駆け引き
俺は来た道を戻り、bunnyの店の前で足を止めた。
作戦はとても単純だ。
木の扉に手を掛け、俺はbunnyに入った。
チリンと鈴が鳴り、気付いたリーウェンが顔を上げる。
俺を見ると、にこりと笑んだ。
「随分早かったわね」
「ヒイラギの情報、教えて下さい」
リーウェンが首を傾げる。
「そんな個人情報、取り扱ってないわよ」
「俺は最初、何も言っていないのにリーウェンさんは、初心者の情報一覧を教えてくれた。俺を知っていた。つまり、デバッガーの個人情報をある程度把握しているという事。リーウェンさんは情報の買取りもしていると言いました。俺に署名をさせた事からも、その可能性は高い。ありますよね?教えて下さい、リーウェンさん」
リーウェンは頬杖をついて、かったるく言った。
「うーん。どうしよっかな。VIPのお得意様、つまり、【あたしの名前を知っている人にしか、デバッガー個人の情報は売らない】という決まりがあるのよ。まさかこんな形で利用されてしまうなんてね。余計な事するんじゃなかった。あたしも焼きが回ったわ」
俺は手持ちのキューブ全て、23個のキューブを、カウンターに出して頭を下げた。
「お願いします」
リーウェンは目を丸くする。
俺はたずねる。
「足りないですか?」
「足りないね。赤キューブは青キューブ10個の価値。ヒイラギの情報は、赤キューブ10個の価値だから」
「‥‥」
「後払いも不可よ。あなたじゃ返済出来ないに違いないから。少なくとも今の状況じゃ」
リーウェンが囁く。
「あなたの知っている情報を売る気は無い?例えば、ツクモ、シロ、個人情報なんでも買い取るわよ、高値で」
「売りません。それなら良いです」
俺は考えて、顔を上げた。
「後払いって、可能ですか?」
「だから後払いは‥」
俺はリーウェンの言葉を遮って言う。
「情報を、後払いします。ちゃんと許可を貰ってから。ツクモか、シロか、ヒイラギのものを」
「ふぅん」
リーウェンは、「どうやって信じれば?」という顔で俺を見る。
「俺は今から、ヒイラギの情報を掴みに行くんです。誰も知らない情報を。その為の投資を下さい」
「でも、その誰も知らない情報はあたしに売ってくれないんでしょう?」
「それは分かりません。でも、あなたは俺とツクモとシロの関係を知っていた。俺がどれだけの情報を持っていそうなのかは、分かるんじゃないですか?」
「どうかしらね」
俺は頭を引き絞って口を開く。
「あなたがリーウェンという名前だという情報を世界中にばら撒きます。俺はデバッガー同士で駆け引きもしませんから。あなたの名前の価値は、俺にとって、あなたの名前でしか無い」
リーウェンは、何故か腕を組んで、満面の笑みを浮かべた。
「このあたしを脅そうっていうの?」
「はい」
リーウェンはパン、と手を叩いた。
「ま、いいでしょう」
「本当ですか?」
「嘘」
「え」
「嘘よ。まず1つ。よく聞きなさい」
俺は背筋を正して耳を澄ませる。
「はい」
「ヒイラギは真面目である。基本的には嘘はつかない。言わないだけで」
リーウェンは指を2本立てて続ける。
「二つ。ヒイラギには理性や情で訴えかけてはいけない。決闘を持ち込ませる事」
「決闘?」
「ヒイラギは、トラブルの際、デバッガー同士が話し合いで解決しない場合、決闘で決めさせる傾向にある。つまり、相手よりも自分が強いという確証がある場合は、決闘を提案すれば優位に立てる」
俺は身を乗り出した。
「それだ!!!」
リーウェンが首を傾げる。
俺は言う。
「ヒイラギと決闘します」
「あなた、九割九分負けると思うよ?」
「一分あります」
リーウェンが肩を竦める。
「呆れたわ、まったく」
「本当にありがとうございました」
俺は署名をし、bunnyを出て、来た道を戻った。
時刻は1:00
俺はこめかみに流れる汗を拭って山小屋の壁に背を凭れた。
418I'ma teapotのボス戦前夜、俺は夜中に目覚めてしまい、周囲を散歩をしていた。
その時にヒイラギに会っている。
ヒイラギ周辺で状況の変化が無ければ、ヒイラギは同じ場所に来るはずだ。
山小屋の裏側、背の高い雑草が生える暗い場所が見える、少し離れた高い場所から、俺は木陰に身を潜めて様子を見た。
来た!
ヒイラギはいつものように明るい茶色のコートを羽織っているから直ぐに分かった。
白髪の混じった黒髪に、衰えを感じさせない精悍な顔。
年齢不詳に見える。
ヒイラギは壁に背を凭れると、キセルを蒸し、夜空を見上げた。
俺がヒイラギに出会ったのは、丁度このタイミングだ。
俺は斜面を滑るように降りてヒイラギに近づいた。
ヒイラギはキセルを離し、顔を上げて俺を見る。
「わざわざこんな夜中に何の用だ?」
下手に説明すれば、より厄介な事になりかねない。ツクモの事を説明して、ヒイラギがツクモに同情するかも分からない。
俺の言葉を信じるかどうかも分からない。
「お前のことを教えて欲しい。お前がどういう人間か、お前の目的、本当にログアウトしているのか、色々知りたい」
ヒイラギが鼻で笑う。
「藪から棒に‥」
俺はヒイラギの言葉を遮って言い放った。
「決闘を申し込む!勝った方が負けた方の言う事を聞く!お前は何も話さない。それならせめて、勝負する位、してくれても良いんじゃないか?」
ヒイラギは煙を口から細く吐いた。
「どうせ勝つのはお前だから、という事か?」
「ああ、そうだ。キセル蒸してる時間を少し分けてくれって言ってる」
「‥‥まぁちょうど良い。俺も気分転換をしたいと思っていた」
「っ本当か!?」
「正し、俺が勝ったら、お前がなぜそんな事を聞いて来たのか、お前の知っている俺が知らないであろう事を、全て話す事」
「‥‥分かった」
勝負をする以上、自分もBetしなければならない。
想定の範囲内だ。
だが、軽い調子で勝負に乗ってきたのは嬉しい誤算だった。
ヒイラギがキセルを仕舞って言う。
「レベルを揃えるPVP用の決闘モードがある。ダメージは通常の2.15倍。他人が干渉出来ないように、他のデバッガーは排除される空間になる。アイテムも使えない」
ダメージが2.15倍?
つまり、一撃が重くなる。少しのミスも許されない。
ヒイラギは黄色のピアスに触れ、メニューを開いて操作する。
すると、視界の左上に、びっくりマークが届いた。
びっくりマークをタップすると、目の前に文字が表示される。
《決闘モードを承諾しますか?》
《承諾》 《キャンセル》
承諾を選択。
シャキン、と剣が交差するエフェクトが発生し、数字のカウントが始まる。
60 59 58 57 56 55‥‥
心の準備が出来ていない。
ヒイラギが鎌を大きく一回転させて、構える。
現在の俺のレベルは34だ。
だが、レベル50で統一された。
完全に実力勝負、という事だ。
俺は深呼吸をして思考を整理した。
まずは防御に徹する。
下手に攻撃しようとしても隙が生まれるだけだ。
ヒイラギは絶対に自分が直ぐに勝てると思ったから、簡単に勝負に乗った。
その油断を突くしか無い。
5 4 3 2 1
start
ヒイラギが突っ込んで来る。
足が動かない。速すぎる。
俺は剣を持った腕を伸ばし、ヒイラギの鎌を受け止めた。
激しい衝撃に腕が軋む。剣を取り落とさないように、両手でしっかりと握り込んで鍔迫り合いになるが、急にスッと離された。
俺は踏み止まれずにバランスが崩れる。
すかさず、鎌が角度を変えて左脇から掬うように襲いかかる。俺は腕を引いて斜めに構えたが、身体がついていかずに重心はてきとうだった。
呆気なくガードを弾かれ、身体ごと吹き飛ばされる。
俺は地面に転がった。衝撃で顔面が地面に叩き付けられる。
「うっ」
小石の混じった砂利が顔に纏わりつく。口の中が鉄の味がした。
起きあがろうとすると、鈍色の輝きが視界の端に映った。
俺はそのまま転がって振り下ろされる鎌の攻撃を間一髪で躱す。
肩のすぐ横に、鎌が突き刺さった。
防戦一方で、全く攻撃に転じられない。
やはり、戦闘面では技術的に天と地の差がある。
真っ向勝負で挑んだら負ける。
ヒイラギは淡々と、死神のように鎌を振り続ける。
何とか別の作戦を練らなければ‥‥
地面に刺さった鎌は深く刺さり過ぎて、ヒイラギは引くのに僅かな隙が生まれている。
俺は閃き、転がりながら少しずつ逃げる方向を修正した。
他のデバッガーは消されているらしいが、地形はそのままだ。
木々が多い方へ誘導する。
俺はヒイラギの鎌の、斜め上段からの振り下ろしを横に跳んで避け、剣を下段から切り上げた。
ヒイラギは鎌を器用に回して、柄の部分で俺の刃を弾き、攻撃をいなす。
鎌が回転して、足元から刃が迫る。
俺は後方にジャンプして、木の影にしゃがみ込んだ。
ヒイラギの鎌は勢いよく、木の幹に突き刺さった。
今だ!
俺は屈んで鎌を避け、鳩尾を狙って剣を突き出した。
ヒイラギは離れて躱すが、ほんの僅かに剣先がヒイラギの腹を掠めて、HPゲージが減少する。
ヒイラギが言う。
「change」
鎌がトラに変化し、木がバキバキと音を立てて倒れた。
トラはヒイラギの元へ軽やかに駆け寄る。
「change」
再度、トラは鎌に変わり、ヒイラギは自分が移動せずとも鎌を手に戻した。
すごい。そんな使い方も出来るのか。
「この位のハンデは与えてやっても良い。お前はここへ来て2日目だからな」
俺は答える。
「ああそうだよ!右も左も分からない。アイテムとか持ってないし、使い方も分からないね!」
ヒイラギは無言で片方の唇を釣り上げて笑う。
「何が面白い!」
「お前のやり方で戦ってみろ」
ヒイラギはゆっくりと鎌を下ろし、手首を捻って角度を斜めにして下段に構えた。
気圧されないよう、俺は剣を握る手に力を込めた。
俺は成し遂げるんだ。
まだ明確な形は見えないけど、ここで戦い、ヒイラギを知り、新しい世界線を、俺が切り拓いてみせる。
俺は地面を蹴った。
ヒイラギは手首を返し、鎌の向きを下から真上へ翻す。さらに鎌を押し出すようにして持ち手を下げ、柄を伸ばして、攻撃間隔を急に狭めて来た。
俺は真横に跳んで躱そうとするが、先読みされて、ヒイラギが伸ばした足に引っ掛かった。小外刈りの要領で足を掬われ、俺はなす術なくバランスを崩す。
宙で思い切り一回転する中、俺は手を伸ばして砂利の含んだ土を掴み、ヒイラギに向かって投げ付けた。
ヒイラギが身を引いて躱すが、微かに目に入ったのか、目を瞬く。
僅かに硬直が生まれ、その隙に距離を取った。
やはり、自分から攻撃するのは無謀。
俺は頭を巡らせ、微かに周囲に目を走らせて、思い付いた。
俺はヒイラギの鎌を避けながら、来た道を辿るように再度ヒイラギを誘導した。
山小屋に戻ってくる。
ここを利用する。
俺は山小屋の扉のガラスに向かって突進した。腕で頭を守りつつ、ガラスを突き破って中に入る。
NPCは居ない。
ヒイラギが割れたガラスの戸から、入ってくる。容赦ない鎌の振り回しで、カウンターや椅子、天井を破壊していく。
俺は追い込まれたフリをしながら、カウンター横の廊下から物置古屋にダッシュした。
物置古屋に入り、段ボールと段ボールの間に立っていた懐中電灯を取り出してアイテムに仕舞う。
何となく寝る前に部屋を眺めていて、記憶にあったのだ。
俺は剣に顔を近づけて囁いた。
『ユメ、俺がライトを持たせるから、ヒイラギに目眩しをしてくれ。タイミングはサインを出す』
『え?はいっ』
俺は更に窓のカーテンを閉め、部屋を真っ暗にした。
素早く懐中電灯をアイテムのショートカットに設定する。
これで右手を右下に振るだけで懐中電灯が取り出せる。
木片を撒き散らしながらヒイラギが入って来た。
ヒイラギは淡々と言う。
「どうした?こんな場所に隠れて。怖気付いたか?」
「別に?お前こそ、さっきの一撃で驚いたんじゃないか?」
「そうだな」
時間を稼がなければ。
「お前の正体が警察の公安だってことは分かってるんだからな!」
ヒイラギが手を止め、苦笑する。
「そりゃあ、俺が伝えたからな」
そうだった!このロード線で俺は東京へ行ってるから、合間にヒイラギと話してる。
「え、えーっと‥」
「お前は面白い奴だな」
「‥お、お前は、どうしてトラっていうマニュアルなんだ?」
「お前が勝ったら教えてやるよ。確実に、お前は勝てないがな」
ヒイラギの目が暗順応し、俺の位置を把握する。
完全に目が合う。
準備は整った。
ヒイラギが三歩前に進み、鎌を回しながら俺に切り掛かる。
俺はヒイラギの鎌と剣をぶつけた。
「あっ」
手から剣が飛んでいく。
ヒイラギの真上の天井に突き刺さった。
ヒイラギが片眉を上げ、微かに笑う。
「諦めろ」
俺は負け犬のように吠えた。
「諦めない!」
ヒイラギが少し鎌を下げて喋り出す。
「お前の意気は認めるが‥」
その隙に、俺は言った。
「チェンジ!」
俺は右下に手を振り、ショートカットから懐中電灯を手の中に出現させ、ユメに向かって投げた。
人間に変わったユメが懐中電灯をキャッチし、ヒイラギの顔に向かって真正面から光を当てた。
「やぁっ!」
暗順応していた瞳は、明るさに対応出来ずに目眩しとなる。
スキルを使われるのを想定していたが、ヒイラギは何もせず、後ろに下がるだけだ。
俺は鎌の横をすり抜けて、ヒイラギにタックルする。
「チェンジ!」
俺は剣に変えたユメで、ヒイラギの首を狙った。
「スラッシュ!」
思い切り、剣を右下から振り上げた。
critical!
ヒイラギの首から、赤いコードがパッと散らばる。
ヒイラギのHPがごっそりと減る。
ヒイラギは壁にぶつかり、床に手をついた。
俺のHPはまだ3分の1あるのに対し、ヒイラギはゼロだ。
カンカン、と鐘が鳴る。
winner の文字が、俺の視界に表れた。
空間が歪み、決闘モードから通常の世界に戻る。
破壊されていたオブジェクトの数々は全て修復されていて、俺は心底安堵した。
ヒイラギは床に座ったまま、片膝を立てて俯いている。
「よし!」
思わずガッツポーズを決めると、ヒイラギが顔を上げて言った。
「お前、知ってたのか?」
「‥?何がだよ」
「‥‥」
この作戦が、これほど刺さるとは思わなかった。
「お前が突き刺さってた鎌をトラにして回収してて、チェンジを使う戦法もあるんだなって気付いて、それを応用したんだよ。俺の勝ちだぞ」
「‥‥」
「お前はお前のやり方で戦えって言った。それで俺が勝ったんだ。早く教えてくれ」
ヒイラギが一つ息を吐く。
「change」
鎌がトラに変わる。
トラはヒイラギを慰めるように顔を舐めてから隣に体を横たえた。
ヒイラギはトラに腕を置き、言った。
「俺はヒイラギだが、柊では無い」
「‥‥‥は?」
ヒイラギは白髪の混じった黒髪をかき上げ、その二重の黒瞳で俺を見つめる。
「柊はとっくに死んでる。俺は、AIと、柊の複製されたデータ脳がくっ付いて出来た【死に損ない】だ」




