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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
北海道編
42/65

京極家

 俺は両腕をロープで拘束されたまま、鬼と獅子の間に挟まれて連行される。

 京極家の構成員は多くて、みんなお面を被っているから百鬼夜行みたいになっている。


「どこに連れて行くつもりだ?」

 

 鬼にたずねてみるが、無視された。

 本当に腹が立つ。もう一度戦う事があったら絶対に倒す。


 獅子が野太い声で答える。


「京極家の本部だ」


 ツクモ、助けてくれるんだろうな‥

 たしかに俺は死なないけど、あんなアッサリ引き渡すのも酷く無いか?


 そう悲しく思っていると、後ろから口元をハンカチで塞がれた。

 あまりに急な事でビックリして息を吸ってしまった。

 妙に甘い花みたいな香りが気道を抜ける。

 

 クスリ?


 もがくが、鬼と獅子に抑えられて動けない。


「アグゥウ‥」


 アサヒは猛毒状態に出来るのが強みで、猛毒を解除できるのは自身しか居ないと言っていた。

 つまり睡眠や麻痺などは解除できる薬がある。それならば、逆に、睡眠や麻痺にする薬物は存在する可能性が‥‥


 俺は意識を失った。



ーーーーーーーーーー



 ふと目が覚めて、俺は思考が停止し掛けた。

 コンクリートの冷たい床。


 ここはどこだ?


 手足が動かない。

 足首をロープでぐるぐる巻きにされている。両腕は手錠が嵌まっているのか、手首の上から自由に動かせない。

 

 前方には鉄格子。左右後ろ天井は、床と同じ平らなコンクリートだ。


 拘束+鉄格子=牢獄?


 俺は収監されていた。

 深呼吸して記憶を辿る。

 京極家の本部に向かっていて、その途中で眠らされた。

 おそらく、ここが本部だろう。

 でも、正確な場所が分からない。

 そうか、アジトの場所の情報を漏らさない為に道中を眠らされたんだ。


 俺は寝返りを打ち、右腰の鞘を見て、ゾッと血の気が引いた。

 剣が無い。


「ユメ‥」


 転がって辺りを見るが、牢獄の中には何もない。


「ユメ!ユメ!」


 鉄格子の外を見るが、前方にも同じような牢屋があり、左右に続いている。全体は見えないが、悪いやつを収監しておく牢屋みたいな場所なのかもしれない。


 監視も居ない。

 俺は呼吸を整えた。


 そうだよな、みんなユメの能力を恐れているんだ。攻略を進められるのが嫌だから‥でも、そんな身勝手な理由でユメを誘拐するのは許せない。

 何か酷いテストとか受けてないよな‥平気で人を殺すような京極家だ。

 

 想像して苦しくなってくる。

 ユメが辛い記憶をフラッシュバックしてしまうかもしれない。

 取引か何だか知らないが、ユメだけは絶対に譲れない。


 いてもたっても居られず、俺はユメを探しに行くことにした。


 だが、どうする‥?

 

 脱出ゲームみたいに都合よく鍵が落ちていて棒で引き寄せる、なんて事も出来ないし、そもそも両手が拘束されているからメニューも開く事が出来ない。

 アイテムにも頼れない。


 ここは一体どうなっているのだろう。


 雨漏りがして、牢の端に小さな水溜まりが出来ている。その上には排水溝みたいなダクトがある。

 

 地下じゃない。

 

 俺は身体を捻って両手の枷を確認した。


 これは普通の枷じゃなくて、木製だ。


 水溜まりの上に両手を翳して反射させる。


 上下の板がくっ付いた形で、横の金具がドアでいうかすがいの役割を果たしている。

 この開閉する金具を壊せば、上下の板が外れるはずだ。


 よし。やってみよう。


 俺は拘束具の金具部分を、後ろの壁に思い切りぶつけた。

 ゴォン、という音と手首に痺れが走る。


 この世界は現実に忠実だ。物は壊れる。具体的な耐久値は見えなくても、データ内である以上数字は存在して、いつかは壊れる様になっている筈だ。


 俺は信じて壁に金具部分を当て続けた。

 赤いコードがだらだらと流れ出し、手首に激しい痛みが俺を襲うが、ユメを助けるなら、大したものじゃない。


 大事にするって約束したんだ。

 守らなきゃ。


 肩から腕を振って打ち付け続けていると、急にパチンと金具が弾けるようにして割れた。

 同時に二枚の木片もバラバラになって床に落ちる。


 よし。


 手が自由になり、俺はピアスに触れてメニューを出し、俺は少し冷静になった。


 流石にこのまま脱獄したら問題だよな。アサヒの身が危なくなるかもしれない。

 俺だけの問題じゃない。


 俺は一呼吸を置いて、考える。

 俺が気になるのはユメだ。別に脱獄がしたいって訳じゃ無い。ユメが無事か確かめたい。


 一度ツクモに相談するべきか?

 

 フレンドを開くが、名前が薄くなってログアウトした状態だった。


 アサヒに掛けてみるが、出ない。


 俺はシロに電話を掛けた。


 ー はい

 ー あ、シロ?

 ー うん。なんか大変な事になってるみたいだね。ツクモから聞いたよ


 シロが今どこにいて何をしているのか聞きたかったが、京極家の人間が、金具を壊した音を聞きつけているかもしれない。


 ー シロ、手短に相談したい事がある

 ー なに?


 ー 俺、今京極家の檻の中にいるんだけど、剣が抜き取られてて、ユメの居場所を知らないか?

 ー そんなの知らないよ

 ー そうだよな‥ユメが居なくて心配で、今すぐ会いに行きたい

 ー え、出てもどうしようも無いじゃん。京極の屋敷には仮面被った構成員がうじゃうじゃ居るよ


 年下のシロに諌められ、俺は頭を冷やした。

 そうだよな‥‥


 ー でも、何かされているかもしれない。京極家に俺、何回も殺されたんだ。心配だ。


 ー うーん。じゃあ取り敢えず、占ってあげよっか

 ー 頼む。遠距離でも出来るのか?

 ー うん。現時点か、明日か、漠然とした未来か、どれが良い?

 ー 未来について



 数秒後、シロが言った。



 ー 出たよ。『審判』の《逆位置》

 ー 意味は?

 ー 変化しない、抜け出せない、迷い、不決断


 ー シロから見てどう思う?


 ー うーん。この先っていうよりも、《現時点で既に何かから、抜け出せない状況》にある。


 ー え?どういう意味?

 ー イチはさ、ユメの能力で過去に戻れるって言ってたよね?

 ー うん

 ー 何処かで間違ったルート選んでない?それがどこだかは分かんないし、何を間違っていると定義しているのかは謎だけど、運命の分岐って奴があるはずだ


 ゾッとして鳥肌が立った。


 頭に浮かぶのは、ただ「やり直したくない」という想いだけだ。


 ー 今後変わることは無いのか?

 ー 十分にある。占いをした事によって、その人の行動が変わるからね

 ー ‥‥明日も占って欲しい


 ー いいよ。まぁ、少なくともその牢獄に居続けてもダメなのは確かだよ


 やっぱり、何か行動を起こさないといけないのか。


 ー 分かった。シロ、本当にありがとう

 ー 大したことじゃないし。じゃーね、ふぁいと


 ブチ、と通話が切れる。


 ユメの状態だけでも確認したい。

 

 俺は覚悟を決めてピアスに触れ、メニューを開く。アイテム欄から、回復薬の瓶を出して蓋を開けて飲み干す。腕の怪我で減っていたHPが回復した。


 さらに「バニーキャンディー(ブルーベリー味)を手に握り、時限爆弾一個を最短の5分に設定して檻の外に放り投げた。

 カンカン、と跳ねてコンクリートの上を転がり、10メートル程離れた場所に平たく倒れる。


 胸の内でカウントを始める。


 1.2.3‥‥


 4分を過ぎたところで、バニーキャンディーのブルーベリー味を口に放る。

 身体の上にうっすら青い光の膜が出来る。


 defence up ↑


 口の中でブルーベリーの風味が広がる。

 左上にあるHPバーの上に盾のマークが表示される。

 爆発したら直ぐに人が集まってくるだろう。まずは走ってこの場所から離れる。


 俺は頭を庇い壁側に身体を付けて待機した。


 57.58.59‥


 ピッ、という音がした後、爆弾が起爆する。激しい衝撃とコンクリートや鉄格子が砕ける音がして、俺は瓦礫と共に外へと吹き飛ばされた。

 HPは赤ゾーンで残っている。

 俺は直ぐに回復薬を飲み、闇夜の中を駆け出す。

 心臓がバクバクと脈を打つ。まずは建物の外観と、人の配置を確認して、気づかれないように侵入する。

 地面は少し湿っていて冷たい。草は綺麗に整えられて、庭みたいな場所にいたようだ。俺が居たのはおそらく屋敷の蔵だ。今は俺のせいで崩れて半壊しているが。


 気付かれないように屋敷の裏側に回り込み彼岸花の塊にしゃがんで身を隠した所だった。


 後ろから腕を掴まれた。


 鬼が居た。


「何処に行く」


 気配も全くしなかった。

 俺は唖然と鬼を見上げ、もがいた。


「離せ!」

「動くな」

「ユメは何処にいる!」

「さぁ」


 鬼がクスリと笑う。


「ユメを返せ!!」

「落ち着けよ」


 俺は設定されていたショートカットを右手を振って作動させ、スノーホーンの毛皮を巻き上げた。


 驚いて鬼が手を離す。


 その隙に、俺は全身全霊でアッパーを放った。


 critical!


 ダメージは微量だが、鬼の顎にクリーンヒットして、鬼はその場でたたらを踏んだ。

 同時に、面に下からヒビが入り、砕けて割れた。

 

 俺は息を呑む。


 普通に好青年だ。顔立ちも普通。

 色が白く、黒髪が整えられていて、清潔感がある。

 俺の思い描く、普通の大学生みたいな容姿をしている。

 水色のピアス‥‥「献身」

 

 こんな、ふつうの人間が‥‥

 

 俄にショックを受けていると、腹を膝蹴りされ、バキバキっと、肋骨の折れる音がした。

 俺は吐血して蹲った。

 HPがグンと減って赤のゾーンに入る。

 ヤバい。

 よく考えたら、ユメが離れていてロード出来るかも分からないんだ。今死んだらエスケープしてしまうかもしれない。


 そんな事にも気付かなかったなんて信じられない。ユメの事で視野が狭まっている。俺は馬鹿か。


 痛みに呻いた。

 焼け付く様に胸が痛い。動けない。

 冷静になろうとしても、冷や汗ばかりが吹き出て身体が震えた。

 実際に骨折した時の痛みと同じだ。

 リアルに再現されている。


 鬼は俺の胸ぐらを掴み、低い声で囁く。


「大人しくしろ。お前が脱獄したら俺の責任になる」


 俺は肺に力を込め、掠れた声で返す。


「‥‥そんなの知るか。看守居なかったぞ。お前の怠慢だろ」

「‥‥」

「ユメを返せ!」

「面倒くせぇな‥‥change」


 鬼は俺を離し、黒い羽織の胸元から銃を取り出し、両手で俺の額に銃口を当てた。


 そうだ


 《鬼の能力は敵の能力を盗むもの》


 絶対にコイツの前では能力は使えないんだ。

 絶望と不安で目の前が真っ暗になった時、俺は額から銃口を離された。


 顔を上げると、俺は、面を被った集団に包囲されていた。


 ゆっくりと奥から小面こおもて(女)の面が現れる。他とは違う蘇芳すおうの着物を着て、袴を地面ギリギリに揺らして俺の前に来た。


 キョウゴク。


 キョウゴクが鬼を見る。


「コイツの担当はお前だったな」

「‥‥はい」

「何故コイツがここにいる?」


 鬼はハンドガンをくるりと回して胸に仕舞い、代わりに煙草を取り出した。

 それをシャカシャカ、と鳴らして言う。


「‥休憩」

 

 サボっていただけのようだ。


 その時、キョウゴクが竹刀を振り翳し、鬼の頭をムチで打つように叩きつけた。それを何度も繰り返す。

 鬼は避けようとはせず、どんどんHPが減っていく。衝撃で鬼は地面に叩きつけられるが、容赦なく竹刀の攻撃が降り注ぎ、暴行を加え続ける。

 それを傍観するお面の人間達と、キョウゴクに猛烈に腹が立ってきて、俺は言った。


「そこまでしなくても良いだろ!たしかにコイツは仕事をサボったけど、体罰は良くない!」


 ピタリと竹刀の攻撃が止む。

 どっと笑いが起きた。


「何がおかしい?」


 キョウゴクが竹刀を掲げると、ピタリと笑いが収まった。

 キョウゴクは俺を見て言う。


「会議に参加しなかったくせに、京極家がお前を預かることに決まってから、青山と龍造寺で反発が酷くてな」


 青山家が東北地方

 龍造寺が中国と九州地方 


 アサヒの説明を思い出す。


 キョウゴクが言う。


「明後日、《北海道の大名を決める武道会》という儀式が開かれる。一位が北海道とお前を手に入れる」

「‥は!?‥どうして、そんな条件呑んだんだ?」

「カチコミをかけられたら、たまらんからな。百井と柊は理性があるが、青山と龍造寺に攻められてはどうしようもない」


 ヤクザの抗争、という感じか?


 キョウゴクは言う。


「それにアサヒの件はお前を手に入れる為に利用しようと思っただけで怒ってはいない。現実でも、俺の大切な上客だったからな」

「‥は?」

「知らんか」

「‥はい」


 キョウゴクは急に面を外した。


 老人、よりも若い。だが、間違いなくヒイラギよりも年上だ。

 顔の皺が多い。少し頬が弛んでいる。

 頬に大きな深い裂傷があった。

 禿頭とくとうが目を引く。

 恐ろしい風貌とは反対に、瞳だけは、何かを見通しているような澄んだ光を帯びている。

 

 緑色のピアス。誠実。


 分厚い乾いた唇が開く。


「京極家は、欠けた者が集まる場所だ。コイツは耳が無く、アサヒは四肢が無い」


 直ぐには、言っている意味が分からなかった。四肢が無い。

 つまり、障害を負っているのか。


 まさか、ここにいるお面を被った奴ら全員が‥‥?信じられない話だが、200人を維持しながら流動を繰り返していれば、集まる可能性はある。


 そしてその欠けた部分は、このメタバース内では補われ、分からなくなる。


 この世界を攻略したくない理由。

 手に入れた自由。帰れば失われる自由。

 明白だった。


「俺は義肢装具士だった。仕事がブラックで精神を患い、ここへ来たが、俺はアサヒの成長と共に義肢装具を何年間も作ってきた。幼い時から知っている。まさかここで再会するなんて思ってもみなかったが」

「‥‥」

「話を戻すが、お前もこの武道会に参加すれば良い」

「え、なんで」

「お前が一位になれば、お前が北海道の大名となり、誰のものでもなくなる。それをおおやけに示すことが出来る。力には絶対服従だ。誰もお前を手に入れられまい。お前のマニュアルにも手出し出来ない」


 なるほど。


「オニから手解きを受けたら良い。少しでも勝率を上げておけ」


 鬼は嫌そうにゆっくりと首肯した。

 俺はキョウゴクにたずねた。


「どうして俺にはまあまあ親切にするんだ?」

「お前は子供だからだ。そう聞いてくる時点でな」


 キョウゴクは踵を返し、野次馬の面を被った構成員もぞろぞろと撤収していった。

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