bunny
MAPは欠けたパズルのピースの様な日本地図をしていた。
マップの位置を目指して、俺は真っ暗な闇を夢中で走った。
往復で計算すると、そこまで時間がある訳じゃない。
一足に山を降り、北東へ向かう。
途中で赤くバグのターゲットを感じたが、俺はシロから言われた通り、とにかく走って振り切った。
田んぼの畦道を走り続け、光の中へ飛び込む。
すると、急に目の前に湖が現れた。
白い文字が視界に降りてくる。
ー 天鏡湖 ー
月光が湖面に反射して、キラキラと光っている。
剣を通してユメが言った。
「とても綺麗です」
「あ、ユメも思った?」
「はい!」
左手に湖が広がる、湖畔の道を走り、遂にマップのピンの場所に辿り着く。
木々の中にひっそりと立っているそれは、見覚えがあった。
黒いシックな木製の外壁に、赤い文字で「bunny」と看板が掛けられている。
「‥‥bunnyってチェーン店なんだ」
ユメが答える。
「世界に3つあります。期間限定のイベントなどは特定の時期にしか売られていないので、こまめにチェックするのがポイントです」
周囲を見ても、bunnyしか無い。
「あれ‥‥おかしいな」
視界の左上にビックリマークがある。
タップすると、メールの画面が開き、シロからメールが来ていた。
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省略したけど、まずbunnyで「ミントの洞窟」の情報を聞いて。レアダンジョンだから、毎回現れる場所が違う
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「なるほど」
俺は木の扉を押し、bunnyに入ってみた。
カランカラン、と鈴が音を立てる。
スロージャズと少し冷えた空気が出迎えた。
「いらっしゃい」
カウンターのママは、鮮やかな唐紅の中華服を着ていた。パツパツの服は身体の線をハッキリとさせて、目のやり場に困る。
というか、細い目のクッキリしたアジアン風の顔には見覚えがある。
「あれ?同じ人?」
俺が呟くと、NPCは臨機応変に答えた。
「あの子は妹。あたしが長女よ。3人姉妹でbunnyは3つあるわ」
「あ、そうなんですね」
「ま、本物が一人で、あとはドッペルゲンガーって都市伝説もあるみたいだけど」
ウインクしてくる。
俺は困って、おずおずと会釈で応えた。
バーのママはニコリと笑い、溌剌と言う。
「可爱!それで、ご用件は?」
本当にちゃんと中国人設定らしい。
っていうか、AIにしては表情も雰囲気も柔らかい気がする。
そう、ユメみたいな。
「新規さん?それなら、難易度はeasyの方が良いわ」
バーのママはレジの様なものをタンタン、とリズム良くタイプして何かを打ち込んで言う。
「12件の適性情報が出たわ。一覧で見てみる?」
気のせいか。
「いえ、知りたい情報は決まっています。「ミントの洞窟」について、なんですけど」
「それなら、青キューブ7個で開示できるわ」
「‥あ、金無い‥‥すみません、その‥お金がないので、出直します」
俺は馬鹿か。
バーママは微笑む。カウンターに頬杖をつき、気だるげに言った。
「特別に〜後払いでも良いよ?トイチになるけどね」
「え、本当ですか?」
「うん。じゃ、ここに署名して」
イチ、と署名をすると、バーのママは反対側から隣の欄に署名をした。
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《李文》
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NPCにも名前があるんだな。
俺は興味が湧いてたずねてみた。
「あの‥なんて読むんですか?」
バーのママは笑った。
「どうしてそんな事聞くの?関係ないでしょ」
「あ、すみません。ちょっと知りたくなって‥中国語、ぜんぜん読めないので」
「ふぅん。あたしの名前を知りたいの?それとも、中国語?」
「両方です」
「どうして気になるの?」
問われ、俺は改めて考えてみる。
「分かりません。でも、あなた達NPCも人という感じがするんです。だから名前が知りたいと思いました。名前を知った方が、身近に感じるし、呼びやすいし、話しやすいです」
バーのママは俺をじっと見て、ふっと笑った。中国服のくびれに手を当てて言う。
「なるほどね。面白い。あたしの名前はリーウェン。極秘だから、バラしちゃダメよ?」
「え、極秘なんですか」
「ええ。情報屋っていうのは耳が早いからね、あなたがバラせば直ぐヤバい奴らを派遣して殺しに行くから」
「い、言いません。絶対に」
リーウェンは真っ赤な唇を片方だけ釣り上げて微笑む。
カウンターに肘をついて指を差した。
「ここから真っ直ぐ北西に2キロ。湖に潜って、その壁側に洞窟があるわよ」
「分かりました!ありがとうございます!」
リーウェンはひらひらと手を振って言った。
「bunnyは情報の買取りもしているから、ご贔屓に〜」
俺たちはbunnyを出て、教えられた方向へ走った。
「ユメ、北西から2キロってこの辺?」
「はい。そこにある、木の橋の裏側から湖に潜ってみて下さい」
「了解」
俺はブーツを脱ぎ、思い切って、そのままドボンと湖に入った。頭を浸けて、潜る。
壁の所に、ぽっかりと穴が空いていた。
そこへ両手を掻いてバタ足で進んでいく。
息が苦しくてビックリした。
HPゲージがじわじわと減っていく。
嘘だろ。
俺は急遽コートとズボンを脱いで仕舞い、身を軽くして、穴の中を泳いだ。
少しずつ、遠くにある丸い光が大きくなってくる。
光の先は、何も無かった。
前のめりに、俺は頭から落下する。
高さはそれほど無く、地面も土の柔らかい感触があった。
ダメージは無い。
身体を起こすと、そこはミントが生い茂る、小さな草原みたいな空間だった。
ハッカの爽やかな、そよ風の様な匂いが全身を包み込む。
装備を着用し、薬を飲んでHPを回復させてから、俺は探索するために周囲を歩き出した。
進むと、ミントの葉の隙間から、何かが飛び出してきた。
慌てて飛び退く。
ミントの葉の間でキラキラ輝きを放つそれは、小さな透明のウサギだった。
赤、青、黄色、白、カラフルなウサギ達が、ひょんひょん、と飛び跳ねている。
【Candy bunny】と表示された。
可愛い。
キャンディーバニーは、俺が手で触れる場所にいても、攻撃はして来ない。
俺から攻撃を仕掛けないと、戦闘にならないようだ。
俺は手前にいた、黄色の【Candy bunny】に向かって、剣で切り付けた。
「スラッシュ!」
ウサギは俺の攻撃を躱し、ジャンプして俺に突撃してくる。素早い攻撃に対応できず、まともに突進を喰らうが、ほとんどダメージは無い。
だが、ウサギはぶつかった拍子に体が砕けて壊れてしまった。
壊れてしまうと、経験値も手に入らないし、ドロップアイテムも得られない様だ。
スキルも使うだけで壊れてしまう。
おそらく、躱しながら通常攻撃で倒すしか無いのだろう。
俺はうさぎの挙動を予測し、軽いステップを踏みながら、流れるように剣を振った。
攻撃を与えられない場合は回避に徹し、隙を狙って背後から掬うように切る。
割と硬くてHPは削れない。
criticalが入ると、一度に大ダメージを与えられる。
丁寧に、深く踏み込んで剣を突き出す。
一回一回の動きを強く集中するとダメージが少しずつ与えられる。
ついにCandy bunnyのHPゲージが赤になり、俺は右斜め上から素早く切り伏せてフィニッシュを決めた。
うさぎは010101‥という数字の羅列に変わり、渦を巻いて、一個のキューブになる。
さらに、キューブの横に、小包の典型的なキャンディーが転がっていた。
触れて、ポーチにスライドしてキャンディーを仕舞ってから、メニューを通してアイテムを確認した。
回復アイテム:バニードロップ(レモン)
性能:HPを一時的に上昇させる
なるほど。味によって効果が違うらしい。
俺は最初は苦戦したものの、コツを掴んでうさぎを倒しまくった。
赤が攻撃力、青が防御力、黄色がHPで、白がスピード、桃色がラック。
一個使ってみたが、重複しては使えないらしい。
あと、噛み砕くと効果は終わってしまう。
シロの言っていた通り、一匹当たりの経験値が高い。
どんどんレベルアップする。
通常攻撃だけでも、ダメージは十分与えられる。
頼るのはスキルではなく、自分の身体能力と観察眼だという事を、俺は改めて学んだ。
時刻は0時2分。
俺は鞄をバニードロップで一杯にして、ミントの洞窟を出た。
少しシロにも分けてあげよう。
そんな呑気なことを思っていると、ユメが武器のまま訊ねてきた。
「イチ、ヒイラギを説得する方法は、何かありますか?このままでは、難しいのではありませんか?」
「心配してくれるの?」
「はい、私はイチのマニュアルですよ」
俺は言った。
「考えはさっき思い付いた」
上手くいくかは分からないけど、試してみるしか無い。
「なぁ、応援してくれよ」
腰に下げた剣が震える。
ユメはいっぱく遅れ、声を張って言った。
「ふれー!ふれー!いちー!」
俺は気合いを入れて、暗闇の中を走り出した。




