アサヒと小猿
身体を覆っていた光が散り、ふわっと重力を感じると、新たな世界に転送される。
俺は顔を上げ、眼前に広がる壮大な景色に息を呑んだ。
切り立った巨大な崖だ。そこから滝が流れている。激しい水飛沫を上げながら、岩場にぶち当たってザァァアアーと鼓膜の奥まで揺らす様な音を立てている。
森を切り拓いた崖は、様々な植物が混ざり、油絵で描いたように鮮やかで美しい。
あまり考えていなかったが、今は秋なのだろう。
視界にゆっくりと文字が降りてくる。
ー 層雲峡 ー
「そううんきょう、って読み方?」
「そう。観光地としても有名なのよ」
「へぇ」
滝が大きすぎて、距離感が掴めなかったが、少し遠い。
「あの滝、怪しいわね、行ってみましょう」
「おう」
道は小石で出来ている。
進むたびに、ジャリジャリ、と音を立てる。空気が澄んでいて、脳味噌がシュッと引き締まる感じがする。
マイナスイオンが全身を包み込む。
知らない鳥の声がする。
俺は思わず言った。
「気持ち良いなぁ」
アサヒは頷く。
「うん。北海道にいるなんて、夢みたい」
「北海道好きなの?」
「好きっていうか、一度行ってみたかったの。現実じゃ行った事が無いし、この先もずっと、行けないだろうって思っていたから」
アサヒは一体現実でどんな問題を抱えていたのだろう。
普通に見えるけど‥‥
アサヒが辺りを見ながら言った。
「バグが全然居ないわね、もうここら一帯は狩り尽くしちゃったのかしら」
「え?狩り尽くす?昨日の今日で?」
「あたしの他にもソロは居るし、ここのは赤バグも多かったんじゃないかしら。稼ぎたいデバッガーは青バグには興味ないしね」
「そんなにソロが居るのか?」
「ええ。ボス討伐に参加する方が珍しいのよ。ヒイラギの口八丁手八丁に乗せられててちょっと可哀想」
たしかに、あの時は達成感で麻痺してたけど、結局、命懸けて赤キューブ3つって渋いよな‥‥
滝の直前まで来て、アサヒが滝を指差した。
「あ!あの場所、なんだか怪しく無い?」
「え、どれ?」
「ほら、滝のすぐ横、洞窟みたいな穴があるわ!」
「あ、本当だ」
「行くしか無いわね」
「‥え?崖にあるけど」
「崖を登るのよ!こんな事もあろうかと、色々用意してきたんだから」
アサヒは腰のポーチから木片と縄で繋がれた梯子と、金具のカラビナを取り出す。
「いや、でも、危ないよ。他に方法が‥」
「大丈夫、あたしソロでそこそこ強いんだから。任せてよ」
アサヒのベストの胸元から、橙色の小さな毛玉が出てきて、アサヒは道具を渡していく。
それは身軽に崖を登っていき、崖から生える草木の枝などに大量のカラビナを引っ掛けていく。
木とロープで出来た梯子が吊るされた。
崖に生える植物は案外太くてしっかりしているし、力が分散されて、何とかなりそうな気がする。たぶん。
橙色の小さな毛玉は、器用に崖を降りてきて、アサヒの胸の中へ隠れた。
「猿?にしては凄く小さいけど」
一瞬しか見えなかったが、目も丸くて大きくて、ぬいぐるみみたいだった。現実に居ない種類の猿なのかな。
「可愛いでしょ。優秀なのよ。動き回る動作は得意じゃないんだけどね」
アサヒは俺をじっと見る。
「ん?どうした?」
「いいえ、何でも無いわ。さぁ、登りましょう」
滝の横を梯子で登るのは、怖かった。水飛沫が凄いし、音もデカいし、色々と最悪だ。
ただの草木に引っ掛けてるだけというのも恐ろしい。
死ぬ気で登って行くと、途中で洞窟があり、梯子の裏に回ってから、洞窟にゆっくりと降り立った。
「本当にここで合ってるの?」
「行ってみなきゃ分からないわ」
暗い道を進んでいくと、大きく開けた空間に出た。
「おお、当たりっぽくない?」
奥に大きな青銅の二枚扉がある。
更に、左右に石碑のようなものが立っている。
「お、これ、あたし仕組みを知ってる。そっちの石碑に立って、丸い窪みに手を置いてみてよ」
俺は言われた通り、右側の石碑に移動する。床に魔法陣みたいな模様があり、その上に乗って、石碑に刻まれた円に手のひらを付けた。
アサヒが反対側で同じ事をする。
ガコン、と大きな音が響き、土煙を上げながら青銅の二枚扉が開いた。
アサヒがサッサと中に入り、宝箱を抱えた。
アサヒが笑顔で俺に言う。
「良かった。実は道は把握していたのよ。どうやらもう一人人数が必要だって分かってさ。大助かり。ありがと」
「‥‥?」
「ふふ、じゃ、お宝は貰っていくから。お宝は一つだけらしいから、あなたの分は最初から無いわ」
「え」
「ごめんなさいね」
アサヒがウインクする。
「ちょ、な、なんで。じゃんけんとか‥」
アサヒは俺に駆け寄ると、素早く足払いを掛けてきた。俺はなすすべなく、地面に尻餅をつく。
アサヒは、丸めた地図でパコンと俺の頭を叩いて言った。
「ばーーーーーーか」
アサヒは小さく舌を出してあっかんべーすると、ふふふ、と楽しげに笑って、颯爽と洞窟を出て行く。
「‥‥うそだろ」
つまり、俺は仕掛けを解くためだけに都合良く利用された訳だ。
ユメが人になって現れ、拳を振って憤る。
「許せません!」
「ああ。ぜってー取り返すぞ!」
「はいっ!!」
猛烈に腹が立ってきた。
俺はユメと拳をぶつけ合い、ユメを剣に変えてから、アサヒの後を追った。




