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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
22/65

418 I'm a tea pod

 あっという間にボス戦の赤い鳥居の前まで来てしまった。


 ツクモが集団の先頭に立った。

 ヒュッとレイピアで空気を薙ぐと、振り返って勇敢に言った。


「推奨レベル的に、レッドフロアを避けていれば、致命傷は受けない。偽物フェイクのオレンジフロアにも注意しろ。行くぞ」


 全員が武器を構える。

 銃のリロード音のようだ、と、二度目だと判りながらも同じ感想を胸で抱いた。


 散漫になりがちな思考の中、ユメの声が頭の中に響いて来た。


『イチ、頑張って!』


 シンプルでやけに明るいその声が、俺の頭のもやを晴らした。


「ああ。任せろ」


 今はヒイラギとツクモの事は考えるべきじゃない。

 

 昨夜、ヒイラギは、「考えても解決出来ないことは考えるだけ時間の無駄」と言っていたが、その通りだ。


 今、俺が持っている手札の情報だけじゃ、二人の事は分からない。


 だから今は、とにかく勝つんだ。


 シロの選択は、シロに任せる。

 ただ、俺を庇って死ぬような曖昧なエスケープの仕方は、もう絶対にさせない。


 鳥居を潜った。 


 視界が真っ暗になる。

 トンネルのように、遠くに光が見えたと思ったら、それは大きくなって俺の全身を包み込んだ。


 そして次の瞬間、銀朱の光輝が目を焼いた。

 遅れて、肺がシクシクと痛み出す。

 足が、膝から下が痺れるように痛い。

 不可解な状況に、俺は混乱しながら周囲をよく観察した。


 明順応するように、それはゆっくりと目視出来るようになる。


 銀朱の光彩を放ち続ける床は、灼熱の沼、マグマだった。

 周囲は岩石で囲まれており、熱気が篭って身体中を傷ませる。

 マグマの洞窟だ。


 視界に大きく被さって文字が表示される。



 ー マグマ溜まり ー



 前回とステージが違う。

 痺れるような緊張と不安が、俺の全身を熱く貫いた。

 更に、中央に文字が現れる。


 418. I’m a teapot.


The requested entity body is short and stout.

Tip me over and pour me out.



 文字が集結し、くるくるとその場で回り出す。やがて形となり、白い陶器みたいな、丸いものが現れる。

 それは、ゆっくりとマグマの沼に沈んでいった。


「何だあれ‥」

 

 不可解なものに気を取られ、俺は完全に油断していた。


 一人のデバッガーが声を上げた。


「マグマだ!火傷でダメージを喰らうぞ!」


 見ると、自分の視界のHPゲージの上に「burn」の赤いゲージが表示される。


 火傷(やけど)状態だ。

 気づかない内に、HPはジリジリと減り続け、中間地点である、黄色のゾーンに入ろうとしていた。


 俺は慌てて左手でピアスに触れ、視界の右下で腕を振った。

 ショートカットに設定していた「ワセリン」が、自動で手の中に現れ、俺はプラスチックの蓋を回して開き、軟膏を適当に腕に擦りつけると、火傷(やけど)のゲージが消える。


 だが、直ぐに火傷状態になってしまう。

 

 ツクモが大声で全体に言った。


「常時火傷状態になるステージだ!ワセリンは使わず、回復系の薬剤を一定間隔で摂取しろ!」


 そんな馬鹿な。そんな無茶なステージがあるかよ。


 俺はツクモとシロから分けて貰っていた持続回復の薬を飲んだ。

 即時回復と合わせて、ストックは30個。

 それまでに確実に戦闘を終えなければ、敵の攻撃を喰らわなくても自動的に俺は死ぬ、という事か。


 息つく間もなく、手前のマグマの表面が泡を吐き、急に噴き上がる。


 俺は素早く反応して避けた。

 各地でマグマ柱が上がる。


 その時、マグマの中から丸い陶磁器が姿を現す。

 丸い穴の空いた眼。

 ティーポットを反転させたような形状で、スラリとした注ぎ口の触手がマグマの中から現れる。

 八本の触手が一斉に伸びて、俺たちの方へ凄まじいスピードで遅い掛かる。

 陶磁器のようなツルツルした見た目に、二重丸の不気味な柄が、二列にビッシリと並んでいる。

 

 集合体恐怖症の俺は、未知のステージと合わせて恐慌状態に陥り、直ぐに反応出来なかった。

 避けられない!


 ユメの声。


『イチ、しっかり!』


 片手剣が上向く。

 俺は咄嗟に腰を下げ、剣の腹でガードをした。


 白い触手が視界いっぱいに迫る。


 衝突。


 ガギン、という音と同時に、俺は後方へ吹き飛ばされた。

 途中で誰かに抱えられ、岩石に身体を叩きつけられるのは何とか免れる。


 黒みを帯びた、藍色のジャケットが熱風で揺れる。


「集中しろ」

 

 ツクモだ。

 

 マグマの床にそっと下ろされる。

 HPゲージが、赤ゲージまで減少していた。

 俺はショートカットから傷薬を使用する。蓋を開けて中の薬を飲み干す。


 ツクモが言う。


「ガードのタイミングは良かったよ。けど、レベルが足りない。今は避ける事に集中していろ」

「分かった」


 見ると、他のデバッガーは複数の触手を上手くガードをし、隙をついて、遠距離攻撃のデバッガーが一斉に攻撃を仕掛けていた。

 弓矢や弾丸、吹雪などでタコの緑のゲージがガクンと削れる。


 一部のデバッガー達が悦びの雄叫びを上げたが、ヒイラギが大きく鎌を振って言う。


「マグマでレッドフロアが見えにくい。留意しろ」


 触手が巨大な槍のように目の前に迫り、俺は地面に転がって避けた。身体の上を卯の花色の陶器の触手が掠める。

 

 更に、タコは一斉に触手を高く掲げた。

 その後、斜め上から薙ぎ払うように触手が振られる。

 足に力を込め、高く跳躍する。ゲーム内のステータスの補正が掛かり、俺は現実ではあり得ない跳躍力で、真上へ跳んで躱した。


 攻撃パターンは読めたものの、まだ必殺技が確認されていない。

 俺はとにかく避ける事に集中する。

 四つん這いで転がり、ジャンプしながら回避を続ける。


 薬は残り15個。


 タコのHPゲージが、残り3分の1を切った時、タコは触手を掲げて、奇妙な鳴き声を上げた。

 クォォオオオ、と赤い音波が反響し、マグマの洞窟に響き渡る。


 それを合図にしたかのように、周囲で複数の光と数字の集合体が現れた。

 それはゆっくりと具現化し、マグマの上に浮かぶティーカップになる。


「ティーカップ?」


 その時、空間全体が赤く点滅した。

 全体がレッドフロアになっている。

 俺は息を止めて辺りを見回す。


 一か所だけ、赤く無い場所があった。

 

 ティーカップの中。


 タコが、触手をゆっくりと上向ける。

 かしぐようなその動作には、強い既視感があった。

 

 ツクモが叫ぶ。


「カップの中に避難しろ!」


 俺は走っていた。

 右手前にあったティーカップに乗り込む。

 上から透明なフィルターが降りて来て、閉じ込められる。

 

 3秒後、レッドフロアが消え、タコは陶器の触手を傾けた。

 ティーポットの注ぎ口から、黄金のマグマの雨が降り注ぐ。

 バリアによって、ティーポット内は守られていた。


 絶叫が聞こえた。

 逃げ遅れた2人が大ダメージを受ける。

 もう一人は直ぐ近くにいる。

 

「うぁぉああああ、あぁぁぁあ」


 男の上に文字が表示される。



【Tip me over and pour me out. 】


(外に注いで下さい)



 デバッガーが走ってきて、俺に向かって手を伸ばす。

 俺がバリアの外へ手を伸ばそうとした所を、シロに引き止められた。


「今出たら、死ぬ!」

「でも!」


 その時、遠くのカップから稲妻が飛び出した。マグマのシャワーを浴びながら、デバッガーを抱えてティーカップの中に戻った。


 ツクモは大ダメージを受けてHPが赤くなっているが、至極冷静に自分も回復薬を飲みながら、もう一人にも薬を飲ませて救出した。


 ツクモの勇敢な行動に息を呑む。

 シロが両手を握りしめて問う。


「死ぬかもしれないのにどうして助けるの」

「計算していた。乱数を引いても俺は死なないよ」


 マグマの雨が終わった後、カップは反転して、俺たちを無理やりカップの中から追い出した。

 マグマの沼に転がり落ちる。

 再び火傷状態が発生し、俺はピアスに触れ、右手を振ってショートカットで薬を出し、アルミの蓋を外して持続回復の薬を飲み干す。


 黄色のHPが緑に戻っていく。

 胃に水分が溜まり過ぎて吐きそうだ。

 他人を助ける余裕なんて俺は無いんだ。

 

 その時、ヒイラギが言った。


「触手の一部にヒビが入っている。そこを狙え!」


 確かに微かだが、触手の吸盤の横側にヒビがある。


 ヒイラギの指示でバラバラだった攻撃が一点に集中する。


 俺も触手の突き攻撃をジャンプして躱してから、ヒビ部分に上段から両手で思い切り剣を振り下ろした。


 その時、周囲一帯が赤く点滅した。

 ツクモが言う。


「カップに逃げろ!」


 俺は即座に踵を返して走り、ティーカップの中に飛び込む。

 視界いっぱいに、マグマの雨が降り注ぐ。

 今度は全員避難できている。


 ヒイラギが高く鎌を掲げた。


groulグローウ


 トラが吠える。

 黄色の波紋が広がり、タコの足と体に直撃した。


 【fear】という表示がHPバーの上に生まれ、タコが震えながら停止する。


 ヒイラギが大きく鎌を振り翳し、野太い声で合図を掛けた。


「勝負どころだ、属性スキルを叩き込め!」


「属性スキル?」


 俺が呟くと、ユメが答えた。


『属性攻撃のスキルはHPを消耗します。発動とその後の硬直も大きいので、諸刃の剣とも言えます』


「なるほど」


 シロが杖を振る。


『turn upターンアップ


 シロの頭上に現れたタロットカードが捲られる。


 黄金の盃を持った、水色のターバンを持った男。


『小アルカナ ーカップのページー 蓮の花と水の力!』


 杖の先から凄まじい勢いで水が噴射される。桃色の花びらが噴水の中でくるくる回りながら、タコの触手に激突する。


 俺には属性スキルが無い。

 多分、今のところ『スラッシュ』と『スターラッシュ』だけだ。

 それでも力になりたい。戦いたい。


 そうだ、一度、俺は410goneでスキルを発動していた。


 俺は逆手で剣を持ち変える。


 この世界はイメージが大切だとツクモが教えてくれた。


 俺は戦える!

 強く思い込んでマグマの上を走った。


 ヒイラギのトラの硬直が溶ける。


 のたうち回り、頭上から叩き潰すように降ってくる触手を横に飛び退いて躱し、奥の本体、体の部分へ走る。


 逆手に持った剣に力を込め、俺は下段から全力で切り付けようとした。


 刹那、ユメが機械的に唱えた。


『ペンドゥラム・ブレイク』


 刃が出血するように、真っ赤な火花がぶち上がる。

 身体の力を抜き、俺は獣のように唸りながら、一息に下段から切り上げた。


 重く硬い感触。

 

 もっと、もっとだ。


 剣を振り上げた力を重しに、後転しながら高く跳躍する。


 pendulumは、振り子の意。

 強力な二連撃のスキルだ。


 丸い頭部が近づく。


 この一斬りに、全てを賭ける。

 俺は意識を捨てる。

 内なる獰猛な生の欲望に身を任せ、剣を右上から右下へ、切り伏せた。


 高熱の刃が光って、爆発する。


 堪えきれず、自身まで吹き飛ばされた。

 マグマの上に転がる。

 すぐさま誰かに起き上がらされ、無理やり回復薬を口に突っ込まれた。


「早く飲め!」


 HPが真っ赤で点滅している。ほぼ無い。

 飲むと直ぐに全回復した。

 

 ツクモが息をついて言う。


「全く、無茶なことをする」


 タコのゲージを見ると、同じ様にミリ単位だった。

 

 ツクモが呟く。


「でも、あり得ないダメージだ。イチのレベルと釣り合ってない」


 俺はピンと来て言った。


「イメージしたよ、自分が世界を救う勇者だってな」


 ツクモが肩を竦めた。


 その後、他を揺るがすような凄まじい雷光がティーポットを襲う。


 ヒイラギが鎌を振る。


clawクロウ


 三本のアンバーの曲線が、タコを切り裂いた。


 タコのHPが減少し、遂に0になる。


 ティーポットのタコはパリン、と美しく破れて、数字の羅列になる。それは渦を巻き、小さく凝縮されて、金色のキューブになった。


 マグマは蒸発するように消えていき、ただの洞窟になる。


 ヒイラギが金色のキューブを手にした。


「後で山分けする」


 歓声が沸き起こる。


 同時に、「ピーン、ピーン、ピーン‥」という音がひっきり無しに鳴っている。

 パーティの画面を見ると、大量の経験値により、俺はどんどんレベルが上がっていた。


 倒した。


 俺は気が抜けて座り込んだ。


 隣を見ると、シロが憔悴した顔でため息をついていた。

 ツクモが駆け寄り、シロの肩を抱くと、シロは少しだけ表情を緩めた。


 シロが居る。


 今回は、シロが居る。


 シロを助ける事が出来た。


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