大アルカナ「力」
✳︎訂正 佐々木ゆめ→柊ゆめ
俺はベッドの上で、ハッと目を覚ました。
否。
ロードした。
濃い木目の天井。少し埃くさくて、周囲には棚があり、ダンボールやアウトドアグッズが積まれている。
物置古屋だ。
隣には、すやすや眠っているユメがいる。
セーブデータ3 は富士山の山小屋。
それも、418I'm a teapotじゃなく、410goneの前夜だ。
俺は額に拳を当て、考えた。
今から何をすべきだ?
どうしてロードしたんだっけ。
そうだ、ヒイラギとツクモが争ったからだ。
それで、黒いコートの死神が現れて、ヒイラギを一撃で殺して‥‥
あの死神は何だったんだ?
俺はどうしたら、あの状況を回避できる?
少なくとも、俺がツクモにヒイラギの事をバラした選択は間違っていたんだ。
俺は手で顔を覆った。
最悪だ。ツクモは悪くない。俺が‥曖昧な態度をとって、ヒイラギを裏切るような行為をしてしまったからだ。
じゃあ、どうしたら‥
「イチ、どうかしましたか?」
ユメが寝返りを打って、俺を大きな猫目でじっと見ていた。
余りに可愛くて、癒される。
「‥‥ロードしたんだ」
ユメは丸い目を更に丸くした。
「そうなのですね。どんな事があったのですか?」
俺は一つずつ説明し、冷静になっていった。
「一度、シロの占いを聞こう。シロの占いは正確だ」
最後にシロに占われたのは、《逆位置の正義》
アンバランスというのは間違いなく、ヒイラギとツクモのことだった。
俺はツクモに寄りすぎていた。
どっちが正しいとかの以前に、ヒイラギの事を知らなすぎた。
だから、選択肢は3つあったのに、アンロック出来なかったんだ。
簡単なパッシブスキルでも、今まで全て未来を言い当てている。
シロの占いは強い。
だから、利用すべきだ。
「‥俺は‥ハッピーエンドは難しいけど、せめて皆んなが納得できる形の未来を目指したい」
いつしか芽生えていた感情だった。
歪んだ正義感、使命感、だとは分かっている。でも、今は俺にしか出来ない事だ。
だからこそ、今はそう思う事を自分に許したい。
「俺の力‥いや、ユメの力はそのためにある気がするんだ」
俺が何とはなしに呟くと、ユメがコクリと頷いた。
俺はメニューを開いて、視覚の左上に表示される時刻を確認する。
20時03分。
一回目は到着が早かったから、割と早く寝てしまったんだな。
そして俺はハッとした。
「そうか。二回目は到着が遅くて、ヒイラギに会ってる」
確か‥‥夜中に目が覚めて散歩をしたんだ。ちょうど1時だった。
運命が変わってなければ、1時にあそこに行けばヒイラギに会える!
まだ大分時間はある。
少し作戦を練って、占いで様子を見て考えよう。
俺は起き上がり、物置部屋から出て短い廊下を進む。
窓から月光が差し込んで、綺麗だ。古い木の廊下はミシリと音を立てて、それが少し怖かった。
突き当たりに階段があり、角度が急な階段を慎重に上ると、屋根裏部屋の小さな扉がある。
俺はノックしようとして、内側から「なにー?」とシロの声が先に答えた。
「あ、少し話がしたいんだけど、今、大丈夫?」
ガタリ、と木の扉がスライドして開く。
シロが顔を出して言う。
「いいよ」
屋根裏部屋に入る。
ベッドを叩かれて、ベッドに座れ、と言われた。
靴を脱ぎ、シロの隣に胡座を掻いて座る。
天井の窓から月光が差し込んで、幻想的な空間になっていた。
天窓を見上げると、星々が見える。
シロのすっとした白髪のショートカットが月明かりで妖精のように光って見えた。
「なんで分かったの?」
俺が問うと、シロはこちらを見た。
真っ直ぐな切長の瞳。
シロは片膝を立て、ピアスを弄りながら答えた。
「気配。この世界にいると、野生の勘みたいなのが鍛えられるの。階段の僅かな軋みが聞こえた。それで?」
このロード線のシロは、ユメの能力を知らないはずだ。
俺は考えて、一からユメの能力を説明し、事の経緯を話した。
シロは驚いた顔をした後、俺を見て言った。
「君の事は信じてないけど、ツクモの事は信じてるし、ま、助けられた恩もあるし」
「恩?」
「だから、助けてくれたから。信じるのは無償だし、言ってることが本当だって聞いてあげるよ」
そうか、このロード線じゃ、俺はススキノ高原でシロを助けている。
正直、無駄な行為だと思っていた。
でもまさか、自分の行動に助けられるとは思わなかった。
俺は言ってみた。
「パッシブの方の占いって、もう使っちゃった?」
「いや?」
シロがニヤリと笑う。
「占って欲しいの?」
俺は頷く。
「頼む」
シロが人差し指を立てた。
「一つ条件がある」
「え、今恩があるって言ったのに」
「嫌なら占わない」
「お願いします。何ですか?」
シロはベッドに座り、足を組んで言った。
「ツクモにはさ、いい子って思われたいからさー、その、もしあんたが何度もロードしてボクの無様な所とか、性格悪い所を見ても、ツクモに何も言わないでよ?」
予想外の条件で、俺は思わず微笑みそうになるのを堪えて頷いた。
「分かった。約束するよ」
「で、何を占いたいの?」
「俺の未来。俺は、今からヒイラギと話して、ヒイラギの事を知って、それで、ツクモに‥ヒイラギは悪い奴じゃないって‥」
「ヒイラギが悪い奴じゃないってソースは?そんなの分からないじゃん」
「それを話して聞いてみるんだ」
「だから、それを話してくれないでしょ、今のままじゃ。前と何も変わってないんだから」
「‥‥たしかに」
小学生相手に完全に論破されて俺は肩を落とした。
そうだよな、そんな都合よく行く訳ない。
シロが言った。
「ボクは何百回と占いをしているから分かるけど、相手を知りたい時はその相手について占うのが定石だよ」
「そうなんだ」
「うん。で、話をするんじゃなくて、駆け引きをするんだ」
「駆け引き?」
「そう。シンプルにヒイラギを揺さぶるのがベストだよ。だから弱みを知らなきゃいけない。情報ではなく、性格でも良い。ツクモは頭が良いから、言葉で相手を揺さぶれる。ま、君にそれが出来るかは分からないけど」
シロが意地悪く笑う。
でも、俺にヒントをくれている。
俺は身を乗り出して言った。
「‥やってみる。占ってくれ」
シロはタロットカードをサッと広げて俺の前に差し出す。
「ヒイラギの事を考えながら、一枚選んで」
俺は一枚引いた。
「裏返して見て」
反対になっていて、よく見えない。
俺は上下を戻して確認した。
人間と、ライオンがいる。
人間はライオンを撫でている。
strength
「‥力‥?」
「大アルカナ、《力》の逆位置。へぇ、意外」
「逆位置の力?意味は?」
「勇気の無さ、恐れ、自己嫌悪、弱さ」
俺は繰り返した。
「‥勇気の無さ、恐れ、自己嫌悪、弱さ‥どれもヒイラギの性格とは正反対みたいだけど」
「ボクの占いは百発百中。当たってないって言うのは、分からなかったから確認しようが無かった場合だ」
「うん。知ってる。シロの占いはとても正確で、頼りになる」
シロが唇を上げて微笑んだ。
そして言う。
「ヒイラギはさ、ちょっとチグハグなんだよ。急に哲学語り始めたり、そうかと思えば、みんなに合わせて俗っぽい話をしたり。ボクは今の占いでピンと来た。自分が曖昧なんだよ。リーダーの自分、正義マンの自分、凶暴な自分、ツクモに殺しをさせるような性格悪い自分。みんなに合わせる臆病な自分。そういう性格が、纏まってない感じ」
俺はシロの核心を捉えた指摘に鳥肌がたった。
「その通りだ。統合性が無いから、なんか掴めない」
「で、ヒイラギもそれを分かってる。だから自分自身に恐れる‥‥っていう解釈はどう?」
「すごく良い気がする」
そのあと少しヒイラギについてシロからエピソードを聞いた。
帰ろうかと思い、メニューを見たが、まだ21時だった。
「1時にヒイラギが来るはずなんだ。まだ時間があるな‥‥あ、ごめん、シロの部屋からはもう帰るよ」
「レベルでも上げたら?」
「え?」
「え?じゃなくてさ、本気で攻略したいなら、戦うしか無いよ」
「‥そうだな」
だが、少し怖い気持ちもある。
間違って死んだりしたら‥‥
俺は首を振った。
「レベル上げに良い場所とか、知ってるか?」
「うーん。ま、ちょっと遠くなるけど、ミントの洞窟が良いかもね。そこに居るバグは経験値大量に貰えるし、且つ、バフのかかるアイテムをドロップするから、ちょうど良いんじゃない?」
「バフって、あのバフ?」
「あのバフを何指してるか分からないけど、能力を一時的に上げるヤツだよ。レベルが足りない所を補完できる」
完璧だ。俺はそういうアイテムが喉から手が出るほど欲しかった。
「敵は倒すのに時間がかかるだけで、攻撃力は凄く低いし、普通にしていれば、死ぬ事は無いと思うよ」
「そうか!シロ、本当にありがとう!」
「イチは地図読める?」
「現実のは分かるよ」
「これ、MAP。ピン刺しといたから、夜だし道中は気を付けて。ずっと走り続ければ大丈夫だから。分からなかったら道中に居るNPCに聞けば良い」
シロがくるりと巻いた紙を差し出す。
MAP、と巻紙の上に表示される。
俺は受け取った。
「分かった。本当にありがとう!」
シロは肩をすくめて、しっし、と俺を手で追い払った。
俺はシロの部屋を出た。
武器化中で、腰の鞘に収めたままの片手剣のユメに話しかけた。
「聞いたか?」
「はい」
「今から行く。ユメの力を貸してくれ」
「任せて下さい!」
俺は山小屋を出て、夜の道を走り出した。




