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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
18/65

幸福

 

 ロードだ。


 俺はゆっくりと、赤い剣を持ち上げる。

 刃を喉元に押し当てたその瞬間、キン、という短い金属音と共に、魔法のように剣が消えた。


 何が起きたのか分からなかったが、上空から降ってくる何かを、いつの間にか目の前に居たツクモがキャッチした。


 俺の剣だと、ややあって、気が付いた。


「ツクモ‥ロードする。大丈夫。ロードするから‥‥またやり直せるから、大丈夫」


 周囲のデバッガーが、哀れみの目で俺を見ているのが分かる。


 違う。

 違うんだ。

 俺は混乱しているわけじゃない。

 ちゃんと本当にロード出来るんだ。


 俺はツクモだけでなく、皆んなに向き直って両腕を開いて言った。


「本当なんだ。安心してくれ。やり直して、みんな死なないように出来る力があるんだ!だから‥」


 ツクモが俺の腕を掴む。


「しなくて良い」

「分かった。だから、剣を返して‥」

「ロードしなくて良い」


 ロード、しない?


「うん。ロードするよ」

「しない」


 ツクモが二度言った。


「しない。ロードはさせない」


 絶望に近い惑乱が、俺を支配し、俺はツクモの肩にしがみ付いて哀願していた。


「‥‥なんでだよ!!ロードしよう!ロードさせてくれ!剣を返してくれ!」

「シロは、現実に帰った方が良い」


 現実?現実に帰る?


「ツクモは、この世界を攻略したいんだろ?だから、強いデバッガーが死んだら困るって言ってたじゃないか。だからロードをして被害を少なくする。シロは皆んなを守っていたし、シロがいなきゃもっと被害は大きくなっていた。シロが居なくなったら、攻略に困るじゃないか!そうだよ!そうだよな?」


 ツクモは無表情で、微動だにせず返す。


「ロードしない」


 俺は信じられずにツクモに問う。


「どうしてだよ!理由を聞かせろ!!」

「‥シロは‥現実に帰っただけだ。死んだ訳じゃない」

「そういうことを聞いているんじゃねぇよ」


 俺はツクモの肩に爪を立てて揺さぶった。

 ツクモは俺を睨み、腕を払い除けようとする。取っ組み合いになり、俺たちは地面に転がった。


「何でだよ!!やり直すんだよ!!」

「やり直さなくて良い。現実に帰っただけだ。シロは死んだわけじゃない」

「もう一度ロードすれば、エスケープしなくて済む。そうだよ、俺がシロにユメの能力を《話していたら》シロは自分の身を挺してまで俺を守らなかったはずだ。だってやり直せば良いって分かってるんだから。そうだよ、だから次は絶対大丈夫」


 衝撃があり、俺の身体は後ろに吹き飛んでいた。

 黒い砂礫に背中をぶつける。

 体力ゲージが一気に減って、半分になり、オレンジ色になった。

 ツクモがゆっくりと近づいて、俺を見下ろす。


「お前は小学生のシロが、義務教育も受けずにここで戦い続ける事が幸福だと思うか?俺はそうは思わない。永遠なんてものは無い。この世界が終わった時、シロは現実で生きていけなくなる。それこそ、本当の檻の中でしか」


 急に現実的な話をされ、俺はついて行けずに唾を飲み込んだ。

 ツクモは項垂れるようにして、感情を押し殺した声で言う。


「シロは聡明だから、それを理解してる。だから、お前を生かして自分が死んだんだろ。ここが潮時だと思ったんだろう。俺は三年間シロを見てきた。シロは分かってる。ずっと悩んでいたのを、俺は知っている。お前はそんなシロの覚悟を、選択を、蔑ろにするつもりか?」


「‥‥でも、現実に帰ってシロが幸福になれるかどうかなんて、分からない」


「それはシロが決める事だ」


「子供が小学生のうちに借金して、餓死しそうになるレベルって、相当だろ‥‥それこそ、辛い金の稼ぎ方になるかもしれない。シロが高校生とかならまだしも、小学生って、まだ親に頼らなきゃならないし、正直‥‥シロが幸せになれるとは‥思えない」


 ザッという音と共に、首のギリギリを剣が貫いた。

 ツクモが俺の胸ぐらを掴んで静かに言った。


「最低だな。勝手に人の一生を決めるなよ。シロをバカにするな」

「バカにしてない。限界があると思うっていう話だよ。俺は両親が、相手の親に謝罪した。俺がいじめをしたって疑った。それだけでこんな辛い気持ちになるんだ。シロは‥‥たぶん、もっとひどい扱いを両親から受けているんだろう?どれだけ‥‥傷ついたことか」


 想像すると涙が出てきた。

 

「それとこれとは話が別だ。全員がお前と同じ環境にいると思うな」

「そういうことを言っているんじゃない!剣を返せ!!」


 俺が飛び付くと、蹴飛ばされ、俺は背中から、地面に打ち付けられた。

 ゲージが赤になる。

 ツクモが俺の胸ぐらを掴み、憎悪に満ちた目で俺を睨み付けた。


「現実で、お前の状況を詳しく調べたよ。お前はさ、消えたいとか死にたいとか、甘えた事ばかり言いやがって、俺はそういう奴が大嫌いだ」

「お前に何が分かるんだ!!」

「シロの選択を踏み躙る、お前が甘いって言ってるんだよ」

「だから、だから俺が責任をもってロードをする!」

「責任って、お前一人で勝てるっていうのか?俺の力がなきゃ、手も足も出なかった癖に!」


 俺は立ち上がり、ツクモに掴み掛かった。

 俺とツクモはもつれあい、転がって、砂まみれになって、最後は仰向けになり、互いに頭を両手で深く抱えていた。


 俺は最期の脅し文句を口にする。


「ロードは自由に操れない。もし新しくセーブが書かれたら、もうシロは完全に戻ってこないし、やり直せないかもしれない!お前はそれで本当に良いのか?三年間過ごした人が、お前のことを忘れてしまうんだぞ!」


 ツクモが片手で顔を覆う。 

 そんな姿を初めて見て、俺は動揺した。

 ツクモは掠れた声で言う。


「シロ本人に聞いてこい。話を聞いて、そして、お前がもう一度決めろ」


 シロにとってツクモが助けてくれる恩人であったのと同様、ツクモも自分を頼る小さなシロを、心から可愛がっていたのだろう。


「‥もう一度‥」


 この辛い状況を、初めから‥


「覚悟が無いならやるな」


 何故か、シロの声が聞こえた。



 ー 諦めなければ、道は開かれる

   良い引きだね



 俺は近くに転がっていた、ツクモの剣を取った。


 やけに細くて軽いそれを、首に突き立てた。




 critical!




 世界が停止した。


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