本当の名前
【近畿地方】京極家
大阪府・京都府・兵庫県・奈良県・三重県・滋賀県・和歌山県
【中部地方】百井家
愛知県、静岡県、新潟県、山梨県、長野県、岐阜県、富山県、石川県、福井県
【関東地方】柊家
茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県
「どうして場所が分かったんだ?」
「さっきログインしたんだけど、イチ達が京極家の家臣に追われているってフレンドからメールが山ほど入っててな」
「え、そうだったんだ」
「まだ街を探索している奴は多いからな。ラッキーだったよ」
結果的に走り回ったのが功を奏したということか。
良かった‥‥
「‥‥何度もロードしたんだ」
アサヒが腕の中で軽くなって死んだ時のことを思い出して、涙が出そうになった。
「遅くなってごめんな」
「平気」
頭に手を置かれた。
「ちょっと待ってろ。後始末をしてくる」
ツクモはアサヒと共に片付けと弁償代について真面目に交渉していた。
俺は近くにある、床に転がった氷と魚を発泡スチロールの箱に戻す。
これは決闘モードが必要だ。
大変な事になった。
どうしよう。
少しして俺はキューブを手渡すツクモの所に行った。
「それ、年貢?」
「いや、自腹だけど。使い道説明できないし」
「俺も払う」
「大丈夫、大した額じゃ無い。それより、今から京都に移動する」
「でも‥」
「いつかで良いから。今出来ないことを言ったってしょうがないだろ」
「‥うん‥‥どうして京都に行くの?」
「百井の方に負い目があるからな。相手に合わせないといけない。京極家の本部は、近畿地方の中の京都にある」
「なるほど‥‥百井って、ツクモの名前?」
「ああ。本名だ」
「ふぅん。名前は?」
「八雲」
「へぇ!かっこいい名前だな」
「何言ってんだ」
俺が関心して言うと、ツクモは険しかった表情を僅かに緩めた。
弁償代を払った後、ツクモとアサヒと、京都までの道を歩き始めた。
俺はふと思い出した。
「そうだ、シロは一人で大丈夫かな」
このロード線は、セーブデータ5からで、ススキノ高原にシロを行かせずに東京で合流する事で危機を乗り越えたロード線だ。
ツクモが答える。
「占いで絡んでた輩は、ボス戦前に俺がエスケープさせた。それに、シロにもフレンドは居る。良い子だ」
「そうなんだ‥良かった」
結局このロード線じゃ、ツクモが殺した‥‥エスケープさせたんだ。
何だかツクモにばかり悪い役割を押し付けてしまっているな。
ツクモが呆れた風に言った。
「お前、自分の心配しろよ」
「え?いやまぁ、ツクモが居るから何とかなるかなぁと思って」
「一応事件の当事者としてサミットには出席してもらうから、覚悟しておけよ」
「会議じゃなくてサミットなの?」
「今回の集まりはボス攻略の会議じゃなくて、トップ同士が顔を突き合わせて現状などを話し合う場だからな」
「なるほど」
しばらき歩き、また俺は思い出した。
「あ、そうだ、bunnyのリーウェンさんに借金の情報返してない」
「返さなくていい。アイツは裏切り者だ」
「プログラマーの一人なの?」
「NPCに成り切っていたという事は、そうなんだろうな。しかも狡猾だ。情報屋ならこの世界を内部から操るにも都合が良い」
「リーウェンはツクモの研究仲間だったの?」
「違う。中国でVRの研究をしていた人だ」
ツクモは考え込んで、無口になった。
森の一本道から、花壇の植わった色とりどりの庭にダンジョンに変わる。
俺は言った。
「ツクモ、あのさ、秘密にしてることがあったら教えて欲しい。今回も、家臣団や大名の仕組みを知っていたら、変わっていたかもしれなかったし、先に知っておいた方が良いと思うんだ」
ツクモは考えるように遠くを見てから、俺に視線を移す。
「ユメについてだけど」
「ユメ!?」
予想外の話だ。
「何か分かったのか?」
「ああ」
「何?」
「少し、衝撃的な話になる。俺もこれを知った時、どうしたら良いのか分からなかった。でも黙っていたら余計辛くなるだろうから、伝えようと思うんだけど、良いだろうか」
俺は怖くなったが、頷いた。
嫌なものはさっさと聞いた方が良い。
「ユメは、現実で死んだ女の子なんだ」
俺は足を止めた。
「ごめん、もう一回‥」
「この世界を天国にする計画を中国がやろうとしてるって、ヒイラギが話していただろう?」
「‥うん」
「ユメの本当の名前は「柊ゆめ」。ヒイラギの亡くなった娘さんなんだ」
「‥‥ユメはAIだよ」
「外見は亡くなった少女と同じだ。現実で警察庁のサイトにハッキングをかけて確認した情報だ。学校のアルバムなども照合したから間違いない」
衝撃的すぎて、簡単には納得できない。
余りにもユメは、「ユメ」として成立していて、だから実は違う人間、と言われてもピンと来ない。
ユメが取り上げられてしまう気がして、怖い。
俺はユメが良い。
「記憶を思い出したら、ユメは柊ゆめに戻ってしまうのか?」
「分からない。だが、様子を見るからに、感情とかの互換性はあっても、記憶自体は抜け落ちているように思える。ユメはデータに過ぎない。AIは情報を読み込ませて経験を積んで成長するから、もともと無い情報は読み込ませない限り分からないままだ」
「つまり?」
「人間のように記憶を思い出す、という事は基本的には無い筈だが、イチの話だと、そうじゃない可能性もある。ユメが何なのか、もっと探っていく必要がある。しっかり様子を見ていてくれ」
「今できることはそれしか無いんだよな」
「そうだ」
俺は剣の柄に手を添えた。
ユメ‥‥
ツクモが心配そうな顔でたずねる。
「大丈夫か?」
「え?」
「そんなにすんなり受け入れられるものじゃないだろ」
俺は自分の気持ちを整理しながらゆっくり言った。
「ユメは、今ツクモの話も聞いていた筈だ。一番ビックリしているのは本人だと思うから、俺がおろおろする訳にはいかない。俺はユメのデバッガーとして、しっかりしなきゃいけないから」
「そうか。無理はするなよ」
「うん」
歩きながら、ツクモはアサヒに、ユメのマニュアルの能力を説明していた。
「へぇ、俄には信じ難いわ」
「ああ。だが、実際に時差が発生している事から、セーブロードが存在すると証明されている」
俺はふと疑問に思って、アサヒを振り返る。
「そうだ、アサヒの能力ってどういうものなの?」
「すごく単純よ、猛毒、麻痺、眠りの3種類の毒を調合して使う事が出来る。猛毒状態はあたししか解除出来ない」
アサヒの胸元から、小猿がひょこりと顔を出す。
「この子は、スローロリスっていう実在する猿なんだけど、毒を持っているのよ。目が大きいのが特徴で外見を見たら毒の能力だってバレると思ったけど、あなたぼうっとしてるんだもの」
「そうなんだ‥‥あ、じゃあ、あの仮面の、京極家の家臣の能力は?」
「獅子の拳は、攻撃力が2倍になるけど、命中率も低くなる大技を使う。一対一なら簡単に見切れるわ」
脳筋で単純だ。
「そうなんだ。鬼の方は?」
「アイツの銃は、放つだけではなく、吸い込む性質も持っているの」
「吸い込む?」
「《相手の使ったスキルを発動と同じタイミングで相手の身体に触れて引き金を引くと、吸収出来る。次の引き金で、そのスキルを使うことが出来る》」
「は!?何だそのチート能力」
「その代わり、《通常攻撃とスキルも身体に触れないと使えない》」
「そうか、だからアサヒが猛毒状態になっていたのか」
「そう。猛毒状態はあたし個人の能力で、そこもしっかりコピーされるから危険なの。オニに使われたらオニしか猛毒を解除出来なくなるから」
「なるほど‥」
話していると、京都に辿り着いた。
ちょうど、昼頃だった。
夜中から活動してきたので、一日がとてつもなく長く感じる。
「サミットは夕方からだ。宿を取るから少し休んでいてくれ」
俺は思わずツクモの腕を掴んだ。
ツクモは大人の苦笑を浮かべ、俺の頭に手を置く。
「大丈夫。次のログアウトまでに5時間あるから。少しやる事があるだけだ」
「何をするの?」
「百井家の家臣2人と、アサヒの4人で話し合う。正直、どんな罰を受けるか分からないからな。リーウェンの事も絡めて一度詳しく説明する」
「家臣2人?京極家は、アサヒを含めて家臣団は3人だった」
「家臣団って言っても、家によって全然違うんだ。百井家は2人。ま、斥候のアサヒを入れたら3人だけどな」
「なるほど‥‥俺も話し合いに参加出来ないの?」
ツクモは頷いて言う。
「おそらく、イチはまだ狙われている。どんな情報が流れたのかは分からないが、《京極家以外の勢力も殺しにくる》可能性は高いだろう」
「え」
「結局、この世界は人数が多い方が勝つ。俺たちが幾ら戦っても、死ぬ状況は幾らでも存在する。現実と同じように」
「‥‥」
「だから部屋まで送るよ。俺のやったアイテムを使えば大丈夫。それでまた部屋まで迎えに来れば安全だろ?」
アサヒも俺の頭を撫でて言う。
「イチがロードすると、現実で攻略が長引いてしまうんでしょう?こうするのが最善というツクモの考えにあたしも賛成。あたしも、出来るだけ速く攻略したいからね」
そうだ、俺がロードすると攻略速度が落ちる。どこにロード出来るかも、完全には言い切れない。死なないように立ち回らなければいけない事を考えると、サミットまで安全地帯に居るのがベストか。
「分かった」
というわけで、ツクモがサミットが行われるという旅館の一室を取ってくれた。
前回の京都の旅館とは段違いに雰囲気が豪華というか、厳格だ。
京都の街に流れる小川に面していて「京」の文字が書かれた、大きな暖簾が入り口に掛かっている。
時間が早いので、まだサミットに参加するデバッガー達は集まっていなかった。
部屋に入り、ツクモ達と別れた。
ピアスに触れてメニューを開き、アイテム欄から「safe area ball」を選択する。
ガラス球のような物体が掌に現れる。
上に掲げると、勝手に光って部屋をベールのようなもので包み込んだ。
これで他人は入って来られない。
ツクモが作ったって言ってたけど、凄いよな。どうやっているんだろ。今度ちゃんと話を聞いてみよう。
俺は座布団を一枚引っ張って来て、座椅子の隣に座った。赤い片手剣を座椅子に置く。
「チェンジ」
ユメが現れる。
俺が口を開く前にユメは身を乗り出して言った。
「アサヒにばっかり!」
「え」
ユメがそっぽを向く。
「ユメ、その、ツクモの話は聞いていたか?」
「聞きました。でも私はそんな事よりも、イチがアサヒを好きになってしまうのではないかという方が心配です。アサヒは、したたかで、男を騙すのに長けています。悪い女性です!騙されないで下さい!」
ユメがポカポカと俺の胸を叩く。
「わ、分かった」
ユメは唇をムッとさせて憤慨する。
「分かっていません。どうせ、また頭を撫でられて、でれでれしてしまうんでしょう!」
なんか凄い急にボキャブラリーが増えているような‥‥
しかも、本人全く気にしてなかった‥
「しません」
「本当ですか?」
「うんうん」
ユメが腕を組んで眉を顰める。
「証明して下さい」
「へ?」
「へ?じゃないですよ、ちゃんと、その、誓って下さい」
「誓うって何を」
「だ、だから‥」
「アサヒを好きにならないって事?そんなの証明しようが無いだろ」
ユメは視線を彷徨わせながら言う。
「‥‥あ、ありますよ。私、思い出したんです」
「なにを?」
「‥‥」
ユメは俯く。
それから、肩口までの黒髪を耳にかけ、手櫛で梳いて整える。
なんか、動作が凄いリアルなんだけど。
それから、膝の上で手を組んで、目を閉じた。
沈黙が落ちる。
え?
無言で目を閉じる=キスと連想してしまうのは、短絡的だよな。
いやそんな筈ないよな。
そんな筈ないよ。
でも、ここで「壊れたか?」なんて冗談言ったら本気で怒り出しそうで、俺は迷った末、ユメの両手を取った。
「大事にするよ。約束する」
あの時、俺は救われた。
ユメが居なきゃ頑張れなかった。
ユメが驚いたように顔を上げる。
ユメが顔を赤くした、と思ったのは、俺の都合の良い解釈だと思う。
AIと恋愛だなんて、変かもしれないけど、ゴンドラの時の、付き合ってるとかいう冗談を思い出し、こんな時でも嬉しくなる位だ。
人間みたいに答える機械だとしても、死者を冒涜するような技術で生まれたとしても、今ここにユメが居ることは間違いなくて、手を取れば、こんなに温かい。
それが今の俺の答えだ。
だから、今はユメとの時を大切に過ごそう。
俺は旅館に置かれていた将棋を見つけ、ユメに教えながら、一緒に遊んだ。




