《する》《しない》《?》
ツクモを信用する?
《する》 《しない》
表示された後、なんと、もう一つの選択肢が追加で現れた。
《する》《しない》《?》lock
lock‥‥ロック。
つまり、鍵が掛かって選択できない。
これは、ギャルゲーでたまに存在する。
この選択肢を選ぶには、フラグを立てなければいけない。
ゾッと鳥肌が立つ。
一体‥‥なんのフラグを立てれば良いんだ。
もしフラグを立てたら、中立の立場を保てるのだろうか。
この手のゲームなら、unlockした選択肢がトゥルーエンドに繋がる。
しかし、これはゲームじゃない。
プログラマーなのか?
プログラマーは、俺に何を求めているんだ?
選択しなければ、一向に時は動かない。
俺は試しに《?》を押してみたが、果然反応はしなかった。
俺は《はい》を押した。
再び世界が動き出す。
後悔はしていない。ツクモ個人は、悪い人間では無いと思う。
裏切られたとしても、理由があるはずだ。
シロへの気持ちは、あの表情は本心だと思う。
未来の事なんて、全く分からない。
だからこそ、俺は、この選択を信じる。
「ツクモ、今選択肢があった」
「ふぅん」
「信じると答えた。だからツクモも、俺に嘘をつかないで欲しい」
ツクモは頷いた。
藍色がかった濡羽色の瞳が、俺を見つめた。
夜空を飛び、富士山の裾野を上がり、ようやく山小屋に辿り着いた。
山小屋の麓の部分は平らに整備されている。そこに半球型のテントの様な建物が幾つか間を開けて立っていた。
こんなもの、ロード前は無かった。
そうか!あの時は夕方には着いていたけど、時間が遅いから状況が変わったんだ。
「何これ」
「キャンプキットっていう消費アイテムがある。宿はいっぱいかもな」
確認すると、案の定、屋根裏部屋と物置小屋は埋まっていた。
外に出て、ツクモがキャンプキットを取り出す。黄色の厚い巨大な袋だ。
俺はふと疑問に思ってたずねた。
「当日集合すれば良いんじゃないの?」
「ボス戦前は、他のデバッガーと交流して情報を交換する機会でもある。俺はまぁ、万が一。ここは猿山と同じだ。現状最高レベルの俺が居た方が治安が安定するし、様子を見てる」
ツクモは袋から、簀子や杭、鉄パイプのような支柱を取り出し、テキパキとテントを立て始めた。
ツクモが言う。
「見てないで手伝え」
「何でこんなリアルなんだよ」
「アウトドアを楽しめるようにって事だろ。もう一つの現実世界でより良い生活をする、メタバース計画の名残だ」
俺は剣を抜いて唱えた。
「チェンジ」
数字の羅列の中から、咲くようにユメが現れる。
ユメはキャンプキットを見て目を大きくしあ。
「これがあの、アウトドア、キャンプ、という物ですね!」
「いや、ちょっと違うけど」
「手伝います!指示を下さい」
みんなで協力してテントを立てた。
簀子の上に青いビニールシートを敷く。俺は四本の脚の杭を、トンカチで地面に打ち付けた。
「完成!」
シロが、テントの中に入って寝転がる。
寝袋を取り出し、中に潜り込んでシロはすぐに眠ってしまった。
ユメもツクモに貸してもらった俺の寝袋に入って寝ている。
AIって寝るんだな。
ツクモは小さなテーブルを取り出し、その上にランプと、コンビニのサンドイッチを出した。
「卵か、ハムレタス、カツ、何が良い?」
「何でも良い」
「みんなで分けろ」
ツクモは三つ置いて言った。
「じゃあ俺はログアウトするから」
「‥‥ありがとう」
ツクモは微かに頬を緩めた。小さく息を吐いて、テントを出て行った。
寝袋でスヤスヤ眠るユメを起こすのも可哀想な気がして、俺はビニールシートの上にそのまま転がった。硬い。
一度眠って、ふいに目が覚めた。
ツクモは居ない。
ピアスに触れてメニュー画面から時間を確認すると、ちょうど1時だった。
まだリハビリとか、しているんだろうか。
余命って、どの位なんだろう。
ツクモは‥‥大丈夫なのかな。
目が覚めてしまい、なんとなく外の空気を吸う事にした。
外ではデバッガー達が数人集まって談笑していた。
山小屋付近を一周回って歩いていると、見知った人物が居た。
茶色のコートを着て、キセルを吹かしている。山小屋の壁に背を凭れ、何かを考えているような様子だった。
ヒイラギは俺に気がつき、目を丸くした。
「驚いた。声くらい掛けろ」
俺は敬語にするか逡巡し、止めた。
「ごめん」
「まだツクモと居るのか」
「ああ」
「どうしてだ?お前も犯罪者に手を貸した幇助犯になるぞ」
実感が湧かない。
俺は答えられずに口を閉ざした。
「何を考えている?」
「‥どうして‥‥この世界は不平等なんだろうと思って‥」
ツクモもシロも、可哀想だ。
ヒイラギは白い煙を吐いて言った。
「お前の思う平等とは何だ?」
たずねられて、俺は詰まった。
「‥みんなが幸せに暮らせるような、社会」
ヒイラギはキセルを仕舞い、俺に向き合って言った。
「前提が間違っている。他者から見て恵まれていても、その人間なりの苦しみがある。他者の痛みは分からない。同じように自身の痛みは他者には分からない。人は死ぬまで永遠に、自分だけの痛みや苦しみと闘わなければならない。幸も不幸も、他人と比較し分かち合って、測るものでは無いからだ」
哲学的過ぎて、直ぐに理解出来なかった。
「そうじゃなくて‥病気とか、貧困とか」
「それを是正することがいかに難しいかは、人類史で証明されている。考えても解決出来ない出来事を考えるのは、自分に酔った無駄な時間だ」
「‥‥」
「人間の性質が、不平等だということを理解していない人間は多い。そんなものを嘆く暇があればゴミの一つや二つ、拾った方がマシだ」
ヒイラギはそう言い残し、静かに自分のテントに戻って行った。
もはや怒りも湧かなかった。
あまりに正論過ぎて、ヒイラギが、機械のようにすら思えた。
俺がテントに戻ると、ユメがサンドイッチを頬張っていて、笑ってしまった。
ユメが頬にソースを付けて顔を上げる。
「タマゴは残しとけよ、シロのだから」
ユメは頷く。
ややあって、ユメは両手で食べかけを差し出してきた。
ユメがショートの黒髪を揺らして言う。
「‥どうぞ」
せっかくの厚意なので受け取る事にした。
「二つ入っているんだから、一個分けてくれよ」
「分かりました、今度からそうします」
「そういえば、何か思い出した事とかある?前に現実の女の子を知っている気がするって言ってたけど」
「ロード前の出来事ですか?」
「ああ、そっか。うん」
「私は、サンドイッチを知っています。私は、ハムチーズが好きでした」
「へぇ!俺も好き。美味いよな」
「はい!」
ユメが嬉しそうに笑った。
ユメは逆に、少しずつ人間らしくなっている気がする。
「私はどこでも寝られるので、寝袋を使って下さい。大した差は感じないようです」
「いいの?風邪引いたりしない?」
「はい」
俺は結局、寝袋を譲って隣に寝た。
暗闇で、ユメの丸い猫目と目が合う。
微笑んで、「おやすみなさい」と言ってくれた。
◯ ◯ ◯
翌朝。
九合目の鳥居の前で話し合いが始まった。
シロは皆んなの前で占いをしなかった。
昨日、俺がbunnyでヒイラギと話をしている間、ツクモの前で占いをしたのだと言っていた。
代わりにツクモが占い結果を図を用いながら説明し、ツクモが改善した配置を見て、俺は目を疑った。
違う。
前回のロード線と明らかにデバッガーの配置が異なる。
ヒイラギが言う。
「直前でアップデートが入った。今回の敵は、418 I’m a teapot」
418 I'm a teapot?
一斉にみんなが喋り始めた。
一人のデバッガーが、ヒイラギに問う。
「410gone の間違いじゃないのか?」
「違う。最終確認をした所、アップデートが入っている事が判明した。【418 I’m a teapot】は、富士山麓に出現するボスで、火属性の攻撃を仕掛けてくる。形状は不明。
情報源はbunnyだ。万が一を効力し、赤キューブ20個を使うと情報を吐いた」
デバッガー達が口々に言う。
「マジかよ」
「高すぎるだろ」
「そんなの聞いてねぇよ」
ヒイラギが言う。
「ツクモと話し合いをした結果、水属性の人間を前衛にバランス良く配置することにした」
俺はシロに小声でたずねた。
『水属性って何?装備のこと?』
『ピアスの色。例えば、ツクモはピアスが青だから水属性。イチは赤だから、炎属性。ボクは桃色だから、花属性』
ツクモが全体を見て、言う。
「確認だが、地方の金バグは、『エラーコード』に統一されている。エラーコードとは、どのエラーをしたのか示すものだ。そしてボスの性質はエラーの内容に影響を受けている傾向がある」
ツクモはパワーポイントのような壁紙を表示させ、電子のペンで説明を書き始める。
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404 Not Found
リクエストしたリソースが見つかりません
410gone
ファイルが削除されているため、ウェブページが表示できません
= 永久消滅を意味する
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ツクモは理路整然と説明する。
「418I'm a teapot は、エイプリルフールに外国で学生によって作られたものだ。裁判まで行われ、正式にエラーコード418の番号が学生のジョークに占有されてしまったという話だ。サイトによっては、処理したくない都合の悪いリクエストに対してこのエラーコードが出るようになっている」
410goneは永久消滅を象徴し、その攻撃をしてきたが、これは解釈が難しそうだ。
「ティーカップみたいな形状をしているのかもしれない。とりあえず全員ショートカットにワセリンをセットしておくのが良いだろう」
俺はシロにたずねた。
『ワセリンってあのワセリン?』
『状態異常はなんでも治すやつ。みんな常備しているやつだよ』
『そうなのか』
『後で分けてあげる』
『ありがとう』
他のデバッガー達がぼやき出す。
「あぁ、マジでプログラマーうぜぇな。何だってそんなアップデートをすんだよ」
「他に情報は無いのか?」
「そんなんで勝てるのかよ」
武器をマニュアル化して戻す人間が現れ始める。
確かに、リスクが大きすぎる。
その時、ツクモが凛と言った。
「やってもみないのに臆してどうする?俺達は何度もボス戦を乗り越えてきた!」
ヒイラギはツクモの隣に立ち、精悍な顔で決意を語る。
「我々は諦めない。そして、社会に報復する。俺達は声を上げ、戦わなくてはならない。ここでなら、俺たちは戦える」
全員が、二人の言葉に飲み込まれていた。
「境遇は違うが、俺たちは同じ痛みを知っている。仲間ではないが、集団だ。だからこそ力を合わせられる。この世界で戦える」
ヒイラギが無言で鎌を掲げた。
すると、少しずつデバッガー達は武器を挙げ始める。
俺も合わせて片手剣を挙げた。
何が偽りで何が本当なのか、俺にはもう分からなかった。




