幸福
ロードだ。
俺はゆっくりと、赤い剣を持ち上げる。
刃を喉元に押し当てたその瞬間、キン、という短い金属音と共に、魔法のように剣が消えた。
何が起きたのか分からなかったが、上空から降ってくる何かを、いつの間にか目の前に居たツクモがキャッチした。
俺の剣だと、ややあって、気が付いた。
「ツクモ‥ロードする。大丈夫。ロードするから‥‥またやり直せるから、大丈夫」
周囲のデバッガーが、哀れみの目で俺を見ているのが分かる。
違う。
違うんだ。
俺は混乱しているわけじゃない。
ちゃんと本当にロード出来るんだ。
俺はツクモだけでなく、皆んなに向き直って両腕を開いて言った。
「本当なんだ。安心してくれ。やり直して、みんな死なないように出来る力があるんだ!だから‥」
ツクモが俺の腕を掴む。
「しなくて良い」
「分かった。だから、剣を返して‥」
「ロードしなくて良い」
ロード、しない?
「うん。ロードするよ」
「しない」
ツクモが二度言った。
「しない。ロードはさせない」
絶望に近い惑乱が、俺を支配し、俺はツクモの肩にしがみ付いて哀願していた。
「‥‥なんでだよ!!ロードしよう!ロードさせてくれ!剣を返してくれ!」
「シロは、現実に帰った方が良い」
現実?現実に帰る?
「ツクモは、この世界を攻略したいんだろ?だから、強いデバッガーが死んだら困るって言ってたじゃないか。だからロードをして被害を少なくする。シロは皆んなを守っていたし、シロがいなきゃもっと被害は大きくなっていた。シロが居なくなったら、攻略に困るじゃないか!そうだよ!そうだよな?」
ツクモは無表情で、微動だにせず返す。
「ロードしない」
俺は信じられずにツクモに問う。
「どうしてだよ!理由を聞かせろ!!」
「‥シロは‥現実に帰っただけだ。死んだ訳じゃない」
「そういうことを聞いているんじゃねぇよ」
俺はツクモの肩に爪を立てて揺さぶった。
ツクモは俺を睨み、腕を払い除けようとする。取っ組み合いになり、俺たちは地面に転がった。
「何でだよ!!やり直すんだよ!!」
「やり直さなくて良い。現実に帰っただけだ。シロは死んだわけじゃない」
「もう一度ロードすれば、エスケープしなくて済む。そうだよ、俺がシロにユメの能力を《話していたら》シロは自分の身を挺してまで俺を守らなかったはずだ。だってやり直せば良いって分かってるんだから。そうだよ、だから次は絶対大丈夫」
衝撃があり、俺の身体は後ろに吹き飛んでいた。
黒い砂礫に背中をぶつける。
体力ゲージが一気に減って、半分になり、オレンジ色になった。
ツクモがゆっくりと近づいて、俺を見下ろす。
「お前は小学生のシロが、義務教育も受けずにここで戦い続ける事が幸福だと思うか?俺はそうは思わない。永遠なんてものは無い。この世界が終わった時、シロは現実で生きていけなくなる。それこそ、本当の檻の中でしか」
急に現実的な話をされ、俺はついて行けずに唾を飲み込んだ。
ツクモは項垂れるようにして、感情を押し殺した声で言う。
「シロは聡明だから、それを理解してる。だから、お前を生かして自分が死んだんだろ。ここが潮時だと思ったんだろう。俺は三年間シロを見てきた。シロは分かってる。ずっと悩んでいたのを、俺は知っている。お前はそんなシロの覚悟を、選択を、蔑ろにするつもりか?」
「‥‥でも、現実に帰ってシロが幸福になれるかどうかなんて、分からない」
「それはシロが決める事だ」
「子供が小学生のうちに借金して、餓死しそうになるレベルって、相当だろ‥‥それこそ、辛い金の稼ぎ方になるかもしれない。シロが高校生とかならまだしも、小学生って、まだ親に頼らなきゃならないし、正直‥‥シロが幸せになれるとは‥思えない」
ザッという音と共に、首のギリギリを剣が貫いた。
ツクモが俺の胸ぐらを掴んで静かに言った。
「最低だな。勝手に人の一生を決めるなよ。シロをバカにするな」
「バカにしてない。限界があると思うっていう話だよ。俺は両親が、相手の親に謝罪した。俺がいじめをしたって疑った。それだけでこんな辛い気持ちになるんだ。シロは‥‥たぶん、もっとひどい扱いを両親から受けているんだろう?どれだけ‥‥傷ついたことか」
想像すると涙が出てきた。
「それとこれとは話が別だ。全員がお前と同じ環境にいると思うな」
「そういうことを言っているんじゃない!剣を返せ!!」
俺が飛び付くと、蹴飛ばされ、俺は背中から、地面に打ち付けられた。
ゲージが赤になる。
ツクモが俺の胸ぐらを掴み、憎悪に満ちた目で俺を睨み付けた。
「現実で、お前の状況を詳しく調べたよ。お前はさ、消えたいとか死にたいとか、甘えた事ばかり言いやがって、俺はそういう奴が大嫌いだ」
「お前に何が分かるんだ!!」
「シロの選択を踏み躙る、お前が甘いって言ってるんだよ」
「だから、だから俺が責任をもってロードをする!」
「責任って、お前一人で勝てるっていうのか?俺の力がなきゃ、手も足も出なかった癖に!」
俺は立ち上がり、ツクモに掴み掛かった。
俺とツクモはもつれあい、転がって、砂まみれになって、最後は仰向けになり、互いに頭を両手で深く抱えていた。
俺は最期の脅し文句を口にする。
「ロードは自由に操れない。もし新しくセーブが書かれたら、もうシロは完全に戻ってこないし、やり直せないかもしれない!お前はそれで本当に良いのか?三年間過ごした人が、お前のことを忘れてしまうんだぞ!」
ツクモが片手で顔を覆う。
そんな姿を初めて見て、俺は動揺した。
ツクモは掠れた声で言う。
「シロ本人に聞いてこい。話を聞いて、そして、お前がもう一度決めろ」
シロにとってツクモが助けてくれる恩人であったのと同様、ツクモも自分を頼る小さなシロを、心から可愛がっていたのだろう。
「‥もう一度‥」
この辛い状況を、初めから‥
「覚悟が無いならやるな」
何故か、シロの声が聞こえた。
ー 諦めなければ、道は開かれる
良い引きだね
俺は近くに転がっていた、ツクモの剣を取った。
やけに細くて軽いそれを、首に突き立てた。
critical!
世界が停止した。




