味方
ログインすると、シロからメールが入っていた。
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from シロ
なんか物騒でさ。今イチから相談受けてた。
ミントの洞窟でレベル上げするって。
そんで、1時から、イチはヒイラギに会いに行くみたいだよ?一応様子見ておいたら?
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「‥‥マジかよ」
メニューを開き、フレンドからイチを選択して電話を掛けようとしたが、出ない。
現在時刻は1時15分。
ログアウトした後、しばらくして発熱と痛みが発生した。
俺の症状は悪化の一途を辿っており、癌患者の7割が経験する激痛の症状が出ている。
腫瘍が内臓や骨を蝕んで、神経を刺激し続ける地獄が続き、俺は発狂した。
神経ブロック剤と睡眠剤を打たれたので、強制的に眠ってしまい、ログインが遅くなってしまった。
俺はイチを探してミントの洞窟付近まで走ったが、見つからず、シロに詳しく話を聞こうと山小屋に戻ってきた。
その時、アモルがニン、と鳴いて振り返った。
蒼い波形が二つの人型を映し出す。
「山小屋にいるのか」
小屋の西側、壁際の物置小屋にいるようだ。
誰にも明かしていないが、猫のアモルは、サーチだけでなく、「聴覚視覚の共有」も出来る。
「アモル、中に入って様子を見てくれ」
アモルは尻尾を揺らして無言で返事をすると、磨りガラスの扉の隙間から体を滑り込ませて中に入っていった。
カウンター横の廊下を軽やかに走り抜け、物置小屋まで静かにダッシュする。
アモルが扉の影に隠れて中を覗きこむ。
イチとヒイラギが対面して話をしていた。
『柊ヒイラギはとっくに死んでる。俺は、AIと、柊の複製されたデータ脳がくっ付いて出来た【死に損ない】だ』
そこから語られるのは、衝撃の事実だった。
天国を作る‥なんて魅力的で、傲慢な、研究だろう。中国に寝返る研究者がいる気持ちも、よく理解出来た。
あらかたヒイラギの事を聞くと、今度はイチは、別の方へ話を持って行こうとした。
「俺はお前の事を信じるよ。だから、ツクモの事も信じてあげて欲しいんだ」
「馬鹿馬鹿しい。アイツの夢に俺は関係ない。それに、お前たちはツクモが、はじまりの街の人間に優しくしているって言うけどな、彼らのバックグラウンドを聞き出して、現実でそれを確認したいだけだ。アイツは打算の権化だ」
「でも、絶対にそれだけじゃないよ。ツクモは優しいし、誠実で、だからシロの事も凄く悩んでた。俺にもおにぎりとかサンドイッチとか、くれたりしたし、助けてくれたし、自分のことで精一杯のはずなのに、みんなの事を気にしてる、優しい奴なんだ!」
聞いているこっちが恥ずかしい。
ヒイラギが鼻で笑い、立ち上がって言った。
「change」
トラを鎌に変えた。
ヤバい。
俺は即座に扉を開け、山小屋に入った。
イチが殺されてロードするのは絶対に避けたい。いつ死ぬか分からない俺にとって、ロードは大きなロスタイムだ。
俺は廊下を走り、物置部屋へ飛び込んだ。
「change」
アモルがレイピアに変わって俺の手に飛び込んで来る。
ちょうどヒイラギが、イチに向かって鎌を振り下ろした瞬間だった。
俺はヒイラギの鎌の間に割り入った。
ガキン、と激しい重い衝撃と共に火花が散る。
ヒイラギが片眉を上げて言う。
「ログインが遅かったな。お前が居ない隙にコイツを殺してやろうかと思っていたぞ」
床に転がったイチが訊いてきた。
「‥‥フレンドなの?」
「仕事上便利だから仕方なくだ」
ヒイラギが肩を竦めて俺に言う。
「遅くなったのは、体調が理由か?可哀想にな、若いのに」
腹が立ったが、俺は冷静に問うた。
「俺のその情報は、どうやって知ったんだ?」
ヒイラギは言う。
「俺は《世界》を通して知った。お前も覚えがあるだろう?白い文字でたまに話しかけしてくる奴だよ」
確かに覚えがある。
アレが何なのか、誰に聞いても分からなかったが、世界、とは何なのか。
「世界、と呼ばれているのか?プログラマーじゃないのか?」
「さぁな。そこまでは知らないが、俺はイチが富士山からやって来る事も、それで知ったんだ」
俺は息を呑んだ。
そうか、確かにプログラマー側ならば誰がどこに出現するのか分かるし、出現させる事も出来る。
ヒイラギは目を閉じて言う。
「大いなる意志は存在する‥‥」
まるで神に祈っているかのようだ。
ヒイラギは目を開け、手を開いて言った。
「【日本】か【中国】か【世界】か、味方を選ぶなら、俺は【世界】を選択する。俺はそう決めた」
「世界って、何だよ。どうしてプログラマーだと解釈しない?」
「19世紀に作られた、とあるSF映画がある。人工知能を搭載したコンピュータと人間が宇宙船に乗って木星へ探査する話だ」
意味がわからないが、とりあえず話を聞いた。
「もともと、木星の調査ではなく別の物を調査するための航海だったが、AIは木星に着くまでその事を乗組員に教えてはいけないと指示される」
「だが、AIは嘘をつかないようにもプログラムされていたため、混乱し、疑問を船長に呈するようになり、AIの異常を感じた乗組員は、AIを停止させようと決めるが、それを察知したAIが、それを阻止する為に人間を殺してしまう」
「AIはプログラムされた事しか出来ない。だが、そう断言できる証拠は無い。俺は世界をプログラムしていないし、どういう指示をしているのかも、分からない。ならばあり得る事だろう」
俺は考えた。
例えば‥‥大量の人間のデータ脳を同期させて、記憶や思考、行動を読み込ませているならば、それは確かに凄まじい量の教師データとなり、AIを成長させるだろう。
人工知能は読み込ませる情報が多ければ多いほど成長し、対応できる様になる。
メタバース計画の時は、まだ俺を含めて10人しか被験者は居なかった。サーバーを確保するのには莫大な資金も掛かるため、まずは再現力を上げるのが先決だったのだ。
「‥けど、俺のことは知らないだろ。ふつうに考えて人間だ」
ヒイラギが肩を竦める。
「お前のデータ脳は、現実の記憶を上書きしてログインしている。記憶が繋がっているだろう」
「‥‥そこから分かるというのか?」
ヒイラギは答えず、踵を返した。
「明日のボス戦、期待しているぞ」
「待て」
ヒイラギは大きな光の輪を取り出し、頭を潜らせ、足元までストン、と落とした。頭から足先まで、透明になり、消える。
瞬間移動のアイテムを使い、ヒイラギは消えた。
イチがたずねてくる。
「何?あのアイテム」
「テレポートリング。最後に行った街に一瞬で行ける」
「へぇ」
「まだ隠していることはありそうだな。結局アイツがログアウトしているのかも話していない」
「でもヒイラギは嘘はつかないし、死んでるって言ってるし」
「嘘を付かないのは柊の話だろ。要するに中国産のデータ脳の技術で上手く脳が作れず、柊の人格が上手く統合しなかった。善の人格と、家族を復活させたい自らの欲望を優先する悪の人格。AIで繋ぎ合わせたが、現実の柊とは正反対の柊が生まれてしまった。最低限の善は守れるが、今は後者が大きくなってしまっている」
そう、普段は抑えられていたが、追い詰められた結果、被疑者家族を皆殺しにしたヤバい人格は、そいつなのだから。
俺は真実を伝えるか迷い、止めた。
代わりに言う。
「俺はヒイラギを排除したりはしないよ。ヒイラギが今はもう警察じゃないって分かったし、攻略を続ける以上、俺も味方だ。争わない」
俺がそう言ってやると、イチは泣き笑い、みたいな表情で頷いた。




