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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
4/65

セーブデータ1【京都】

 赤い大きな木造の橋が架かっている。

 手前では、梅の木の花びらがハラリと舞い落ちて、何処からか三味線を爪弾いた和を彷彿とさせる音楽が聴こえて来た。


 橋を渡ると、両脇に柳の木が生えた、時代劇の様な街並みが広がっていた。


 和装で(かつら)の人間が歩いている。

 瓦屋根の店が両隣に並び、飴や煎餅、布などが売られていて、見ようによっては、現代の京都の観光地のような雰囲気もある。

 

 全ての特色が微妙に混ざり合っているような感じで、奇妙だった。


 俺がキョロキョロ辺りを見ていると、人とぶつかってしまった。

 和服を着た女性が小さく頭を下げる。


「すみません」

「あ、こちらこそすみません」


 女性は下駄を鳴らして俺の隣をすり抜けて走っていく。


「…人間?」

「NPCだ」

「デバッガーと、どう見分けが付くんですか?」

「付かねぇな」

「え」

「高度なAIが機能している。違いは、殺してもレベルが上がらない位か」

「‥」

「チェンジ」


 トラの周囲を数字が周りだし、眩い光と共にトラは大きな鎌になる。

 ヒイラギは、鎌を背中のベルトに差し込むと、歩き出した。

 俺は黙ってヒイラギの後についていく。


 軒を連ねる店の路地を曲がった先に、左右が竹垣で覆われた小道が伸びていた。

 この世界が一体何なのか、好奇心が高まり始めたその時だった。


 周囲がモノクロになった。


 今まで鮮やかだった世界が、一瞬で色を失い、彫刻のように動かなくなった。

 目の前のヒイラギも止まっている。

 夕陽も、竹垣から覗く木々の影も、何もかも、ビクともしない。

 そして、俺自身も、動けなかった。


 世界が止まっている‥?


 やがて腰の鞘に差していた片手剣が震え、勝手に飛び出した。

 燃えるように紅く光り輝き、俺の目の前に、まるで対峙するかのように浮遊して停止する。

 剣は燃え、010101の数字の羅列を纏いながら、ユメに変化する。

 ユメは目を開ける。

 灰色の何も見通せない瞳。

 ユメは機械的な音声で俺に問いかけた。


《セーブしますか?》


 ユメの前に不可解なメッセージが現れる。


     セーブしますか?


     はい    いいえ



「‥‥セーブ?」


 嫌な予感がして、俺は手を動かさず、ただ様子を見た。

 だが、何も進まない。


 まさか、これがユメの能力?


 いずれにせよ、変な事はしないほうが良いだろう。

 そう判断し、俺は「いいえ」を押した。

 だが、「いいえ」は消えた。

 そして、ピコン、と軽快な電子音が鳴り、勝手に「はい」が選択される。



 セーブ1 18時30分  京都 竹垣の小道 

 


 ユメは目を閉じる。

 すると、剣に戻り、俺の手に収まった。

 モノクロの世界が、一瞬で色づく。

 俺が呆然と立っていると、ヒイラギが振り返り、言った。


「何をしてる、行くぞ」

「‥、あの、今‥時間が止まってませんでしたか?」


 ヒイラギは眉を上げる。


「あの‥‥マニュアルの能力でセーブとロードっていうの、ありますか?俺、さっきここでそれが表示されて‥世界がモノクロになって、時間が止まってるみたいな‥」


 ヒイラギは僅かな苛立ちを含ませた表情で、俺を見る。

 俺の言葉が意味不明なのは、そのリアクションで明白だった。俺は謝った。


「すみません」


 ヒイラギは歩き出す。

 しばらくして、「ろくろ首の宿」という木の看板が見えて来た。


 宿は、木造の二階建ての大きな旅館で、橙色の灯りが綺麗だった。

 ガラガラ、と扉を開くと、薄紅色の和服を着た女将さんが出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました」


 ぺこぺことお辞儀をしてくるので、俺も小さく頭を下げて返す。

 これもNPCなのだろうか。普通の人と変わらなさすぎて怖い。

 俺たちは旅館のカウンターまで行く。

 ヒイラギは女将さんに部屋を伝えると、カードキーを2個受け取った。

 その内の一つを投げ渡される。


「え、あ、ありがとうございます」


 ヒイラギは言う。


「19時から花の間で会議がある。参加は好きにすれば良い。案内は終わりだ」

「あ、はい。ありがとうございました」


 俺は頭を下げた。

 周囲を見ると、ロビーには多くの人間が集まっていた。

 学校の一クラス分より、少ないくらいだろうか。

 会議に参加する人間だろう。

 30代くらいの男性と女性達。男女比は9対1くらいだらうか。

 俺を睨むように見てくる者や、何も興味を示さない者。何かを面白がるように、好奇の視線を向けてくる人間もいる。


 違和感。

 漂う空気感は、「普通」ではない。

 言葉にするのは難しいが、近づいてはいけないようなオーラが漂っている。

 話をしたかったが、そんな勇気はまるで湧いて来なかった。


 彼等の視線を避けるように、俺は恐る恐る廊下の隅の方へ移動して、最奥にフードを被った、とても小柄な人間を見つけた。

 子供に違いない。

 何かを手に持っている。

 カード?

 俺の視線に気づいたのか、その人間はフードを脱いだ。


 女の子だ。


 ロングの白髪で、新雪のように白い肌をしている。吊り目で、グレイの瞳がハーフのような印象を受ける。大人っぽい顔立ちをしているが、おそらく10代前半、俺よりも歳下のような気がする。


 目が合うと、女の子は細い手をローブの合間から覗かせ、ひょいひょい、と俺に向かって手招きした。


 俺は女の子に近づいた。

 女の子は桃色の宝石のピアスをしていた。


「君は?」


 俺の言葉を遮るように、女の子は左手のカードの中から、一枚、カードを引き抜いた。中指と人差し指に挟んだそれを、俺に差し出す。


 タロットカード。


 ずいと顔の前に突き付けられ、受け取る。

 逆さだったので、俺は上下を戻して絵を観察した。

 男が棒を担いで歩いている。目の前には崖がある。

 下に文字がある。


 THE FOOL


「‥愚者?」

「これがボクのマニュアル」


 俺は驚いて問う。


「生き物じゃないの?」


 女の子は肩を竦めて笑った。


「マニュアルっていうのは、その人間が望んだモノなんだよ。君も選んだでしょう?」

「‥‥俺は、なんか解釈を間違えて「命」って選んじゃったんだ。それより、君も現実から来たの?」


 女の子はピタリと動きを止めた。


「変ね」

「え、何が?」

「初めの質問にそんな項目は無かったはず」


 女の子は軽く目を閉じた後、俺に言った。


「ちょっと付き合ってくれない?話をしたい。会議が始まるまで」

「あ、うん、こちらこそありがとう」


 暖炉近くに革張りのソファーとローテーブルがある。

 俺と女の子は横並びに座った。

 テーブルに置いてあるチェス盤を指差し、女の子は問う。


「やった事ある?」

「うん。AI相手だけど」

「やろう」

「え、あ、うん」


 チェスを始めながら、女の子はたずねて来た。


「まず、あなたについて話を聞きたい。名前は?」

「イチ。君は?」

「シロ。イチはどこから‥いや、いつ来た?」

「本当に、今さっき。ここに飛ばされて‥ツクモって人に会って、ツクモの伝手で、ヒイラギさんによって、ここに送られて来た」

「ふーん」


 その時、壁に設置されていた鳩時計が鳴った。

 等間隔に、ピッポ。ピッポ。と木の鳥が鳴く。

 七時だ。

 ふいに頭をよぎったのは、両親が仕事から帰って来る時間という事だった。

 俺はたずねた。


「現実に帰るにはどうしたら良いの?」


 シロは言った。


「帰れないよ」

「‥あの、もう一度」

「だから、帰れない。君は、現実に戻れないよ」


 その言葉を理解すると同時に、底知れない恐怖を感じた。

 シロの淡々とした態度も、それを助長させる。


「この出来事は現実であり、君は今、現実的に異世界にいる」

「現実的に‥異世界に‥?」


 俺は繰り返し、ハッとした。

 今朝テレビで見た事件について思い出した。


「‥‥行方不明者の‥事件‥」


 シロが笑う。


「デバッグの仕事を終わらせ、この世界を完成させなければ、ボクたちは帰れない。基本的には、ね」


 俺はシロの言葉を脳内で繰り返し再生した。


「基本的にはっていうのは、例外があるのか?!」


 シロは緩慢に口を開く。


「この世界を作っている《プログラマーと交渉》できれば、帰る事が出来るかもしれないよ」

「そのプログラマーは何処に居るんだ?」


 シロは駒を置き、勿体ぶって言う。


「さぁ〜?ボクも会ったことがないから分からないなぁ。けど、もっと簡単に現実に戻れる方法がある」

「教えてくれ」


 シロは手を広げ、駒を薙ぎ倒した。


「死ねばいい」

「‥は?」

「この世界で自殺すれば、君は現実に帰ることが出来る。ここでの記憶を全て忘れ、もう二度と、この世界に来る事は出来ないけどね」


 意味を理解するのに、数秒掛かった。

 自殺をすれば、帰れる?

 ここでの記憶を失う事など、正直どうでも良かった。

 行方不明者となり、家族を心配させている方が気掛かりだ。

 俺自身、こんな変な世界に居たくない。

 ここは異世界なんかじゃない。ゲームでも現実でも無い、『虚構』の何かだ。

 今、ようやくそれが分かった。


「怖いならボクが殺ってやろうか?」


 シロはタロットカードの一枚を引き抜いて、唱える。


変形チェンジ


 銀製の美しいロッドの先端が、俺の額に押し付けられた。


「どうして‥」

「ん?」

「シロは、どうしてここに居るの?帰らないの?」

「強いて言うなら、お金かな?ここでキューブを取ってプログラマーに売っていれば、一生食うに困らない金が稼げる。デバッガーとしてバグを回収するのは、仕事だよ」

「みんな、心配してるんじゃないの?家族とか‥‥きっと君を心配して、探しているよ」


 女の子だし、こんな小柄で‥

 シロはクスリと笑う。

 シロが顔を近づけて、首を傾げた。


「帰りたいの?」

「そりゃあ、みんなに迷惑がかかるし‥」


 シロは俺の耳元で囁いた。


「本当にそう?君の事なんて、誰も気にしてないんじゃない?」

「‥‥」

「こんな楽しい世界、帰る方が損だよ?もう二度と来られないんだよ?」


 俺はふと、疑問を口にした。


「‥‥どうしてツクモは俺を助けたんだろう」

「良い目の付け所だね」


 シロは足を組み、可愛らしい声で言う。


「ここに来る人間は、現実に《帰れない》人間が多い。君に選択権を与えたんだと思うよ」

「現実に帰れない?死ねば帰れるんでしょ?」

「君は帰りたいって言いながら、心の何処かで帰るのを躊躇しているでしょ?それと同じだよ」

「‥‥」

「さて、そろそろボクは行く」


 立ち上がろうとするシロを、思わず引き留めた。


「ま、待って」

「何?」

「‥‥いや」


 シロも心細いのかと思っていた。

 だが違った。

 それは明白だ。


「会議に参加してみたら?ボクが嘘を言っているかもしれないんだから。自分で見聞きした事を信じた方が良い」

「‥分かった。ありがとう」


 シロはウィンクして、その場を離れた。

 帰れない人間‥

 俺は納得した。

 彼等の纏う荒んだ雰囲気が一致している。

 それもそのはず、現実逃避している人間が集まっているのだ。現実に生きられない、社会から外れた人間‥‥

 現実へ帰っても居場所が無い人間。

 同時に理解した。

 俺もその一人、《帰れない》人間なのだろう。

 俺は首を振り、呟いた。


「俺は帰りたい」

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