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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
29/65

天国

 俺はたずねた。


「データ脳って何?」

「この世界がメタバースである事は知っているか?」


 そうだった、このロード線は、地下街に行っていないから、ヒイラギから説明を聞いていない事になっている。


「知ってる。ツクモから聞いた」


 話を進めるため、俺は取り敢えず嘘をついて誤魔化した。

 ヒイラギは語る。


「メタバースを制作、運用するに当たって、脳複製ブレインコピーという技術を用いている。これは人間の脳のシナプス、神経の非常に細かな所までコピーし、転写したものだ。これをデータ脳と呼んでいる。お前の身体は今寝ている。お前はデータ脳であり、それによってメタバースに投影されて生きているのだ」

「同時に同じ人間が2人存在してしまうのが倫理的にアウトだから、現実の方は眠らせるってやつだよな?」

「そうだ」


 俺自身がデータそのものなんて、信じられないけど。


「データ脳は、全部AIによって補正を受けているのか?」

「違う。俺だけだ。俺は脳複製の被験者の第一号で、脳複製ブレインコピーは不完全だった。神経系の転写が上手くいかずに記憶が混乱していたり、人格が不安定だった為に、足りない場所を補完するように人工的に脳の一部を作られた。俺は柊の魂を持ちながら、分からないところを機械的に対処出来るようプログラムされた死に損ないだ」

 

 ヒイラギは無表情で俺を見ながら、トラの体を撫でる。

 俺は言葉に迷って言った。


「‥‥お前は‥人間に見える。死に損ないなんて言うなよ」

「俺は柊の記憶を持っている。その感情も。だがそれは、他人であって他人ではない、自分には抱えきれない重いものだった」


 自分が半分機械になっていた、という事がまったく想像出来ないが、辛いのには違いない。

 

 俺は浮かんだ疑問を口にした。


「被験者って言ってたけど、ツクモもAIと混ざってるの?」

「いや、違う。あっちは優秀だ。あれは日本製のオリジナルだからな。俺のデータ脳は中国産だ」

「中国産?脳複製は、日本の技術なんだろ」


 ヒイラギはため息をついて言う。


「日本のセキュリティは脆弱だ。致命的なのは外国から受け入れた留学生だ。彼らはスパイとして研究室に潜り込み、技術を盗んでいく」


 ヒイラギは力無く言う。


「メタバース計画が進んでいた頃、俺は、とある人物に《天国》を作らないかという話を持ち掛けられた」

「天国‥?」

「これは非常に魅力的な提案だった。何故なら俺には、死別した娘と妻がいたからだ」


 俺は言葉を失った。


「ごめん」

「気にしていない。柊は誠実な人間だった。お前が勝ったからには、約束は守る」


「‥‥天国っていうのは、つまり、死者のいる世界ってことか?」

「そうだ。そんなもの日本で作れる訳が無い。脳複製の実験さえもタブーとされて、最初は認可が下りなかったんだ」


「それでお前が、中国に情報を漏らしたのか?」

「まさか。俺は中国製脳複製の被験者になっただけだ。研究者、メタバース関係者の中にも、天国を作りたい人間は山ほど居た。中には直接協力していた者も居た筈だ」

「‥‥」


 なんて恐ろしい話だ。

 死者のデータ脳を作り、メタバース内とはいえ、死者を復活させる事が出来てしまうなんて。


「だが、それは簡単な事じゃない。脳に血流が行き、神経が相互作用することで神経系が観測され、転写が出来る。つまり、【生きている間、死んだ直後】までしか【完璧】なデータ脳は複製出来なかった。その事は後から知った。だが、【完璧では無い死者の再現】をする事は出来た。今奴らとは関わりが無いから知らないが、その技術は需要と比例して進化しているに違いない。その証拠が‥‥」


 ヒイラギは急に黙り込んだ。


「どうした?」

「いや、何でもない‥‥俺のマニュアルがトラなのは、妻と娘を殺した相手を脅かし、跪かせ、こうべを垂らせ、踏み躙りたかったからだ。トラのように強靭な爪で、肉を切り裂き、内臓を貫いて、何度も痛い目に合わせたかった。俺は、相手を捩じ伏せられる【力】が欲しかった」


 俺が「命」

 シロが「運」

 ヒイラギは「力」を選んだという事か。


「お前の目的は?世界を攻略しているけど、ツクモと同じ、この世界の完成なのか?」


 ヒイラギはいっぱく置いて、言った。


「俺は‥‥俺は、まだ生きている。こんな事は許されることじゃない。死者の冒涜だ‥‥」


 ヒイラギは呻いて頭を抱えた。


「俺は、メタバースを運営するプログラマーを許してはならない。例え死んでも‥‥警察の公安である事に嘘は‥無い‥」


 ヒイラギはぶるぶると震えている。


「おい、大丈夫か?」


 ヒイラギは膝を折って地面に蹲った。

 俺は駆け寄るよりも早く、ユメが心配そうにヒイラギを覗き込む。


 ヒイラギは顔を上げ、唐突にユメの腕を掴んで言った。


「死者は復活出来ない。だが、近い形で作ることは不可能じゃない、と奴らは言った」

「奴ら?」


「‥‥思い出せない。奴らの都合の良いように俺はいじくられている」

「中国のやつか?」

「おそらく。バグを倒すことが攻略に繋がるのは本当だ。バグを倒せば俺の家族を作ってやると、奴らは俺に言ってきた。だからバグを倒している。この世界を攻略し、世界を完成させれば‥‥」


 ヒイラギがユメの手を離す。

 再び俯いて床に手を着いた。

 

 ヒイラギのトラウマを掘り返し、傷つけてしまった。

 激しい罪悪感が俺を襲った。


「ヒイラギ‥‥」


 柊は嘘をつかない人物だし、正義感や倫理観もしっかりしている。勝ち負けに拘りもあり、約束も守る。死者を復活させるメタバースが非人道的であることを理解して、プログラマーを特定し、この天国計画を止めようとしている。


 だが、攻略をしてメタバースを完成させようとするのは、奥さんと娘を復活させたいからに他ならない。


 相反する二つの目的と感情が、ヒイラギを苦しめているのか。


 俺は何も言えずに、憔悴したヒイラギを見つめた。



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