襲撃から身を守らないといけない。
なんでリーウェンが来たんだ?
どうやって俺の場所を把握したんだろう。
世界は私のものだと言っていた。
俺を殺して、どうするつもりだったんだろう。
攻略を遅らせようとしたのか?
俺の能力を知っているなら、仕組みは知っている筈だ。
そもそも、どうしてリーウェンは俺の能力を素直に流布しなかったんだろう。
訳が分からない。
落ち着け。
出来るだけ情報を集めて、確認をするんだ。そして、最悪の状況を回避していくしか無い。
リーウェンがいつどのタイミングで来るのかは不明。
ただ、先ほどと同じだと仮定するならば、アサヒが帰った後で、今から数えて、翌日の16時30分くらいの筈。
だから、この時にツクモに守ってもらわないといけない。
とてもじゃないけど、太刀打ち出来ないのを肌で感じた。
次に、謎の事件についてだ。
例えば、いつ、青山家が来るのか。
シロがいつどの部屋に来て、シバサキとクロは何故死んだのか。
いや、それよりもまず、シロに連絡をしないと、シロがユメを助けようと京極家に来たのが事件の原因だ。
シロに電話をかけたが、繋がらなかった。
仕方なく、シロにメールをした。端的に「ユメを助けようとしてシロは死ぬから、京極家には行かないように」と書いた。
正直、ここから先、死なずに進む未来が見えない。いっその事、死ぬ前提で各地を歩き、調査しても良いかもしれない。
短いロードなら時間の浪費も少なくて済む。
たぶん、あの死神が助けてくれるだろう。
何だかそんな気がする。きっと大丈夫だ。
二度目の脱走だし、皆んな油断しているチャンスかもしれない。
蔵の後ろ側は行き止まりだ。蔵のあるスペースは、庭の側面に瓦屋根の高い塀で仕切られている。
高すぎて、ジャンプしても乗り越えられそうに無い。10メートル位ありそうだ。
スキルを使って登る方法もあるけど、ユメが居ないとスキルは使えない。
仕方なく塀に沿って進み、角から顔を出して庭の様子を伺う。
砂利混じりの芝生が生えている。松の木と岩が四隅にあり、塀で囲まれている。
でも、アサヒの物言いだと塀の先にも屋敷の敷地が広がっているのだろう。
庭の奥は縁側みたいになっていて、キョウゴクが出てきて鬼に暴力をした場所だ。
人は居ない。
松の木の影に隠れながら、俺は庭の端を走った。縁側よりも離れた、木々の生い茂った狭い屋敷の端の道にそのまま突っ込もうとして、俺は何かに躓いて転んだ。
顔を上げると、般若が見下ろして来た。
鬼が腕組みして俺を見ている。
驚いて間抜けな声が出そうになるのを堪え、俺は立ち上がって言った。
「寝たんじゃなかったのか?」
「またぶたれるのは御免だからな」
そうだ、鬼なら何故シバサキとクロが死んだのか、分かる可能性がある。
俺は考えて問う。
「あのさ、京極家は、どうして百井家を敵視しているんだ?」
「攻略したくないから。こっちにしたら、余計な事ばかりする厄介な敵だ」
「お前たちは、ずっとここに居たい訳だろ?それならちゃんとメタバースを完成させた方が良いんじゃ無いのか?」
鬼は深くため息をついた。
「あのなぁ、現時点で200人が定員オーバーなんだぜ?金持ちと特権階級しか入れねぇよ。サーバーを多くして定員を増やしたり、メタバース内の法整備をしたり、結局実用化できるのも遠い未来だろう。それもどうせ、ツクモレベルの重症患者が選ばれるんだ」
確かにそれは否めない。
「メタバースの事とかツクモのことって、どうやって知ったんだ?」
「ヒイラギとツクモから。二人がログアウトしているのはフレンドの名前から確認できる事実だ。二人は大昔、攻略を進めるために詳しくこの世界について話をしたが、逆効果だった。確かに攻略に熱心になる人間もいたが、それ以上にクズが多かったって事だ。噂は広がって、今では皆んなが知る常識になった」
「なるほど」
「ここは社会的弱者における理想郷、最後の砦だ」
鬼は手を広げて言う。
「この世界の本質は、マイナスをプラスに補える事。しかし、それを分かっていない人間が多過ぎる。「より良い生活を」などという目標を打ち立て、傲慢な事を考えている輩が沢山いる。その人間たちの為に攻略を進める訳にはいかない。反吐が出る」
鬼の物言いが引っかかった。
「別に、メタバース計画は悪い物じゃないだろ。より良い生活って、言外にそういう人も含めてるだろ」
「だから、傲慢だって言ってるだろ。使わせたく無いんだよ、健常者には。俺たちが一番明確に、有用に使える。そう使うべきなんだ」
その感覚は、俺には理解しにくいものだった。鬼の考え方の方が偏りがあって、傲慢な気がする。
でも、それが俺が傲慢であるという証明な気がして、俺は何も言えなくなる。
鬼は言う。
「この世界は凄いよ。奇跡なんだ。だから譲りたくない。ここには多くの障害者が棲んでいる。大切な場所だ」
「‥でも、別に障害のある人だけが独り占めしなくたって‥」
「俺の目が悪い友人は、ホームで突き飛ばされて死んだ。本当に、奴らは悪魔だ。傲慢で強欲だ」
鬼は腕を広げた。
「こんなにも自由な世界を味わえているのに、ほんの少しの配慮もしてくれない健常者には殺意が湧くね」
鬼の激しい言葉から、どす黒い憎悪が伝わってくる。
「そう考えている人間はここには多く居る。北海道なんて新しく切り拓きやがって、いよいよ百井家を潰さなきゃならなくなって来たな」
攻略したいという理由だけで、殺すには十分なのか。
鬼は和装の交差した襟の隙間から、鈴を取り出す。
鈴。
そういえば、キョウゴクは鬼のことを耳が無いと言っていた。
鬼は聴覚に障害があったんだ。
鬼は言った。
「俺に嘘をついてくれと頼んできたと言うことは、それは嘘であるという事だ。ツクモはお前を守り、手元に置きたがった。それは、迂闊に死んだら攻略を遅らせてしまうものだから。お前の力は攻略を早めるものじゃない。「逆」なんだ。そうだろ?」
心臓がバクバクと音を立てて血を送り出し始める。
「‥違う」
鬼が鼻で笑った。
「‥change」
鬼は銃を一回転させ、俺の間近に来ると、銃口を額に付けて、連射した。
全ての動きが余りに速くて、俺は全く動けない。
HPがあっという間に減り、俺は死んだ。
ユメによく似た声が告げる。
『セーブデータ7 、にロードします』
冷たいコンクリートに放り出される。
俺は顔を手で覆った。
俺はなんて無力なんだ。
このままじゃユメも助けられないし、ツクモも助けられない。
自分一人じゃ何にも出来ない。
それがただ、悔しくて哀しい。
ツクモみたいに頭が良くて強かったら‥‥
考えても仕方がない事を考えてしまう。
ヒイラギが言ってたな。
そういうのが、一番時間の無駄だって。
「‥ユメ‥‥」
情けなくて涙が出そうになる。
どうしよう。
冷えたコンクリートに額をつけて蹲っていると、「ニン」と小さな鳴き声が聴こえた気がして、俺は顔を上げた。
「‥猫?」
蔵の壊れた瓦礫の隙間から、月光に象られた猫の影がぬるりと現れる。
視界の左上に、急にビックリマークが表示される。
フレンド申請 シバサキ
《承認》《拒否》
シバサキ!?
俺は慌てて周囲を見たが、姿は確認出来ない。
そうか、周囲を警戒しているんだ。
俺は承認をタップする。
すると、更にビックリマークが表示される。
決闘モードの招待があった。
そうだった、決闘モードなら他が干渉できないように別空間に区切られて見えないし、二人きりになれる。
バラバラと景色が剥がれて、決闘モードの空間になる。
蔵から出て待っていると、塀の上から軽装備のシバサキが忍者のように飛び降りて来た。
シバサキはあの時と同じ、胸当てと膝当てのついたシャツ、膝当てが付いた黒いズボンという、シンプルな装備をしていた。
俺は駆け寄り、シバサキに問う。
「どうしてここが分かったんですか?」
「ツクモの猫が連れてきてくれました。おそらく、ツクモは短くログインしてあなたを探すように指示したのだと思います」
ツクモ‥‥
「ツクモはどうしてログインの時間が短くなっているんですか?」
「ログイン時は、浅い眠りの状態を維持しなければならないので、それ以外の状態だと、倫理的な規約でログインが許されません」
「‥こんな状態なのに、そんなルールを守っているんですか?」
「リーウェン達の意向なので、私には何とも言えません。ここを崩してしまえば、同一人物がバラバラに動く事になり、不可解な状態となります。一人許せば全員なし崩しになる可能性もある。ラインは引いているのでしょう」
「ツクモは無事なんですか」
「分かりません。時間が無いので、手短に話します。7分ごとに見回りがあるので、7分しか時間が無いです。フレンドコードはアサヒから教えて貰いました」
シバサキはガラス玉を俺に差し出した。
「これを持っていて下さい」
「これは?」
「skip ballです。《時間を設定してスイッチを押すと、その時間までスキップできます》特殊なアイテムなので、決闘モードの空間にも持って行けます。ツクモのセキュリティボールと似たようなアイテムです」
俺は脳内でシバサキの言葉を繰り返し、驚愕した。
「本当に?」
「ですが、《前回のロード線の時刻》になります。さらには、《3回しか使えません》」
「前回のロード線‥そうか、死線を乗り越える事は出来ないのか」
「その通りです」
「あなたは何者なんですか?」
そんな物をどうして持っているのか。
シバサキは顎を引いて静かに言った。
「旧メタバース計画の研究員です。誰にも言ってはいけません。ツクモにも、アサヒにも」
俺は呆けた。
メタバース計画の研究員?
いやでも、そうか。
内部調査をするのは当然か。
まったく考えていなかった。
ツクモは気付いていないのか?
「‥どうしてですか?」
「リーウェン達の裏をかく必要があるからです。リーウェンはNPCと入れ替わる事が出来る。つまり、どこで話を聞いたり、見たりしているか分からない。最大限に注意を払う必要があります」
「でも、二人には言っていいんじゃ‥」
「言わない事と、言う事では、人の行動が変わってくるのはあなたが一番知っている筈です。それに、鬼の様な能力が嘘では無く、実在した場合、二人が意図せず白状してしまう可能性があります」
「‥俺、さっきリーウェンに殺されて、どうして急に殺されたのかわからなくて‥」
シバサキは言う。
「リーウェンは、ユメの、システムに干渉出来る能力に気付き、あなたとユメが居る瞬間に接触し、短時間の時間操作を既に行なっていると、ツクモが言っていました」
俺は言葉を失った。
能力が使われている?
「あなたの事は、ツクモと情報を共有していました。はじまりの町から地下街へ行き、bunnyでリーウェンと接触した後、4時間5分時間が進んでいました。今のあなたの問いに答えるならば、おそらくリーウェンはユメと引き剥がしたあなたを殺せば能力は発動せず、死ぬと思っていたのでしょう。しかし、そうはいかなかった」
シバサキは研究者然として、淀みなく説明を続ける。
俺は答える。
「はい。能力は発動して、ロードしました」
「リーウェンはもう一つの方法に気付いていません。旧メタバースには、システムデータに干渉する方法が他に用意されています。元々私たちが作ったものなので、中国側はこの世界のうわずみを掬っているだけなのです。彼等の好きなようにはさせません。私達はこの世界を取り戻す予定です」
俺は身を乗り出した。
「この世界を完成させても、中国のものになってしまう訳じゃないんですね」
シバサキは頷く。
「はい。攻略を進めながら、まだ取り返せる可能性が十分にあります」
「もう一つの方法って?」
「人々の記憶のデータは、この世界の中でも別の部分に保管されています。データセンターという場所です。データセンターの中心にシステムにアクセスするコンピュータがありました。更に、そこは大切な記憶を保存する、バックアップのようなものだったのですが、ここにもう一人のユメも閉じ込められていると判明しました」
「もう一人のユメ?」
「記憶を保持したユメです。そして理由は分かりませんが、ユメという一人の女の子にシステムデータにアクセス出来る権限が与えられています。その記憶のユメを通せば、リーウェン達の目を掻い潜り、セーブとロードの能力を使うことが出来ます。システムアクセスのコンピュータを使う手段もありますが、これはパスワードで中枢エリアを解除しないと他人は弄れない。更にリーウェン達はデータセンターの場所を知りません」
俺は確信して言った。
「俺、もう一人のユメに、もう会ってます!」
「ユメが居ないから、必死で代わりを担ってくれているのでしょう」
「必死で?」
「記憶のユメは、人型をしていて、システムデータのコンピュータがある部屋の特殊なガラスの向こう側に居ます。感情も知性も確認出来ました。あなたの事を心配していました。本来なら接触出来ないのに、どうあなたに能力を使っているのかは分かりませんが、毎回必ず能力が使えると思わない方が良いでしょう」
「そんな‥」
俺は問う。
「そのもう一人のユメは、助けられないんですか?」
「私も場所は知っていますが、データセンターには入れますが、中央部のシステム中枢の扉を開けることが出来ないのです」
「どうしてですか?」
「パスワードが分かりません。私のパスワードの記憶自体が向こう側にあるのです」
「それはリーウェン達の画策?」
「ええ。漠然と記憶野のデータを移したのでしょう。それだけ見ても記憶は読み取れませんから、今の私の現状のように、情報をブロックするのが目的だったと思われます」
死神と思っていたのは、もう一人のユメだったんだ。
記憶をもったユメ‥‥
シバサキは言う。
「もう一人のユメは、《スキップ》と《自動》の能力を持っているらしいです。『世界』が私にその情報と、コードを送ってきました。私はそれをデータセンターにあるコンピュータで打ち込み、skip ballを作りました」
「『世界』って何なんですか?リーウェンも言っていたけど‥」
「そこまで話している時間は無いですね。メールでは確認されてしまう可能性がある。また話をしに来ます」
「待って!」
俺は新しい情報に夢中で、重大なことを忘れていた事に気が付いた。
「未来で、シバサキさんが殺されます!」
シバサキが眉を上げる。
「どう死にますか?」
「分かりません。でも、シバサキさんと、青山家のクロが死にます。たぶん京極家で、ユメを助けるためにシロと京極家に行ったんだと思います。俺どうしたら‥」
シバサキは俺の言葉を遮って言う。
「アサヒやシロは殺しても良いです。私を生かしてくれ」
残酷な言葉に、俺はショックを受けて言葉が出なくなる。
シバサキは言う。
「落ち着いて下さい。エスケープです。子供は帰った方が良いですから」
シバサキは俺の肩に触れたあと、踵を返し、忍者のように先に金属のついた鉤縄を塀の向こうに投げて、瓦屋根に引っかかった所を登って帰って行った。
どうする?
そんな事できる筈が無い。
全員助けたい。
その為に、行動すべきことは何だ?
俺は手の中のガラス玉を見つめた。




