事件
俺は焦げるような夕陽の中、言った。
「暗くならない内に帰りなよ」
「そうね、オニと約束してる時間が近づいてるし」
「何時?」
「17時」
「決闘モードをしながら帰ることは出来ないの?」
「決闘モードは200メートル四方しか無いから無理ね」
「この屋敷、そんなに広いの?」
「ええ。同じような場所が何箇所かあって、こういう広い庭も東西南北、4ヶ所あるわ」
「へぇ」
相槌を打ちながら、俺はピアスに触れてメニューを開いた。
視界の左上に【16:15】と表示される。
「送るよって言いたいけど、俺は大人しくしていた方が良いだろうな」
「うん。蔵の方移動してから決闘モードを解こうか」
俺達は芝生の整えられた庭から、隅にある蔵の方まで移動し、アサヒが言った。
「そういえばさ、あのお宝なんだけど」
「お宝?」
「あたしが獲ったやつ」
俺はいっぱく置いて全て思い出した。
「あぁ!俺を騙して勝手に奪ったやつな!」
「違うわよ、あれは‥ってそんな事をどうでも良いのよ。解除解くわよ」
「うん」
決闘モードが解かれる。
蔵の中は静かだ。
「というと?」
アサヒは不可解そうに首を捻って小声で言う。
「中身が空だったのよ」
「え?」
「つまり、先に見つけた人間がいたのよ。心当たりある?あの謎を解かないといけないから、必然的に二人組だと思うんだけど」
「知らないよ。そもそも、あの宝なんだったんだ?」
「まぁ、ちょっとした噂があってさ‥」
その時、凄まじい悲鳴と怒号が聞こえた。
「なんだ!?」
アサヒが蔵の入り口にしゃがみ、庭の方へ顔だけ出す。
アサヒはすっと目を細め、素早くメニューを開き、何かを確認すると、目を見開いた。
そして、きつく目を閉じた。
「どうしたんだ?」
アサヒは答えず、項垂れるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
少しして、口を開く。
「シバサキが‥死んだ」
シバサキ、そういえば、サミットが始まる前、ツクモが紹介してくれた。
壮年の男性で、中肉中背、どこにでも居るサラリーマンという風体だけど、アサヒは敏腕リーマンだと言っていた。
親子みたいで微笑ましく思ったのを覚えている。
アサヒが後ろを向いて顔を覆い、嗚咽を堪える。
俺は余りの展開の速さに、付いていけない。
本当に死んだのか、と疑いたくなる。
流石にそれは口に出来ず、俺は言った。
「どうして、死んだんだ?ここに居たのか?たまたま‥じゃなくて?」
アサヒは涙を握り拳で拭った後、切り替えた表情で言う。
「分からない。まったく。でも、可能性は高いと思う。慎重な立ち回りをする人だし」
アサヒはふーっと息をついて、言う。
「明日の武道会には他の大名達も来るんだけど、前日は青山家をもてなすのが伝統なのよ。【京極家と青山家は同盟を結んでいる】から、来ている筈。でもどうしてそこにシバサキが?ツクモも帰ってきてないのに」
「京極家は青山家と同盟を結んでるの?」
「そ。お互い【攻略反対派】だからね」
「そうなんだ」
「そこにどうしてシバサキが居たのか。シバサキの死因を確認しないといけない」
その時、さらに俺の視界にビックリマークが表示された。
CALL シロ
ー もしもし、どうした
ー うぅ‥
泣いているのか?
ー 大丈夫か?
ー 死んじゃった‥
シロの泣いている声が聞こえて、胸が締め付けられた。
アサヒが俺に顔を近付ける。
ー 誰が?
ー と、ともだちと、シバサキ‥うぅ
そういえばシロは友達と一緒にいるって言っていたな。
アサヒが俺の横で声を張って問う。
ー シロ、ともだちって青山家のクロの事?
ー ‥うん‥うぅ‥
ー 状況は?
ー あ、あの‥ゆ、ユメが心配で、クロが、ユメは返せないけど案内は出来るって言って、それで、そうしたら、シバサキも来るって言って、それで‥‥
俺のせいだ。
急速なストレスにリアルな吐き気が込み上げる。
ー 今どうしてるの
ー ‥‥
通話が切れた。
「アサヒ、俺も行く」
「絶対死ぬよ」
「行く」
アサヒと視線が絡まる。
アサヒのハチミツ色の瞳がキュッと細められた。
「ツクモを助けるんじゃないの?」
「放っておけない。俺のせいだろ」
アサヒが俺の肩を掴んで言う。
「よく聞いて。こういう時は、事実だけを見るの。シロとシバサキが居なくても、世界は攻略出来る。確かに戦力だけど、言い方悪いけど、ツクモとヒイラギと、その他捨て駒が居れば、十分なのよ。一人二人で速度も変わらない」
俺は言葉を失った。
ツクモとヒイラギと、捨て駒。
「‥でも」
「あなたが死んだら攻略速度は落ちる」
でも。
アサヒは先程とは別人のように、冷たい目をして俺の胸を突き飛ばした。
「あなたは何の為に何をしようとしているの?」
「‥」
「シロが可哀想だから?シロのために敵討ち?あたしの力になる?それは足手まといだし、あなたの今の力じゃ何も出来ないわ」
俺は答えられなかった。
「厳しい事を言うけど、簡単に動かないで。あたしは確かに黒幕に復讐したいだけだけど、ツクモには助かって欲しいと思ってるし、あなたが来ると余計ややこしい事態になる」
アサヒは俺の肩から手を離す。
「様子はあたしが見てくるから、また連絡する。ピアスはもぎ取れないし、キョウゴクも多めに見てくれているのだから、連絡も出来る。大人しくしておくのが一番よ」
「‥」
アサヒの迫力に呑まれ、俺は何も返せない。
「大丈夫。シバサキとクロは、現実に帰っただけ‥‥死んでない」
アサヒは言い聞かせるように俺に言うと、踵を返し、半壊した蔵を出て行った。
俺は壊れた檻の中に入り、背中を丸めて寝転がった。
どうしてこんな事になったんだ。
確かにシロの占い通り、このままじゃ行き止まりになってしまう気がする。
俺は首を振る。
弱気になるな。
取り敢えず、明日の武道会のことだけ考えよう。
目を閉じたが、上手く眠れそうにない。
不安や緊張で手のひらに汗が滲む。
起き上がって深呼吸すると、暗闇に違和感を覚えた。
闇の中で、更に濃い闇がある。
カツン、カツン、カツン‥
ヒールがコンクリートを打つ音が、蔵の中に響く。
目を凝らすと、ソレはゆっくりと現れた。
血のように赤いスリッドの入ったチャイナドレスを着ている。童話に出てきそうな艶やかな赤い靴。
ウェーブのかかった黒髪は、団子で纏められていた。
「‥リーウェン」
リーウェンはカツンカツン、とヒールを鳴らしながら俺の前まで歩いてくる。
俺はアサヒから借りたサブ装備の普通の剣を取り出して構えた。
「どこまで俺の情報を流したんだ?」
リーウェンは答えず、俺をじっと見つめてくる。
「答えろ!」
リーウェンは数秒間俺を見つめた後、考えるように細い顎に手を添えて首を傾げた。
「何なんだ!」
「ユメの能力は単体では発動しなかった。つまり、あなたが居ないと発動出来ない。ユメが鍵で、あなたが鍵穴のようなもの‥‥いえ、その逆かしら」
「‥何の話だ」
「案外【世界は詩人】なのかもしれないわね」
ふふふ、とリーウェンは一人で笑っている。
「その、世界っていうのは何なんだ」
「【あなたは世界に都合よく使われている】のよ?」
世界に都合よく使われる?
俺が?
一体、なんの話だ。
リーウェンは真っ赤な唇を吊り上げ、宣言した。
「この世界を手に入れるのは、アタシだから。あなたに攻略は進ませないわ」
俺は急に首を掴まれ、口に無理やり銃口を突っ込まれた。
「グガァッ」
パンッパンッ、と鼓膜が破れるような発砲音の後、脳が熱くなる。
俺は視界が真っ暗になり、何も分からなくなった。
‥‥少しずつ視界に輪郭が戻っていく。
天井。
月明かりも無い、白と黒の世界だ。
世界が停止している。
視界の左上にあるHPはゼロになってる。
やはり死んだのか。
ユメの声はしない。
俺の身体は動かない。
このままだったらどうしようと不安が込み上げる中、それはぬるりと俺の横から現れた。
黒いローブに大きな鎌。
死神だ。
フードを深く被っていて、顔は見えない。
死神が問う。
ユメみたいな声だ。
『 ロード、しますか? 』
《はい》《いいえ》
俺が選択する間もなく、勝手に《はい》が選択される。
自動だ。あの時と同じ。
セーブデータ1 京都 竹の小道
セーブデータ2 はじまりの街 噴水広場
セーブデータ3 富士山 山小屋
セーブデータ4 富士山 マグマ溜まり跡地
セーブデータ5 北海道 雪山
セーブデータ6 北海道 ホテル駐車場
セーブデータ7 北海道 京極家 蔵
セーブデータ7 へロードします
視界がスッと白くなり、渦を巻きながら俺は飲み込まれる。
放り出されたのは、同じ灰色の天井だった。
コオロギの声がヒリリリ、ヒリリリ、と聴こえる。
やはり、あの死神はユメと同じ能力を持っているのか。
だが、自動でロードした。
ユメと全く同じではないのか‥?
何も分からない。
とりあえず、状況の確認が先だ。
セーブデータ7だから、場所自体は変わっていない。
変わっているのは、「時間」だ。
メニューを開いて時刻を確認する。
19:03
確か、そうだ、サミットが行われて、俺が拉致監禁されて‥‥えーっと
俺は記憶を辿る。
そうだ、ユメのことが心配で蔵を破壊して脱獄し、オニに捕まった。キョウゴクと顔を合わせて、明日の武道会に出場することが決まり、仕方なく檻に戻ってどうするか、考えていたら、アサヒから電話が掛かって来た。
そして、明日特訓をしてくれる話になって、そこで選択肢が出て、俺はアサヒを選んだ。
その後、セーブが起きた。
つまり、一日戻ってる。
この後俺は寝てアサヒに会う事になる。
つまり、やり直せる!
百井家の家臣であるシバサキと、シロの友達であり、青山家の家臣であるクロを助けられる可能性がある!!
落ち着け。まずは何から行動すべきだ?
俺の力じゃ何も出来ない。誰かに協力を煽るしかない。
そうだ、ツクモなら絶対何とかしてくれる。最善の方法を教えてくれる筈だ。
流石にもう帰ってきている時間だろう。
メニューを開き、フレンド欄を確認したが、ツクモの名前は透過していて、ログアウトの表示がされていた。
「どうして帰ってこないんだ‥」
込み上げる不安を、俺は拳を作って握り潰した。




