418 I'm a tea pod
あっという間にボス戦の赤い鳥居の前まで来てしまった。
ツクモが集団の先頭に立った。
ヒュッとレイピアで空気を薙ぐと、振り返って勇敢に言った。
「推奨レベル的に、レッドフロアを避けていれば、致命傷は受けない。偽物のオレンジフロアにも注意しろ。行くぞ」
全員が武器を構える。
銃のリロード音のようだ、と、二度目だと判りながらも同じ感想を胸で抱いた。
散漫になりがちな思考の中、ユメの声が頭の中に響いて来た。
『イチ、頑張って!』
シンプルでやけに明るいその声が、俺の頭の靄を晴らした。
「ああ。任せろ」
今はヒイラギとツクモの事は考えるべきじゃない。
昨夜、ヒイラギは、「考えても解決出来ないことは考えるだけ時間の無駄」と言っていたが、その通りだ。
今、俺が持っている手札の情報だけじゃ、二人の事は分からない。
だから今は、とにかく勝つんだ。
シロの選択は、シロに任せる。
ただ、俺を庇って死ぬような曖昧なエスケープの仕方は、もう絶対にさせない。
鳥居を潜った。
視界が真っ暗になる。
トンネルのように、遠くに光が見えたと思ったら、それは大きくなって俺の全身を包み込んだ。
そして次の瞬間、銀朱の光輝が目を焼いた。
遅れて、肺がシクシクと痛み出す。
足が、膝から下が痺れるように痛い。
不可解な状況に、俺は混乱しながら周囲をよく観察した。
明順応するように、それはゆっくりと目視出来るようになる。
銀朱の光彩を放ち続ける床は、灼熱の沼、マグマだった。
周囲は岩石で囲まれており、熱気が篭って身体中を傷ませる。
マグマの洞窟だ。
視界に大きく被さって文字が表示される。
ー マグマ溜まり ー
前回とステージが違う。
痺れるような緊張と不安が、俺の全身を熱く貫いた。
更に、中央に文字が現れる。
418. I’m a teapot.
The requested entity body is short and stout.
Tip me over and pour me out.
文字が集結し、くるくるとその場で回り出す。やがて形となり、白い陶器みたいな、丸いものが現れる。
それは、ゆっくりとマグマの沼に沈んでいった。
「何だあれ‥」
不可解なものに気を取られ、俺は完全に油断していた。
一人のデバッガーが声を上げた。
「マグマだ!火傷でダメージを喰らうぞ!」
見ると、自分の視界のHPゲージの上に「burn」の赤いゲージが表示される。
火傷状態だ。
気づかない内に、HPはジリジリと減り続け、中間地点である、黄色のゾーンに入ろうとしていた。
俺は慌てて左手でピアスに触れ、視界の右下で腕を振った。
ショートカットに設定していた「ワセリン」が、自動で手の中に現れ、俺はプラスチックの蓋を回して開き、軟膏を適当に腕に擦りつけると、火傷のゲージが消える。
だが、直ぐに火傷状態になってしまう。
ツクモが大声で全体に言った。
「常時火傷状態になるステージだ!ワセリンは使わず、回復系の薬剤を一定間隔で摂取しろ!」
そんな馬鹿な。そんな無茶なステージがあるかよ。
俺はツクモとシロから分けて貰っていた持続回復の薬を飲んだ。
即時回復と合わせて、ストックは30個。
それまでに確実に戦闘を終えなければ、敵の攻撃を喰らわなくても自動的に俺は死ぬ、という事か。
息つく間もなく、手前のマグマの表面が泡を吐き、急に噴き上がる。
俺は素早く反応して避けた。
各地でマグマ柱が上がる。
その時、マグマの中から丸い陶磁器が姿を現す。
丸い穴の空いた眼。
ティーポットを反転させたような形状で、スラリとした注ぎ口の触手がマグマの中から現れる。
八本の触手が一斉に伸びて、俺たちの方へ凄まじいスピードで遅い掛かる。
陶磁器のようなツルツルした見た目に、二重丸の不気味な柄が、二列にビッシリと並んでいる。
集合体恐怖症の俺は、未知のステージと合わせて恐慌状態に陥り、直ぐに反応出来なかった。
避けられない!
ユメの声。
『イチ、しっかり!』
片手剣が上向く。
俺は咄嗟に腰を下げ、剣の腹でガードをした。
白い触手が視界いっぱいに迫る。
衝突。
ガギン、という音と同時に、俺は後方へ吹き飛ばされた。
途中で誰かに抱えられ、岩石に身体を叩きつけられるのは何とか免れる。
黒みを帯びた、藍色のジャケットが熱風で揺れる。
「集中しろ」
ツクモだ。
マグマの床にそっと下ろされる。
HPゲージが、赤ゲージまで減少していた。
俺はショートカットから傷薬を使用する。蓋を開けて中の薬を飲み干す。
ツクモが言う。
「ガードのタイミングは良かったよ。けど、レベルが足りない。今は避ける事に集中していろ」
「分かった」
見ると、他のデバッガーは複数の触手を上手くガードをし、隙をついて、遠距離攻撃のデバッガーが一斉に攻撃を仕掛けていた。
弓矢や弾丸、吹雪などでタコの緑のゲージがガクンと削れる。
一部のデバッガー達が悦びの雄叫びを上げたが、ヒイラギが大きく鎌を振って言う。
「マグマでレッドフロアが見えにくい。留意しろ」
触手が巨大な槍のように目の前に迫り、俺は地面に転がって避けた。身体の上を卯の花色の陶器の触手が掠める。
更に、タコは一斉に触手を高く掲げた。
その後、斜め上から薙ぎ払うように触手が振られる。
足に力を込め、高く跳躍する。ゲーム内のステータスの補正が掛かり、俺は現実ではあり得ない跳躍力で、真上へ跳んで躱した。
攻撃パターンは読めたものの、まだ必殺技が確認されていない。
俺はとにかく避ける事に集中する。
四つん這いで転がり、ジャンプしながら回避を続ける。
薬は残り15個。
タコのHPゲージが、残り3分の1を切った時、タコは触手を掲げて、奇妙な鳴き声を上げた。
クォォオオオ、と赤い音波が反響し、マグマの洞窟に響き渡る。
それを合図にしたかのように、周囲で複数の光と数字の集合体が現れた。
それはゆっくりと具現化し、マグマの上に浮かぶティーカップになる。
「ティーカップ?」
その時、空間全体が赤く点滅した。
全体がレッドフロアになっている。
俺は息を止めて辺りを見回す。
一か所だけ、赤く無い場所があった。
ティーカップの中。
タコが、触手をゆっくりと上向ける。
傾ぐようなその動作には、強い既視感があった。
ツクモが叫ぶ。
「カップの中に避難しろ!」
俺は走っていた。
右手前にあったティーカップに乗り込む。
上から透明なフィルターが降りて来て、閉じ込められる。
3秒後、レッドフロアが消え、タコは陶器の触手を傾けた。
ティーポットの注ぎ口から、黄金のマグマの雨が降り注ぐ。
バリアによって、ティーポット内は守られていた。
絶叫が聞こえた。
逃げ遅れた2人が大ダメージを受ける。
もう一人は直ぐ近くにいる。
「うぁぉああああ、あぁぁぁあ」
男の上に文字が表示される。
【Tip me over and pour me out. 】
(外に注いで下さい)
デバッガーが走ってきて、俺に向かって手を伸ばす。
俺がバリアの外へ手を伸ばそうとした所を、シロに引き止められた。
「今出たら、死ぬ!」
「でも!」
その時、遠くのカップから稲妻が飛び出した。マグマのシャワーを浴びながら、デバッガーを抱えてティーカップの中に戻った。
ツクモは大ダメージを受けてHPが赤くなっているが、至極冷静に自分も回復薬を飲みながら、もう一人にも薬を飲ませて救出した。
ツクモの勇敢な行動に息を呑む。
シロが両手を握りしめて問う。
「死ぬかもしれないのにどうして助けるの」
「計算していた。乱数を引いても俺は死なないよ」
マグマの雨が終わった後、カップは反転して、俺たちを無理やりカップの中から追い出した。
マグマの沼に転がり落ちる。
再び火傷状態が発生し、俺はピアスに触れ、右手を振ってショートカットで薬を出し、アルミの蓋を外して持続回復の薬を飲み干す。
黄色のHPが緑に戻っていく。
胃に水分が溜まり過ぎて吐きそうだ。
他人を助ける余裕なんて俺は無いんだ。
その時、ヒイラギが言った。
「触手の一部にヒビが入っている。そこを狙え!」
確かに微かだが、触手の吸盤の横側にヒビがある。
ヒイラギの指示でバラバラだった攻撃が一点に集中する。
俺も触手の突き攻撃をジャンプして躱してから、ヒビ部分に上段から両手で思い切り剣を振り下ろした。
その時、周囲一帯が赤く点滅した。
ツクモが言う。
「カップに逃げろ!」
俺は即座に踵を返して走り、ティーカップの中に飛び込む。
視界いっぱいに、マグマの雨が降り注ぐ。
今度は全員避難できている。
ヒイラギが高く鎌を掲げた。
『groul』
トラが吠える。
黄色の波紋が広がり、タコの足と体に直撃した。
【fear】という表示がHPバーの上に生まれ、タコが震えながら停止する。
ヒイラギが大きく鎌を振り翳し、野太い声で合図を掛けた。
「勝負どころだ、属性スキルを叩き込め!」
「属性スキル?」
俺が呟くと、ユメが答えた。
『属性攻撃のスキルはHPを消耗します。発動とその後の硬直も大きいので、諸刃の剣とも言えます』
「なるほど」
シロが杖を振る。
『turn up』
シロの頭上に現れたタロットカードが捲られる。
黄金の盃を持った、水色のターバンを持った男。
『小アルカナ ーカップのページー 蓮の花と水の力!』
杖の先から凄まじい勢いで水が噴射される。桃色の花びらが噴水の中でくるくる回りながら、タコの触手に激突する。
俺には属性スキルが無い。
多分、今のところ『スラッシュ』と『スターラッシュ』だけだ。
それでも力になりたい。戦いたい。
そうだ、一度、俺は410goneでスキルを発動していた。
俺は逆手で剣を持ち変える。
この世界はイメージが大切だとツクモが教えてくれた。
俺は戦える!
強く思い込んでマグマの上を走った。
ヒイラギのトラの硬直が溶ける。
のたうち回り、頭上から叩き潰すように降ってくる触手を横に飛び退いて躱し、奥の本体、体の部分へ走る。
逆手に持った剣に力を込め、俺は下段から全力で切り付けようとした。
刹那、ユメが機械的に唱えた。
『ペンドゥラム・ブレイク』
刃が出血するように、真っ赤な火花がぶち上がる。
身体の力を抜き、俺は獣のように唸りながら、一息に下段から切り上げた。
重く硬い感触。
もっと、もっとだ。
剣を振り上げた力を重しに、後転しながら高く跳躍する。
pendulumは、振り子の意。
強力な二連撃のスキルだ。
丸い頭部が近づく。
この一斬りに、全てを賭ける。
俺は意識を捨てる。
内なる獰猛な生の欲望に身を任せ、剣を右上から右下へ、切り伏せた。
高熱の刃が光って、爆発する。
堪えきれず、自身まで吹き飛ばされた。
マグマの上に転がる。
すぐさま誰かに起き上がらされ、無理やり回復薬を口に突っ込まれた。
「早く飲め!」
HPが真っ赤で点滅している。ほぼ無い。
飲むと直ぐに全回復した。
ツクモが息をついて言う。
「全く、無茶なことをする」
タコのゲージを見ると、同じ様にミリ単位だった。
ツクモが呟く。
「でも、あり得ないダメージだ。イチのレベルと釣り合ってない」
俺はピンと来て言った。
「イメージしたよ、自分が世界を救う勇者だってな」
ツクモが肩を竦めた。
その後、他を揺るがすような凄まじい雷光がティーポットを襲う。
ヒイラギが鎌を振る。
『claw』
三本のアンバーの曲線が、タコを切り裂いた。
タコのHPが減少し、遂に0になる。
ティーポットのタコはパリン、と美しく破れて、数字の羅列になる。それは渦を巻き、小さく凝縮されて、金色のキューブになった。
マグマは蒸発するように消えていき、ただの洞窟になる。
ヒイラギが金色のキューブを手にした。
「後で山分けする」
歓声が沸き起こる。
同時に、「ピーン、ピーン、ピーン‥」という音がひっきり無しに鳴っている。
パーティの画面を見ると、大量の経験値により、俺はどんどんレベルが上がっていた。
倒した。
俺は気が抜けて座り込んだ。
隣を見ると、シロが憔悴した顔でため息をついていた。
ツクモが駆け寄り、シロの肩を抱くと、シロは少しだけ表情を緩めた。
シロが居る。
今回は、シロが居る。
シロを助ける事が出来た。




