共通点と温泉
もわっとした熱気のこもった空気が、全身を包み込む。
俺はボス戦の終わった後の、マグマが引いた黒い土の上に立っていた。
マグマ溜まりの跡地に、ロード出来た。
向かい合っていたユメが、きょとん、と目を丸くして俺を見る。
「‥ユメ、良くやった!!」
ユメは首を傾げる。
ショートカットの黒髪が揺れる。
俺はユメを抱き締めた。
「行きたいロードを選択出来たんだ!ユメ!ありがとう!」
腕を離すと、今度はユメが飛び付いてきた。
「わーい!!」
デバッガー達が俺たちを見ている。
みんな口元を緩めて、笑っていた。
たぶん、ボスに勝ってはしゃいでいる図、に見えるのだろう。
周囲を見たが、ツクモは居ない。
辻褄合わせの法則で、ログアウトしている時はツクモの姿が消える。
俺はまずシロに駆け寄った。
「‥ツクモがいない‥」
辺りをキョロキョロ見回すシロに、俺は小声で説明した。
「シロ、この前、俺のマニュアルがセーブとロードが出来るって話しただろ?ツクモがログアウトしている時は、こっちの世界でツクモは消える。ログインしたら、戻ってくる」
「え、そうなの?」
「うん。だから心配は要らないよ。フレンドのところ、見てみて、灰色になってるでしょ」
「本当だ。ログアウト扱いだ」
シロは汗で乱れた白髪の前髪を掻き上げ、俺を見る。
「ちゃんと来る?」
「うん。向こうでご飯食べてリハビリしたら、またログインするって」
「そっか」
シロが少し寂しそうな顔をして、俺は困ったが、ユメが駆け寄り、シロの手を握った。
「大丈夫です。なにも心配はありません」
急にユメに手を握られて、シロは動揺しながら唇を尖らせて言う。
「‥‥分かってる。心配なんか、ボクしてないもん」
「そうですか?表情から、寂しい、不安などという感情が読み取れましたが‥」
「そ、そんな事思ってない!」
「‥‥」
ユメは首を傾げたあと、目を細めて笑い、頷いた。
「そういうことに、しておきます」
「は!?生意気でウザい。イチ、コイツ武器化して!」
ユメがふるふると頭を振って俺を見る。
「イヤです!」
二人のやり取りを見ながら、俺は安堵のため息をつく。二人が無事で本当に良かった。
その時、ゴゴゴゴ、と音がして、マグマ溜まりの洞窟の壁に、土煙を上げながら、巨大な扉が出現した。
歓声が上がる。
扉が軋みながら、ゆっくりと開く。
次の世界へ‥
みんなが扉の前に集まる。
自然と列が出来、ヒイラギが山分けした報酬を順々に渡して、扉の先へ、進んで行く。
俺もヒイラギから報酬を受け取り、慌てて腕で抱えるようにして持った。
赤キューブ3個と、青キューブ7個。
100人を30人で割ると、3.3。4個おまけをつけているなら、ヒイラギの自腹になる。
「4個多いよ」
「みんなそうだ」
「‥‥」
「皆、それくらいの働きをしてくれた。ボスは一人じゃ倒せない」
とりあえず礼を言った。
「ありがとう」
ヒイラギが俺を見て、微かに笑む。
「良い動きだった。これからも頑張ってくれ」
これは、柊の表の人格だろうか。
シロが腕を引っ張る。
「早く行こうよ」
「ああ」
扉の先に踏み込むと、青白い光が視界を覆った。
ふわふわとした浮遊感。
その後、水の中に落とされたような、冷たい感覚が全身を覆う。
目を開けると、そこは、しんしんと雪が降る、白く染まった街だった。
オルゴールの可憐で少し儚いBGMが、俺の心をそっと柔らかいもので包んでいく。
ここまで戦い、辿り着いて良かった。
多分、みんなそう感じていた。
みんな空を見上げて、雪を受け止めるように両手を開いている。
ゆっくりと黒い文字が降りてくる。
ー 北海道 ー
ユメが呟くように言う。
「‥‥綺麗です」
「そうだな。北海道なんて、初めて来た」
シロもしゃがんで、真っ白な新雪を両手で掬って、上に放り投げ、黄色い声を上げた。
楽しそうだ。
目が合う。
シロはコホン、と典型的な誤魔化しをして、俺に言った。
「旅館か普通の宿かホテル、どれにする?」
「え?」
「どっか拠点は必要じゃん。最前線が一番レベリングの効率良いし、明日からはまた攻略の日々なんだから。金に余裕もあるし」
「そっか!えーっと、じゃあホテル。行った事無いし」
シロの手から、タロットカードが一枚飛び出て、一定の角度で浮遊したまま停止した。
「北か。走るよ」
「何その機能」
「もう一つのパッシブスキルだよ。誰にも言わないでよ?」
「うん」
「『ダウジング』っていうんだ。行きたい場所とか会いたい人の方向が分かる」
「へぇ!パッシブスキルが複数あるんだ」
「多分だけど、他の人も複数持っているんじゃないかな?」
「そうなの?」
「うん。みんな言ってないだけ」
遅れて走ってくるユメを待っていると、シロがたずねてきた。
「っていうか、ユメってセーブとロードはアクティブスキルの扱いなの?」
「たぶん‥」
「なら、パッシブスキルもあるんじゃない?」
それは目から鱗だった。
「確かに!」
「鍛えたら?確実にチートなスキルでしょ」
「そうだな。アドバイスありがとう」
「うん」
振り向くと、追い付いたユメが、ふぅと息をついて膝に手を置く。
嘘だろ。この距離でバテるか?
雪の街を堪能したいかと思って、人にしていたけど、これはお荷物だ。
「チェンジ」
ユメが剣に代わり、俺は腰の鞘に収める。
ちょっとずつ頑張るしか無い。
途中で札幌駅があった。駅を横目に街の大通りを走っていくと、大きな建物があった。
少し低いビルを二つ繋げた感じの外装をしている。
門が構えてあって、ロータリーがある。車が入ってちょうどホテルの従業員が客の荷物を受け取っていた。
どこからどう見てもホテルだ。
少し緊張しながら、シロと二人で自動ドアをくぐってエントランスへ入る。
赤い真紅の絨毯が敷かれている。
上には巨大なシャンデリア。
高級そうなホテルのエントランスで、受付をする。
よく考えたらいつも両親の後ろにくっ付いているだけだったので、何も分からない。
代わりにシロが慣れた風に答えてくれる。
「とりあえず一泊。朝食付きで。二部屋」
カードキーを受け取る。
「泊まれたのラッキーだよ。NPCが混んでて、当日の部屋は、5部屋しか空いてないみたいだった」
「マジか」
「うん」
「それで、シロ、俺、今からレベル上げてこようと思うんだけど‥」
「え?今から?」
「うん。時間が無いし」
シロは俺に向き合い、首を振った。
「ツクモがログインするまで待った方が良い。イチのレベルじゃそこら辺の雑魚でも普通に死ぬ可能性が高い」
「でも‥」
「地方を最初に攻略する時は、敵が初見だから危険が高い。パーティーを組んで戦うのが決まりだよ。結局、みんなにとってデバッガーがエスケープするのはデメリットでしかない。だから決まりは守らなきゃダメ」
「‥分かった」
シロがつま先たちして、俺の肩を叩く。
「焦っちゃダメ。焦ったら死ぬよ。ツクモが必ず助けてくれるから待とう」
俺は少し落ち着いた。
「‥‥そうだな。ごめん」
一時間もしたら、ツクモは帰ってくるだろう。
「気にしないで。じゃあ部屋行って休憩しよ」
「うん」
どっちが年上か分からないな。
エレベーターを使って9階へ上がる。廊下を進み、902の部屋の前で、カードキーをドアノブの差し込み口に入れると、カチ、と音がしてドアが開く。
中にはベッドが一つ、木の椅子と丸いサイドテーブル。テレビとティーカップと、歯ブラシなどが入ったアメニティーグッズが置かれていた。
仕方なく、俺はベッドに転がった。
急がば回れだ。
「チェンジ」
剣がユメに変わる。
ユメも隣に転がって、大あくびをする。
それを見ていると急速に眠気が襲ってきて、俺たちは、いつの間にか眠ってしまっていた。
頬に感触を覚え、俺は目を覚ました。
巨大な黒い猫目が覗き込む。
「うわっ!」
「イチ、私、お腹がすきました」
くぅー、とユメのお腹が鳴っている。
時刻を確認すると、もう18時だった。
ヤバい、爆睡した。
これまで寝ていなかったせいか?
しかも、俺までお腹がすいてきた。
そうだ、ツクモは?
ピアスに触れてメニューを開き、フレンドを見る。ツクモの名前が濃いから、ログインはしているようだけど。
俺は試しに電話を掛けてみた。
普通の通話と同じように、プルルル、プルルル、というコールの後、繋がった。
「なに?」
「何してるの?」
「マッピング。+(プラス)お前のために安全でレベル上げに効率の良い場所を探してる。夜中の12時に出発するから、それまで休息をとれ」
「え」
「お前の今やるべき事はとにかく休む事だ。
寝なくても動けるけど、睡眠を取らないとデータ脳の中でも神経伝達物質が減る扱いになって動きが鈍る。致命的だ。だから休んで寝溜めしろ」
「分かった」
「忙しいから切るぞ」
切られた。
仕方なく、一度部屋を出て、ホテルの隣のコンビニで、オムライス弁当とツナおにぎり、納豆巻きと卵サンドイッチと、スナック菓子を買って部屋に戻った。
賞味期限は無いから、少し多めに買っておいた。
そういえば、ロードしたのに何故かアイテムの容量が「バニーキャンディー」でいっぱいになっていた。
《ロードしても持ち物は共有される》という法則は、今後大きなアドバンテージになるだろう。
買ったものが入り切らなくて、普通にユメと手で抱えて持ち帰った。
全部で青キューブ2個で足りた。
ご飯を食べ、二人でポットで紅茶を飲んでから、少し休憩した。
「風呂でも入るか」
俺が言うと、ユメが元気よく頷いた。
「はい!」
コンビニでご飯を買いに行く途中、エントランスの端の廊下で、お風呂のマークのついた暖簾を遠くに見かけた。
せっかくなので、大浴場へ向かう。
ちょっとドキドキする。
しかし、その場所にはいつの赤と紺の慣れ親しんだ暖簾が無かった。
「‥あれ?‥男湯と女湯の仕切りが無いんだけど。場所ここで合ってるかな」
ユメが言う。
「ここのホテルは、混浴です」
「‥‥まじ?」
「はい。そう設定されています」
「じゃあ、ユメ先に入ってきていいよ。俺‥」
ユメが俺の腕を掴んで言った。
「私、お風呂入りたいですが、誰かイチ以外の男性がいた場合、すごく困ります。なので、私はイチと一緒に入りたいです。一緒に入ってくれますか?」
上目で俺を見つめる。
「‥いいけど」
「守って下さい!」
「任されました」
流石に脱衣所は区切られている。
ガラガラ、と扉を開けて驚いた。
「おぉ‥」
屋外だ。
竹垣で囲まれた、石作りの広い露天風呂で、もうもうと湯気が上がっている。
先客がいる。
あ。
攻略で一緒になった男のデバッガーだ。
会釈して挨拶するが、無視された。
俺は外側から、見えにくい場所を探した。
待っていると、ユメがタオルで雑に身体を隠しながらやって来た。
もう外は暗くて、ユメの周りだけ、白く発光している気がした。
妖精みたいで、ユメの身体は何度見ても綺麗だった。
「付いてきて」
「あ、はい」
「ここなら端っこだし、岩に隠れてるし、心配ないでしょ」
ユメがニコリと笑って、俺の隣に座る。
「イチ、ありがとうございます」
「いいえ」
「あー、良い湯」
この幸福感が身体中にじんわりと染み渡る感触は、格別だ。
少しして、男のデバッガーは去っていった。
一度湯船から出て身体を洗い、また温泉に浸かっていると、ガラガラガラ、と扉が開いた音がして、俺は振り返り、ギョッとした。
シロだ。
ペアペタペタ、と軽い足音の後、ガガ、と椅子を引きずり、豪快にシャワーを浴びている。
もう出るか?
いや、ドアまで遠いし、動いたらバレる。
あと気を使いたく無い。
俺はまだ入っていたい。
シロが湯船に飛び込み、色々な場所を散策し始め、岩の影から出られなくなった。
終わった。
シロと目が合う。
「キャー!!!!」
俺は思い切り頭をぶたれて湯船に沈んだ。
「なんで入ってるの?」
「いやここ風呂だし」
ユメがニコニコして、シロに肩を寄せて座った。
「しかも、わざわざ人のマニュアルにして!やらしい!ユメ、こっち来な!」
シロがユメを抱き締めて引っ張る。
シロの腕がユメの胸に抑えられ、ユメの双丘が、ふっくらと盛り上がる。
何だこれ、エロい。
「やだ見ないでよ!!変態!!」
シロに蹴飛ばされて、俺は再び湯船に溺れた。
俺は仕方なく、背を向けて湯に浸かった。
わざわざ出たく無い。
混浴なんだから男が遠慮する必要は無いんだ。
俺は出ないぞ。
「ねぇー、その傷なに?」
ちょん、と脇腹を突っつかれて、俺は驚いて湯船に沈んだ。
「アハハ!」「ふふふ」
シロとユメが顔を見合わせて笑っている。
「‥おい」
傷?
ふと、脇腹を見ると、確かに傷があった。
「ああ、盲腸のときのやつだよ。半年前に手術したんだ」
あれ?
でも、今は傷は治って見えないはずなのに、ここじゃまだハッキリ見えているな。
「現実じゃ治ってるのに‥」
「あ!イチもそうなんだ!ボクも同じで火傷の傷が酷いんだよ。現実じゃもっとマシな所まで治ってるんだけど」
ほら、とシロは岩の上に座って身体に巻いたタオルの端を捲る。
太腿のあたりが赤く腫れて‥少しグロい感じになっていた。
「いひひ、怖い?」
「そんな事ないよ。でも痛くない?大丈夫?」
「うん。全然。てか、この世界は風邪も無いし、怪我も無い。その時HPが減るだけだし」
シロは湯船に浸かって言う。
「ツクモも変だよね、最初から子供に戻ってたらしいし。なんか外見がこの世界に来た時ピッタリじゃ無いんだよ」
「たしかに」
言われてみればその通りだ。
他のデバッガーはどうなんだろう。
「その火傷は何年前?」
「今から4年前。この世界に来るちょうど1年前くらい」
「‥俺は半年だ。時間じゃないのかな」
シロが言う。
「盲腸って手術する?」
「うん」
「ボクも手術した。ツクモも入院してる」
俺とシロは顔を見合わせた。
「病院に関係があるのか?」
「もしかして、誘拐事件の被害者の共通点なのかも」
「これだけで決めるのは早とちりかもしれない。あとでツクモに話してみよう」
「うん」
何か大きなキーワードな気がした。




