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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
28/65

駆け引き

 俺は来た道を戻り、bunnyの店の前で足を止めた。

 作戦はとても単純だ。


 木の扉に手を掛け、俺はbunnyに入った。

 チリンと鈴が鳴り、気付いたリーウェンが顔を上げる。

 俺を見ると、にこりと笑んだ。


「随分早かったわね」

「ヒイラギの情報、教えて下さい」


 リーウェンが首を傾げる。


「そんな個人情報、取り扱ってないわよ」

「俺は最初、何も言っていないのにリーウェンさんは、初心者ビギナーの情報一覧を教えてくれた。俺を知っていた。つまり、デバッガーの個人情報をある程度把握しているという事。リーウェンさんは情報の買取りもしていると言いました。俺に署名をさせた事からも、その可能性は高い。ありますよね?教えて下さい、リーウェンさん」


 リーウェンは頬杖をついて、かったるく言った。


「うーん。どうしよっかな。VIPのお得意様、つまり、【あたしの名前を知っている人にしか、デバッガー個人の情報は売らない】という決まりがあるのよ。まさかこんな形で利用されてしまうなんてね。余計な事するんじゃなかった。あたしも焼きが回ったわ」


 俺は手持ちのキューブ全て、23個のキューブを、カウンターに出して頭を下げた。


「お願いします」


 リーウェンは目を丸くする。

 俺はたずねる。


「足りないですか?」

「足りないね。赤キューブは青キューブ10個の価値。ヒイラギの情報は、赤キューブ10個の価値だから」

「‥‥」

「後払いも不可よ。あなたじゃ返済出来ないに違いないから。少なくとも今の状況じゃ」


 リーウェンが囁く。


「あなたの知っている情報を売る気は無い?例えば、ツクモ、シロ、個人情報なんでも買い取るわよ、高値で」

「売りません。それなら良いです」


 俺は考えて、顔を上げた。


「後払いって、可能ですか?」

「だから後払いは‥」

 

 俺はリーウェンの言葉を遮って言う。


「情報を、後払いします。ちゃんと許可を貰ってから。ツクモか、シロか、ヒイラギのものを」

「ふぅん」


 リーウェンは、「どうやって信じれば?」という顔で俺を見る。


「俺は今から、ヒイラギの情報を掴みに行くんです。誰も知らない情報を。その為の投資を下さい」

「でも、その誰も知らない情報はあたしに売ってくれないんでしょう?」

「それは分かりません。でも、あなたは俺とツクモとシロの関係を知っていた。俺がどれだけの情報を持っていそうなのかは、分かるんじゃないですか?」

「どうかしらね」


 俺は頭を引き絞って口を開く。


「あなたがリーウェンという名前だという情報を世界中にばら撒きます。俺はデバッガー同士で駆け引きもしませんから。あなたの名前の価値は、俺にとって、あなたの名前でしか無い」


 リーウェンは、何故か腕を組んで、満面の笑みを浮かべた。


「このあたしを脅そうっていうの?」

「はい」


 リーウェンはパン、と手を叩いた。


「ま、いいでしょう」

「本当ですか?」

「嘘」

「え」

「嘘よ。まず1つ。よく聞きなさい」


 俺は背筋を正して耳を澄ませる。


「はい」

「ヒイラギは真面目である。基本的には嘘はつかない。言わないだけで」


 リーウェンは指を2本立てて続ける。


「二つ。ヒイラギには理性や情で訴えかけてはいけない。決闘を持ち込ませる事」

「決闘?」

「ヒイラギは、トラブルの際、デバッガー同士が話し合いで解決しない場合、決闘で決めさせる傾向にある。つまり、相手よりも自分が強いという確証がある場合は、決闘を提案すれば優位に立てる」


 俺は身を乗り出した。


「それだ!!!」


 リーウェンが首を傾げる。

 俺は言う。


「ヒイラギと決闘します」

「あなた、九割九分きゅうわりきゅうぶ負けると思うよ?」

一分いちぶあります」


 リーウェンが肩を竦める。


「呆れたわ、まったく」

「本当にありがとうございました」


 俺は署名をし、bunnyを出て、来た道を戻った。



 時刻は1:00


 俺はこめかみに流れる汗を拭って山小屋の壁に背を凭れた。


 418I'ma teapotのボス戦前夜、俺は夜中に目覚めてしまい、周囲を散歩をしていた。

 その時にヒイラギに会っている。

 ヒイラギ周辺で状況の変化が無ければ、ヒイラギは同じ場所に来るはずだ。


 山小屋の裏側、背の高い雑草が生える暗い場所が見える、少し離れた高い場所から、俺は木陰に身を潜めて様子を見た。


 来た!


 ヒイラギはいつものように明るい茶色のコートを羽織っているから直ぐに分かった。

 白髪の混じった黒髪に、衰えを感じさせない精悍な顔。

 年齢不詳に見える。


 ヒイラギは壁に背を凭れると、キセルを蒸し、夜空を見上げた。


 俺がヒイラギに出会ったのは、丁度このタイミングだ。


 俺は斜面を滑るように降りてヒイラギに近づいた。

 ヒイラギはキセルを離し、顔を上げて俺を見る。

 

「わざわざこんな夜中に何の用だ?」


 下手に説明すれば、より厄介な事になりかねない。ツクモの事を説明して、ヒイラギがツクモに同情するかも分からない。

 俺の言葉を信じるかどうかも分からない。


「お前のことを教えて欲しい。お前がどういう人間か、お前の目的、本当にログアウトしているのか、色々知りたい」


 ヒイラギが鼻で笑う。


「藪から棒に‥」


 俺はヒイラギの言葉を遮って言い放った。


「決闘を申し込む!勝った方が負けた方の言う事を聞く!お前は何も話さない。それならせめて、勝負する位、してくれても良いんじゃないか?」


 ヒイラギは煙を口から細く吐いた。


「どうせ勝つのはお前だから、という事か?」

「ああ、そうだ。キセル蒸してる時間を少し分けてくれって言ってる」

「‥‥まぁちょうど良い。俺も気分転換をしたいと思っていた」

「っ本当か!?」

「正し、俺が勝ったら、お前がなぜそんな事を聞いて来たのか、お前の知っている俺が知らないであろう事を、全て話す事」

「‥‥分かった」


 勝負をする以上、自分もBetベットしなければならない。

 想定の範囲内だ。

 だが、軽い調子で勝負に乗ってきたのは嬉しい誤算だった。


 ヒイラギがキセルを仕舞って言う。


「レベルを揃えるPVP用の決闘モードがある。ダメージは通常の2.15倍。他人が干渉出来ないように、他のデバッガーは排除される空間になる。アイテムも使えない」


 ダメージが2.15倍?

 つまり、一撃が重くなる。少しのミスも許されない。


 ヒイラギは黄色のピアスに触れ、メニューを開いて操作する。

 

 すると、視界の左上に、びっくりマークが届いた。

 びっくりマークをタップすると、目の前に文字が表示される。


 《決闘モードを承諾しますか?》


  《承諾》 《キャンセル》


 承諾を選択。


 シャキン、と剣が交差するエフェクトが発生し、数字のカウントが始まる。


 60 59 58 57 56 55‥‥


 心の準備が出来ていない。


 ヒイラギが鎌を大きく一回転させて、構える。


 現在の俺のレベルは34だ。

 だが、レベル50で統一された。


 完全に実力勝負、という事だ。


 俺は深呼吸をして思考を整理した。

 まずは防御に徹する。

 下手に攻撃しようとしても隙が生まれるだけだ。

 ヒイラギは絶対に自分が直ぐに勝てると思ったから、簡単に勝負に乗った。

 その油断を突くしか無い。


 5 4 3 2 1


 start


 ヒイラギが突っ込んで来る。

 足が動かない。速すぎる。


 俺は剣を持った腕を伸ばし、ヒイラギの鎌を受け止めた。

 激しい衝撃に腕が軋む。剣を取り落とさないように、両手でしっかりと握り込んで鍔迫り合いになるが、急にスッと離された。

 俺は踏み止まれずにバランスが崩れる。

 すかさず、鎌が角度を変えて左脇から掬うように襲いかかる。俺は腕を引いて斜めに構えたが、身体がついていかずに重心はてきとうだった。

 呆気なくガードを弾かれ、身体ごと吹き飛ばされる。


 俺は地面に転がった。衝撃で顔面が地面に叩き付けられる。


「うっ」


 小石の混じった砂利が顔に纏わりつく。口の中が鉄の味がした。

 起きあがろうとすると、鈍色の輝きが視界の端に映った。

 俺はそのまま転がって振り下ろされる鎌の攻撃を間一髪で躱す。

 肩のすぐ横に、鎌が突き刺さった。


 防戦一方で、全く攻撃に転じられない。


 やはり、戦闘面では技術的に天と地の差がある。

 真っ向勝負で挑んだら負ける。

 ヒイラギは淡々と、死神のように鎌を振り続ける。


 何とか別の作戦を練らなければ‥‥


 地面に刺さった鎌は深く刺さり過ぎて、ヒイラギは引くのに僅かな隙が生まれている。


 俺は閃き、転がりながら少しずつ逃げる方向を修正した。

 他のデバッガーは消されているらしいが、地形はそのままだ。

 木々が多い方へ誘導する。

 俺はヒイラギの鎌の、斜め上段からの振り下ろしを横に跳んで避け、剣を下段から切り上げた。

 ヒイラギは鎌を器用に回して、柄の部分で俺の刃を弾き、攻撃をいなす。

 鎌が回転して、足元から刃が迫る。

 俺は後方にジャンプして、木の影にしゃがみ込んだ。

 ヒイラギの鎌は勢いよく、木の幹に突き刺さった。


 今だ!


 俺は屈んで鎌を避け、鳩尾を狙って剣を突き出した。

 ヒイラギは離れて躱すが、ほんの僅かに剣先がヒイラギの腹を掠めて、HPゲージが減少する。


 ヒイラギが言う。


「change」


 鎌がトラに変化し、木がバキバキと音を立てて倒れた。


 トラはヒイラギの元へ軽やかに駆け寄る。


「change」


 再度、トラは鎌に変わり、ヒイラギは自分が移動せずとも鎌を手に戻した。


 すごい。そんな使い方も出来るのか。

 

「この位のハンデは与えてやっても良い。お前はここへ来て2日目だからな」


 俺は答える。


「ああそうだよ!右も左も分からない。アイテムとか持ってないし、使い方も分からないね!」


 ヒイラギは無言で片方の唇を釣り上げて笑う。


「何が面白い!」

「お前のやり方で戦ってみろ」


 ヒイラギはゆっくりと鎌を下ろし、手首を捻って角度を斜めにして下段に構えた。

 気圧されないよう、俺は剣を握る手に力を込めた。


 俺は成し遂げるんだ。

 まだ明確な形は見えないけど、ここで戦い、ヒイラギを知り、新しい世界線を、俺が切り拓いてみせる。


 俺は地面を蹴った。

 ヒイラギは手首を返し、鎌の向きを下から真上へ翻す。さらに鎌を押し出すようにして持ち手を下げ、柄を伸ばして、攻撃間隔を急に狭めて来た。

 

 俺は真横に跳んで躱そうとするが、先読みされて、ヒイラギが伸ばした足に引っ掛かった。小外刈りの要領で足を掬われ、俺はなす術なくバランスを崩す。

 宙で思い切り一回転する中、俺は手を伸ばして砂利の含んだ土を掴み、ヒイラギに向かって投げ付けた。


 ヒイラギが身を引いて躱すが、微かに目に入ったのか、目を瞬く。


 僅かに硬直が生まれ、その隙に距離を取った。


 やはり、自分から攻撃するのは無謀。

 俺は頭を巡らせ、微かに周囲に目を走らせて、思い付いた。

 

 俺はヒイラギの鎌を避けながら、来た道を辿るように再度ヒイラギを誘導した。


 山小屋に戻ってくる。

 ここを利用する。

 俺は山小屋の扉のガラスに向かって突進した。腕で頭を守りつつ、ガラスを突き破って中に入る。


 NPCは居ない。


 ヒイラギが割れたガラスの戸から、入ってくる。容赦ない鎌の振り回しで、カウンターや椅子、天井を破壊していく。


 俺は追い込まれたフリをしながら、カウンター横の廊下から物置古屋にダッシュした。

 物置古屋に入り、段ボールと段ボールの間に立っていた懐中電灯を取り出してアイテムに仕舞う。


 何となく寝る前に部屋を眺めていて、記憶にあったのだ。

 俺は剣に顔を近づけて囁いた。


『ユメ、俺がライトを持たせるから、ヒイラギに目眩しをしてくれ。タイミングはサインを出す』

『え?はいっ』


 俺は更に窓のカーテンを閉め、部屋を真っ暗にした。


 素早く懐中電灯をアイテムのショートカットに設定する。

 これで右手を右下に振るだけで懐中電灯が取り出せる。


 木片を撒き散らしながらヒイラギが入って来た。


 ヒイラギは淡々と言う。


「どうした?こんな場所に隠れて。怖気付いたか?」

「別に?お前こそ、さっきの一撃で驚いたんじゃないか?」

「そうだな」


 時間を稼がなければ。


「お前の正体が警察の公安だってことは分かってるんだからな!」


 ヒイラギが手を止め、苦笑する。


「そりゃあ、俺が伝えたからな」


 そうだった!このロード線で俺は東京へ行ってるから、合間にヒイラギと話してる。


「え、えーっと‥」

「お前は面白い奴だな」

「‥お、お前は、どうしてトラっていうマニュアルなんだ?」

「お前が勝ったら教えてやるよ。確実に、お前は勝てないがな」


 ヒイラギの目が暗順応し、俺の位置を把握する。

 完全に目が合う。


 準備は整った。


 ヒイラギが三歩前に進み、鎌を回しながら俺に切り掛かる。

 俺はヒイラギの鎌と剣をぶつけた。

 

「あっ」


 手から剣が飛んでいく。 

 ヒイラギの真上の天井に突き刺さった。

 

 ヒイラギが片眉を上げ、微かに笑う。


「諦めろ」


 俺は負け犬のように吠えた。


「諦めない!」


 ヒイラギが少し鎌を下げて喋り出す。


「お前の意気は認めるが‥」


 その隙に、俺は言った。


「チェンジ!」


 俺は右下に手を振り、ショートカットから懐中電灯を手の中に出現させ、ユメに向かって投げた。

 人間に変わったユメが懐中電灯をキャッチし、ヒイラギの顔に向かって真正面から光を当てた。

 

「やぁっ!」


 暗順応していた瞳は、明るさに対応出来ずに目眩しとなる。

 

 スキルを使われるのを想定していたが、ヒイラギは何もせず、後ろに下がるだけだ。

 

 俺は鎌の横をすり抜けて、ヒイラギにタックルする。


「チェンジ!」


 俺は剣に変えたユメで、ヒイラギの首を狙った。


「スラッシュ!」


 思い切り、剣を右下から振り上げた。


 critical!


 ヒイラギの首から、赤いコードがパッと散らばる。

 ヒイラギのHPがごっそりと減る。


 ヒイラギは壁にぶつかり、床に手をついた。

 俺のHPはまだ3分の1あるのに対し、ヒイラギはゼロだ。

 

 カンカン、と鐘が鳴る。


 winner の文字が、俺の視界に表れた。


 空間が歪み、決闘モードから通常の世界に戻る。

 破壊されていたオブジェクトの数々は全て修復されていて、俺は心底安堵した。


 ヒイラギは床に座ったまま、片膝を立てて俯いている。


「よし!」


 思わずガッツポーズを決めると、ヒイラギが顔を上げて言った。


「お前、知ってたのか?」

「‥?何がだよ」

「‥‥」


 この作戦が、これほど刺さるとは思わなかった。


「お前が突き刺さってた鎌をトラにして回収してて、チェンジを使う戦法もあるんだなって気付いて、それを応用したんだよ。俺の勝ちだぞ」

「‥‥」

「お前はお前のやり方で戦えって言った。それで俺が勝ったんだ。早く教えてくれ」


 ヒイラギが一つ息を吐く。


「change」


 鎌がトラに変わる。

 トラはヒイラギを慰めるように顔を舐めてから隣に体を横たえた。

 ヒイラギはトラに腕を置き、言った。


「俺はヒイラギだが、ヒイラギでは無い」

「‥‥‥は?」


 ヒイラギは白髪の混じった黒髪をかき上げ、その二重の黒瞳こくどうで俺を見つめる。


ヒイラギはとっくに死んでる。俺は、AIと、柊の複製されたデータ脳がくっ付いて出来た【死に損ない】だ」


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